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アスハ・ラインヘンバーという女-10

 フェストラが向かっていった先は、こういう荒事になると毎回戦場となってる気がしなくもない、人通りの少ない工業区画へと向かう通り。


最初こそ私とフェストラ二人が走っているだけだったが……何となく気配で分かる。


こちらへと、数名の帝国騎士か帝国警備隊の人間が駆けて来ているという事を。



「っ、袋小路になるぞ!?」


「むしろこの辺りじゃないと、周りに被害が及ぶ」



 人通りの少ない通り、夕焼けも僅かに陰り始めて既に夜と言っても良い時間帯になってきた。


工業区画にある一つの通り、違法風俗街の方向は活気があるけれど、反対に工業区画の現場に用いられている通りの方は、だいぶ人通りが少ないし、通路も狭い。


だからこそ袋小路に追い込まれるのではないか、という警戒をしていたのだが、フェストラもそれを理解しつつも、しかし故に周辺被害は抑え込めると豪語した。


細い通りへと入り込むと同時に、ゴルタナを宙へ投げて「ゴルタナ、起動」と言葉を発したフェストラは、その身体を漆黒の外装が完全に包むよりも前に、私の身体を突き飛ばしながら、振り下ろされた剣をゴルタナの装甲で受けた。


 鋼が装甲を斬り裂き、僅かに火花を散らしながらも、その衝撃はフェストラに届く事はない。


彼は僅かに身体をのけ反らせながらも、すぐに握り締めた拳を、男の顔面へと叩き込み、殴り飛ばす。



「全く、手荒い歓迎にも程があるだろう……!」


「ていうかお前突き飛ばすなよ!」


「叩き切られるよりはマシだろう?」



 今殴り飛ばした男とは別に、細く見えるが剣の扱いに長けていると見受けられる男性が、建物の屋根を伝いながら通りへと現れ、その剣を素早く引き抜いた。


それ以外にも遠回りしながら私たちを追い込もうと、反対の通りから現れる者、私たちの行方を追ってきた者と、計四人の帝国騎士に囲まれる事となった。


まだ全員とはそれなりに距離を開ける事が出来ているとは言え、全員が無駄に言葉を発する事なく、少しずつ間合いを詰め寄ってくる感じは、真綿で首を締められるような感覚となり、首元がゾワゾワしてくる。



「おい、コレ本気でマズいんじゃないの?」


「まぁ、それなりにな」



 フェストラもずっと冷や汗を流したままだ。正直コイツが冷や汗を流す時は、それなりに状況が悪化している場合か、綱渡りの面があるかのどっちかだ。


今回が綱渡りである事を願いつつ、私がマジカリング・デバイスの側面にある指紋センサーへと触れる。



〈Stand-Up.〉


「変身」


〈HENSHIN〉



 上空へ放り投げた画面を殴りながら発する光に包まれ、変身する私の様子を、僅かに眩しそうな表情で見据える者達。しかし彼らは焦る事なく、私よりもフェストラに剣先を向けた上で、突撃を開始。


フェストラが私の背を踏み台にする事で高く舞い上がると、その内の三人が彼を追うように地を強く蹴り、屋上へと舞い上がっていく。


私には一人の兵士が付き、黒剣の柄に力強く振り下ろされた剣により、黒剣は地面へと叩き落される。



「っ、」


「失礼を」



 丁寧な口調と同時に私の腹部に振り込まれた左手の拳。だが、戦闘衣装を身につけた私の防御力がそれを受け止め、僅かに胃液を吐いただけで済む私は、右足を男の股間に叩きつけた。



「ぐ、ぬぅうっ!」


「こっちも失礼……!」



 悶えている間にフェストラを追いかけるように地面を蹴った。


建造物の屋上に着地した私は、フェストラへと斬りかかろうとする三人の内、一人の背中へと跳び蹴りをかまし、蹴り飛ばした隙を見計らうかのように、フェストラが金色の剣を力強く横薙ぎして、囲む二人を後退させる。



「庶民!」


「分かってるよ――ッ!」



 声と同時にアイコンタクト。


私は先ほど蹴り飛ばした一人の顔面に黒剣の柄を叩きつけ、顎を強打する事で気絶させ。


フェストラは出現させた四体の魔術兵を使役し、一人に二体ずつ襲い掛からせた隙を見計らい、ゴルタナの堅牢性を有した拳を顎に叩き込んだ。


残り一人。魔術兵を切り倒し、消失したマナの残りから顔を出した兵の一人が振るった刃を、黒剣の放棄を行った私が身体で受け止める。


吹き出る血、それと同時に握り締められた彼の腕によって、魔法少女としての力を有する私の腕力を振りほどく事が出来ず、ギョッとした表情のまま背後に回ったフェストラに首筋を殴られ、気絶した。



「残り一人は!?」


「股間蹴り付けて悶えてる!」


「なら良い、逃げるぞ!」


「っ、フェストラ!」



 ある程度の追っ手を気絶させたなら、周囲に被害が及ぶ事は無いだろうとした考えなのだろうが……しかし、私は本能的に察した気配のような物を感じ取り、声を張り上げつつ、フェストラの身体を突き飛ばす。


