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自らという存在-04

「であるが、やはりクシャナ殿の実力は拙僧らからすれば――」


「お前達を基準にするな。お前達は下手をすれば、世界各国の強者と戦い合える実力を持っているんだぞ? 庶民の実力は、そんじょそこらの兵と戦って簡単にやられるような実力でも無ければ、理性の伴わないアシッドに負ける筈がない、という程度の実力だ。しかし、それで良いんだ」



 クシャナの強みはそこでなく、あくまで彼女の実力が上がっているという事実だけで良い。


それだけで、彼女の生存率は極端に上がり、彼女が生存すれば、それだけで対アシッドに精通する者として十分なのだと、フェストラは言い切った。



「だがそれは、裏を返せば――敵がシガレット様やエンドラス殿であったり、新たなハイ・アシッドであった場合、クシャナは誰に助けて貰う事も出来ず、対抗する術が無い事を意味するが?」


「……考えたくはないがな」



 ガルファレットの懸念は、新たなハイ・アシッドやそれに近しい存在がラウラの手にあったとしたらという、あくまで心配でしかない。


それはフェストラにとっても恐ろしいが、しかしそう簡単にハイ・アシッドを生み出す事は出来ないだろうというのが、これまで多く出た情報を整理した上で、フェストラが出した結論である。



「……だが確かに、時間を多くかければ、その分だけハイ・アシッドが奴の手中に渡る可能性は十分にある」



 既にアシッドがハイ・アシッドへと進化するに必要なプロセスは、解明されてしまっている。


クシャナやメリー、アスハやドナリアというハイ・アシッドがいる事によって、彼らが進化を果たした過程を辿る、もしくは再現する事が出来れば、ハイ・アシッドを生み出す事は確かに可能だ。それを、ラウラが考えていないわけも無いだろう。


通常のアシッドだけでも十分な戦力となるのに、彼らの暴力性と理性を兼ね備えたハイ・アシッドが手中に収まれば、それは鬼に金棒という表現を遥かに超える戦力増強となり得る。


 それだけは何とか避けたいと、フェストラは作戦の遂行を急ぐ為、椅子の一つに腰掛けながら、目を閉じる。



「ラウラを早々に、玉座から引きずり下ろす。その為に必要なのは――ファナ・アルスタッドと、アスハ・ラインヘンバーだ」



 **



警報の鳴り響く製造所内、アスハ・ラインヘンバーはその手に握る細長い剣を振るいながら、今アシッド・ギアを手に握ろうとした男の首を撥ねると同時に、彼が開いたドアを蹴り開け、中にいた白衣の男性三人が両手を上げて無抵抗を示しても、それを気にする事無く一人ひとり丁寧に殺めていく。


 呻き声も命乞いも全て無視し、声が聞こえなくなるまで丁寧に致命傷を与えていく彼女の姿は、殺される者にどう映っているのか、それは分からない。



「……二十三本、か。相当な数があるものだな」



 机の上に用意されたアシッド・ギアの総数が二十三本。そして、実戦配備されているアシッド・ギアが、これまで確保した数だけでも十一本。


 アシッド・ギアの中に備わっているアシッド因子は十回のアシッド化に対応している。計三十四本のアシッド・ギアとなれば、最大三百四十回分のアシッド化が可能、という事に他ならない。


これがもしラウラの手に渡っていたとしたら――そう考えると恐ろしくも思えたが、アスハは腰に備えていた袋にアシッド・ギアを放り込み、しまう。



「失礼」



 だがその瞬間――アスハの認識内に突然、一人の人間が踏み入って口を開き、アスハの腰に結ばれた袋の留め具を切り裂くナイフがあって、彼女は振り向き様に剣を振るったが、その人間は落ちる袋を掴んだ後に数歩分後退し、アスハと視線を合わせた。



「――誰だ」


「さて。誰と答えた所で、どうせ貴女は知り得ない者の名でしょう。であれば答える理由もないと思うのだが」



 盲目であるアスハの耳に届けられる声も、男性のモノであるとは分かるが、過去に聞いた事のある声色は無い。


体格はアスハよりも僅かに大きな百七十センチ台、体格は中肉中背で、ドナリアよりもメリーに近しい体つきと言っても良い。


その手に握られるのはコンバットナイフに近しい刃物で、それを剣と呼ぶのはおこがましいが、しかしそのナイフを逆手持ちで握る様子は、それなりの使い手であると理解できた。


 アシッド・ギアをしまった袋に手を入れて、一本を取り出した男は、その直方体の先端に取り付けられたUSB端子を、首筋に挿入した。


ボゴボゴと肥大する肉体――しかし彼は「ハァ――」と息を噴出すだけで、アシッド化における凶暴性を発揮せず、ただその場で立ち尽くす。



「貴様、まさか」


「予想していなかったわけではないでしょう。新たな神としてこの国に君臨なされるラウラ様が、手中にハイ・アシッドを納めていない、等とはね」



 瞬時に握り締められたナイフの柄、それと同時にアスハが男の首を斬り落とそうと横薙ぎに振るった刃を、男の握るナイフが弾き、その上で左足を軸にした右足の回し蹴りが、アスハの横っ腹を蹴り付けた。


