家族-10
「クシャナ君。君も何故フェストラという男に固執する? 我は君の家族を、君にとって大切な者たちを幸せに導く者だ。それを分かっているだろう?」
「……幸せ? 勝手な理想並べ立てて、私達家族の幸せを決めつけるなよッ!」
追撃の止まらない二体のアシッド、しかしクシャナは視線で行動を予測し、続けて放たれる攻撃を全て避けた上で、フェストラが金色の剣でサーペストの腹部を斬り裂き、クシャナは壁を蹴りながら叩きつけた拳が、レガリアスの顎を捉え、地面へと叩きつける。
「私だって、お前のやり方は気に食わないけど、正しいものだと思ってた。どうしようもないって、諦めて現実を受け入れるしかないんだって、そう思った。でも――でもッ!」
懐から取り出した、授業で用いる短剣を抜き放ったクシャナ。短剣を逆手持ちで投げ放ち、レガリアスの顔面に突き刺さったと同時に、強く短剣の柄底を蹴り付けて、顔面の深い部分までめり込ませていく。
痛覚のあるレガリアスの絶叫、しかしクシャナは足に力を込めながら、ラウラへと指を突きつけ、宣誓する。
「ファナは、お前を止めたいって言ってた。お前の作る世界の為に、私や皆が傷つく事は絶対にヤダってな」
「ファナはまだ子供だ。純粋なる心には我の理想を理解できるとは思えん。が、いずれあの子も我の理想を享受し、尊ぶ日が必ず訪れる」
「残念な事にお前と違って――お姉ちゃんっていうのは、妹の成長を望みつつも、今のままでいて欲しい、なんて矛盾を抱える生物なのさ」
フェストラによって切り捨てられたサーペストと、クシャナが力強く蹴り付けたレガリアスの身体。
クシャナは地面を蹴りつけてフェストラの隣に並び立つと、彼と視線を合わせる。
既に、どれだけの血が二人に流れているかは分からない。
だがそれでも――こうして並び立っていれば、勝てない敵はいないと実感し、二人はそれぞれ手に持つデバイスを構えた。
「まだ行けるな、庶民。無理とは言わせんぞ」
「当然。だって私は――死ねないんだからな」
クシャナがその手に握るマジカリング・デバイスの指紋センサーに指を乗せる。
瞬間、画面がバックライトを灯して【Magicaring Device MODE】の表記を映し出すと共に、放たれるのは〈Stand-Up.〉という機械音声。
そしてフェストラの手に握られる三世代型ゴルタナ。それがフェストラの振り上げた左手に合わさって空中に投げ放たれると――クシャナとフェストラは声高らかに音声コードを入力する。
「変身ッ!」
「ゴルタナ、起動!」
〈HENSHIN〉
フェストラの投げ放った、正四角形のキューブ状に形成されていたゴルタナが溶けだすように展開され、彼の全身を覆っていく。
黒く光り輝く魔力外装の輝き、その輝きは隣で強烈な光を放つ少女の輝きに照らされたモノであるかもしれない。
展開される魔法少女としての戦闘外装。その足に履くヒールをカツンと打ち鳴らした瞬間、展開される魔法陣から出現した黒剣を、クシャナ……否、幻想の魔法少女・ミラージュは引き抜いた。
「貴方の言葉や理想はね、確かに耳触りの良い言葉だ。けれど貴方が望んでいるのは、私やお母さん、ファナの幸せじゃない。貴方の幸せだ」
ミラージュの言葉に、聞き覚えがあるかの如く、僅かにラウラの眉が動いたように思えた。しかしミラージュは気にする事無く、言葉を続ける。
「貴方を幸せにする為に、私は生まれたんじゃない。ファナだってそうだ。そして、貴方を幸せにする為に、アマンナちゃんやヴァルキュリアちゃん、ガルファレットさんや、他にも色んな人を、不幸にしていい筈がない」
「死にたがりの物の怪が、何を偉そうに」
「これ以上、この庶民に何を言っても無駄だぞラウラ。この女は死にたがりだからこそ、自分の命以外は全て生きるべきだと思ってる異常者だからな」
軽いため息と共に軽い声でミラージュをバカにしたような口調を放つフェストラに、彼女もムッと口元を曲げたが。
「だがその考え方自体は嫌いでも、願う結果は間違いじゃないと思っている。オレはそほど非現実的な思想は持たんが――少なくともお前のように、命の重さを理解していない男とも違うさ」
続く言葉に溜飲を下げざるを得ないと思いながらも、ムスッとした表情のままでいるミラージュを見て、ラウラはそれ以上何も言う事は無いと言わんばかりに、その場から立ち去っていく。
それと同時に、先ほどまで受けていたダメージの再生を終え、ミラージュとフェストラに襲い掛かる二体のアシッドを、それぞれが振るう剣で応酬していく。
