表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/329

王たる者-08

 ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスは、聖ファスト学院の講堂に用意されている椅子に腰掛けつつ、二つの理由で少しだけ困っていた。


一つは、アスハ・ラインヘンバーに渡された通信端末の操作法が覚束ない事だ。


通常の通信魔導機は一対一の通信のみが可能なモノが多いので、マナを通して起動さえすれば使えるものが多いのだが、どうにもマナを通しただけでは反応が無い。


今、特にアスハへと連絡するべき事由は無いのだが、もし必要となった場合に連絡できぬのは困ると、少し使い方を学んでおこうとしたら、使い方が全く分からないときた。


それもその筈、ヴァルキュリアやアマンナは知らないが、それは日本製の二つ折り式携帯電話を魔導機に改造した端末であるが故に、電源ボタンを押して起動しなければならず、携帯電話を開いた所で書いてある記号も文字も何か分からず、首を傾げるしか出来ない。


 もう一つは……



「アマンナ殿、この魔導機の使い方、分かるであるか?」


「……え、あの。ごめん、なさい。聞いてませんでした」



 少し離れた場所の椅子に腰かけながら、常にヴァルキュリアの事を少し頬を赤らめながら見据える、アマンナ・シュレンツ・フォルディアスの存在だ。


こうして話しかけても殆ど話半分でしか聞いておらず、こちらに何も意識を向けていないのかというと、ずっと視線はヴァルキュリアへ向けられているから、聞いていないとは考え辛いのだが。



「先ほどからどうなされたのだ、アマンナ殿。まぁ、意気消沈という様相から変わられたのは良い事だとは思うのだが、しかし人の事を穴が開く程凝視なされるとは」


「い、いえ。……その、わ、わたし……だ、誰かに、好ましいって、言われたの……は、初めてで」


「そうなのであるか? 例えばクシャナ殿ならばどんな女性にでも言っていそうであるのだが」


「……クシャナさまは、言葉に心が籠っていないというか、軟派というか……」


「うむ、それはものすごく分かるのである」



 何にせよ、ずっと見つめられているというのも変な気分になる。アマンナにも渡されている魔導機の話題に移ってしまおうと考え、彼女の所へと移動しようとすると……アマンナは一定の距離を保つかのように、移動をしてしまう。



「何故移動するのであるか!?」


「そ、そのっ、ち、近くて……っ」


「二人分離れている距離を詰めようとしているだけであるぞ!? 確かに距離感が近過ぎる事は問題であるが、近付かねば分からぬ事もあるのだ!」


「う、うぅう……っ」



 無理矢理距離を詰めようとするヴァルキュリアと、その距離を何とか保とうとするアマンナ。しかし椅子の端に身体が追い込まれると、挟むようにしてヴァルキュリアが彼女の隣へと腰掛けようとした。


その時――気配に敏感な二人が一斉に顔を上げ、振り返ると、一人の男性が講堂のドアを開け放ち、ゆっくりとした歩調で、ヴァルキュリアとアマンナの下へと、近付いてくる。


 白髪交じりの黒髪と、引き締まった肉体。


その帝国軍人の制服に身を纏い、腰のベルトに携えているのは、ヴァルキュリアの携えるグラスパーと同様の剣。


男の視線が、アマンナへと向けられると……二人は男の放つ殺気によって思わず数歩後退り、ヴァルキュリアはアマンナを隠すように左腕を広げた。



「……父上」


「ヴァルキュリアか。そこを退き、アマンナ君の身柄をこちらに引き渡せ」



 男――エンドラス・リスタバリオスは、娘であるヴァルキュリアが背に隠すアマンナを渡せと要求し……彼女はその言葉にビクリと震え、ヴァルキュリアはより眉間に皺を寄せた。