 先ほどフェストラが首筋を殴りつけて気絶させた筈の男が急に立ち上がって、アイツに襲い掛かろうとしていた。


彼の身体を突き飛ばすと、男は私の首を両手でホールドしながら、首筋に歯を突き立て、その肉と骨の両方を抉り取るかのように、食い千切ってきた。



「ぐ――ッ」



 痛い、頸動脈も食い千切られた感覚、だがある程度その痛みには慣れているから、男の腹を蹴り飛ばして距離を開けると……男は、ゆらりと身体を動かしながら、私の首筋近くの肉をモニュモニュと喰いながら、涎と血の混ざりあった液体を口元から溢した。



「そんな、何時アシッドに……!」


「恐らくアシッド・ギアに、自動操作術式を組み込んで、気絶と同タイミングで稼働されるようにしていたのだろうよ」



 アシッドという存在の厄介な所は死なない所ではあるが、ハイ・アシッドとしての昇華が成されない限り、知性的な行動がとれない。


故にフェストラを殺せと命じた、実力のある帝国軍人達にはアシッド・ギアだけを預け、独自に行動させていたのだと思われる。


……そしてもし任務に失敗した場合、アシッド・ギアが自動的に挿入され、アシッドとなってでもフェストラを殺せとしていたのだ。



「これはこれで、マズいな……ッ!」



 先ほどまで帝国軍人としての実力を以てして襲い掛かってきた四人も恐ろしかったが、これからアシッドが四体、私とフェストラを殺す為に押し寄せてくる。


現に今、二人の帝国軍人も身体を肥大化させながらのっそりと起き上り、下で股間を押さえて悶えていた筈の一人も、同様に身体を起こしてこちらを見た。


全員、アシッド化している。



「フェストラ逃げろ! ここは私が一人で押さえておく!」


「馬鹿を言うな、お前ひとりで残していける筈が無いだろう」


「良いから早く! コイツ等はハイ・アシッドである私の匂いを追ってくる! 私がコイツ等を抑えている間に、ヴァルキュリアちゃんかドナリア辺りをこっちに呼んでくれって事ッ!」



 先ほどメリーに渡された携帯電話、その二つ折り携帯をフェストラに示すと、彼もゴルタナの展開を解除し、懐に入れていた携帯電話を開き、操作を開始しながら私へ述べた。



「……生き残れよ」


「分かってる。お願いだから早く来させてよ……!」



 フェストラと二手に別れ、私は先ほどまでいた細い通路側へと降り、フェストラは建物の屋根を伝って、逃げていく。


四体のアシッドは鼻を鳴らしながら私の匂いを追うようにこちらへとやってきて、呻き声をあげながら両足を強く動かし、迫ってくる。



「あぁ、もう。一対多とか、プロトワン時代でもやった事あんまりないのに……!」



 ポケットの中から取り出すのは、以前メリーと戦った時に奴から奪い取った、アシッド・ギア。


それを首筋に挿入し、僅かに身体が肥大化しながらボゴボゴと血流の流れが良くなる感覚を覚えながら……襲い掛かるアシッドの一体が振るう腕を避けながら、躱したタイミングに合わせて腕を取り、腕と肩の付け根に手刀を振り下ろした。



「アガァァア――ッ!」



 痛み、悶える一体。それと同時に引き千切れたアシッドの腕を握り、腕の断面に口付けながら、溢れる血を呑むようにして、肉も食い千切っていく。


食し、歯で食い千切る度に栄養が肉体を循環していくような感覚。私は二の腕辺りまで喰った段階で残る腕を捨て、深く息を吐いた。



「ハァ……」



 深呼吸と同時に、私は地面を蹴りつける。抉れた地面が、アシッド・ギアによるドーピングと肉を少しとはいえ喰らった事による回復を物語っているだろう。


出現した黒剣を振り、一体のアシッドを斬り裂くと同時に襲い掛かる三体の敵。


それには幻影を召喚して、応戦させている間に一体の頭を踏み潰し、回復まで時間を稼ぐ。



「っ、」



 だが、思いの外幻影がやられるスピードが速かった。幻影を振りほどいて私へと襲い掛かろうとする残った三体――それらが私へと手を伸ばし、身体を固定させ、私の身体を喰らう光景までが脳裏に横切った瞬間――その三体と私の間に、一人の女性が着地した。



「こっちを見ろ」



 女性の綺麗な声と共に、アシッドの動きが止まった。


 ビク、ビクと身体を震わせ、伸ばしていた手をダラリと下ろした、自我の無い筈のアシッドたちが……女性の命令を聞くかのように、その視線を向けている。



「お前達三人で、喰い合っていろ」



 女性の命令を受け、アシッドたちは私と女性の横を通り過ぎて、路地の奥へと向かっていく。


そして、私たちと距離が離れたと同時に――互いが敵同士であると言わんばかりに襲い合いながら、その肉と肉をぶつけ、喰い合い、泥沼の戦いにもつれ込んだ。



「……無事か、クシャナ・アルスタッド」


「アスハ、さん……?」



 外していた銀の眼鏡を取り付け、私に手を伸ばした女性は――銀の髪と綺麗な顔立ちをした女性。


アスハ・ラインヘンバーである。

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