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自らという存在-01

「クッサ」



まず私が第一に発した言葉がこれな事に、謝罪をしようと思う。ごめんちゃい。


何故こんな言葉を発したかというと、アスハさんと私で協力して、殆どグチャグチャになって、既に頭を失くしているアシッド四体の身体を下水道へと持ってきたのだが……この下水道、日本の下水処理施設が整っていないから、基本的に匂いが酷いのだ。


 でもアスハさんは以前会った時と、そう変わりない澄まし顔でこの場にいるし、もしかして下水の匂い大丈夫なのか……?



「ねぇアスハさん。貴女、鼻も神経通ってない、とか無いよね……?」


「嗅覚はある。確かに匂いは酷いが、感覚が無ければ嗅覚から入る情報というのも、なかなかに乙なものだ」


「匂いフェチか……」


「フェティシズムと同列に語るな」



 既に私とアスハさんの口周りは、先ほど討伐したアシッドの頭部を喰らってベタベタだ。


 オマケに今いる場所は大丈夫だけれど、少し足を踏み外すと、下水の流れる水に一直線。お風呂はあまり入らない私だけど、今日ばかりはお風呂で匂いを洗い流したい……。


 と、そんな事を考えていると、アスハさんが携帯電話を取り出して、どこかへとかけ始める。



「もしもし、私です」


『アスハ、クシャナ君は無事だったかい?』


「はい。フェストラ様の撤退は終了いたしましたでしょうか?」


『君を向かわせた、という事を言ったらすぐにね。もうすぐこちらへと着くだろう』



 相手はメリーだ。ていうかフェストラ、アイツってば私の事を置いていけるか、みたいな事言ってやがったのに、アスハさんが向かってるってだけで早々に帰っちゃったのかよ。アイツ次会ったら蹴ってやるぞ股間を。



「では、クシャナ・アルスタッドをしばしお借りしてもよろしいでしょうか? 少しばかり、一人では処置が困難な事案の解消に向かいます」


『君が困難、という事案か――なるほど。ならば私から言う事はないが、クシャナ君は私の部下になったわけではない。彼女の意志を尊重するように』


「かしこまりました」



 通話が切られると同時に、アスハさんは襟元を掴んでいた兵の一人を下水の中へと放り込んで、バシャリと音を奏でた。跳ね返る汚水が当たらないように避けながら、私も「……ごめんね」と言いながら引っ張ってきた一人を流すと、彼らはそのまま汚水の中を漂いながら流れていった。



「……私をどこに連れていきたいっていうのさ」


「何、お前達シックス・ブラッドにとっても、必要な事だろう。……アシッド・ギアの製造所は、その殆どがラウラの息がかかった連中によって稼働していた」



 それは……正直、何となく予想がついていた。


そもそもアシッド・ギアをラウラ王が多く所有し、それを息のかかった部下に多く持たせていた事も理由の一つだが、そもそも自分に対抗できる存在であるアシッド・ギアの製造技術を、帝国の夜明けにだけ渡しているとは思えない。必ずどこかで、彼が全てを保有できるようにしていた筈だ。



「なのでアシッド・ギアの製造所を破壊して回っていた。これから行く所が最後の製造所であり、全ての製造所で製作されたアシッド・ギアを、ラウラ王へ横流しする集積場でもある」


「そうすれば、ラウラ王にはアシッド・ギアが行き渡らずに済むって事ですよね」


「その通りだが、既にラウラへ、相当の数のアシッド・ギアが行っている筈だ。製造数中、我々へと寄越されていたアシッド・ギアは五割に満たなかった。つまり、少なくとも我々と同じか、それ以上のアシッド・ギアがラウラの手にはあるという事になる」



 とはいえ、そうした製造所の破壊には意味があるという。



「ラウラ王の最終的な軍略到達地点は分からんが、自分に仇成す者へアシッドを用いた防衛力を以て対処するというのが堅実な対応だ。事実、フェストラ様の排除には、帝国騎士を派遣すると同時に、彼らがノックダウンされた後は自動的にアシッド化させるシステムも生み出していた」


「つまり、多くのアシッドが防衛力として使役されるより前に、アシッド・ギアを回収し、少しでも防衛力を裂く目的がある、という事?」


「それが一つ目の理由であり、二つ目の理由として時間稼ぎをするという意味も含まれている。……恐らくフェストラ様には見抜かれているだろうがな」



 時間稼ぎ? と首を傾げるよりも前に、私がその意味を理解できていないだろうと察していたらしいアスハさんの言葉が続く。



「大っぴらに行動を起こせないラウラにとって、帝国騎士や帝国警備隊の人間を動かす為に必要なモノが何か分かるか?」


「そりゃ、権力じゃないの?」


「違う、理由だ。帝国警備隊や帝国騎士の人間達が、全員ラウラやエンドラス様の指揮下にあるわけじゃない。彼らを動かす正当な理由が無ければ、彼の権力を用いても全員を動かす事など出来るものか」



