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ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスという女-03

「ここからは仮定の話になると思うが」


「アシッドの製造法……その因子について、だろう?」


「ああ――お前の言葉が正しければ、アシッドを製造している存在がいるはずだ」



 もしこの世界に存在するアシッドが、私の知るアシッドと同一の場合、その製造方法は【因子】と呼ばれる、アシッドの細胞核にも似たものを肉体に埋め込む必要がある。


アシッドは自然発生するものではなく、作り出すモノであるからして、その製造を行っている者がどこかにいる筈、という仮定だ。



「仮説は二つある。一つは私を作り出した成瀬伊吹が、この事態を引き起こしたという仮説だ」


「そもそも技術を作り出した張本人ならば、それも可能だという事だな」


「ああ、しかし成瀬伊吹は、今回の件に関与していないと断言できる」


「何故断言できる?」


「簡単さ、既に奴はアシッドに欠片も興味を抱いていない筈だからだよ。……既にアシッドでは、ヤツを殺し得ないと証明してしまったから。他の誰でもない、私がヤツを殺した筈なのに、尚も奴は生きていたんだから」



 遠い過去の出来事だ。思い出す事もあまりしたくないから、肝心な部分は言葉を濁す。


だがフェストラはそれで納得したように頷き「二つ目」と続きを促す。


これ以上私から、成瀬伊吹に関する情報を取得できないとした判断だろうが、そうした切り替えの早さは、私としてもありがたい。



「二つ目は――何らかの方法でアシッドの因子を手に入れた、組織的な存在が因子を量産し、アシッドを製造しているという仮説だ」


「組織である必要があるというのか?」


「あるだろうね。アシッドの因子というのは、人間の肉体を完全に変質させる程の遺伝子情報が詰め込まれている。量産どころか解析するだけでも、膨大な資金と同時に解析できる技術力を持った研究施設が必要な筈だ」



 その解析と研究を、化学的なアプローチから行うのか、それとも魔術的なアプローチから行うのかはともかく、どちらの場合でも個人では成し得ようが無い筈だ。



「あの、一ついいであろうか……?」



 オズオズと、ヴァルキュリアちゃんが手を上げたので「何かな?」と聞くと、彼女は「少し話から逸れるかもしれないが」と前置きをした上で、問う。



「先日、クシャナ殿が倒したアシッドの死体を調べれば、何か分からないのであろうか? 昨日フェストラ殿が手配していたのだろう部隊が回収していたように見えたが……」



 良い質問だ。確かにアシッドそのものの死体を調べれば、何か収穫があるかもしれないという考えは正しい。


先ほど私の血をアマンナちゃんが採取していたのも、その解析に役立てる為と言っても良いだろう。


……けれど。



「そっちはそっちで動かしているが、解析結果を待つより、この庶民に聞いた方が早いと判断した」


「先ほどと同じ理由で、死体からアシッドについてを調べようとしても、資金と研究機関を用意する必要があるし、時間もかかるだろうねぇ」



 アシッドの因子も、アシッドの因子によって肉体を強化されたアシッドそのものも、膨大な遺伝子情報が書き加えられるのだから、それを解析しようとすれば、こちらも組織的な研究機関を用いて解析する他無い。


そして組織的な動きをするとなれば、それ相応の準備も必要となり、如何に権力者のフェストラと言えど、時間を短縮させる方法など無いだろう。



「……既に動かしている、か。なるほど、フェストラ殿は余程の権力者であるのだな」


「リスタバリオスは今更オレの権威を知ったのか?」


「失礼であるだろうが、その通りだ。拙僧は世俗に疎い故、フォルディアス家という家名も聞いた事がある程度の知識しか有していない。……拙僧はリスタバリオス家にとって、ただの繋ぎでしかない」



 自分を卑下するように、彼女は言葉を放ったけれど、すぐに前を向いて、フェストラへと向き直る。



「アシッドが国を脅かす可能性があると認識し、対策を取る為に準備を進めていた、とフェストラ殿は仰ったな」


「ああ、違いない」


「そして確かにアシッドは脅威であり……拙僧も含めてここにいる面々が、その脅威に対抗出来得る人材だと、フェストラ殿はそう言いたいのであるな?」


「その通りだ――確かにオレは、多くの部下を動かせる権力を持つが、しかしアシッドに対抗できる存在は、ほんの一握りだ。能力的な面でもそうだが、何より信用に足る存在は、ここにいるオレを含めた五人だけだ。今の所はな」



 アシッドと戦う事の出来る存在……その中でもフェストラが信用したメンバーだけがここに集められている。


私とヴァルキュリアちゃん、アマンナちゃんとガルファレット先生……そしてフェストラ自身。


この五人ならば、アシッドに対抗する事が出来る実力を持ち得るのだと、フェストラは言い切ったが――しかし、ヴァルキュリアちゃんは未だに不満げな表情を浮かべている。



「そもそも、何故我々学徒がその対策を講じなければならないのだ? 確かに、アシッドの脅威性は認めよう。事実拙僧は、その脅威に立ち合った。故に、それが国を挙げて取り掛からねばならぬ脅威だという事も知り得ている!」



