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王たる者-11

「……成る程、ファレステッドを止める事が出来ないのなら、発動後の無防備を獲ればいい、というわけだな」


「そもそもリスタバリオス弐の型から七の型までは、ファレステッドが有効でない状況における戦術幅向上を目的に開発されたものだからな」


「ふふ、そうだった。君がこう動くと分かっていれば、残心など考えずに動く事も出来たが……ハイ・アシッドとの戦いとは、こうも面倒なものなのか。ヴァルキュリアを叱咤する事も出来ん」


「安心しろ。あの娘も、アシッドとの初邂逅はそんなものだった。……それより」


「驚いただろう? 爪を抜いてくれれば、より驚く事が出来るよ」



 血を噴出すエンドラス。しかし彼の思考や言葉は、全身を刺突されて重症とも言える筈であるのに関わらず、あまりに軽快すぎる。


考えては居た事だが……ドナリアにとって嬉しくもあり、悲しくもある現実がそこにはあるのだろうと、両手を握り締めた瞬間、爪が地面の中へと戻っていくように引き抜かれ、エンドラスは傷口から血を噴水のように噴き出した。



――しかし、噴き出しただけだ。



彼の肉体が負った傷は、爪が無くなって異物を感知できなくなった瞬間、次々に再生を果たしていく。


治癒魔術、なんて生半可なモノじゃない。


再生魔術を展開する余裕すらなかったはずだ。


ならば……答えは限られる。



「何時からだ?」


「昨日、ガルファレット君との戦いを終えた後からだ」


「昔のお前から、そう大きく変わっているようには思えない。むしろ老化のせいか、弱くなってる気がしなくもねェ。となると……新種のアシッド因子、とやらか」


「そうだ。ラウラ王への忠誠を示す為、この力を我が身にと願った」



 既にエンドラスは、ファナやラウラと同じく、新種のアシッド因子を持つ存在となっていた。


つまり食人衝動や脅威の身体能力こそ持たないものの、肉体の再生能力を持つ存在へと生まれ変わり……アシッドに食われぬ限り、死ぬ事の出来ない存在へと生まれ変わった、というわけだ。



「それがガリアの願いだってのか?」


「違う。これはあくまで、彼女の願いを叶える為に必要だからと、私が判断した形だ。もしかしたらガリアには、怒られてしまうかもしれない」



 昔のように微笑んだエンドラス。


彼の笑みを見て……ドナリアはどれだけ彼が苦しみながら、ラウラへと与すると決めたのか、それを理解できた気がした。



「そこまでの覚悟がありながら、兄貴に与するしかなかったのか?」


「無かった」


「お前は俺より頭が良くて、俺よりも強くて、俺よりも……もっともっと、高みにいるべき存在だと思っていた」


「買い被り過ぎだ。私にとっては、君の方がよほど優秀だと感じたものだよ」


「俺が優秀?」


「才覚の事を言うんじゃない。在り方だ。君はラウラ王や私と違い、何時までも【人】を見ていた。誰かの言葉に耳を傾け、その言葉に傾倒するだけでなく、自分の心で考えていた。――ラウラ王はそんな君の事を苦手としていたかもしれない。でも私は、君のそんな在り方を、羨ましいと思っていた」



 ドナリアの美徳は、誰の言葉であるとしても自分の頭で反芻させ、自分の言葉に直し、それが自分にとって正しい言葉として認識できるのか、それを思考出来る事にあるという。


確かにエンドラスのように、彼は誰よりも強くは無いかもしれない。


確かにラウラのように、彼は誰よりも優れた知識と思考の持ち主では無いかもしれない。


だが、だからこそ他者からの言葉を素直に受け取り、自分の頭に刻み込む。


そして、他者の言葉に惑わされる事無く、自分の理想や願いへと必要なモノを昇華していく。



――時に他者の言葉が誤りで、偽りで、嘆いた事も、後悔した事もあったかもしれない。



それでも……彼は人の言葉を信じ続けた。



「私にはそれが出来なかった。私の言葉を吸収し、共感し、笑いかけてくれる君は、本当に私にとっての理想だった」


「今からでも、そうなればいい。俺程度の人間でさえ出来る事だ。それをお前が出来ない筈もない」


「なれないよ。なれた所でなる気も無い。私が私で在る限り、ガリアの願いは叶える事が出来ないのだから」



 もう、言葉で彼を止める事は出来ないのだろうと、ドナリアは感じた。


彼は亡き妻であるガリアの願いを叶える為に、人としての在り方さえ放棄した。


彼が普通の人間として生を歩む事は無く、これからもラウラの一刀として仕え続けるだろう。


 ダラリと、ドナリアは手を降ろし、口に咥えていた煙草がとっくの昔にフィルター付近まで吸われていた事に気付いて、先ほどエンドラスの吹かした血だまりの中へと吐き出した。



