アスハ・ラインヘンバーという女-03
あくまで思考は停止していないのだと、それでも分からない事が多すぎて、思考を回しても答えに辿り着かなかったのだという彼女の言葉に、ドナリアが煙草に火を点しつつ「アイツもお前もそっくりだな」と述べる。
「エンドラスは基本口下手で寡黙な男だ。他人との会話はともかく、少しでも気が通っていたり血が繋がっていたりすると、途端に口数が少なくなるんだよ」
「……実の娘であっても、であるか?」
「実の娘であるお前が、実の父親とまともな会話も出来てなかった事と同じだ。そもそもアイツは、嫁だったガリアともまともに話していた所を見た覚えがない」
ドナリアの言葉に、メリーも苦笑を浮かべる。恐らくメリーもその心当たりがあったのだろうし、ヴァルキュリアちゃんとしても想像自体は容易かったと思う。
以前聞いたところによると、彼女の母であるガリアさんが亡くなったのは、ヴァルキュリアちゃんが十一歳の頃だ。
そして彼の言う通り、ヴァルキュリアちゃんと似通っている所の多いエンドラスさんと、ガリアさんという人を聞いている限りだと、その三人が仲睦まじく語らう所など、想像はし難いと思う。
「……父は、母を愛していなかったのだろうか」
「バカか。愛してもいない女の願いを叶える為に、自分の全てを投げ捨てるもんかよ。男ってのは見栄っ張りで、意地っ張りで、本当の気持ちなんざ口にしない生き物なんだよ。で、いざって時……その生き方に後悔するんだ」
なぁ、とドナリアが視線を向ける方向にはフェストラがいた。フェストラはフンと鼻を鳴らしながら目を逸らしたが、逸らした先に私のニヤニヤ顔があったからなのか、顔面を思い切り蹴り付けて来た。メチャクチャ痛くて悶絶するしかない。
「~~っ、~~~~っ!!」
「お前らの親子喧嘩等、どうでも良い。どちらにせよエンドラスを止める為には、同じリスタバリオス型を極める、お前の力が必要だという事だ」
「……分かっているのである。父上は拙僧が止める、それは誰に言われるまでも無く、むしろ拙僧以外が止めるという選択はあり得ぬ」
「だが、その前に知らなければならない事が一つ増えたわけだよ。……君に与えられたという、新たな魔法少女としての力がね」
メリーがそう口にしながら指を向ける先にあるのは、先ほどまで変身のポーズと掛け声の練習をする際に用いていた、ヴァルキュリアちゃんの持つマジカリング・デバイス【シャイニング】だ。
私の持つ【イリュージョン】のマジカリング・デバイスと同様の、スマートホンとかいう端末と同じ形状をしているが、所々の形状が異なっていたりする。
「煌煌の魔法少女・シャイン……だったね。ドナリアはその戦闘を目撃している、という事だが」
「ああ。対アシッドに特化していると言ってもいい能力を持っていた。如何な傷を与えても再生するアシッドを、再生させないように傷口を熱で凝固させる。それも一瞬の内にな」
「ヴァルキュリア君、もしよければここで、一度変身をしてくれないかな? 君の力は、協力関係においては把握しておきたい」
そう願い出るメリーの言葉に、ヴァルキュリアちゃんは「構わないぞ!」と、少し嬉しそうな声をあげながらマジカリング・デバイスの指紋センサーに指を乗せそうになったが――その瞬間、プロフェッサー・Kが大声を上げた。
「ダメッ!」
部屋全体に反響する程の大声を、プロフェッサー・Kが上げている所を見た覚えのある者はいない。故にヴァルキュリアちゃんもギョッと驚きながら、デバイスを地面に落としてしまう。
「……こんな所でシャイニングの力を使ったら、皆が蒸し焼きになっちゃうかもだよ? 何せ最大出力で摂氏三千度にも及ぶ超高熱兵器を搭載した、文字通りの兵器なんだから、ソレは」
「摂氏三千度……!?」
思わず私も声を荒げてしまう。熱やチタンの融解に必要な温度はおおよそ千五百度前後になっていると記憶しているが、それを優に越す熱量を持っていれば……確かに対アシッド兵器としては作用するだろう。
何せそんな熱量をまともに受ければ、頭どころか全身、というか周辺一帯までが蒸発して消え去ってもおかしくない温度だ。というかそこまで行くと、核兵器にも匹敵する最悪の兵器じゃないか……!?
