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家族-01

 煌きを纏いし者。


まさにその言葉が相応しい姿と言えるであろう。


煌煌の魔法少女・シャインは、その全身より僅かに橙色の輝きを放ちながら、エンドラスとドナリアの前に君臨し、剣を構える存在であった。


我が娘が変身した姿なのにも関わらず、エンドラスはその姿を呆然と見据え、まるで娘とは別者の存在であるかのように認識している。



「……何だ、その姿は」


「魔法少女としての姿である。拙僧にも仕組みはよく分からぬが――しかし、確かな力がここにあるという事は、理解できるのである」



 先ほどまでの疲弊を感じさせぬ程に、軽やかな動きでグラスパーの刃をその場で振るうシャイン。


彼女が剣を振るう度、その剣からは激しい炎が舞い上がるも、しかしそれは正しく一瞬の事。


その一瞬舞い上がる炎の熱でさえ、距離を置くエンドラスやドナリアにも認識出来る熱風だ。それを至近距離で浴びている筈のシャインが、何故平然としていられるのか――そう思考を回すエンドラスと異なり、ドナリアは新しい煙草を取り出すと、シャインへ「おい」と声をかける。



「エンドラスは新種のアシッド因子を持ってる。気にせず暴れてやれ」


「……真実であるのか?」



 エンドラスは答えない。しかし答えぬという事は、その言葉が真実であるのだと、シャインは認識した。



「――心得た。つまり、頭を消滅させねば父は死なぬという事であるな?」


「お前に父親が斬れるのならな」


「斬る。それがアマンナ殿を守る手っ取り早い方法である故にな」



 腰を落とし、両足に力を籠めると同時に――シャインの背部より一瞬だけ熱風が吹き荒れた。


その熱風をスラスター代わりに出力する事で、おおよそ人間には到達し得ない高速移動を可能としたシャインがエンドラスの腹部を両断するように横薙ぎに刃を振るう。


しかし、刃がエンドラスの腹部を斬り裂くより前に、彼が振るった下段からの一振りによって、軌道は変えられた。


空を斬るに留まったシャインによる一刀だったが、その刃から一瞬だけ放たれた、ごうごうとした炎によって肌の表面を焼き、エンドラスは全身に襲い掛かる激痛に表情を歪ませた。



「ウォオオ――ッ!!」



 痛みに動きが抑制され、散漫となったエンドラスの認識外。


つまり上段へと弾かれた剣を、無理矢理振り下ろす事で放った一刀が、エンドラスの左腕を斬り落とした。



「ぐ――、っ!」



 斬り落とされた左腕、その痛みに絶えながら声を決して荒げさせないエンドラスであったが、その斬り落とされた表面を見据え、声を張り上げたくなる気持ちを一心に抑える。


エンドラスの斬り落とされた腕の断面は、その表面より噴き出す筈であった血が熱によって凝固し、傷口を埋めてしまっている状態であった。


結果として失血による意識低下を起こす事は無いが――アシッド因子の持つ再生能力が遅々として進まずにいる要因となってしまっている。



「っ、これは……!」


「……対アシッドに特化した能力か」



 アシッドと言う特異な存在と戦う場合に注意しなければならない事は多くあるが、中でも一番重要視しなければならないのは「どんな傷を負わせても再生を果たす」という点に他ならない。


だが、シャインの持つ【熱傷能力】とも言うべき力は、瞬間的に放出される炎によって対象を傷つけると同時に、再生が行われる前に傷口を塞いでしまう事によって、再生を出来なくするという効果がある。


アシッドの再生能力には不可解な点も多いが、クシャナの証言やこれまでの状況をまとめれば「体内に異物が存在すれば当該箇所の再生を果たせない」と見受けられる。


彼女は一度自分の身体を剣で突き刺した事があるが、再生は刃が身体から抜き放たれた後に行われ、突き刺さっている状態での再生は行われなかった。


 つまり再生を邪魔するモノがあれば良いとされており、アシッドとしての再生よりも前に傷口が塞がってしまえば、元の形に戻ろうとしても既に傷口が塞がってしまっており戻せない、という現象が働くと仮定できる。



「やはり、実の父親を斬るというのも、気は進まぬな」



 痛みに耐え、斬り落とされた左腕を押さえるエンドラスが、身体の表面を焼いた火傷だけを癒しながら、ギリギリと歯を鳴らした。



「投降し、全てを洗いざらい証言して欲しい。……抵抗をするのならば、今度は両足を断ずる」



 傷口を埋める血液の凝固はカサブタのように脆いものではない。どれだけ触れようと、傷口を悪戯に痛めつけるだけで在り、傷口が開かれ再生を果たす事は無かった。


個々人の力量はともかく、エンドラスにとっても今のシャインは強敵だ。となればこの状況から脱却する事も難しい。


万事休すか――そう彼が顎を引いた時の事だった。


こちらへと駆け付ける、数人分の足音を聞いた一同は、足音の方へと視線を向ける。


シャインには見知らぬ顔、しかしエンドラスとドナリアには見知った顔であった。



「ランス、マベリック、ヤンサー……?」



ドナリアが口にする名は、軍拡支持派に属する者達の名……ドナリアやエンドラスにとってはかつて部下として傍に置いた者たちばかりだ。



「失礼します、エンドラス様――ラウラ王より勅命を受け、この場は我々が引き受けます」



 内の一人、マベリック・サングランドという男が声をあげると、彼らはエンドラスとシャインの間に割って入り、そのポケットの中から一基ずつ、アシッド・ギアを取り出したのだ。


