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自らという存在-06

 嗚咽と共に地に伏せるアスハ、彼女から少し離れた場所に立ちながら、ミハエルはその手に握るナイフで彼女の首を落とし、早く殺してやろうと、そう考えた。


しかし、その寸前の事。


彼とアスハの二人がいる部屋、その死体が転がる部屋のドアを蹴破りながら、一人の少女が姿を現したのだ。


クシャナ・アルスタッド――否、幻想の魔法少女へと変身を果たしたミラージュである。



「アスハさん!」


「っ、そこかァ――ッ!!」



 突如として現れたミラージュ、彼女の姿を周辺探知魔術で認識すると共に、ドアが蹴破られた事によって大まかな居場所を認識したアスハは、冷静さを欠いたが故に大振りの剣筋でミラージュへと襲い掛かろうとする。



「て、うぉっ!? あ、アスハさん!? 私、私です! クシャナですよッ!?」



 アスハが冷静さを欠いているが故に、辛うじて避ける事の出来る刃。その結果としてアスハはより正気を失っていき、剣戟の勢いを強めていく。


だが剣戟の勢いが強まっただけで、剣の筋は悪いままだ。むしろ、大雑把になった分だけ避けやすくもあり――ミラージュは何かがおかしいと理解し、彼女と同じ部屋にいた、ミハエルと視線を合わせた。



「お前か、アスハさんをおかしくしてるのはッ!?」


「概ねその様なものです。初めまして、クシャナ・アルスタッド……いえ、今はミラージュとお呼びした方がよろしいでしょうか? 私はミハエル・フォルテと申します」



 アスハの剣戟を避けながら、ミラージュが腕を振るった。


それと同時に出現する分身と言うべき四体のミラージュによって、周辺探知魔術だけで周囲の状況を判断しているアスハがギョッとなり動きを止めると、本物の彼女が四体のミラージュを退けながら黒剣の柄をアスハの顎に叩き込んだ。


それにより、アスハは脳が強く揺らされて軽い脳震盪を起こした。倒れる彼女の身体を抱き留め、ゆっくりと地面に横たわらせると、ホッと息をつきながら、ミハエルへと視線をやる。


 ミハエルは、男性にしては珍しく、肩程まで伸ばした白い長髪が印象強い青年に思えた。その顔立ちは整っているが、目や額には年輪を感じさせる皺が見えて、彼の実年齢がいくつなのかを悟らせてくれない。


その身体は帝国軍人の制服に似た衣服で包んでいるが、帝国軍人の白を基本色とした制服とは異なり紺色という、どちらかと言えばドナリアやメリー、アスハの着ている帝国の夜明けの構成員服にも近いと思えた。



「アスハさんに、何をした」


「私の固有能力である【聴覚断絶】を用いて、音を聞こえなくしただけですよ。とはいえ、元々盲目かつ触覚失認の彼女には、それだけで心を蝕む要因になったでしょうが」


「固有能力……つまりお前も、ハイ・アシッドって事か」


「ええ。ハイ・アシッドとしての力をこの手に握った者、とでもお考え下さい」



 ミハエルがミラージュへと襲い掛かる様子はない。


ミラージュが思うに、ミハエルはラウラの手先だ。つまりレナの子供であるクシャナと接敵した場合、彼女を生かして捕らえるように命じられていると考えられる。


ならば――と。ミラージュは変身を解除し、その手にマジカリング・デバイスを取りながらも、左手でポケットの中に手を入れる。



「おや。何をなさるつもりでしょう?」


「別に、何でもないよ。――いい機会だ、お前の深層意識でも魅させて貰おうか」



 ポケットに手を入れながら、目を大きく開いたクシャナ。


彼女は今日、フェストラを逃がす為にアシッド・ギアを挿入する事で養殖の因子を宿すドーピングを行い、かつこれまでの中でアシッドの頭部を多く喰らった。


それによる栄養補給をした分、彼女は自分の固有能力である【幻惑】を発動できる。


その結果、男――ミハエル・フォルテの深層意識に潜り、彼の中に刻み込まれた記憶を呼び覚まし、クシャナも彼も、それを自分の視界に入れる事が出来る。



――そこは、硝煙と爆風の蔓延る荒野とも言うべき地だった。



爆風が一つ上がる度に叫び声が多く荒野に響くものの、しかし新たな爆風と剣戟の音で、叫びがかき消されていく。


荒野を駆ける者へと襲い掛かる剣士、剣士達は互いの命を懸けた斬り合いに挑み、どちらかが打ち勝っても、残った一人も放たれるエネルギー弾のような半透明な衝撃波によって身を焼かれ、絶叫を挙げながら、やがて朽ちていく。