 まぁ、それはそう思うよね。私も実は思ってはいる。本来こんな国の危機になるような問題は、学生である我々が対策する事じゃないというのは同感だ。


……そう、本来はね。



「……先ほど、オレとこの庶民がした話を聞いて、まだ分からないか? オレが何故この五人で対策を講じようとしているのかが」


「分からぬ。先ほども言ったが、拙僧は頭がよくない。故にしっかりとした説明を要求するのである!」


「なら簡単に言ってやろう。――オレは、今回の事態を『内乱』の可能性もあると踏んでいる」



 内乱。その言葉を聞いた瞬間、ヴァルキュリアちゃんも口を閉ざし、冷や汗を流す。流石に内乱という言葉の意味を知らぬ程、世間知らずというより、知識不足という事もあるまい。



「少しだけ、話を逸らすぞ。前帝国王・バスクの締結した、植民地の属領協定、そして軍縮条約締結、さらに現帝国王であるラウラの推し進めているフレアラス教の政教分離政策……過去の帝国主義とは打って変わり、今のグロリア帝国は国際社会化に向けて動き出している」



 現在、グロリア帝国と言う国の在り方にはいくつか問題が存在する。政策の国民支持についてなのだけれど……それは国際社会化における、国の立ち位置だ。


これまでグロリア帝国は帝国主義を掲げ、多くの国に対して侵略、植民地化を行ってきたが、国際社会からの反発が強く、他国からの貿易規制や、災害などの有事における支援停止等々、様々な圧力を外部から与えられてきた。


それだけならまだいい。グロリア帝国を除く複数国家による、侵略を抑制するための連合軍部の設置までが提言されてしまい、下手をすればグロリア帝国やその植民地を除く全ての国家が、グロリア帝国へ牙を剥く可能性もあった。


結果として圧力に屈する形となったが、前帝国王・バスクは他国からの貿易規制緩和や支援継続などを条件にした軍縮条約を結び、なし崩し的に、それまで七つあった植民地を全て属領として解放をせざるを得なくなった、というわけだ。



更には現帝国王・ラウラの掲げる新政策は、帝国主義からの脱却を図る事であった。


その上で宗教の自由を保障する為の政教分離を推し進めようとする動きも見受けられ、一定の支持を受けてこそいるが――帝国主義の軍拡支持派閥からは反発というより、反乱が多く発生している。



「ラウラ王の最終的な目標は不明だが、このまま政教分離が推し進められ、あまつさえ王族政治による帝国主義から、例えば民主主義にでも鞍替えしてみろ。絶対に、帝国主義を支持する連中によって、大きな内乱が発生する事だろう」


「……それが、アシッドの件とどう繋がるというのだ」


「軍拡支持派には多くの帝国軍人家系や、帝国魔術師家系が所属している。つまり、金を多く持ってる連中だ。軍拡派はそれだけ多くパトロンが存在し、資金も組織力も、技術力も高く、アシッドの因子を製造するにも十分な施設を用意できる、という事だ」



 つまりフェストラは――今回のアシッド騒動が、軍拡派閥によるクーデターの可能性もあると踏んでいる、という事でもある。



「オレが動かせる人員の中に、そうした軍拡派からの人間がいないとも限らん。だからオレは信用に足る人間として、聖ファスト学院の生徒と教員である、この面々を選ばざるを得なかった」


「……国政や軍政に参加している人間では、アシッドの製造に関与している可能性もあるから、であるな?」


「そうだ」


「――拙僧は、軍拡支持派に属している、エンドラス・リスタバリオスの娘であるのに?」



 言いにくそうに、しかしこの事実を言わねばならぬとした口調のヴァルキュリアちゃんが発した言葉を――フェストラはククと笑いながら「本当に知恵が回らん奴だ」と小馬鹿にした。



「そんな事をオレが調べていない筈も無いだろう。その上で、お前が今回の事態を共有するに相応しい人材だと考えたんだよ」


「何故であるか? フェストラ殿は拙僧が父に命じられて潜伏している可能性を鑑みないと? もしくは、この事を拙僧から父に報告する可能性があると、鑑みておらぬというのか?」


「仮にエンドラス・リスタバリオスが今回の事態に関与していたとして、お前から情報を得ようなどと考えないだろうし、同時にオレもお前から、エンドラス・リスタバリオスについての真意を聞けるなどと思っちゃいないさ」


「だから何故」


「本当に頭の回転が悪い女だ。――エンドラスにとって、お前はただ次世代に血を繋げる為の存在としか認識されていない。お前が持ってくる情報なんか向こうにとって、信用に足るかどうかも分からず、扱いに困るだけだろうよ」



 目を見開き、怒るような表情のヴァルキュリアちゃんが、しかし何も言い返せないと言わんばかりに、唇を噛んだ。


 私はあまり、ヴァルキュリアちゃんのお家には詳しくないけれど、フェストラがここまで言い切るという事を考えると、リスタバリオス家はヴァルキュリアちゃんの事に不干渉らしい。


そして恐らく――ヴァルキュリアちゃんの教育に関しても、聖ファスト学院等に丸投げしている状態なのだろう。


今まであえて首を突っ込まないようにしていたけれど、彼女は軍人名家の家で生まれ育ったという割には、知識があまりになさすぎるように感じていた。


それはきっと、彼女の父であるエンドラス・リスタバリオスの教育方針だったのだろう。

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