アスハ・ラインヘンバーという女-02
帝国の夜明けが用いるアシッド・ギアの製造には、グロリア帝国と海を挟んだ遠い島国であるラドンナ王国に拠点を持つ魔導機メーカーが幾つも関与している。
ラドンナ王国は三百年程度の歴史を持つ王政国家で、鉱物資源に関してはグロリア帝国よりも豊富であり、過去の歴史を紐解けば、その鉱物資源を求めて近隣国であるレアルタ皇国からも侵略戦争を起こされた事もあるという。
台風や大雪などの天災が起きやすい地勢であるという側面に加え、元々の土壌が食料自給に適していないという土地柄もあって、現在は鉱物資源そのものや、鉱物資源の加工品を他国へ輸出する事によって外貨を獲得し、近隣諸国から食料を輸入する事で生活を賄う財政的にも満たされてはいない国家と表現しても良い。
結果として治安は悪化の一途を辿り、公的な登録を受けていない非合法な組織が鉱物資源発掘・加工に関与している事も珍しくない。
アシッド・ギアを製造する魔導機メーカーも、結局はそうした組織の一つである。
とは言っても、彼らはアシッド・ギア製造を行う場所と人材を貸し出しているだけで、場所はともかく人材は、メーカーが安く卸してきた魔術師達を使っている。
「アスハさんが、遠路はるばる視察にお越し下さるとは思いませんでしたよ」
ラドンナ王国非登録魔導機メーカー【シャマンタ】に出向を果たしている【帝国の夜明け】構成員、ロット・アマルファがそう言葉を投げかけると、アスハは「少し事情があってな」と、応接室に用意されたソファに腰掛けた。
「アシッド・ギアの製造は、現在どれだけ終了している?」
「現在は二十三本の生産を終わらせ、銀の根源主が有する密輸ルートに紛れさせる形で対応を執る予定となっております」
「状況が変わった。銀の根源主が用いるルートは全て破棄し、今後は私かドナリア、メリー様が直接輸送を行う事となった」
ピクリと、ロットの身体が僅かに震えたと、アスハには感じ取れた。
アスハには他者の表情を読む方法はない。しかし視覚情報に頼らずに過ごしてきた二十数年間の経験から、ロットがアスハの言葉を受けて何故身体を震わせたのか、それを概ね理解した。
「どうかしたか、ロット」
「い、いえ。ですが急なお話しだと思いましてね」
「なに。どうやらアシッド・ギアがラウラ王の手に渡っているようでな――こちらを見ろ」
息を呑みながら、怪しまれぬようにと愚直にアスハの目を見てしまったロット。その深淵とも言うべき薄暗い瞳と目を合わせた瞬間――彼は意識を呑まれ、ガクリと身体を腰掛けたソファに預けた後、アスハの鳴らした指の音に合わせ、身体を立ち上がらせた。
アスハがハイ・アシッドとして有する【支配能力】を用い、操っているのだ。
「質問に答えろ」
「はい」
「既に製造を終えているアシッド・ギアの数、そしてラウラ王へと横流しされている本数を言え」
「……既に、製造を終えている……本数は、四十二本……ラウラ王への献上は……十九本と、なります……」
「お前以外に、帝国の夜明けに属している人間で、ラウラ王に就いている人員はどれほど?」
「把握、しきれておりません……が、半数は、いるかと、思われます」
「エンドラス様の命令か?」
「はい」
「この開発所に属している人間は、全員エンドラス派の人間だったな。すると、ここにいる全員も?」
「はい」
「分かった。……自害しろ」
「はい」
アスハが机の上に置いたトカレフTT-33に手を伸ばしたロット。彼は自らの口で銃口を咥え、親指でトリガーを引くと、破裂音と共に射出された銃弾が、口を貫いて脳へと至り、ブルリと震えながら死した。
それを嗅覚と聴覚だけで悟った彼女は、ため息をつきながら用意されていたアシッド・ギアを一本乱雑に掴んで、自分の首筋に挿し込んだ。
僅かに肉体が肥大化すると共に、アスハは深く息を吐きながら、腰に手を伸ばす。するとどこからか現れた銀色の剣が彼女の手に収まり、刃を抜き放ちながら、応接室を出て、開発所の廊下を歩き、出会う者を見つけ次第、刃の錆びにしていく。
逃げようとする者も、命乞いをする者も、中には応戦しようとアシッド・ギアを手にした者もいたが、それが首筋に挿入されるよりも前に首を斬り落としていく。
他の者から見た時のアスハは、一体どのように映ったのだろう。
それを確かめる術も、その意味を理解する事も無いまま、アスハはただ剣を振るい、殺め続けるのである。
