アスハ・ラインヘンバーという女-04
「……分かった、もう良い。貴女がそこまではぐらかすというのなら、どうせ聞いた所で答えんのだろう?」
「うん、まぁ……言った所で本当に意味ないよ。多分、聞いて損したって思うだけだと思う。それに理由の九割は、使用適合者がヴァルキュリアちゃんだけだったってだけだし」
ため息混じりに「もういい」とするフェストラの言葉に、少しだけホッとするような動作をしたプロフェッサー・K。誰もその事を見逃してはいないけど……フェストラが首を横に振り、これ以上の追及に意味はないとしていたので、全員押し黙る事しか出来なかった。
「で、まぁ何にせよエンドラスさんはヴァルキュリアちゃんに戦って貰うしかない。私はどっちかというと、もう一人の方が問題だと思ってるかな」
「……シガレット様だな」
シガレット・ミュ・タース。私はガルファレット先生の深層意識に残っていた彼女の記録しか知らないけれど……若返って実力も老婆時代より上がっているのだという。
「あのぉ……アタシ未だに、シガレットさんって人がどうやって蘇ったのか、上手く理解できていないんですけど……」
「それはこの場にいるほぼ全員がそうだろう。あんまり気にする事は無い、ファナ・アルスタッド」
手を上げたファナにそう述べつつ、再び視線をプロフェッサー・Kに向けるフェストラ。今度は特に溜める事無く、彼女は顎に手を当てながら、質問に答えていく。
「まず、ファナちゃんが普段から使ってた治癒魔術が、本当は治癒じゃなくて【蘇生魔術】だった、って所は共有してる?」
一応、頷く面々。その情報はこれまでで伝え終わっているから、蘇生魔術という名前自体は分かるんだけど……問題は蘇生魔術っていうのがそもそも何なのかだ。
「蘇生魔術は簡単に言えば、蘇生対象の肉体を『魂に刻まれた全盛状態まで復元させる魔術』だと思えば良い。例えばクシャナちゃんの場合、今の肉体は全盛状態じゃない。でもファナちゃんの手にかかれば、ハイ・アシッドとしての力を最大限引き出せる全盛期と同等の力が出せるって事」
「全盛というのは何を基準に定めているのです?」
口を挟むメリーと同じ所が気になっていた。
例えば私の全盛期っていうと、多分プロトワンとして戦っていた時期になると思う。けれど、ファナの力で復活させて貰った何回かは、どれも肉体はそのままの状態だ。
もし治癒魔術が、肉体を全盛状態にまで復元させる魔術であるとすれば、何故私の身体はプロトワン時代にまで逆行した状態にならないのだろう。
「誤解があるみたいだから訂正しとくけど、シガレットさんの状態は特殊な事例だからね」
プロフェッサー・Kが、私たちほぼ全員に根付いた誤解を解くために、先んじてその言葉を綴る。
「あくまでファナちゃんの蘇生魔術における全盛っていうのは、今の貴方達が引き出せる実力の全盛。フルパワーって表現の方が良いのかな? 例を続けてクシャナちゃんの場合は、今の肉体でハイ・アシッドとしての実力を完全に引き出せる状態とかね」
「では、シガレット・ミュ・タースが有している全盛期……第七次侵略戦争時における若き肉体は何と?」
「あれは私が理論だけをラウラさんに提唱した、蘇生という概念に対する一種の到達点だよ。あのシガレットさんは、あくまで若い日の彼女を模しただけの人形、そしてその人形に埋め込まれた魂は……生前の彼女が有していた脳の情報を複製しただけのモノよ」
「……貴女が、理論だけを提唱した……?」
「ええ、そうよ」
フェストラへと視線を向けたプロフェッサー・K。彼女の視線に「いいのか?」と言わんばかりに目を細めたフェストラだったが、彼女はコクリと頷いた。
しばしの沈黙の後、ガルファレット先生に顎で示したフェストラに促されるよう、先生は彼女の身体に巻き付けられた拘束を解き、プロフェッサー・Kは自由になると、その目を隠す銀色のマスクを乱雑に外し、放り投げた。
そこにいたのは、美人のお姉さんだった。元々のプロフェッサー・K自体、顔立ちが良かった事は知っていたが、マスクというのは不思議なもので、口元を隠しても目元を隠しても、意外と素顔を予想出来ないもの。想像の何倍以上に綺麗な人がそこに居て、私は思わず「え、綺麗、好き」と口にしていた。
