王たる者-12
「……拙僧は、マホーショージョに、なりたいのだ」
「マホーショージョ……クシャナ・アルスタッド君のような力が欲しいと?」
「力ではない、在り方だ。……どれだけ苦しくとも、どれだけ強大な敵で在ろうとも……自分の信じた未来を、自分の正しいと感じた道を進む……その在り方を、拙僧は美しいと感じた!」
クシャナ・アルスタッドという存在は、お世辞にも褒められた性格をしているとは思えない。けれど、その心にある善性は確かだった。
自分の命を軽く値踏みする部分はあれど、しかし他者の命が奪われたりする事を嫌い、自らが傷つくだけで済むのならばと戦いに向かう。
人としての在り方は歪かもしれない。しかし確かに美しく、高潔な在り方だと、ヴァルキュリアの瞳には映ったのだ。
そう――その儚くも尊い在り様に、ヴァルキュリアは惹かれたのだ。
自分自身も、あんな風に誰かの為に戦う事が出来れば、と。
「拙僧は……騎士となるよりも前に……弱きを守る存在でありたいと願った……命を脅かす存在と戦い……困っている者がいるのなら手を差し伸べ、力になりたいと願った……ッ!」
自分の在り方に悩み、苦しむアマンナの助けになりたい。
彼女の命を奪おうとする父親を、エンドラスを止めたい。
彼女にとっての願いとは……簡単でありながらも、しかし誰にでも出来る事じゃない。
だがそうして、誰にでも出来る事じゃないからと、それをしないという選択は、少なくとも【魔法少女】であればしないと、彼女は理解している。
「それが拙僧にとって……マホーショージョへの【ヘンシン】である……ッ!」
力強く、ヴァルキュリアが叫んだ瞬間。
聖ファスト学院校舎の屋上、その遠く高く離れた場所に立つ一人の女性が……グッと顎を引きながらヴァルキュリアへと向けて、その手に握る何かを投げ放った。
回転し、空気抵抗によって僅かに軌道を変えつつ、ヴァルキュリアに向けて投擲されたモノ。
その気配を感じ取ったヴァルキュリアは、自分の眼前へと訪れたモノを右手で掴み取り――投げ離れた場所へと視線を寄越す。
金髪の髪の毛を肩程まで伸ばしたボブカット。
薄手のシャツにホットパンツとラフな格好をしている女性は、ヴァルキュリアにとって見覚えのない女性の姿。
しかし、目元にある銀色のアイマスクという特徴は、これまで多くシックス・ブラッドの間で語られてきた女性の存在と同様に思える。
「……プロフェッサー……ケー……?」
女性……プロフェッサー・Kの表情は良く分からない。しかし口は固く閉ざされ、額にも僅かに皺が寄っている事から、彼女にとってもこの行為が正しいのか否か、分かっていないのかもしれない。
握られたモノを、良く見る。
背部をオレンジ色で塗装された機械、前面には六インチ液晶が搭載された細長いタイプで、スマートフォンという存在を深く知らないヴァルキュリアでも、それがクシャナの持つマジカリング・デバイスと、同様の存在であるのだろうと予想はついた。
――それに、どこかで見たような気もする。
何時、どこでこの端末を見たか、それは分からないままだが、しかしそれがもしマジカリング・デバイスであるのならば。
そう考えた瞬間、ヴァルキュリアはデバイスの側面に存在する指紋センサーに指を乗せた。
〈いざ、参る!〉
デバイスより放たれた機械音声は、クシャナの用いるマジカリング・デバイスとは異なり、日本における歌舞伎演者のように大仰な声の張り方と共に発せられた。
同時に鳴り響く和太鼓の音。その小気味良く脳を揺さぶるような重たい響きはヴァルキュリアだけでなく、エンドラスやドナリアでさえも鼓舞するかのように聞こえる。
デバイスを持つ右手に左手を添え、前へとゆっくり突き出したヴァルキュリア。
彼女は目を瞑りながら脳に叩き込まれていたデバイスの使用法を思い返すように……フッと息を吐いた。
「何をする気だ。ヴァルキュリア」
娘の身に何が起こっているか、娘が何をする気かも分からないエンドラスは、困惑の声をあげるしかない。
しかしヴァルキュリアはその声に応えるように――深呼吸を終わらせると同時に、声高らかに憧れの言葉を口にした。
「――【変身】ッ!」
グロリア帝国語ではなく、日本語の言葉を。
〈いざ、変身! 現れよ、魔法少女ォ!〉
彼女の声に合わせて、それまで鳴り響いていた和太鼓の音もより大きくなる。ヴァルキュリアは高く放り投げたデバイスが重力によって落ちてくるタイミングを見計らい、左手に作り上げた拳を横薙ぎし、画面を叩き割るかのように衝撃を与える。
衝撃が与えられた画面から放出される光に、ヴァルキュリアは包まれていく。
それまで着込んでいた聖ファスト学院の制服が一瞬にして消え去り、彼女の細くも整った身体は産まれたままの姿となる。しかし、そんな彼女を包み隠すかのように展開されるのは、濃いオレンジ色を基本色とした、肌に張り付く戦闘衣装。
胸元から恥部までを覆う布地は柔らかく伸縮性が強い素材、そこから生える様にスカートとフリルが伸びる。
首肩には何も覆う事は無いが、二の腕から手首までは前進と同様の布地が張り付いて、彼女の美しい筋肉を強調するかのよう。
