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アスハ・ラインヘンバーという女-08

 帝国城へと戻る、その言葉に流石の私もコイツの身を案じずにはいられなかった。


それはフェストラ本人もそうである様に思える。何せ言葉にしたコイツ自身、僅かに冷や汗を流しているからだ。



「大丈夫なのか? 私とかファナはともかく、お前はラウラ王に命を狙われてるんだぞ?」



 今日の戦いにおいて、フェストラはラウラ王と敵対を選び、また彼の弱点がお母さんである事をほのめかした結果、本気で狙われたのだ。


フェストラが如何に優秀な男だと彼に認識されていようと、敵対を明らかにしたフェストラを生かしておく理由はない。可能な限りコイツを殺す為に動くと予想出来るんだが……。



「恐らく問題はない。どこかで野垂れ死んだ場合はともかく、帝国城でオレが死ぬという事になれば、帝国城で生活するレナ・アルスタッドにもオレの死は伝わる筈だ。そして、オレが死んだ事をレナ・アルスタッドが知った場合、彼女がどう動くかは予想がつかない。なるべくなら帝国城内では行動を控える筈だ」



 つまり、お母さんという存在を盾にする事で、私たちが帝国城で行動出来る可能性が高い……というわけだろう。


けれどそれは――裏を返せば、帝国城内でフェストラが殺された事を隠蔽する方法さえあれば、帝国城というのはフェストラを始末するに相応しい場所と言っても良いだろう。



「本音を言えばリスタバリオスかガルファレットを護衛に就けたかった所だが、あの二人は今、精神的な余裕が無い状態だ。だから、ラウラにとっては守るべき対象であるお前を隣に置く事で、安全性を少しでも高めようとした、というわけだな」



 とはいえ、私の場合は頭を完全に消滅させられない限り、死ぬ事はない。つまり言ってしまえば、いざラウラ王が本気を出した場合、私の安全は鑑みる事無く、フェストラの抹殺に動けるという事でもある。


でも、コイツは自分が多少のリスクを負う事は計算済みでも行動を起こす男だ。きっと、止めても聞きはしないだろう。



「……分かった。でも、何しに行くんだよ」


「レナ・アルスタッドの様子を見に行くのと合わせ、オレも一度、シガレット・ミュ・タースと顔を合わせておきたい。……これが鬼門になるかどうかは、シガレット次第だ」


「シガレットさん――それこそマズくない? 彼女って魔術師としてはヤバい位に強いんでしょ? なら、お前の死を隠蔽する事なんていくらでも出来るんじゃ」


「むしろシガレットと接触さえ出来れば、生存率は極端に跳ね上がる。彼女が人の生き死にに敏感なのは、お前も既に知っているだろう」



 あ、そうか。シガレットさんとしては人が殺される事を嫌っていて、それが例え敵であろうと関係ないのだ。


もし、彼女の前でフェストラが殺されでもした場合、シガレットさんがどう動くか分からない。ラウラとしても、重要な戦力であるシガレットさんを敵に回してまでフェストラを排除するのなら、それ相応の状況を作り出す……という予想なのだと思われる。


低所得者層地区を抜け、首都・シュメルの中央街にまでやってくる。人通りが多い場所になれば、暗殺の危険性は一応下がるのだが、人通りに在り過ぎる事も問題だ。


人混みに紛れた暗殺でもされてみろ、犯人も分からずただ殺されるだけになり、フェストラの死はただの通り魔による犯行とでも隠蔽される。



「……しかも監視されているな」


「へ?」


「周辺に、オレ達を監視する警備隊と帝国軍の人間がチラホラと見える。顔と名前が一致するだけでも、全員エンドラス派の人間だ」



 つまり――帝国の夜明けに属していない、または属していたとしても、ラウラ王やエンドラスさんの側に就いている、軍拡支持派の人達って事か。



「アジトの場所、バレたかな?」


「そもそもアジトの場所は既に知られているだろうよ。帝国の夜明けが元々ラウラの管理下にある組織だったならば、当然だ」


「それじゃあ避難場所をあのアジトに選んだのはマズかったんじゃ」


「その内変更する必要はあるとメリーも考えているだろうが、今はあえてあの場所に居を構える事で、監視下にあるという優位性をラウラに持たせる。それこそ時間を稼ぐ為に必要な状況だ」



 逼迫した状況というのは行動を促進させる。無論、行動を促進させる事で敵を準備不足状態にし、こちらを優位にするという事も可能だが、今回の場合はこちらも準備不足の状況だ。なるべく双方ともに準備を万全な状況にした上で行動したいという思惑は、それこそこちらも向こうも同じ、というわけだ。



「それで、監視されてるっていう事は……」


「当然と言えば当然だが、オレはラウラにとって相当、厄介者扱いされているようだな。だが、良い傾向だ。ラウラがオレに注目してくれる分だけ、他の奴らが動きやすい。それこそ――アスハとかがな」



 冷や汗混じりながらも、ニヤリと笑うコイツの思考は相変わらず読めない。何を企んでいるのか、何も考えていないのか、一かゼロかの部分まで読み取らせないものだから、私としては若干ムカついてしょうがない。