痛みは感じずとも、衝撃によって身体はよろける。すぐに姿勢を正そうとしても、平衡感覚のアップデートを行っている間にこちらへ駆け出す男の足音が僅かに聞こえたので、迎撃として両足を振るって握られたナイフの柄を蹴り飛ばすと、男は拳をアスハの顔面目掛け、振り下ろす。


首を傾げる事で拳を避け、拉げつつ床を抜けた拳が動きを止める。



「聴覚強化と周辺探知魔術のみで、よくここまで動けるものだ。素直に感服致します」


「戦闘中に口を開くな」



 声の出所から、相手の顔面がどこにあるかはわかる。自分の目の前にいると認識が出来れば拳を振るえる。アスハは左手の拳を強く男の顔面に叩き込んで、その場から立ち上がりつつ、男の身体を両断する為に剣を振るうが、しかし男も腰からもう一本のナイフを取り出し、剣と合わせる事で、それを防いだ。



「質問に答えろ。私はそれなりに、この国の防衛機構に就いている人間について調べあげていた。その私が知り得ない、お前という存在は誰だ?」


「必要ならば名乗りましょう――私の名はミハエル・フォルテと申します」


「ミハエル・フォルテ――第七次侵略戦争における、帝国騎士の大英雄、だと?」



 深くため息をついた男――ミハエルと名乗る男は「知っていましたか」とアスハに対して称賛を送る。



「シガレットの事ばかりが英雄として表に出る世の中で、良くも私の事を知っているものだ。他に私の事をご存じで?」


「……第七次侵略戦争において、シガレット・ミュ・タース様の騎士として仕えた男の一人、とは」


「仕えた、ね。そんな野暮な関係ではないのですが。とは言え概ね正しい」


「貴様も、シガレット様と同じくラウラ王によって蘇らせられた、という事か」


「ええ。ファナ・アルスタッドの持つ蘇生魔術、その技術を利用した擬似的な蘇生は、既に故人である私を再び蘇らせる事が可能だった、というわけです」



 ミハエル・フォルテという男は、アスハの言葉通り約七十年前の第七次侵略戦争において、シガレット・ミュ・タースの騎士として仕えた者の一人である。


彼は第七次侵略戦争におけるシガレットの補佐として活動をしており、その力量こそ後世には残されていないが、彼女の補佐として多くの暗殺者を返り討ちにし、シガレットの命を守った者であると記録されている。


しかし、当時学徒だったシガレットとは違い、第七次侵略戦争終戦時には既に二十代。


今から十五年前の八十代に、すい臓がんで亡くなった記録が残っている筈だ。



「ラウラめ。英雄として名を残しながら朽ちた故人を蘇らせ、それだけに飽き足らず、アシッドとして使役する等とはな」


「二つ、訂正しなければならないようですね」



 ナイフ柄の握りを直しつつ、アスハへと迫るミハエル。彼が両足で床を蹴りながら横薙ぎしたナイフの一閃を、アスハは避けながら剣の柄で胸部を殴打するが、両足でしっかりと地面に足を付けて殴り飛ばされる事無く、彼女の顔面に向けてナイフの先端を突きつけた。


眼鏡を割りながら、右の眼球に突き刺し貫通するナイフ。アスハはその不快感によって「ガ、」と声をあげるが、それと共に眼球に突き刺さったナイフを抜き放ち、乱雑に放り投げると、ミハエルは足を止める。



「一つ。私は英雄等と呼ばれるに相応しい人間ではありません。シガレットもそうであったでしょうが、我々の行いはただ人を殺めただけの事。それを英雄視される事は、こそばゆい」


「っ、あなた方が、成した功績は確かだ」


「功績、ね。我々がした事など、他国に人材的打撃を与えて屈服しやすくしただけの事。戦争に勝てなければ大量殺人で立件されていたろう我々を、勝利を果たしただけで英雄だ。それを誇る事など出来るわけがありません」



 二つ目、そう言いながら指を立てたミハエル。



「私はアシッドとして使役された、というわけではない。黄泉の国より私を呼び起こしたラウラ様の有する技術にアシッド・ギアというモノがあり、これを有効活用すべきと判断したのは、私です」



アスハが眼球を抉られて動きを抑制されているにも関わらず、彼の口は止まらない。


アスハがハイ・アシッドであると知り得ているだろうに、そうして時間を作る彼は、まるでアスハの再生を心待ちにしているかのようだ。



「お分かり頂けましたか? 私はシガレットとは異なり、ラウラ様に強制されて動く骸ではない。昔の貴方のような人形ではなく、あくまで今の貴女と同様、自らの意志で仕える者を決めただけです」


「……私と、同様?」


「ええ、アスハ・ラインヘンバー。私は老人の頃から、操り人形であった貴女の事を応援しておりましたよ。有体に言えば、ファンであったと言ってもいい」


「私をその名前で呼ぶな……ッ!!」

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