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王たる者-10

 互いに殺気が充満するかのような気配。


ドナリアはヴァルキュリアと異なり、アマンナの事を守るつもりは無いだろう。もしエンドラスが本気でアマンナの事を狙いに来た場合、彼がそれに反応せず、殺されてしまう可能性は否定できない。


だからこそ、アマンナは魔術による身体強化を施しながら、可能な限り遠くへと飛び退く様に、地面を蹴りつける。


そして彼女が地面を蹴りつける音が、二人にとっての開戦合図だったのかもしれない。


エンドラスによる、ドナリアの首を狙った横薙ぎの一閃を、ドナリアの伸ばされた爪が防ぎ、その強固なる爪は、グラスパーと爪の間からバチバチと火花さえも散らした。



「硬い――否、それだけじゃない」


「アァ、俺も今驚いてる……コイツが俺の、本当の固有能力か」



 何が、と距離を取りながらもエンドラスによる攻撃を恐れて視線を二者に向けるアマンナ。


彼女から見ても、ドナリアの固有能力――クシャナ曰く「恐らく【裂傷】だろう」との事だが――が有する爪は、如何に強固な存在でも両断し得るグラスパーの刃を確かに防いでいる。


だが、それだけでないと気付く為に、アマンナは距離が離れすぎてしまっている。


今、エンドラスが握るグラスパーの刃は、ドナリアの爪と接触している部分が、次第に僅かな傷をパキパキと残していたのだ。


グラスパーの刃に用いられるグラッファレント合金は、そもそも金属としての堅牢性に合わせてマナを刃全体に浸透させやすい材質だ。故にグラスパーの刃は投じられたマナの性質、付加された魔術式によって自在に形を変化させる。


結果としてマナを通された刃は、時に金属さえも両断し得る切れ味を誇る最強の刃となり得るのだが……その性質を無視し、接触面に大小無差別な傷を負わせていく事が、ドナリアの有するハイ・アシッドとしての固有能力【裂傷】なのかもしれない。


斬り結んでいる間は裂傷能力によるダメージを負い続ける事になる。グラスパーと言えど、刃に直接与えられる傷を受け続ければ、何時かは折れる可能性は否定できない。


即座に爪を弾き、距離を取ろうとしたエンドラスだったが――しかしドナリアは目を見開きながら身体をくの字に曲げ、地面に手を押し付けた瞬間、彼の手が付いた地点からボゴボゴと地面が隆起し始め、まるで土壌生物が移動しているかのようにエンドラスの下へと隆起が続くと、土から黒光りした細長い刃にも似た爪が十本、顔を出すように飛び出し、ギョッと目を見開いたエンドラスは、刃がエンドラスを貫く前に、グラスパーの刃で叩き割った。



「くぅ……ッ!」


「計二十本。それが俺の使役できる爪の最大限界らしいな」



 敵はエンドラスだ。故にドナリアは慢心する事なく腰のホルスターから引き抜いたマカロフPMのスライドを乱雑に引いた後、両手でしっかりとグリップを握った銃のトリガーを引いた。


発砲と同時に僅かにブローバックする銃口を制御しつつ、それぞれ右肩・腹部・左足を狙った三射。エンドラスは慣れない銃撃に冷や汗を流しながらもそれぞれを避ける為に大きく身体を逸らしつつ、焦りを含め口を大きく開いた。



「弐の型ッ」


「させるかッ!」



 リスタバリオス剣術・弐の型【セッバリオス】の稼働は性質上、一秒弱のタイムラグが発生する。刃の分離と、刃同士を繋げるマナのワイヤーを紐付けする作業がどうしても必要となり、エンドラスレベルの武人であろうと、最低限それだけの時間が必要となるのだ。


しかし、距離が大きく離れていない現段階では、その距離を埋める為に地面を強く蹴り、エンドラスへと急接近を仕掛ける事は可能となる。



「ッ、!」


「お――らぁッ!!」



 マカロフを放棄しつつエンドラスの胸倉を掴み、右手を強く握り締めた状態で、彼の顔面に叩き込んだ力強い拳。


すぐさまセッバリオスの展開を中止し、拳を叩き込まれる顔面に全力の魔術強化を行い、防御力を可能な限り高めたエンドラス。


しかし叩き込まれた拳の勢いか、ドナリアの持つ剛力か、はたまた双方が理由であるのか、振り込まれた拳を強化した顔面で受けても尚、エンドラスの身体は勢いよく殴り飛ばされ……今、数十メートル以上離れた聖ファスト学院の校舎反対側にある壁まで殴り飛ばされた。



「……強い」



 思わず呟いたアマンナの、風に掻き消えてしまいそうな程に小さな声。しかしその声が聞こえていたらしいドナリアが、アマンナに「まだいたのか」と呑気な声を上げ、ポケットから取り出した煙草の箱を開け、一本を口に咥えた。