 塹壕に身を隠しながら倒れる者に声をかける者たち、しかし塹壕ごと吹き飛ばす衝撃によって、その者たちも散り、動かなくなる。



「おや、懐かしい光景だ」


「……ここ、は」


「ここはナトラス国辺境・バーパでの、バーパ攻防戦の戦いですね。懐かしい、バーパ守備軍の練度が思いの外高く、特に敵魔術師の質が高かった事もあり、多くの人的被害を被った戦いでしたよ」



 第七次侵略戦争。


現在から七十年以上前の侵略戦争において、多くの鉱物資源を得る為にグロリア帝国が開戦させた、まさにこの国における汚点とも言える歴史の最後、グロリア帝国が最も苦戦を強いられた戦争の一部始終であると、ミハエルは平然とした顔で言う。



「おや、あそこにいるのは……クシャナ、少しショッキングな光景が映ります」



 何が、と問うよりも前に、彼が何を言おうとしているかを理解した。


クシャナとミハエルの十数メートル近くで匍匐前進しながらこちらへと向かってきている、負傷した兵が一人いたのだが……彼の真上から降り注いだ光の弾が兵の胴体を完全に消滅させ、そればかりかこちらに向けて消滅しなかった片足が飛んできたのだ。



『うあ、うああっ、シャクティ、シャクティッ!!』



 その声は、ミハエルのもの。彼は目の前で死んだ兵の名をシャクティと呼んだ。シャクティはミハエルの戦友であり、彼は帝国軍人として戦争に参加した一人であったという。



『ミハエルッ! こっちの負傷者を連れて第二ポイントまで一時後退!』



 後ろから声が上がる。塹壕に隠れたまま口にペンを咥えた女性が、ミハエルに身体と声を使って「後退しろ」と指示をしていた。


その女性が誰か、クシャナには見覚えがある。シガレット・ミュ・タースだ。



『後退だと!? そんな事が許されるものか! シャクティもブレンダも、奴らに殺されたんだぞ!?』


『ならお前だけここで死ぬかッ!?』



 クシャナが今日出会ったシガレットとは思えぬ程、強い語調かつ絶叫を上げる若き日のシガレットがミハエルの胸倉を掴みながら塹壕の陰に彼を押し込め、懐に備えていた一枚の紙に口で咥えていたペンを走らせ、乱雑にそれを上空へ放り投げる。


 上空から降り注ごうとしていた光の弾を、シガレットが放り投げた一枚の紙が受け止めると、光の弾が有していた威力を多方向へと拡散し、弱めさせていった。



『敵の国力は大きく疲弊している、別の部隊が敵本国への突入を果たすまでの陽動と時間稼ぎが今回の作戦だ! 後退して負傷兵を治し、一秒でも時間を稼ぐ事の重要性が分からんなら、ここでお前だけ死ねッ!!』



 パチンと指を鳴らしたシガレットの指から放たれた衝撃波が、数十メートル先から剣を握り迫りくる敵兵達の身体を八つに引き裂いた。血飛沫とバラバラになった身体の破片、しかしそれらもすぐに爆風によってどこかへと消えていく。



「実に、リアルですね」


「……お前の、深層意識にある光景、だからな」



 クシャナは思わず、気持ち悪くなる胸の奥から込み上げるモノを抑え込むように口を押さえた。目を閉じても、今見える光景は全て彼女とミハエルの脳裏に浮かび上がるモノだ。それをクシャナには止める事が出来るが、してはならない。


 そうして深層意識を魅せ続ける事で、ミハエルの動きを抑制出来ているのだ。つまり、時間を稼ぐ事が出来ているのだ。



「これが貴女の幻惑能力、ですか。なるほど、確かにこれは恐ろしい。どうです、私の手。随分と震えているでしょう」



 その言葉通り、ミハエルの手はクシャナにも分かる程大きく震えている。今の手でティーカップを握れば、カップに注がれた茶はほとんど全てが零れてしまいそうだ。


けれどそれが、恐怖による震えなのか、この光景が持つ戦火による衝撃での揺れなのか、それが分からぬ程に……この光景は酷く、おぞましい。



「私はシガレットと同様、ラウラ様によって甦らされた、第七次侵略戦争における生き残りです。かつてはシガレットに仕える帝国騎士の一人だった、というわけですね。とはいえ、当時の私たちは主従という関係よりも、背中を預けて戦う友に近い関係でしたが」


「友……?」


「ええ。今にも残っている魔術師と騎士によるツーマンセル戦法は当時から採用されていましたが、今の帝国騎士のような、帝国魔術師の従者として仕える者、という意味合いはなく、異なる役割を互いにこなす戦友という表現が適切だったのですよ」

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