アスハ・ラインヘンバーという女-06
殺しても死なない人間、神如き力を有する男。
それがもし、自分の国に訪れ、平伏を求めたら――そう恐怖心を駆り立てられた者達が、暴走に近い攻撃的な行動に出る可能性は少なくない。
「シガレットさんはそれを危惧してる。だからラウラさんの計画が最初から上手く行くにしてもいかないにしても、どうとでも動けるように彼の下に就いている……っていうのが私の予想だね」
何にせよ、シガレットさんは今後もラウラ王と協力関係は続け、私たちの敵として立ち塞がり続けるという事なのだろう。
そうなってしまったら、誰が彼女を止められるというのだろう。
「言っておくけど、現状の私はあくまでオブザーバー参加でしかない。知恵と技術は、私が必要だと思ったら貸すけれど、シガレットの婆さんやラウラさんと戦ったりなんかはしないからね」
「それまたどうして? ここまで貴女は色々と手をこまねいてきたじゃないですか」
それに彼女は自分の本来持っていた技術を、私という幼い命を助ける為にラウラ王に授け、結果としてこの事態を招いている。それが気に食わないから、私たちに協力していたんじゃないかな、なんて思っていたんだけど。
「まぁコレも理由は二つ。一つはクシャナちゃんの想像と近い部分があるんだけど、確かに私はラウラさんが嫌いだし、私の与えた技術が良いように使われてるのは気に食わない。正直、ブチ殺したいとさえ思ってる」
その場にいる全員の背中へゾワリと悪寒が走る感覚。それ程までに、彼女の声には殺気が込められていた。
「ケド、まぁ出来ないよね。私がラウラさんに技術提供したなんて記録は残ってないし、残っていたとして、その技術をどう使うかなんて誓約書も書いてない。それに対して報復なんかしたら、それこそ不当報復とか内政干渉って言われても仕方ないし」
「……思いの外理性的だな。あの何にでも噛みつくカルファス姫とは思えん」
フェストラがブツブツと呟く。以前から交流があったフェストラは、彼女がどういう性格なのかを理解し、狂人めいた思考を苦手としていた事を思い出す。
「二つ目。私が手を貸してきたのは、あくまでファナちゃんとアマンナちゃんを守りたかったからだよ。個人的に二人は私のお気に入りだし、最初は二人を守れればそれでいいと思ってたら……まぁなんか深入りしちゃったってカンジ」
「なんでアタシって、そのお気に入りの中に入れて貰ってるんですか……?」
「その……わたしも」
今、名前が出た二人の妹キャラであるファナとアマンナちゃんが手を上げて問うと……カルファスさんはニッコリと笑顔を浮かべ親指をグッと立てたサムズアップで回答する。
「私、妹萌えだからっ!!」
「萌えとはまた古い言葉を……」
「え、メリー萌えとか知ってんの? マジで? 私が秋音市にいた頃は知る人ぞ知る用語だったんだけど?」
「確か二千年代辺りに流行語大賞となっている筈だね。今でも使わないわけではないけれど、使う事は少なくなった。最近だと『推し』とかの言葉になるんじゃないかな?」
「お前らどうでも良い日本の話をしてるんじゃないぞ……」
私の何気ない問いにメリーが真剣に答え、ドナリアがため息交じりに注意するというのもおかしな状況だ。
でも魔法少女モノにおいて高校生とか大人もなっているみたいな話もあったし、二千十九年の日本ってマジでどうなってるんだろう。
ちなみにファナもアマンナちゃんも【萌え】の概念が良く分からなかったようで、首を傾げていた。うーん、萌え。
「冗談は別として、一つ目の答えがほとんどの理由だよ。私としても気に食わないラウラさんでも、立場上何も出来ない。だから皆を利用して、自分なりに良い結末へ誘導出来ないか試みてたワケね」
「そして、それは実際成せているのでしょうか?」
終始警戒をしているルトさんだけが、場の空気に呑まれる事無く問いかけると……カルファスさんは苦笑し、首を横に振った。
「うーん、まぁ出来てないね。このままだと、ラウラさんが考える希望の未来へレディーゴーだから、シックス・ブラッドと帝国の夜明けが組むように仕組んだのよ」
一度はシックス・ブラッドの解散にまで事態が発展し、彼女はこうして自ら動かなければならなくなった。
その結果として今があるけれど……果たしてこの状況に至ってしまった事が、良い事かどうかは分からない。
「後は最後のまとめだ。ラウラは既に、アシッド・ギアを用いて数多の部下をアシッド化させている。それも、帝国の夜明けに属している人間もいれば、属していない人間もいて、何方にも共通するのはエンドラス派の人間だという事だ」
フェストラの言葉に、メリーとドナリアが頷いた。