 ――なるほど。確かに今まで私は、ラウラ王の権力というものを過信し過ぎていたかもしれない。



ラウラ王は確かにこの国を統べる帝国王ではあるが、そもそもグロリア帝国という国は主権こそ帝国王が握っているけれど、過去の王・バスクが国際社会へゴマすりを行った結果として、半民主的な世相となってしまっている。一応帝国主義国家のままだけど。


王であったとしても、その行動や言葉には正当性が求められるこの時世、正当性無き命令が表沙汰になれば、民衆による反発は必須だろう。



「だがフェストラ様を消す正当な理由など作れる筈も無い。彼はこれまでの公務を通した中で不正を以て事を起こした事は一度も無い。つまり彼を殺す為に帝国軍人や帝国警備隊の人間を動かすには、エンドラス派やラウラ派の人間を動かすしかない」



 それに、防衛力の強化は何も、フェストラを殺す為だけにあるわけじゃない。


むしろ本当の理由は、ラウラ王の野望である「自らを神として民衆に認識させ、その信仰を自らに集める」という計画を果たすまでにもあり得るという。



「ラウラ王が神としてこの国の統治者として君臨するという方法は確かに正しいと理解できる。しかしそれと同時に、反発も必至であろうという事もな」



 それはこの国に元々根付いているフレアラス教という宗教と、その宗教の在り方を否定するかのような、ラウラ王が提唱した【政教分離政策】が火種になるという。



「この国は長くフレアラス教が根付いてきた宗教国家だ。ラウラの提唱した政教分離政策は、宗教の自由を保障するものであり、後にラウラが神として君臨した時、フレアラス教ではなく奴を信仰せすべしという考えを肯定しやすくする為の布石ではあったのだろう」



 しかしそれは、根っからフレアラス教信者であるこの国の一部人間が起こす行動を激化させ、ラウラへ反発する人間を生み出す行為でもあったと、アスハさんは言う。



「宗教戦争というのが面倒なものだと、お前も地球の歴史を知っているならばわかるだろう? 如何にラウラが死ねない存在として君臨しても、神の名の下にと背中を押された宗教家共は、死ぬ事など恐れはしない。それに宗教団体という金の亡者達が集まれば、より反発を煽り建てるだろうな」



 全ての宗教団体がそうであるわけではないだろうが、確かにフレアラス教の信仰者達を利用したビジネスというのは、この国でも存在する。


 そうした者達が代表して声を挙げた時に、フレアラス教信仰者達が煽られた結果として、新たな神と名乗るラウラを許すなと、大規模なクーデターが発生する可能性は、殆ど百パーセントに近いだろう。


そしてラウラ王は、彼らを抑え込む為に、王として、神として、帝国警備隊や帝国軍人を動かすだろう。



「しかし帝国軍人や帝国警備隊の中には、非軍拡主義や政教分離政策にも反対していた者もいる。加えてフレアラス教信者もな。そうなれば、必ず全ての人間が、フェストラ様やフレアラス教信者共を殺す為に動くわけじゃない」



 その王として、神としての威光が及ばぬ者を動かす為に、アシッド・ギアを用いてアシッド化させ、思考が伴わない獣状態にする事で、無理矢理にでも従わせる。



――やり方は汚いし、褒められた行動じゃないけれど、確かにアシッド化させる事で理性を失くさせてから操るというのは賢いやり方なのかもしれない。



「でも、そんな事出来るんですか? 理性も思考能力も無くしたアシッドを操る、なんて」


「出来る。私も先ほど、支配能力を使って奴らを操って見せただろう?」



 先ほど汚水に流してしまった四人の帝国軍人達。確かに彼らはアシッド化した後に、アスハさんが持つ【支配能力】によって操られ、殺し合っていた。


その隙を見計らい、私たちは奴らの頭を斬り落とし、頭を全て喰い尽くす事で、殺したのだから。



「先ほど支配能力を用いてみて分かったが、アシッドというのは思考能力が完全に無い訳じゃない。確かにその行動は獣的本能に近しいものだが、脳はしっかりと稼働している。ラウラ程の実力者が魔術的操作を行えば、ある程度は従わせる事も可能だ」



 以前、アシッド化させたサーペスト・ランディ、レガリアス・ビストをラウラ王が従えさせていた事を脳裏で思い返す。


彼はあの時、暴れまわろうとする二人を抑え込んでいた。それが彼の有する魔術的な操作、というものなのだろう。



「以上の事から、今後ラウラ王が野望を果たす為には、アシッド・ギアが必要となる。そのアシッド・ギア製造所を全て破壊し、奴の手に渡る前のアシッド・ギアを我々が奪う。そうなればアシッド・ギアの供給を再び出来るようになるまで、ラウラの行動を抑え込む事が出来る。だから製造所の破壊が時間稼ぎになる、というわけだ」

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