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幸せの容-01

メリー・カオン・ハングダムとアマンナ・シュレンツ・フォルディアスの二人は、身なりをある程度整えた上で変装や偽装は特に行う事無くシュメルの街中へと戻っていく。


既に太陽も沈み、深夜に近い時間帯。人の流れはほとんど途絶え、日中は賑わいを見せる露店なども閉まり切っている状況では、二人の姿並んで歩く姿は目立つようにも思える。


特に夜間となると物取りなどが増える傾向がどうしてもある為、見回りの帝国警備隊が多くなるものなのだが……二人の姿を見ても疑問に思う事も無く、皆二人から視線を外していく。


 フェストラの命令を受けて、それぞれが違う場所へと向かう事となるメリーとアマンナの二者は、分かれ道へと辿り着く前に足を止める事無く、二者以外に聞こえる事のない声で意思疎通を図る。



「さて、アマンナ君。私はガレッタ社の方へと向かおうと思うが、君は?」


「……レガスラの方へと向かって、その後シャミナ社へと行くつもりです」


「了解した。それぞれ上手くやろうじゃないか」


「はい……ですが、その……これは果たして、上手くいくのでしょうか」



 これまでアマンナはフェストラのやる事に対し、ある種疑問というものを感じた事は殆どない。しかし、今の彼女は不安げな声色でメリーにそう呟き、彼も「分からないね」と、不安を解消する言葉ではなく、むしろ促進させるような事を言う。



「接触自体は好ましい事であるとは思う。しかし接触後の取引が上手くいかなかった場合、却って悪手となり得る可能性は十分にある。……この文がどれだけの効力を持ち得ているか、それが鍵になるという事だね」



 便せんに入れられた文、その内容をメリーとアマンナは知り得ずにいる。その中身については知らず、接触を図った人物に渡す事で協力を呼びかけろ、としか伺っていない。


もし何か向こうから質問があった場合も「何も聞いていない」と貫き通せとだけ聞いている二者は、果たして交渉が上手くいくとは思えなかった。



「しかし我々はフェストラ様に頼る他ない。これが上手くいかなくとも別の手はあるだろうし、我々が下手に情報を知り過ぎれば、行動から予測される可能性も十分あり得るからね」


「……分かっています」


「じゃあ、私はここで」



 分かれ道、二人は視線を合わせる事無く、それぞれ向かうべき道へと進んでいく。


メリーは大通りからそほど外れる事無く進んでいった先、横に長い建造物のドアを開け放ち、喧騒と書類が舞い上がる室内――ガレッタ通信社へと足を踏み入れ、近くのデスクに腰掛けてタイプライターへと何かを打ち込んでいる一人に声をかけた。



「失礼します。ガレッタ通信社の編集長様とお話をさせて頂きたいのですが」


「あぁ? 誰アンタ」



 数日寝ていないと言わんばかりに乱雑な態度と合わせて擦れた声を聞いて、メリーは「タレコミと言えばタレコミなのですが」と思わせぶりな言葉を述べる。



「編集長様とお付き合いのあるフェストラ様より、こちらの文をお届けしろと命じられまして」


「あー……フェストラ様から、か……編集長ぉ!」


「あーっ!? なんだッ!」



 全ての席を見渡せる中央の席、乱雑に放置された書類を漁りながら「これじゃねぇ」とその辺へと放り投げる、無精ひげを整えもしない初老の男性が返事をした。彼が編集長なのだろう。



「フェストラ様からのタレコミですって!」


「おっ、そうか! いや待ってましたよ!」



 こっち来てこっち、と手招きする男の指示に従い、メリーが編集長の所へと向かう。一応机にはネームプレートが取り付けられており、編集長という肩書と共に「ダイマ・ラル」と書かれていた。



「いやぁ、わざわざすみませんねぇ。フェストラ様はこちらへ起こしでは?」


「申し訳ありません。フェストラ様は少々多忙でございまして。こちらの文を編集長様にお渡ししてくれ、とだけ命じられております」



 胸ポケットに納めていた便せん、それをダイマへと手渡すと、彼は雑にその封を開けた後「なになにぃ」と口にしながら、内容を閲覧していく。



「大変失礼ではありますが……ガレッタ通信社様はどう言った内容の広報事業社様なのでしょうか? 生憎お読みした事が無く」


「ウチはそんな大した会社じゃありませんよ。読めば目に毒ですが……まぁ、興味あればどうぞ」



 ホラ、と手渡された新聞らしい紙面を二刷り程受け取る。何枚かに分かれているフェストラの文を読み進めている間に、メリーも「ガレッタ新聞」と表記されているそれを読んでいくが……正直ダイマが「ウチはそんな大した会社じゃない」と口にした理由が分かった。


基本的にはデマを含めた各種タレコミの調査・報告を主としたもので、基本的に広報事業社の提供するものとして嘘はない。


しかし目を引くお題目をトップへと持ってきて、その実情がどうであろうとも「注目さえされれば事実がどうかなど、読者に勘違いされても構わない」スタンスのマスメディアだと思えば、このガレッタ新聞の内容は理解できよう。