「クシャナちゃんからの求婚は嬉しいけど、その前に正体を明かしちゃっても大丈夫?」
私の言葉にクスクスと笑いながら首を傾げる、プロフェッサー・Kだったお姉さん。幾度も頷き早く名前を知りたいとする私だったが……その前にメリーとルトさんが目を見開き、声を大きく放ったのだ。
「カルファス・ヴ・リ・レアルタ、だと……ッ!?」
「何故……何故、レアルタ皇国の第二皇女様が、ここに……っ!?」
彼ら二人の言葉に、私も含めてフェストラ以外の面々が口をあんぐりと開け、メリーとルトさんの言葉を脳内で反芻させた。
――カルファス・ヴ・リ・レアルタ。その名前は私だって聞いた事が幾度もあるし、私以外の面々には驚きを通り越して驚嘆の名であろう。
何せ彼女は、この世界における最強にして、最優にして、最恐の魔術師として知れ渡った存在だ。
ラウラ王やファナと同じ第七世代魔術回路の持ち主でありながら、他の第七世代魔術回路持ちを以てしても「最強」と謳われた女性。
それこそ、情報として知り得るカルファス・ヴ・リ・レアルタの正体。そして、プロフェッサー・Kの、本当の姿である。
「そう、私はカルファス・ヴ・リ・レアルタ。そして……ラウラさんに次元航行技術や転生魔術概念、加えてシガレットさんを蘇らせた蘇生概念を与えた人間でもある」
他国の皇女であるという事実を打ち明けたにしては、軽やかな口調かつ座っている椅子にどっしりと構える姿は、本当に仮想敵国のお姫様なのか疑いたくなる程であったが……しかしフェストラはため息をつきながら「どういう事なのでしょう」と言葉を正しながら問う。
「今回の件に、貴女が大きく関わっていた……という事でしょうか?」
「そうだね。その昔、私が九歳位の話かな。ラウラさんが頭を下げてきたんだよ。『幼い命が死に絶えるかもしれない、力を貸してくれ』ってね。こちらとしても人命救助って意味合いで交流を持っていた国家元首の頼みを断れる訳も無く、まぁこちらに支障が出ない範囲で、色々と教えたんだよ。……そしたらまぁ、この世界にアシッド因子なんて存在がもたらされちゃったってワケ」
口調こそ軽かったが、しかしそう語る彼女の表情は、途中から憤怒に変わっていった。
「蘇生概念……ファナちゃんの力を使って、死者と言うべきシガレットさんを蘇らせた技術も、元々は私発信だったのよ。とはいえ、あくまで私は彼に理論を語っただけだから、それを実用化にまで至らせたラウラさんの技量は誇るべきかもしれないけれどね」
「ファナの力っていうのは、一体何なん……ですか? この子は確かにラウラ王の遺伝子から生み出されたクローニング体かもしれないけれど、超絶可愛い私の妹なんですよ?」
相手が他国の皇族と言う事もあり、言葉遣いは直さざるを得ない。しかしそうして口調を正した私に「これまで通りで良いよ」と、カルファスさんはアイマスクを指先で器用にくるくると回しつつ、そう述べる。
「ラウラさんは元々造り上げていたシガレットさんの人形に、予めコピーしていた魂のデータを入れこんだ。けれどそれだけじゃ、あくまで人形というハードウェアにデータを入れ込んだだけなのよ」
「……つまり、入れられたデータを読み込み、身体の中で上手く起動させるプログラムが無い状態だという事、ですか?」
「そーそー、そんな感じ。で、そのプログラム代わりとなるのが……ファナちゃんの魔術回路を模した擬似回路と、ファナちゃんの中にあるマナってワケ」
ファナの中にある魔術回路は、極端な事を言えばラウラの魔術回路とは異なり【蘇生魔術】に特化した魔術回路となっているのだという。
「とは言っても、さっき言ったようにファナちゃんの蘇生魔術は、あくまで『蘇生魔術を付与しようとした人間の全盛状態にまで復元させる』能力でしかない」
本来、ファナの能力がそこまで出来るものじゃないとしたら……それを出来るようにした者がいる、という事になる。
「でもシガレットさんの肉体とほぼ同一の人形、そしてシガレットさんの魂をコピーした偽りの魂に、この蘇生魔術を展開すると……あら不思議、ファナちゃんの治癒魔術は『シガレットさんの姿を模した人形に偽物の魂データが書き込まれている状態を、シガレットさん本人である』と誤認した。その結果として、蘇る事が出来たってワケ。これは私も、面白い試みだなぁとは思ったわ」





