家族-07
既に色んな暴露を聞かれていたと知ったからなのか。
それとも――シックス・ブラッドの解散や、自分が帝国王となる未来がもう無いと、実感してしまっているからなのか。
フェストラは今までの「どうして」を、正直に伝えた。
彼の発露を受け、ボロボロと、アマンナの目元から頬を伝う、大粒の涙。
その涙を見て、フェストラはため息を付きながらクシャナを一回殴りつけ、痛がっている彼女を無視しながら、アマンナの涙を人差し指の腹で拭った。
「オレのような男に、兄からの愛情を伝えられた程度で泣くな」
「だ……だっ、て……お兄さま、わたしの事、キライ、なのかと……っ」
泣き慣れていないアマンナの嗚咽は、言葉を区切らせる。しかし何とか言葉を紡ごうとする彼女の身体を、フェストラは力強く抱き寄せつつ、頭を撫でた。
「いいかアマンナ。オレはどんな理由があれ、お前を手駒の一つとして扱った。その事実は変わらん。だから、お前がそこまで慕う必要のある兄ではないんだ」
「……いえ、いいえ……っ、わたし、ようやく……気付けた……わたしが、フェストラさまの傍にいるのは……守る為に産まれたからじゃ、なかった……」
アマンナがフェストラを妄信に近い感慨と言われるまで、彼の傍から離れようとしなかった理由。
フェストラを守りたかった理由。
それはずっと、シュレンツ分家という家の在り方に縛られているからではないかと、ヴァルキュリアの言葉だけじゃなく、アマンナ自身もそう考えていた。
だが、それは違ったのだと……フェストラの想いを、兄としての在り方を聞いて、ようやく答えに辿り着く事が出来たのだ。
「……お兄さまが、大好きだから……守りたかった、守りたいって、思って……っ、だから、お兄さまの傍に、居続けたいと、思ったんです……っ」
「……本当に、その在り方でいいのか?」
「いい、良いんです……っ、ずっと、ずっとお兄さまと、一緒に居て……わたし自身、わからなくて……悩んだけど、少し離れて、悩んで……ヴァルキュリアさまとか、クシャナさまとか、ファナさまの言葉を聞いて……今こうして理解できてる。それがとても、とても嬉しい……っ」
フェストラの胸に顔を埋めるようにして、誰にも見える事のない笑みを浮かべる。
しかし、フェストラは服伝いに感じる涙の感覚から、彼女の気持ちを理解できるようだった。
「フェストラ、アマンナちゃんは」
「分かっている――既にラウラは、アマンナの抹殺を命じているのだろう?」
それはアマンナの様相を見れば簡単に予想がつく。
身体全体に生傷を多く負い、相当に身体へ負担を残したまま現れた彼女は、恐らく追っ手の目から逃れる為にここまで現れたと考えるべきだろう。
そうしてここまで訪れたのは偶然か、それとも何者かによる策謀が働いた結果なのかは分からないが……少なくとも策謀だとしても、ラウラによるものであるとは思えない。
事実。
今、三人の居る場所に現れた、二人の帝国騎士を見れば、ラウラの焦りは明らかだと見て良いだろう。
「フェストラ様。ラウラ王よりの勅命であります」
黒いフレームの眼鏡が印象強い男性、白を基本色とした帝国軍司令部属の制服を身にまとった一人――サーペスト・ランディが、その手に握る細長い剣に手を伸ばしながら声を上げ、人通りの少ない通りへと入り、歩み寄ってくる。
「アマンナ・シュレンツ・フォルディアスの捕縛もしくは排除、クシャナ・アルスタッド様の確保であります」
そんなサーペストの向かい、一本道の向かい側から挟み込んで行く道を阻もうとする者もいる。ガルファレット程ではないが、屈強な肉体と目にかけるサングラスのような遮光性レンズを身につけた男性――レガリアス・ビストが、その両拳を握りしめながら、大柄故の歩幅を以て素早く近付いている。
「……捕縛か排除であれば、どちらが優先だと?」
サーペストもレガリアスも答えない。ただ歩調を合わせて一歩一歩三人の下へと近付き、フェストラの回答次第ではすぐに襲い掛かる事と考えられる。
「フェストラ、どうする?」
「コイツ等は軍拡支持内部派閥でも、エンドラス派の人間だ。つまり」
「聞く耳は持たないって事か」
「いや、そうでもないさ」
チ、と舌打ちしたクシャナとは対照的に、アマンナを抱き寄せていたフェストラがそう笑みを浮かべると、今一度彼女の身体を強く自分に寄せると共に、耳打ちをした。
「魔眼はどれだけ使える?」
「え……と、正直、一秒が、限界で」
「十分だ。合図と共に行動しろ」
アマンナを身体から剥がし、クシャナと背中を合わせながら――フェストラが声を張り上げた。
「サーペスト・ランディ。レガリアス・ビスト。お前達、現場の判断を聞こう」
「何をでしょうか」
眼鏡のフレームを持ち上げながら問うたサーペストと、その問答に対して乗るなと言わんばかりに眉間の皺を寄せるレガリアス。
しかし、フェストラはサーペストさえ聞く態度があれば良しとし、彼の方を向き直る。