「下世話でしょう? 例えば十王族の奥様方がどんな爛れた生活してんのか調査したり、もしそこで無実だったとしても【あの方の奥様がインサイダー取引か!?】ってタイトルで客を釣る。褒められた商売じゃねェってのは理解しておりますわ」


「ではなぜまたこうしたモノを市場に?」


「売れますからねホント。いや、この国の民衆ってちょい歪な所がありましてねェ。元々侵略国家だったって所からくるコンプレックスなのか分かんねぇですけど、やたらと自国の良い所とかを、怪訝な目で見るんすよね」



 おかしな国民性だよ、と笑うダイマの言葉に、メリーも上手く理解できずに首を傾げる。



「良い所を?」


「そう、例えばフェストラ様だ。オレが知る限り、フェストラ様は現状で最もオープンな十王族なんですがね、民衆は『そんなフェストラ様にも何か裏があるに違いない』と陰謀論を張り巡らせるンすわ」


「陰謀論、ね」


「まぁ妄想って言っちまった方が早いんすけどね。民衆が思ってるほど、この国の政府機関は腐敗っつー腐敗は無い。けれどあると思い込んじまってる民衆が欲しいと思っている情報を、ど真ん中に投げ込む。するとあら不思議、販売部数が跳ね上がるって戦法っすわ」



 あくまで広報事業社として登録を受けている会社だ、デマを流す事はご法度である。


例えば先ほどの例題に出た「十王族の奥方がインサイダー取引か!?」という煽りをトップに置いたとしても、よくよく中身を確認すると「インサイダー取引をしているという結論には至らなかった」という調査・検証結果が最後に出る。


しかし「読者が勘違いするトップ」を世に出しただけでは罰則など有りはしない。そして中身を深く確認しようとすれば、それは紙面の購入を伴って行うしかない。


必然的に紙面は売れ、また買わなかった者達による「トップの文字だけを読んで勘違いした」内容が世の中に口コミで出回る事により、人々は事実関係を確認すべく、バックナンバーの購入に踏み切る場合もある。



「確かに効果的な売り方だとは思いますが……しかしデマを流布していると勘違いされるような売り方にも思えます」


「ええ、それも承知の上っすわ。……ですがね、面白い事にウチも、ウチみたいな商売してる所も、百パーがそういう内容じゃないんすよ」



 例えばコレ、と出した紙面。そのトップに躍り出ているのは……先週発行されたモノだ。



「ウォング・レイト・オーガム外務省長官の違法薬物流通疑惑」


「ええ、驚きっすよね。十王族の一人で外務省長官を務めるウォング様が、銀の根源主とかいうカルト宗教団体の経理担当を務める男と会食してたって情報が入りましてねェ……それ、タレコミくれたの、フェストラ様なんすよ」



 これは嘘ではない。というより事実と言っても相違ない。


正確に言えば違法薬物流通を行っている銀の根源主と接触し、彼らに密輸に用いる事の可能なルートを、ウォング・レイト・オーガムが提示したというもので、直接的に彼が違法薬物流通に手を貸したわけではないが……しかし、彼が手を貸した事によって、ここ最近で帝国政府による違法薬物認可がなされたクスリが出回った事は確かである。



――そしてこの流通経路に乗せる形で、帝国の夜明けは他国で製造を行ったアシッド・ギアの搬入を行っていた。



「こうした時々出てくる本当のスクープを、オレ等ゴシップ紙が担うと、かなり社会的な影響があるんすよ。なんでか分かります?」


「……さぁ」


「例えばその事件、大手広報事業各社は最初一切取り扱わなかったんすよ。そりゃそうだ、しっかりとした情報精査をしなきゃいけねぇモンを、疑惑の段階で紙面に乗せる訳にゃいかん」



 だが、民衆はそうした大手広報事業各社の動きが遅い事を『政府による隠蔽工作だ』と邪推し、声を張り上げ、その上で事実と判明すれば、当分の間火消しの為に関係各所は出ずっぱりとなる程の大騒動となる。



「こうなりゃ数ヶ月は話題持ちきりですわ。その取っ掛かりを作ったウチは、今販売部数うなぎ登り。フェストラ様にゃ感謝してもしきれませんて」



 嬉々として「今日は一体どんなお宝情報かなぁ」と、フェストラの書面を確認しているダイマ。メリーは彼に聞こえぬ声で、しかし確かに口から感想を漏らしてしまう。



「なるほど――これがフェストラ様の世論操作か」



 一週間ほど前となると、ドナリアの起こした聖ファスト学院襲撃事件が表沙汰にはならず、ただ事故が起きて休校しているという情報が出た辺り。


加えて以前この国で引き起こされたビースト騒動によるイザコザで、国内防衛力の低さを民衆から多く指摘される事も多く、国内情勢の悪化を懸念した彼は、目先に見える餌という名のゴシップを吊るす事で、民衆の目をそちらに誘導した。


一度話題を途切れさせた民衆の飽きは早い。既にビースト騒動による防衛力疑念は話題に上がる事無く、また聖ファスト学院襲撃事件についても深く掘り下げられる事なく終わった。


そうした民衆の意識を理解した上で、彼は低俗なゴシップ記事を挙げる広報事業社と繋がりを持っているのだ。

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