私も詳しくは知らないけれど、軍拡支持派における派閥は大きく分けて二つあって、その内の一つがドナリア派で、もう一つがエンドラス派なのだそうな。
「帝国の夜明け所属の人間は、多くがドナリア派の人間なの?」
「いや、エンドラス派もそれなりにいる。加えて、どちらにも属さない者もいた。クシャナ君に通じるだろう名前として、トラーシュ・ブリデルは正にどちらにも属さず、しかしエンドラス様にもドナリアにも理解を示していた人物だった」
トラーシュ・ブリデル。まだシックス・ブラッドという組織名すらなく、ファナが第七世代魔術回路を持つという事実に気付いたその日に、ファナを狙ったアシッドだ。
アシッドとは言っても、既にハイ・アシッドになりかけていた様子もあったし、私としては心苦しく思いながら頭を喰った事を覚えている。
元々帝国の夜明け所属の人間という事だが……。
「彼は元々ドナリアが声をかけ、シックス・ブラッドに属した一人だった。だが調べると彼にファナ・アルスタッドを狙うよう命令した人物は、帝国の夜明けに存在はしなかった」
「あの人は帝国の夜明け以外の何者かに命じられて、動いていたって事?」
「……ラウラ王の命令、であるな?」
ヴァルキュリアちゃんが顎に手を押さえながら、そう言葉を発する。
「本日、父上の代わりに拙僧と戦った者達……マベリック、ランス、ヤンサーという者達が口にしていた言葉……それが、トラーシュ・ブリデルという者の発していた言葉と、近しい内容であったのだ」
トラーシュ・ブリデルと最初に邂逅し、彼の言葉を主に聞いているのはヴァルキュリアちゃんだ。
ファナを守ろうとした彼女に、トラーシュ・ブリデルは「正しき世界を創造する為に、フレアラス教を歪めた愚かな思想、今こそ正さん」と口にしたという。
そして、今日の戦いにおいて、煌煌の魔法少女・シャインとして君臨した彼女が相対した三人……マベリック、ランス、ヤンサーという三人も「フレアラス様の教えを歪めんとする者、思想を正す」と口にしていたようで……。
「そうだ。トラーシュ・ブリデルは恐らく、ラウラ王の命令によって動かされた。恐らくは唆されたのだろうな。しかし、その意味が分からない」
「分からないか? 単純な事で、ファナ・アルスタッドとレナ・アルスタッドの二名を帝国の夜明けから守れるようにという、ラウラの考えに手っ取り早かったからだ」
フェストラがそう軽く口にすると、皆の視線がそちらに向く。
「まず、レナ・アルスタッドという存在はラウラにとって利害も何も関係なく、守るべき愛する女性だ。そしてファナ・アルスタッドは、蘇生魔術の運用に必要な人材。可能な限りオレ達シックス・ブラッドか、奴の手が及ぶ場所に置いておきたい」
「だから、帝国の夜明けがファナを狙っていると誤解させる必要があった、という事だな」
ガルファレット先生が「上手く騙された」と口にし、軽い舌打ちを交えた。あの時の先生は「軍拡支持派がファナの正体に気付き狙った可能性もある」と、結果的にミスリードへ乗っかってしまった。その事を悔しく思っているのかもしれない。
「それ以外にも、シルマレス・トラスの事件。あれも恐らくはラウラによる誘導だろう」
シルマレス・トラスは、私とフェストラ、アマンナちゃんが初めてこの世界で遭遇し、魔法少女に初めて変身して討伐したアシッドだ。
「庶民。あの時に出た被害者が誰かを覚えているか?」
「魔導機開発メーカー・グラテーナの開発主任だった、レスガ・ズンとパストラミ・パラマ、だね」
こっちは思い出すのに記憶を少し辿ったが、印象深い事件だったし、以前夢でも見たから何となく思い出せる。
私が魔導機開発メーカーのシュナイデとリュミウスの株を現物買いした一ヶ月後位に、その対立企業であるグラテーナの開発主任を務めていたレスガ・ズンとパストラミ・パラマの二名が、アシッドによる犯行としか思えない殺され方をしたのだ。
そして、その二人を喰ったのが恐らく……シルマレス・トラスという、軍拡支持派の人間だったのだろう。
「シルマレス・トラス……か。確かに軍拡支持派に属していた人材ではあるが」
「少なくとも俺は、アイツにアシッド・ギアを与えてないな」
「そうだね。彼もエンドラス派の人間だったし、帝国の夜明け所属でも無かった」
「恐らくだが、ラウラは帝国の夜明けが動き出したタイミングを見計らい、庶民をこの騒動に一枚噛ませる必要があると考えた。そこで、庶民がシュナイデとリュミウスの株を現物買いしたタイミングに合わせ――対立企業に属していたレスガ・ズンとパストラミ・パラマの二名を、シルマレス・トラスに食わせた」