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「変身。……むー、少し違うであるな。もっとこう、ハルカ殿のように一息で……変身ッ! むむむ、コレも何か違うのである……リンナ殿のように溜めるのはどうであろうか。変……身ッ!! うぅむ、個人的にも好みではあるが、しかし敵の前で時間を多く取るというのは実戦的ではないのである……ッ!」
私、クシャナ・アルスタッドも含めたシックス・ブラッドほぼ全員と、メリーにドナリアという帝国の夜明け幹部達、加えてプロフェッサー・Kが情報の精査を行っている中で、少し離れた場所でヴァルキュリアちゃんが、マジカリング・デバイスを片手にずっと変身ポーズを悩んでいる。
「情報をまとめよう――まず、オレ達シックス・ブラッドと帝国の夜明けが当面取り組まなければならない課題は、ラウラの失脚と共に奴の野望を阻止する事だ」
そんなヴァルキュリアちゃんを無視し、話を進めるのはフェストラだ。小さな椅子に腰かけながらも足を汲み、頬を手で支える姿は実に偉そうだ。
「ラウラ王の野望は、彼自身が神として民衆に信仰される事で、彼の下で国民の意思が統一される事だ。それも、現存しない神であるフレアラス様とは違い、実在する神として君臨する事により、その効果は通常の宗教信仰よりも絶大なものとなる」
「そして、ラウラ王を神として君臨させる手段として重要な要素が、ファナちゃんも持ち得る新種のアシッド因子、というわけね」
フェストラに続くのは、彼の隣に腰掛けるメリーと、彼の斜め後ろで立つルトさんだ。顎に手を当て考え込む姿は、少し色っぽい大人の女性感が溢れていて実に好みである。
「加えて、彼の下に就く者達も警戒しなければならん。直接動かせる人員だけでも、エンドラス殿とシガレット様がいらっしゃる。あの二人の戦闘技能は、下手をするとこちらの戦力を余裕で上回る」
「そうだな。シガレットのババァもエンドラスも、並大抵の実力じゃ刃が立たない。加えてエンドラスは新種のアシッド因子を持ってる不死性持ちだ。アイツにはヴァルキュリアじゃなけりゃ対抗出来ねぇ」
ファナの治癒魔術によって傷を癒したガルファレット先生が相対したというシガレット・ミュ・タースさんに加えて、ドナリアやヴァルキュリアちゃんが戦ったというエンドラス・リスタバリオスさんの情報も重要だ。
ガルファレット先生とドナリアが言うように、その二人は単純な戦闘技術だけならここにいる誰よりも勝っている、という事だし、警戒は必要だろう。
「……あの、シガレットさまはともかく……エンドラス・リスタバリオスは、ドナリアや……アスハで、対処出来ないのでしょうか……?」
恐る恐る手を上げるのは、フェストラの隣に椅子を置き、ちょこんと座るアマンナちゃんだ。共に並び座る事が出来て嬉しいのか、少し表情を綻ばせているが、時々その視線がヴァルキュリアちゃんに向けられているのは何故だろう。
「いやぁー、無理だと思うよ? 今日の戦いでドナリアさんがエンドラスさんに対抗出来たのは、あの人がファレステッドの有効性を過信し過ぎたせいだもん。同じ方法が二度通用する相手じゃないし、アスハも正直実力という面じゃ勝てないよ。エンドラスさんとまともに戦えるのは、やっぱり同じ型を極めてるヴァルキュリアちゃんしかいないねぇ」
アマンナちゃんの問いに応えるのは、軽く欠伸をしながら部屋の中心に用意された椅子に座らされ、縄で縛られているプロフェッサー・Kである。彼女曰く逃げるつもりはないとの事だが、念の為にアマンナちゃんとガルファレット先生が縛った形だ。
「て、いう事なんだけどさ。ヴァルキュリアちゃん」
「へ、変身! ヘンシンッ! ヘーンシーンーッ!」
そう私が声をかけると、彼女は聞こえていないフリをするかのように、変身の掛け声とポーズの振りを大きくする。
「……ま、無理もない。実の父親が怪しい宗教にハマったみてェに自分の話さえちゃんと聞いてくれないんだ。娘としてそんな父親の事を考えたくない気持ちも分かる」
「そうではないっ!」
ドナリアが述べた言葉へ、長く続かなかった聞こえないフリが終わった。変身ポーズを取りやめ、振り返った彼女に、ドナリアがニヤリと笑う。アイツ、ああ言えばヴァルキュリアちゃんが絶対に反応すると分かっていたんだな?
それをヴァルキュリアちゃんも察していたようで、かつ反応してしまったからには参加するしかないと諦めるように、一度ため息をついた後、マジカリング・デバイスに触れつつ、声のトーンを落として弁解を始めた。
「……その、考えたくないのではない。考えても、分からぬのだ。父が叶えようとする母の願いも、何故父がそこまで躍起になるかも……自らの部下であった者達さえも犠牲にしてまで、何をしたいのかも……そもそも何故、母上の願いを話してくれないのかも、だ」