ラウラ王より勅命を受けたと証言する彼らが、なぜアシッド・ギアを持ち得る?


ドナリアは煙草を地面に落とし、踏みつけながら目を細めた。



「ご息女は、フレアラス教の教えを捻じ曲げんとする異端者……ならば如何に汎用兵士育成計画の体現者であろうとも、許す事は出来ません……!」


「お許しください、エンドラス様!」



 続けてランス・ト・ランセル、ヤンサー・パブルネルの二者も声を上げ、その首筋にアシッド・ギアの先端を押し込んで、呻き声を上げた。



「フ……フレアラス様の、教えを……歪めんとする者……思想を……正す……ッ!」


「……どこかで聞いた口上であるな」



 どこか、というのは思い出すまでもない。


かつてアルスタッド家……それもファナ・アルスタッドの寝込みを襲うかのように襲撃を果たした、トラーシュ・ブリデルという男の言葉だ。


彼は元々帝国の夜明けに属する人間であると考えられていたが……もしかするとあの時の襲撃は、ラウラによる勅命を受けていた可能性も存在する。



「おい待てヤンサー! フレアラス教を歪めんとしているのはお前らへ命じたラウラだ!」



 声を荒げるのは、ラウラの目的を知るドナリアだ。だが、既にアシッド・ギアを挿入し、アシッド因子を埋め込まれた彼らには、彼の言葉を受け止めて理知的に整理する思考など有りはしない。


ボゴボゴと肥大化する肉体を制御し、それぞれがアシッドとして生まれ変わる光景を……シャインもドナリアも、エンドラスでさえも見ている事しか出来なかった。



「……そういう事か」



 だがエンドラスは一人理解したように頷いた後、アシッドへと変化を果たした一人……ランスの肩に手を乗せ、言葉を残す。



「……済まない。ここは任せた」


「ガ――アアァアアッ!!」



 その言葉を聞いたランス達は、自らを鼓舞するかの如く絶叫を上げ、強靭なる肉体を以てシャインへと向けて襲い掛かる。


乱雑だが、しかし肉体に刻まれた帝国軍人としての戦い方によって、エンドラスから距離を取る様に飛び退いたシャインは、自分に背を向けてどこかへ立ち去ろうとするエンドラスに、声をあげる。



「待て、父上!」


「せめて、痛みを感じないようにしてやってくれ」



 その言葉を最後に、地面を蹴ってどこかへと消えゆくエンドラスを見て、三人がエンドラスを逃がす為に、ラウラが仕向けた捨て駒であるのだと、ドナリアは考えを至らせた。



「兄貴……っ、どれだけ俺等を貶めれば気が済むってんだ……!」



 ドナリアはアシッド化における弊害……つまり意思疎通を図る余地がないという現実を知っている。


故に、彼らを止めるにはアシッド因子が身体から抜けるまで放置するか、もしくは……頭部を完全に消滅させ、殺す他無いという思考に至ってしまう。


 シャインとドナリアが、ランスとヤンサーの二人を殴りつけ、マベリックと衝突させる。


結果として動きが止まった三人を見据えながら……しかし彼らが呻きながら、また立ち上がろうとする姿を、見てしまった。


シャインは目を伏せながら、グラスパーを構える。



「ドナリア殿。父上を追えるか?」


「……お前はどうする?」


「この者達を終わらせる。……父上やラウラ王の陰謀によって巻き込まれた者達を、放置する事など出来ない。それは、魔法少女として拙僧がしなければならない戦いだ」


「コイツ等は、俺やエンドラスの部下だった奴らだ」


「だからこそ、ドナリア殿には残酷であろう。拙僧が終わらせるべきだ」



 シャインとて、ドナリアが元部下であった者達をこのまま放置すると考えているわけではない。


彼ら【帝国の夜明け】も、これまで多くの人命をアシッドへと変質させ、奪ってきた。


その事実をシャインも理解しているし、彼らを許すというわけではない。


だが今回は、ドナリアが仕組んだ事でも、帝国の夜明けが仕組んだ事でも無い。


その罪を全て彼に処理させるというのはあまりに残酷な事だと、シャインは――ヴァルキュリアは感じたのだ。

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