「……もう、良いのかな?」



 ドナリアに交戦意思が無くなったのだと感じたエンドラスが問うと、彼も頷きながら、新たな煙草に手を伸ばす。



「ああ。俺から言える事は、もう無い。聞きたい事はあるが、それは傍らで聞かせて貰おう。……ここから先は【家族】で語らえ」


「……何?」



 ドナリアが何を言っているのか、それを理解できないと感じていたエンドラス。


しかし、その言葉が示す意味を、彼は気配で感じ取った。


ゾワリとした殺気、マナの気配とも言うべき感覚を肌で感じたエンドラスが、背後を振り返る。


ポタポタと流れる血を胸元から僅かに流しつつも、しかし傷口の殆どが再生し終わっている――娘の姿がそこにはあった。



「はぁ……、はぁ……ッ!」



 荒れた息を整えようとしながら、痛む胸に手をやり、治癒魔術の展開を続けるヴァルキュリア。


しかし、上手く治癒魔術を付加出来ないとでも言わんばかりに舌打ちをした彼女は、グラスパーの刃を構えながら、まだ遠くにいる父親に声を張り上げた。



「父上ッ!」



 彼女の怒号に、エンドラスは汗を垂れ流す。彼女の殺気が原因じゃない、彼女の中から湧き上がるマナが原因じゃない。


何か、強い違和感を彼女から感じたのだ。



「ヴァルキュリア、お前……もう目が覚めたのか……!?」



 ヴァルキュリアの胸に出来た傷は、確かに致命傷といえる傷でこそないが、それでも重症には違いない。


エンドラスがその状態の彼女を放っておいた理由は、まさしく治癒魔術が付加されている状態で、脳を揺さぶった脳震盪状態にする事で、当分目を醒ます事が無いだろうと判断したが故。


しかし、それから約十分程度しか経過していない現状、それだけの時間で、彼女は立ち上がる程までに回復を果たし……あまつさえ傷口さえもほとんど塞ぎにかかっているように見えた。



「まだ、若干頭がふらつくのである……しかし、まだ、戦える……ッ!」



 グラスパーの刃を構える姿は随分と弱弱しい。傷口が如何に塞がっても、身体から抜けた血がまだ戻っていない事の証拠である。


その状態でも、彼女は決して逃げようとはしていない。


ただ前を向き、父を止めるという願いを以て、立ち上がり、剣を向け、足を前へと進めるのだ。



「ガリアの願いがあるのなら、その願いを娘にも聞かせてやれ。それが、父親としてのお前が持つ義務だろう?」


「私の役割はアマンナ君の」


「行かせねぇよ。もし行くんだったら、ヴァルキュリアを殺すか、説得するかしてから行け。……あの娘が簡単に説得されるとは思わねぇがな」



 エンドラスとドナリアの会話が聞こえる事のないヴァルキュリア、しかし彼女は両足に力を込めて踏ん張りながら、エンドラスに向けて飛び掛かり、グラスパーの刃を振り込んだ。


しかし、握る力さえも覚束ない彼女の剣を受ける事は容易い。弾かれ、刃を失ったヴァルキュリアは――それでも父親であるエンドラスに組みかかり、胸倉を掴んだ上で、顔面を殴りつける。



「手前勝手に、娘を放っておきながら……何も言葉を交わそうとせぬとは何事だ……ッ!」


「っ、」


「拙僧は、父上にとって何なのだ……っ、母上にとって、拙僧は何だったのだ……ッ!? それが分からぬのに、一方的に父上のやろうとしている事を、認める事など出来る筈がないであろうがッ!」



 ボロボロと流すヴァルキュリアの涙と共に、拳の力が強くなる。


幾度も幾度とも、ヴァルキュリアの顔面を殴りつけられて、鼻の骨が折れる感覚と共に、エンドラスはヴァルキュリアの腕を避け、彼女の腹部を強く蹴りつけた。


呻き声をあげながら、グラウンドの土埃を上げて転がったヴァルキュリア。痛む胸を押さえ、口から噴き出す血反吐を飲み……それでも、彼女は両腕に力を込めて、無理矢理立ち上がる。



「……ヴァルキュリア。分かってくれ、ガリアの、お前にとっての母親の願いなんだ。だから」


「亡き母上の願いを叶える為だとしても、誰かの命を殺めなければならないなど……そんな事を、そんな結果を、認められる訳があるまい……ッ!」


「お前の為でもあるんだ! その為に必要だから、私は」


「誰のどんな願いだったとしても、他者の命を貶めていい筈が無いと言っている――ッ!」



 激昂、しかし共に消沈。


叫ぶだけ叫んだヴァルキュリアの体力は失われ、彼女は片膝を地面に落としそうになるが……しかし踏ん張って、何とか二つの足で自重を支えようとしていた。



「……何故、お前はそれ程までに、傷つきながらも戦える?」



リスタバリオス家という家の在り方を強いて来た身ではあるが、エンドラスがヴァルキュリアを戦いに誘った事は、一度も無い。


けれど……彼女はいつの間にか、戦乱に巻き込まれていた。


シックス・ブラッドが解散し、ようやく戦いから解放された筈の彼女は……それでもアマンナを助ける為に、傷つきながらも剣を、拳を振るう。


その熱意は、どこから溢れるのだろうか?

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