レガリアスの振るう巨大な拳を可能な限り寸での所で避けていき、僅かに大振りの拳を振るった際に崩れた姿勢を活かすかの如く、ミラージュは黒剣をレガリアスの右腕に振り込んで、その肩から斬り落とす。
「ガ、アア――ッ!」
「今だッ!」
振り上げた右腕、上空から出現する四体のミラージュが生み出す分身。その手に握る黒剣も含め、実体の四肢を持ち得る四体のミラージュが、その脚部や腕を用いて叩き込まれる攻撃を全て本能のまま処理するレガリアスだが、そこで終わるミラージュじゃない。
逆手持ちで握った黒剣の柄、腰を捻って狙いを定め、フェストラと交戦し彼が左腕を斬り裂き、右足に向けてバスタードソードが空間魔術より射出され、動きを止められたサーペストの腹部に、黒剣を投擲する。
その投擲された刃がサーペストの腹部に突き刺さると、彼の腹部を中心に展開された魔法陣がサーペストの身体をその空間で固定させ、身動きが取れない。
「やれフェストラ!」
「言われずとも!」
強く踏み込んだ上で振り切った、フェストラの握る剣。それがサーペストの首を斬り落とすと、ミラージュは彼の腹部に突き刺さっていた黒剣を抜き放ち、空中に舞うサーペストの頭に黒剣を突き刺した。
これで首を中心とした再生は果たせなくなり、ミラージュはフェストラと共にレガリアスを見据える。
「オレが続く」
「オッケー!」
レガリアスの巨体がフェストラとミラージュに迫り、振り込まれた強烈な勢いを有する拳の一撃を、剣の面で受け止めたフェストラ。
彼の背中に足をつけて空へと跳んだミラージュの動きに、本能的な殺気を感じたのか、そこで動きを止めたレガリアス。
空中より迫るミラージュに向けて、応戦とばかりに拳を振るうレガリアスだが――しかし振るわれた拳が殴るのは、幻想のミラージュ。
拳を振るった直後、掻き消える幻想の奥から飛来する四体のミラージュが、順番に右拳を顔面に向けて振り込み、次は左足で顎を捉えたかと思えば、次のミラージュが右足で後頭部を強打させる。
「よっ――とぉ!」
そして最後に迫るミラージュ本体が、空中で身体を回転させながら振り込んだ両足の踵落としが頭部を強打し、動きが抑制されると。
「行け」
パチンと指を鳴らしたフェストラの合図と共に、白いフードを被った魔術兵達が六体、連続してレガリアスの身体を斬り裂いていき――動きが完全に止まり、再生も追いつかない程に痛めつけられたレガリアスを。
「コレを使え」
「はいはいっ!」
射出された一本のバスタードソードを受け取り、腰を捻りながら振るわれた刃の一刀で叩き切られた結果、レガリアスの首は綺麗な切断面を残しながら、落ちた。
「グ、ゴ」
「アガ、グガ……っ」
首を落とされている筈であるのに、呻き声を上げる事が出来る二体のアシッド。
ミラージュは、その二体の首を両手で掴みながら――フェストラへと視線を向けた。
「お前の自宅まで向かっておく。終わったら追いかけてこい」
これから彼女が何をするのか、それを知るからこそ、そうして席を外そうとするフェストラ。しかしミラージュは、首を横に振った。
「見てて、良い。それよりコイツ等の名前、教えてくれ」
「……サーペスト・ランディと、レガリアス・ビストだ」
軍拡支持派に属する帝国軍人の名前をデータベースとして頭の中に叩き込んでいたフェストラがそう述べると、彼女は頷きながら、彼の教えてくれた名を、何度も反復して口にした。
「……うん、覚えた」
まず、ミラージュが先に口を付けていくのは、レガリアスの方だ。首から僅かに再生が始まっていたので、再生個所から歯を喰い込ませ、食していく姿を、フェストラは僅かに感じる吐き気と共に、見据えていた。
「……お前は何故、そうして口にする者達の名を覚えておく?」
「自分の血肉にするんだから、その感謝と謝罪の念を込めて、だよ」
「それで貴様の気は晴れるのか?」
「晴れる訳ないよ。……これで晴れるんなら、私はとっくの昔に熟睡出来てる」
苦笑し、口にレガリアスの肉片をこべり付かせながら……ミラージュは泣いていた。
その涙から、フェストラは目を離す事はない。
初めてこの場所で、彼女が咽び泣きながら頭を喰らう光景――それは今でもフェストラの脳裏から離れる事はない。
今こうしてレガリアスの頭を喰う光景も、これからサーペスト・ランディを喰らう光景も、決して頭から離れる事は無いだろう。
そして、まさに自分で喰らうミラージュも……クシャナも同様に、忘れる事のない光景である。
「それがアシッドとしての在り方……か」
フェストラが溢した言葉の意味を……ミラージュは悟る事はない。
当人でさえ、自分の発した言葉が何の意味を有しているか、分かっていないのだから。