「今のお前をどうするつもりはねェ。逃げるならさっさと逃げろ」


「……ありがとう、ございます」


「別に。なんかお前らシックス・ブラッドを生かしとくのも、メリーの考えらしいしな。俺自身は助けたと思ってはいないから、礼なんかいい」


「それでも……助けられた事には、お礼をしないと」


「日本人みてェな考え方してんな」



 苦笑しながら煙草の先端に火を付けたドナリアは、肺まで煙を吸い込むと、しばし味を堪能する様に息を止めた後、強く吐き出した。



「まぁ、そういう考え方は嫌いじゃない。礼は受け取っておいてやる」



 早く行け――と手を振りながら、去っていくアマンナへドナリアは視線を寄越す事なく、遠くで立ち上がったエンドラスの姿を見る。


顎周辺に向けて放った一打、それが脳を揺さぶらない筈もない。強烈な痛みと衝撃により、身体を僅かによろめかせながらも立ち上がったエンドラスが、怒りを露わにした表情でドナリアを睨みながら、グラスパーの刃をその場で振るった。



「どうした、随分と弱くなったんじゃねェか? 昔は模擬戦しても速攻で俺が負けてたっつーのによ」


「……君達ハイ・アシッドとの戦いは初めてで、その強大さに驚いてはいる」



 聴覚もハイ・アシッドとして優れるドナリアには、遠く離れるエンドラスの言葉も聞こえる。


だが何にせよ、距離は詰めておくに限るとしたドナリアが、両足を動かしながらエンドラスの動向を見据えつつ、軽やかに口を開いた。



「どうだ。この力があれば、兄貴を倒す事も出来るだろう」


「倒されては困るのだ。ガリアの願いを叶える為には、どうしても、どうしてもラウラ王の力が必要なんだ」


「アマンナは逃げた。お前が追いかけようとしても、俺はお前の真意が分からん限り、どれだけでもお前に付きまとい続けるぞ。なら真意を話して、少しでも俺の理解を得た方が良いんじゃねぇのか?」


「私の真意がそれほどまでに大事か? どれだけ語らったとしても、私がお前たち帝国の夜明けへと与する事はあり得ないとしても」


「今となっちゃ、それはどうでも良い。友達のお前が何しようとしてんのか……それを知らないままでいる方が気分悪いってだけだ」



 友達、という言葉に。


エンドラスは僅かに表情を動かしたと、ドナリアは見て取れた。


ほんの一瞬、その一瞬の間に、エンドラスがどんな感情を巡らせていったかは分からない。


けれどそうして心を動かしてくれると言う事は――少なくともドナリアとエンドラスという二人の間にある感慨に、思う所はあったのだろうと感じる。



「ガリアの願いとは、何だ?」



 エンドラスは答えない。ただ、ドナリアを見据えて視線を強めるだけだ。



「兄貴はその願いを、どう叶えるつもりなんだ?」



 エンドラスは答えない。グラスパーを握る柄に力を籠め、今……マナを投じただろう事は、ドナリアにも理解できた。



「俺は、ガリアとも友達だった。だからこそ――彼女の願いを、ちゃんと知っておきたい」



 エンドラスは答えない。グラスパーの刃を鞘に一度納めるが、しかしそれが停戦の合図ではないという事が、ドナリアには分かってしまう。


 両足をしっかりと地面につけ、右足を前に、左足を下げ、姿勢を落とす。


右手でしっかりと柄を握り締めながら、左手で鞘と鍔を押さえて――殺気も何もかも抑え込み、彼は無心でドナリアを見据える。



「壱の型」



 リスタバリオス剣術・壱の型【ファレステッド】。


両足にマナを浸透させた上で一瞬の内に引き抜いた一刀。


彼らリスタバリオス家に代々続く、このファレステッドという抜刀剣術の存在は、そもそも一度構えから抜刀に移った時、既に行動を終えている事が多い。


瞬間移動さながらの高速移動、距離が離れていたとしても、その距離を埋めて近付き、肉薄したと理解した時には既に断ち切られていると言っても良い。


故にリスタバリオス型への対処はまず「構えを取らせない」事であるが――しかし、ドナリアは呑気に煙草を口に咥えたまま煙を吐き出し、両手を広げた。



「来い」


「ファレステッド」



 十数メートルは、彼との間に距離があった。


しかし瞬き一つした瞬間、既に彼は目の前から消え――ドナリアの首は両断され、宙を舞っていた。


首が飛んでいる筈なのに、身体から血が噴き出す感覚を理解できる。未だにこの感覚は慣れないものだが……しかし故に、ドナリアは空中で回転する頭だけの状態でも、自身の身体より数メートル後方にいるエンドラスの存在を、認識出来る。


彼が残心とも言える、グラスパーの刃を振り抜いてから鞘に納める瞬間……まさに敵を斬り、無防備となったその瞬間。


エンドラスの下方、グラウンドの地面から勢いよく飛び出した、計二十本の爪が彼を襲っても、彼は反応できなかった。


次々に伸びていく爪が、エンドラスの脚部や股間部を貫いていき、胸や腹、背中から爪が貫通する。



「ごふぅ……っ!」



計二十本の刃によって刺突され、その痛みに悶えながらも、刃が身体に残ったままの状態故に動けず、血を噴出するしか出来ないエンドラスは、首と視線だけを背後のドナリアへと向け……首の無い彼がムクリと立ち上がり、地面に落ちた頭を拾い上げて、自分の首と頭を合わせる光景を目にした。

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