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自らという存在-10

クシャナ・アルスタッドは目を醒ます。月明かりを透過させるステンドグラスの明るさが目に焼き付きながら、まぶたを僅かに閉じ、光を遮りながら身体を起こした。


自分が横になっていたのは、これまで経験した事のないような、極上の柔らかさを有するベッド。固すぎず柔らか過ぎず、身体にジャストフィットするマットレスは再び横たわり惰眠を貪りたいと考える程の快適性を有していたが……しかし、意識を失う前の事を思い出し、慌てて目を開きながら立ち上がる。



「目を醒ましたかね」



 男性による落ち着いた声量の言葉を投げかけられ、クシャナは声のした方を見据える。


自らが横になっていたベッドの背後、広い空間に設けられた大理石造りの階段。その先にある玉座に腰掛ける男――ラウラ・ファスト・グロリアが、王服とマントをなびかせながら立ち上がり、ゆっくりと階段を降りてくる。



「ここは……!」


「王の間だ。君はミハエル様にここまで連れてこられた、という事だよ」



 高い場所から下々の者を見下ろすようにして階段を下る彼に、クシャナは冷や汗をかきながらスカートの下に隠しているマジカリング・デバイスを手にし、その指紋センサーに指を乗せようとするが……しかし、ラウラが階段をカツンと杖で一回叩く事により、杖の先から放出された小さい空気の圧にも似た衝撃がクシャナの右手首を襲い、マジカリング・デバイスを弾き、滑らかな地面に転がった。



「そんな物騒なモノはよしたまえ。我はただ、娘と対等に話し合いたいと願うだけの事だ」


「……娘?」


「そうだ。我はレナ君の遺伝子から産まれた君を、自らの遺伝子を用いて造り出したファナを、娘として愛している。その事実は変わらぬのだよ」



 手首は痛くない。仮に怪我をしていた所でクシャナには癒す事など造作もない。しかしあくまでラウラが、クシャナを傷つける気はないとする意図は汲み取れる。



「何を話したいというんだ?」


「なに、単純な事だ。――フェストラから離反し、我が方へと来なさい。君やファナをこれ以上危険に晒せば、レナ君へ示しがつかんからね。もしこちらへと下るというのならば、今後の安全は我が保障しよう」



 分かっていた事ではある。ラウラがレナ・アルスタッドという愛する者の大切な娘であるクシャナを無下にする事はないと。


だからこそ彼は、クシャナを捕らえた上でこうして拘束もせずに連れてきて、直接交渉へと訴えているという事だ。



「……イヤだと断ったら、どうするっていうんだ」


「しばらく、フェストラ達に手出しが出来ん場所へと君を送る。君が居ない間にフェストラ達を抹殺し、理想なる国家へと作り替えた後に、君をまたここへ誘おう」


「フェストラ達が、手出しできない場所……?」


「その通り。その間レナ君が娘と会えない事を疑問に思うかもしれなかったが、君が直接彼女へ、長らく会えないと伝えてくれた。時間がかかろうと、君達さえ無事に戻れば、レナ君は大きく心配こそしないだろう」



 どうだね、と。


クシャナの目の前に立ち、熱意の感じさせぬ目で見据えられ、彼女は汗を流しながら……振り返って、先ほど弾き飛ばされたマジカリング・デバイスを手に取った。



「クシャナ君……否、こうお呼びしよう。アカマツ・レイ君は、どうして今のグロリア帝国に固執する」


「自分が暮らした世界だ。それなりの愛着がある事に、何の疑問があるという?」


「疑問だらけなのだ。前々から思っていたのだがね――アカマツ・レイ、君の幸せに対する価値観はよく分からぬ」



 価値観が分からないとまで言われ、クシャナとしては表情をしかめる事しか出来ないでいる。


変身し、戦う事は容易い。しかしラウラ王の実力が高い事は、これまで相対した中で垣間見た力や、先ほどの衝撃波にも似た攻撃で、ある程度理解できる。


この状況で下手に戦って、彼を討つ事が出来ないのならば……少しでも時間稼ぎと状況判断に意識を向けるべきだろうとした。



「アカマツ・レイ、君は確かに不幸の只中で死ぬ事を望んではいなかった。かと言って、絶頂の幸せを掴みたいというわけでもない。それこそ……毎日三食の食事が出来る事、それを幸せな事とし、幸せの中で死する事を望んでいた程ではないか」



 彼の言葉に、どこかクシャナ本人も覚えがあった。


既に十七年以上も前の事――かつて赤松玲として、日課の自殺を敢行しようとした時、ひょんな事から出会った少女に「幸せなのか」と問われ、そう答えた事を思い出す。



「お前、まさかあの時にも」


「聞いていたさ。面白い女性だと思ったものだ。確かに人間一人ひとりの幸せとは、価値観の違いによって変わるもの。だがそれにしたって、食事が出来る事だけで幸せと認識し、死を選べる人間がいるものなのか、とも考えた」



 ポジティブな思考を以て後ろめたい願望を叶えようとする女。そうラウラは、赤松玲という女性の認識を固めたのだという。



「なぁ、アカマツ・レイ。今の君にとって、幸せとは何だ? 我はこれから先、君へどれだけでも食事を提供できる。住まう場所も、ファナやレナ君が戦いの無い平和な世の中で生きる為に必要なモノは全て与えよう。これは君にとっての幸せではないのか?」