 そんな会話をしていると、帝国城へと辿り着いた。普段帝国城へと出入りする為に用いる通用口を通り、警備の人間達に視線を送られながらも、フェストラを見て「お勤めご苦労様です!」と背筋を伸ばす光景は……フェストラを罪人として見ている感じではない。



「第一段階はセーフ、という所か」


「第一段階?」


「問題無いとは思っていたが、全帝国警備隊・帝国軍の人間に、オレの捕縛を発令されている可能性が、僅かとはいえあったからな。それが無いという事は分かって……まぁ、少しホッとしている」



 言葉通りホッと息をついたフェストラ。しかし、これで安心とも言い切れない。あくまで安全の第一段階がセーフというだけだ。


あくまでフェストラの排除を命じられている、もしくは監視を命じられている軍拡支持派の人間が多く居るという事実は変わらない。その上で、今から入り込もうとしているのは敵の根城である事も変わらないのだ。


であれば、気を引き締めるしかない。正直、魔法少女への変身もゴルタナの装着も、見た目が大きく変わらないのであれば、今の内にしておきたいと考えるレベルである。



「気を引き締めろ、庶民。ここから先は完全に敵陣だ」


「……うん」



 とは言っても、あまり殺気立って歩くわけにもいかず、私たちは意識を周りに向けながらも普段通りを装って歩くしか無い状態だ。


帝国政府公務棟を抜け、今日の朝まで生活していたフォルディアス家用の邸宅エリアまで進んでいく間に、色んな人間と通り過ぎた。


中には私とフェストラに視線を向ける者もいたが……そうした者たちも、私の事を物珍しそうに見て「あれがフェストラ様の婚約者か」と独り言や小話のネタにしているだけのようで、普段なら「違う違うそうじゃない」と曲を口ずさんでしまいそうな嘘に感謝する。


特に問題も無く、私たちアルスタッド家に割り当てられた、フォルディアス家用の邸宅エリアまでやってきて、少しだけ拍子抜けと言った様子で、私とフェストラはお母さんが住んでいる扉の前に立つ。



「……どう思う?」


「恐らく罠だろうな。敵陣に堂々と入り込み、ここまで妨害が無い事を考えれば、そうとしか考えられない」



 物理的・魔術的、それ以外にも数多の妨害や障害を予想していた私たちにとって、ここまで何も起きない事が、むしろ胸をザワつかせている。


……そんな風に考え込み、部屋に入る事を躊躇していた二人の会話へ割って入ろうとするのは、一人の女性が発したである。



「罠というのは少し違うわ。少し私たちなりに考えがあって、貴方達を迎え入れただけに過ぎないもの」



 女性の声が聞こえ、私とフェストラは互いに右手でマジカリング・デバイスとゴルタナを握ろうとするが――しかし、私が右の太ももに伸ばした手が、フェストラが懐に伸ばした手が、同時に動きを止めて、一ミリも動かなくなった所で、女性が私とフェストラの前に立ち、ニッコリと笑った。



「こんばんわ。フェストラ君と、クシャナちゃんね。クシャナちゃんは本当に、大きくなったわね。あの生まれた直後の、小さかった時と大違い」


「……貴女が、シガレット・ミュ・タース、さん……?」


「ええ。ガルファレットの深層意識を読んで、お婆ちゃんの時の私は知っているわよね? フェストラ君も、お婆ちゃんの時には何度か会っているもの。覚えているかしらぁ?」


「貴女の事は、忘れようとしても忘れられません。……何せオレの魔術相殺は、貴女から教えて頂いた技術ですからね」



 若々しく美しい金髪の女性、その微笑みも口調も、とてもじゃないけれどご老体には思えない。


しかし、その柔らかな物言いと雰囲気は、どことなく長い年月を経験して人生を知り得ている者にしかあり得ないモノがあって、私もフェストラも、彼女が……シガレット・ミュ・タースさんが老人であるという認識を、違和感なく受け入れる事が出来たと言ってもいい。



「オレ達を迎え入れる、と言いましたね?」



 未だ一ミリも動かず、僅かに震えるしか出来ずにいる手を見据えながらフェストラが問うと、シガレットさんも「そうね」と頷いた。



「ラウラ君からの伝言を預かっているわ。『レナさんを安心させる為に、言伝だけは残しておけ』、との事ね」


「言伝……?」


「自分の子供二人が長く家を空けてたら、お母さんとしては心配するのは当たり前じゃない。彼女を心配させないように嘘をつけって事よ。……ラウラ君はそうした心配さえも、レナちゃんにさせたくないみたい」



 それと、と言いながら、シガレットさんが苦笑しながら自分の事を指さした。ちなみに敵なんだけど、そうして自分に指さす彼女は、少しキュートに見えた。



「私の事も、それとなーく護衛だって説明してくれない? 流石にずーっと一緒にいようとすれば、護衛って分かった方が良いもの」


「やっぱり貴女が、お母さんの護衛をするんですね」


「ええ。――貴方達も、彼女がラウラ君にとってのがん細胞だって分かっているのでしょう? それを守る為に動くのは、そうおかしな事でも無いじゃない」


「そうしてオレ達に何の得があると?」


「そうねぇ……さっきから数キロ先でレナちゃんの事を監視してる、ルトちゃんを見逃してあげても良い、っていうのはどう?」

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