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アスハ・ラインヘンバーという女-05

 システム的なエラーを有効活用し、偽物の心身を本物であると誤認識させる。結果として生まれたのは、若き身体を有する経験の豊富なシガレットさん。


もしかしたら今の彼女が有している好戦的な部分というのも、そうしたエラーによる副作用なのかもしれない。



「だが、何故シガレット様を蘇らせたのです? 彼女は」


「戦いそのものを忌み嫌っている筈――でしょう?」



 シガレット・ミュ・タースという女性は、第七次侵略戦争における戦いで功績を積み重ねた女性ではあるが、しかし戦争という無慈悲な場において、敵だけでなく味方も救う事が出来ず、多くの死に触れた事で、人の生き死に敏感となった。


結果として彼女は英雄視される自分が裏方に回り、後にガルファレット先生という人が抱いていた心の闇を払った人物、と言ってもいいだろう。



「まず、シガレットの婆さんとラウラさんの関係は、簡単に言えば師匠と弟子の関係性だったの。元々ね」



 師匠と弟子。この場合であれば、ラウラ王が弟子で師匠がシガレットさん、という事になるのだろう。



「第七世代魔術回路を持つラウラさんの技能は、当時から抜きん出ていたと言っても良かったみたい。勿論、どんな高名な術師だろうが、彼に教える事なんか何もない筈――シガレットの婆さんを除けばね」



 シガレットさんの魔術回路は、おおよそ第三世代から第四世代魔術回路程度のものでしかない。つまり本来ならば第七世代魔術回路を持つラウラ王に魔術を教える立場には無い筈だったが、彼女の場合は戦場という場所に身を置く事で手にした技能があり、その技能に関しては、どんな高名な魔術師よりも優れていたという。



「実際私もラウラさんと同じ第七世代魔術回路を持ってるし、最強の魔術師なんて呼ばれてるけど『絶対に勝てないな』と思う魔術師が二人いる。その内の一人がシガレットの婆さんなんだよね」



 つい気になったので私が「ちなみにもう一人は?」と問うと、彼女は苦笑しながら「弟の従者だよ」と答えただけで終わった。



「話が逸れたね。つまりシガレットさんはラウラさんの師匠として、多くを教える立場にあった。そして彼の提唱する……というか九歳の私が伝えた蘇生概念を、蘇生魔術に昇華する為に手を貸した人物でもある」



 つまり、本来はカルファスさんが提唱していた理論を基に、シガレットさんが蘇生魔術の概要へと昇華し、その概要をラウラ王が実行したというわけだ。


その結果として……シガレットさんが蘇らされた。



「シガレットさんを蘇らせた理由は三つ、想定できるね。一つは単純に戦闘要員としての起用。勿論、彼女の人命に敏感な部分や、お婆ちゃん故に若い子を応援し過ぎる所は不確定要素になるかもだけれど、単純に彼女を戦闘要員に出来れば、相手を殺さなくとも十分に足止め出来る技能を持ってるもの」



 事実、ガルファレット先生は本日シガレットさんに完膚なきまで叩き潰された。彼女は人命に敏感な部分がある故に先生を殺さなかったけれど、しかしガルファレット先生という戦闘要員を呆気なく倒した……と聞いている。


でもその実、お婆ちゃんとして若い子を応援したいという気持ちもなくはないみたいだ。


ファナをラウラ王と謁見させたり、ファナとルトさんがラウラ王の下から離反するとなった時には、逃亡に協力してくれたという話も聞いているし、何だか……。



「あの……どうしてシガレットさんって、お父さんの言いなりになってるんですか……?」



 同じことを考えたようで、ファナも神妙そうな顔つきで問うと、カルファスさんはファナへ視線を向ける。



「だって、お父さんのやろうとしてる事で、少なくとも生き死には必ず絡んじゃう……アシッドにされた人は、お姉ちゃんが食べちゃうしか倒す方法はないし、それを考えたら、お父さんを止めたいって思うんじゃないですか……?」



 ラウラ王は、私たちシックス・ブラッドと帝国の夜明けをぶつけ合い、互いに拮抗状態を保つ事で、軍拡支持派……というより反政府勢力を取りまとめる事を意図していた。


しかし少なからずシックス・ブラッドが動くという事は、彼らがアシッド・ギアを用いて人をアシッドへ変革させる事を意味し……そして、結果としてそれを放置できない私は、彼らを喰う。


少なからず、喰われた者の命は、そこで途絶える。それを納得出来るシガレットさんではないだろう。



「そこも含めて二つ目の理由。シガレットさんとしては、人の生き死にに敏感な部分があって、ラウラさんを必ずしも認めているわけじゃないってコト。ファナちゃんやルトさんを逃がしたみたいに、納得できない事に関しては首を横に振る性格は変わってない」



 だがならば、何故人の生き死にが関わる部分を放置し、ラウラ王に仕えるのか――それをあくまで「予想なんだけど」と前置きしながら、言葉に直す。



「シガレットの婆さんが概要を組み立て、ラウラさんの実用化した蘇生魔術には、色々と欠点がある。それはシステムのエラーを利用して復活させている不完全なものだからこそ、蘇生魔術の解除は比較的簡単なんだ。少なくとも蘇生魔術の発動を起こしたラウラさんとエンドラスさん、元々蘇生魔術の起動に必要なファナちゃんなら、解除して排除は何時でも可能になる」