 ラウラは、今の彼女が何を以て「幸せ」なのか理解できずにいる。だからこそ彼女に対して何と交渉すれば良いのか、それが分からなかった。


そして――クシャナ当人も、彼の言葉を聞いて、僅かに動揺している自分の存在に気付いた。



「……私の、幸せ?」


「そう、確かにファナから言われた通りだ。我は君達家族の幸せを勘違いしていたのかもしれない」



 以前ラウラは、ファナに拳を叩きつけられ、声を荒げられた事がある。


『お母さんにとっての幸せを勝手に決めつけて、お姉ちゃんに全部背負わせてるだけだ』と。


 死にたがりのクシャナを戦いに誘う事で、彼女を生かし続ける。それは確かにラウラがレナを幸せにする為と望んだ事ではあったが、クシャナという存在を幸せに誘う為という目的も確かにあった。


だがもし、クシャナがそうした生きる事自体に幸せを感じていないのならば、それ以外のモノを差し出したいという思いもある。



「我は、父として君の幸せを知り、その幸せを叶えてやりたい。レナ君の幸せは君やファナが幸せに生きる事にある。つまり君とファナを幸せにする方法があるならば、それを叶えてやりたいのだ」



 君が死ぬ以外でな、と。


そう断言したラウラが広げる手に、クシャナは思わず後退り、警戒を強める。



 ……ラウラが、嘘を口にしていると思えなかったからこそ、余計に不気味さを感じた事もそうだし、クシャナ自身、自分の「幸せ」というものが何か、それをハッキリと口に出せなかったのだ。



「君が心より求める幸せとは何か、それが分かれば良かったが……まさか君自身、幸せの形を見失っているとは思わなんだよ」



 カツン、と。


今一度強く地面に杖の先を打ち付けたラウラ。


それと同時に、クシャナは自分の背後から、僅かに吸い込まれるような感覚を覚え、背後を振り返った。


彼女の背後には、真っ暗な闇が広がっていた。


否、正確に言うのならば、漆黒の門にも似たモノが開かれ、クシャナの背後を覆うように展開されていたのだ。



「コレは――ッ」


「幾度か見た事があるだろう。異なる世界とを繋ぐ、次元航行技術の一つだ」



 振り返った彼女の死角から、クシャナの背を強く押したラウラ。


それによって身体を傾かせたクシャナが、漆黒の門に身を投げさせられ、目を見開いた。



「いずれ迎えに行く。どこの世界に行くかも我には知る由もないが、しかし探す出す事は出来る故な。――異なる次元の先で、自らの夢を探してみるが良い」



 全身を漆黒の門に呑まれた瞬間、ラウラの姿さえも見えなくなる。


闇の只中を漂い、身体が訴える浮遊感、クシャナはグワングワンと揺れる脳を制御したくても出来ぬことを嘆きつつ、身体を丸めて目を瞑ったが――しかし突如として、それまで感じていた浮遊感は解け、代わりに幾度か体感した事のある、別の感覚を覚える。


目を開けると――そこは地面から数十メートルは離れた場所。



つまり、空だ。彼女は今、墜ちている。



「ちょ、ちょちょちょぉ――ッ!!」



 ワタワタと慌てながら両腕を振り回し、何とか落下を免れる事が出来ないかと足掻くクシャナ。しかし彼女は魔術師でもなければ、特別な力は一つを除いて何も持たない。


ただ落下していく身体を制御する事も出来ず、空気抵抗で肌が焼けるような感覚を覚えながら、落下速度を上乗せした衝撃と共に、地面へと落ちる。


正確に言えば、地面よりは高い場所――建設途中なのか取り壊し最中なのかは不明だが、廃墟とも言うべき施設跡の屋上に、彼女は頭から叩きつけられ、その肉片をまき散らした。



「あらら、ホントに来たよ」



 誰の声か、それを認識する事も出来ない。そもそも鼓膜が破裂している状態のクシャナには声も聞こえておらず、ただ誰かが自分の傍に立った、という事だけ認識出来た。


クシャナの頭は首から上が再生を始め、既に口元辺りまで復活を果たしている。



「ていうか、登場の仕方が思いの外ダイナミックで驚いたね。何度か飛び降りは経験してるけど、目の前で人が落ちてくるってこんな感じなのか……今後は飛び降り自殺、控えた方がいいね」


『だ……誰、だ?』



 再生途中の身体、クシャナは口を動かし、声をかけたが、女性はその声が何と言っているのか、理解できなかったようだ。



「あー、ゴルサ、だっけ。向こうの世界で使われてる言語だと思うんだけど、そっちの言葉分からないんだよね。日本語喋れるでしょ?」


『日、本語……』



 耳まで再生が出来た身体が、女性の声を認識した。女性の声は間違いなく日本語で放たれ、またクシャナにも日本語を喋る様に求めている。



『……貴女、は……誰……?』



 だからこそ、日本語で問い直した。しばらくぶりの日本語で、訛りがないかは心配だったが、杞憂のようだった。女性は苦笑と共に、その声に対する返答をした。



「誰、か。それは本来、今の顔が無い君に問うべきなんだと思うんだけどさ……残念な事に、毎日鏡で見慣れてる顔が、少しずつ再生する様を見せられると、答えは一つなんだよね」



 ため息を溢した女性と共に、クシャナは頭部の再生を終わらせた。それと同時に骨折したり強く打ち付けた身体全体の再生も終わって――目を見開いた。



「やぁ、君がクシャナ・アルスタッドだね。私が誰か、分かるかい?」


「……わ、たし……?」


「ううん、違うよ。私は君と違って、クシャナ・アルスタッドじゃない。



 ――赤松玲。この秋音市で三十八年間も生き続けた、死ねないお姉さんさ」

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