「勿論、あくまで摂氏三千度は最大熱量の値でしかない。でも、通常出力でも数百度近くの熱量を放出するんだ。何かの間違いで出力を上げちゃったら、間違いなくここにいる全員お陀仏だ」
「何故そんな危険な兵器を、リスタバリオスに与えた?」
既にプロフェッサー・Kがヴァルキュリアにシャイニングを与えたという事実は皆に知られている。その上でフェストラが問うと、彼女はグ――と息を詰まらせながら、口を閉ざすしかなかった。
「庶民の持つマジカリング・デバイスは、性能としてゴルタナに毛が生えた程度のものでしかない。確かに幻影分身については悪用する方法も幾つかあるが、した所でただのテロ屋程度の使い方しか出来ん」
成瀬伊吹が私に与えたマジカリング・デバイスは、あくまで「クシャナ・アルスタッドという弱体化した存在が、アシッドに対抗出来得る力」として与えただけのデバイスだ。
分身能力は確かに応用力こそ高いものの、それほど大それた攻撃が出来る訳じゃない。あくまで変身する私の応用と、単純な戦闘能力が重要視される。
「しかし貴女がリスタバリオスに与えたデバイスはそうじゃないと言ったな。少し出力の調整を失敗すれば、ここにいる全員を蒸し焼きに出来る程の力だと」
「……うん」
「何故それを開発した? 何故リスタバリオスに与えた?」
「……開発した理由は簡単だよ。【神を殺せる兵器】を作る為、とでも言えばいいかな」
神を殺す兵器を作る。
その言葉に皆が言葉を失い、彼女が何を言っているのかを理解しようと試みたが、理解できた者はいない。
……私以外には。
「神、っていうのは」
「そう。クシャナちゃんも知ってる、成瀬伊吹も含めた存在……本当に存在する神さま連中の事。ドナリアさんやメリー、ファナちゃんとルトさん以外は会ってるよね? 菊谷ヤエ (B)さんをさ」
皆の記憶からは薄れてしまっているかもしれないが、ファナとルトさんを除く私たちシックス・ブラッドは、以前【ビースト】と呼ばれる存在によってグロリア帝国全土どころか世界全体を巻き込んだ事件の解決に追われた事がある。
その際に、菊谷ヤエ (B)という神を名乗る女が訪れ、色々と手を貸してくれた事は確かにあった。
「地球やこの世界……ゴルサと呼ばれる塩基系第二惑星には、神さまと呼ばれる存在がそれこそ八百万を越える数がいる。成瀬伊吹もその一人で、私は彼を殺す為に、色々と動いているの。そのマジカリング・デバイス【シャイニング】は、成瀬伊吹を殺す為に開発したモノだったんだ」
「摂氏三千度の高熱兵器ならば、神さえも殺せるというのか?」
「いや……死なないよ、アイツは」
フェストラの問いに答えるのは私だ。
成瀬伊吹という男によって生み出された私……プロトワンであった私だからこそ、分かる。
成瀬伊吹という男は、本物の神という存在は、そんな物理的な方法で死ねる存在じゃない。
……何せプロトワン時代の私は一度、成瀬伊吹の身体を全部喰い尽くし、栄養として取り込んでいる。その上で奴は死なず、結果として「アシッドでは自分を殺す存在にはなり得ない」と判断し、私たちを捨てたのだから。
「うん、そうだった。実験したけど、シャイニングの力を、摂氏三千度の熱量を以て完全に肉体を蒸発させたとしても、神さまという存在は死なない。何せ神さまって存在は概念だ。概念を物理的な攻撃手段で殺せる筈がない」
頭部に因子を有するアシッドは、確かに不死性を持っている。どれだけの月日が経とうが、どれだけの攻撃を与えられ、人の身であれば死している筈の出血や怪我を負っても、因子が消滅しなければ死ぬ事はない。
しかし逆に言えばアシッドは「因子さえ破壊すれば」殺せる。
だからこそ、アシッドという存在を殺すには、大まかに分けて二つの方法を以て殺すしかない。
一つは私が普段しているように、アシッドの頭部を欠片も残さず全て喰い尽くす事。
もう一つは頭部を完全に消滅させる事だ。
物理的に殺す手段は殆ど無いに等しいが、ある事はあるという結論に至る事が出来る。
けれど、成瀬伊吹のような、本物の神は違う。
彼らは物理的な方法で死ぬ事はない。老衰や傷病で死ぬ事も無い。彼らは肉体を有さずとも神という概念として生きる存在であるからだ。
「では貴女は、神殺しの為に作り上げたデバイスを『必要でなくなったから』という短絡的な理由で、ヴァルキュリア君に授けたというのか?」
「一応、幾つか理由はあるんだけど……まぁ、シャイニングの起動適合者が、この中ではヴァルキュリアちゃんしかいなかったから……ていうのが主な理由だよ」
ヴァルキュリアちゃんに授けたのは、あくまでデバイスを使えるのがこの中だとヴァルキュリアちゃんしかいないからだったと、プロフェッサー・Kは語る。
けれどまだ何か、彼女には真意がある気もする。
ヴァルキュリアちゃんという少女に、危険だけれどとても強力な兵器を授けた理由が。