「お前達がアマンナの捕縛及び身柄の安全を保障すると言うのなら、オレはお前達に従おう。だが――もしラウラ王の命令において、お前達が排除に重きを置いているのであれば」
「……あれば?」
「そうだな……少なくともお前達の望んだ形にはなり得ない、という事だけ理解しておけ」
クシャナも、アマンナも、一瞬フェストラが何を言ったのか、上手く理解が出来なかった。
そしてそれを聞く立場である筈のサーペストとレガリアスでさえ……一瞬の沈黙を余儀なくされた。
だが、フェストラからすれば、沈黙は一瞬で構わない。
アマンナの背を叩く。すると彼女は驚きと同時に自分の目元にかかる前髪を持ち上げ、時間停止の魔眼を発動した。
それと同時に強く地面を蹴り、跳び上がるアマンナ。だが体力消耗上の問題によって、アマンナが高く飛び上がるだけで、時間停止の魔眼は発動が解除される。
だがそれで良い。フェストラが一瞬の内にアマンナという存在が視界より消えた事を確認する。
ほぼ反射的に、空中へ跳び上がっていたアマンナへと向け、剣と拳を向けようとする二人に、声を張り上げた。
「つまりお前らの判断は、アマンナの排除と見て良いなッ!」
事実関係を確認するかの如く、叫んだ彼の声と共に、フェストラは左手の指を合わせてパチンと音を鳴らし、彼ら二人の駆け出した直線上に、一体ずつ魔術兵を生み出していく。
「な、」
「ニィ……!?」
フェストラが知る限りでも、サーペストとレガリアスの二名はエンドラスにも認められる帝国騎士の人間だ。フェストラが視界を覆う為に展開した魔術兵を、反射的攻撃だけで対処する事は容易い。
得物とする長剣を振り抜き、魔術兵を一刀したサーペスト。
その拳を目にも留まらぬ速さで振り込み、魔術兵の存在自体をかき消したレガリアス。
だが、二人はそれと同時に――フェストラの握る金色の剣が、地を蹴って空中に浮かぶ彼らを狙って振り込まれた現状を確認した。
空中での緊急的措置として、フェストラの振るった剣をサーペストの剣で弾き、レガリアスが姿勢の崩れたサーペストの手を取りつつ、壁を蹴って急ぎ地面へと着地。
その時には既に、アマンナは建造物の屋上まで跳び上がっていて、既に四者の視線からは外れていた。
「フェストラ様、何を……!」
「何をだと? アマンナを捕縛する場合はオレも従うと言ったが、お前達はアマンナの排除を優先したとしか見えなかった」
「それはアマンナ・シュレンツ・フォルディアスが逃げ出した為であり」
「捕縛に武器が必要か? 今の貴様らは得物を構えていた。アマンナは貴様らから逃走する素振りこそあったが、武器を持たない状態で交戦意思はないと判断出来た。つまりお前たちがもし捕縛を目的としていたとしても、オレからは過剰行動であると判断できたわけだが」
クシャナがボケっと口を開けるしか出来ない中で、フェストラはサーペストとレガリアス、二人の男が汗を流す様子に笑みを浮かべる。
チラリと視線をアマンナに向けると、彼女は心配そうにこちらを伺っていたが……しかし不敵な笑みを崩さずにクシャナを肘で突くと、彼女がビクリと震えた。
「おい庶民。お前にはどう見えた? オレにはどうにも、この兵士二人が、か弱い女子を殺そうとしていたように見えたのだが」
「……あー、なるほど。うん、私にもそう見えたなァー」
フェストラの真意を、何となく察したクシャナが、口裏を合わせるようにした言葉を以て、フェストラの口にも勢いが乗る。
「そうだろう。とてもじゃないが、体格差が三割増し以上ありそうな男二人が剣と拳を構えて突撃した光景を見れば、少女一人を捕縛しようとしていたようには見えない」
「うんうん。どう見ても権力を振りかざして過剰な行動に出た異常な兵士にしか見えないよねぇ」
彼らが今口にしている、一見意味の無いように思える問答の狙いは三つも存在する。
一つは単純明快、アマンナの逃亡時間確保だ。これは現状、現場判断に指示を下せる権力の持ち主であるフェストラが作戦内容について確認をしている場合、彼に自らが正式な任務における行動をしていると証明をしなければならない。
「ですが我々はこの国の最高権力者であるラウラ王の勅命を受け、行動をしているわけでありまして」
「それを証明できるモノは? この状況だ。令状でも、本人のメモ書きでも構わんが」
「……いえ、それは」
ここでもし何かしらの証明が出来ない場合、後々フェストラが二人に対して不当捜査や不当な職権乱用による殺害の可能性があると、追及する事も出来る。特にフェストラは広報の前に出る事も多い十王族だ。
フェストラが何か広報へと漏らした場合、彼らの属する帝国軍の在り方が全国民に対して問われる事になりかねないという……実に政治的な問題によって稼げる時間である。
特に今の国民には帝国警備隊と帝国軍という二つの防衛組織が存在する利点を理解できる者が少なく、帝国軍そのものの存続や予算についても危ぶまれている。帝国軍司令部所属の彼らは、なるべく遺恨を残したくないと考える筈だ。