 ファナでもシガレットさんの排除は可能だとする彼女の言葉に、ファナは驚いた様子はない。先に聞いていたけれど、シガレットさん当人も、ファナには自分を止める事が出来ると証言していたそうなので、驚く事ではないという事なのだろう。



「シガレットの婆さんは別に、もう一度死ぬ事に対して恐れはないとは思う。けれど下手に動いて自分に展開された蘇生魔術が停止されると、状況が悪化した時に対処出来なくなるって考えてるんじゃないかな」



 シガレットさんは、現状を好ましいとは思っていなくとも、少なからず犠牲は少なく済んでいると考えているようだ。多くの人間が犠牲になっているようにも見えなくはないが……ラウラ王が本気で動き出した場合、より多くの人間が犠牲になる未来を想定しているのだろう。



「彼女がストッパーになる事で、必要以上の犠牲を失くす。そして、彼の計画を完遂させる事で、シックス・ブラッドや帝国の夜明けという組織による戦い、果ては内戦や内乱という争いも終わらせる。そこまで可能な限り犠牲を少なくする事こそが、彼女の目的なんじゃないかな、と考える事が出来る」



 犠牲を完全に失くそうとすると、シガレットさんはまた命を落としてしまう。それは怖くないが、そうなれば誰にもラウラ王を止める事が出来ない。ならば可能な限り犠牲を少なくする方法を採る。


大人らしい、歳を重ねた者の考え方と言ってもいいだろう。



「そして三つ目は……これこそ怪しいんだけど」



 チラリと、ヴァルキュリアちゃんの方を見るカルファスさん。しかしすぐに視線は外された後に、三つ目の理由を語り出す。



「蘇生魔術という存在を以てして、ラウラさんもシガレットさんも本当に願望を叶える事が出来るから、じゃないかな」


「……どういう意味だ?」



 ドナリアが首を傾げると「そのままの意味だよ」と、溜める事無く答えた。



「例えば、ラウラ王には多くの敵がいる。君たちシックス・ブラッドもそうだし、帝国の夜明けもそう。もしかしたら――私の本来在るべきレアルタ皇国とか、他の国々と今後、戦争状態になる可能性も僅かだけど捨てきれない」



 そうなった時、ラウラ王が死去する事も考えなければならない。不確定要素は想定しないよりも、想定した上で対処方法を検討すべきであるからだ。



「そうなった時に、誰がラウラ王を蘇らせる事が出来ると思う? ――シガレットさんだ」



 元々ラウラ王の用いる蘇生魔術の概要を組み立てた彼女ならば、ラウラ王が死した場合に蘇らせる事も可能となるだろうとする予測には、誰もが息を呑むしかない。


 勿論、現段階ではラウラ王が新種のアシッド因子を持ち得るが故に、彼が易々と死ぬ事は考え辛い。新種のアシッド因子の持つ自己再生能力は本物だ。


しかし――カルファスさんはラウラを殺し得る方法など幾らでもあると豪語する。



「帝国の夜明けが持つアシッドたちを使う事で殺す事も出来るし、クシャナちゃんもそう。何だったら煌煌の魔法少女になれるヴァルキュリアちゃんも同じじゃんか。ラウラ王の頭を完全に消滅させてしまえば殺せる。それ以外にも――あの人の頭上に核兵器を叩き込んで、欠片も残さず燃やし尽くすって手もあるかな」



 核兵器という言葉には、私だけじゃなくてドナリアとメリーも反応した。


メリーもドナリアも、十七年間は日本人として子供からやり直す事で過ごしたのだ。その破壊力も危険性も、戦略兵器としての効果も、抑止力としての使い方も、義務教育で学んでいる筈だ。


そして、そんなモノを彼の頭上に落とすと言えば聞こえはまだいいが、それは周囲を核の炎で燃やし尽くすという事でもある。



――それによって、この国がどれだけの被害を被るか、カルファス姫様は分かっているのだろうか?



「日本人だった三人には笑えないだろうけれど、冗談とも言えないかな。もし本気でラウラさんが何か仕出かそうとしたなら、私は迷いなく、核に近い兵器でも作り上げて、グロリア帝国という国を終わらせるよ」


「もしやカルファス姫は、ラウラ王がこの国の統治を終えた後に、侵略戦争を企てるとでもお考えで?」


「あー、それは無いかな。別にラウラさんも神になって全世界の統治を考えているわけでも無いだろうしね」



 メリーの問いに頭を掻きながら、首を横に振るカルファスさん。


 あくまでラウラの願望は、このグロリア帝国という国における神として君臨する事で、グロリア帝国の民を一つにまとめ上げ、平和と安寧を作り上げる事にあるという。



――だが、そうして神として昇華したラウラの事を知った諸外国は、どう言った反応を見せるか、それは予想に難くない。



「うん、逆なんだよね。ラウラさんが神としてこの国を統治した後、諸外国がグロリア帝国……というよりラウラさんの危険性を理解し、外交や交渉をすっ飛ばして戦争状態に移行する可能性もあるってコト。神を名乗るって事は、神の力を手にするって事は、それだけ面倒な事なんだよ」

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