両手の拳部分は、少女が身につけるには大きすぎる程にゴツゴツとした印象が強く残るグローブ。
両足は彼女のスラリとした脚を映えさせるかのように肉に食い込むニーソックス、オレンジと黒のツートンカラーが、彼女をより鮮やかに魅せる印象があった。
最後に銀髪一色だった頭髪は、所々オレンジが混じったカラーとなって、普段の彼女とは異なるアグレッシブな印象を付加させる。
光が散ると共に現れた彼女の姿を見て――実の父親はアングリと口を開け、呆然とする事しか出来ずにいた。
それもその筈――何せ彼女が今成っている姿は、この世界に本来あるべき姿ではない。
ドナリアは少し距離を離し、煙草を吹かしながら見据えていたが……その上で思わず頭に浮かんでしまった言葉を口にした。
「……魔法少女」
いつの間にか、地面に落ちていたグラスパーの柄に手を伸ばすヴァルキュリア――否、魔法少女となった彼女は、握り締めた刃を強くその場で振るう。
刃から一瞬だけ、ボシュゥ――と強い熱量を有する炎が舞い上がり、その熱量を感じただけで、エンドラスだけでなくドナリアさえも汗を流す。
あまりにも力強く、あまりにも豪快、そんなイメージを沸かせる程に……今の彼女は、とても輝かしい存在に思えた。
「如何にも。拙僧は、ただのヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスではない。
――【煌煌の魔法少女・シャイン】である!」
**
彼はどれだけの時間、その場に居た事だろう。それを思い出せと言われても難しい。何故この場所に来たか、それさえも上手く説明できない心で、薄暗い一本道の只中で立ち尽くしている。
風に揺らめく金色の髪は首元まで伸び、端正な顔立ちはずっと、道の先を見据えている。
「ずっと、ここにいたのか?」
声が聞こえた。
彼――フェストラ・フレンツ・フォルディアスは、声のした方向へと視線を向けると、そこにいたのは幾度も顔を合わせて声を張り合った女性がいる。
「……何の用だ、クシャナ」
「庶民って、言わないんだ」
「もう、お前をそう呼ぶ理由もない。協力関係ですらなくなったオレとお前は、ただの学生同士でしかないからな」
クシャナ・アルスタッド。彼女は普段とは異なり、表情を引き締めた状態でフェストラへと近付き、数メートル程度距離を開けた状態で、ここがどこかを言葉にする。
「私が、この世界で初めてアシッドを……シルマレス・トラスを喰った場所だね」
「……名前まで憶えていたのか。一度しか教えていないのに」
「喰った人の名前は、知る事が出来たなら忘れないようにしてる。……自分の血肉にした人の名だからね」
グロリア帝国首都・シュメルにある、工業地帯の入り組んだ道。
かつて起こった惨殺事件を調査するクシャナと、彼女に注目をしたフェストラの、奇妙な関係が始まった場所とも言えるだろう。
「何の用だと聞いた」
「お前こそ、ここで何してたんだよ」
「別に、何をしていたわけでもない。ただ、思い出に浸っていただけだ」
「過去を思い返すなんて、お前らしくない」
「オレらしいとは何だ? お前がオレの何を知っている?」
「ああ、良く知らないよ。でも、少なくとも私はお前らしくないと感じたんだ」
クシャナの力強い言葉に、フェストラは言葉を呑む事しか出来なかった。
ただ押し黙り、歯を食いしばって、何を言う事も出来ずにいる自分自身を、不甲斐なく思うかのように。
「納得、してないんだろ? ラウラ王の思い描く世界も、彼の仕出かした事も、全部さ」
「……だとして、どうしろと言うんだ」
「さぁ、分からないよ。私だって諦める必要があるのかなと、大人びた事を考えていた。けど――私たちみたいに、諦めの良い人達ばかりじゃないんだよね。世の中って奴は」
右足の太もも、スカートに隠れたホルスターから取り出したマジカリング・デバイスの指紋センサーに触れながら、クシャナは小さく言葉を唱える。
〈Stand-Up.〉
「変身」
〈HENSHIN〉
放り投げられたマジカリング・デバイスが重力に従って落ちてくるタイミングを見計らい、右足を振り込んで蹴り付ける。
その瞬間にクシャナを覆う強い光の中で、彼女は変身を開始。
朱色を基本色とした戦闘衣装、その光が散ると同時に現れた彼女――幻想の魔法少女・ミラージュは、右足に履いたヒールで地面を強く打ち付けると、足元を中心に展開された魔法陣のようなモノから出現する黒剣を握り、振るった。
「気は乗らないけどさ――【痴話喧嘩】って奴をしようか、フェストラ」
黒剣の切っ先をフェストラに向け、そう言葉にしたミラージュと。
ただ訝しむように、しかし得物を以て対峙する彼女へ抵抗をするように、頭上高く掲げた天から、金色の剣を抜いたフェストラ。
二人はしばしの時、剣を構えながら表情を引き締めていたが。
「オロロロロ……ッ! 自分で言って気分が悪くなった……ッ!」
「おえ……っ、おえ……っ! なんて気色悪い事を言い出すんだこの阿呆が……ッ!」
……ミラージュが口にした【痴話喧嘩】という言葉に対し、双方はその場で口元へせり上がる吐き気を抑えきれず、ただ背中を向け合って道端へ胃液を吐き出すのであった。