「意味が分からぬ。何故父上に、アマンナ殿の身柄を引き渡さねばならぬのだ?」


「ルトとアマンナ君を始末するよう、ラウラ王より勅命を受けた。お前へする説明は、これで十分だろう」



 引き渡せ、と。


エンドラスはグラスパーの柄に手を乗せながら、歩調を変える事無く二人へと近付く。


だが、ヴァルキュリアは納得が出来ないでいる。


出来るものかと、目を細めながら彼と同じように柄へと手を乗せた。



「アマンナ殿、逃げるのだ。拙僧が時間を稼ぐ。可能な限り遠くにである」


「で、でも」



 アマンナが一瞬、まぶたを瞬きさせた刹那の時間。


その瞬間にヴァルキュリアとエンドラスは、同時に刃を振り切り、ガギィン――と刃同士の接触音を講堂の広い空間に響き渡らせた。



「良いから行くのだッ!」



そのグラスパー同士の衝突によって発生した風圧に、体重の軽いアマンナは僅かだが身体を浮かしそうになったものの、姿勢を整えて何とか転ぶ事だけは避けた。


言葉を発する事なく、互いに壱の型同士で打ち合った後、父子は互いに声を上げる。



「四の型ッ」


「アイリアン・グロー」



 同時に発動した四の型【アイリアン・グロー】は、グラスパーの刃を九つに分離させ、その一つ一つの刃が意思を持つかのように空を駆け、複数の敵を斬る為の型。


しかし互いに操作するアイリアン・グローの刃が相手取るのは、それぞれの刃である。


空中で一瞬の内に幾度も奏でられる刃同士の衝突音、その間にもヴァルキュリアとエンドラスは距離を詰める。


エンドラスは動けずに固まっているアマンナに向けて。


ヴァルキュリアはそんな父に向けて拳を振るい、身体を抑え込むと同時にグラスパーの柄同士が接触する。



「行けと言っている――ッ!」



 若さ故か、ヴァルキュリアの筋力が勝った。


彼女が握るグラスパーの柄が、エンドラスの握る柄を弾き、左肩を強く胸部に打ち付ける事で突き飛ばす。


椅子を巻き込み破壊しながら床を転がったエンドラスは、弾かれたグラスパーに向けて手をかざす。それによって柄さえも意思を持つかのように軌道を変更し、彼の手に収まった。



「邪魔をするか」


「意味が分からん事に加担するつもりはない。例えそれが、父のすべき事であろうとな!」


「全く……と言いたい所だが、そう育てたのは他でもない、私であったか」



 チラリ、と視線をアマンナに向けたエンドラスに、アマンナは震えながらも、両脚を動かしてその場から避難を開始する。


講堂の裏にある通用口、そこから立ち去ろうとする彼女へと延びる一つの刃、しかしそれをヴァルキュリアの刃が飛来し、防いだ。



「ラウラ王の勅命、と言ったな。父上」


「そうだ。ルトが、ファナ・アルスタッド君を連れてラウラ王より離反したが故に、ルトとアマンナ君の二人を殺せとの命令だ」



 グラスパーの刃に含まれるマナが切れかかり、次第に二人の握る柄へと刃が返っていく。


接続される刃、その音に気を取られる事無く、二人は言葉を交わす。



「……母上の願いを叶える為に、ラウラ王の力が必要と……その為には何もかもかなぐり捨て、どれだけでも手を汚す……であったな」


「ああ」



 アマンナの逃亡がどれだけ早いかは分からない。彼女は先日から本調子じゃない。故にエンドラスは早くアマンナを追いかけたいと考えているし、ヴァルキュリアはその考えを見通すからこそ、父親をこの場に留めておきたいと考える。



「母上の願いとは何だ? 汎用兵士育成の実現であるか? 拙僧が、その体現となる事か? その為にラウラ王へ取り入ったのではないのかッ!?」


「アスハから垂れ込まれたのか?」


「母上は拙僧に、汎用兵士育成の体現者となるべく教育を施すと公言をしていたそうであるな。そして、事実それは成された。故に父上は、母上が望んだ計画の日の目を見る為に行動している、違うか!?」


「違う。……ガリアの願いは、そんな事じゃない。もっと単純で、もっと……もっと、当たり前の事だった」



 本当に一瞬の事であったように思う。


エンドラスが、眉間に皺を寄せ、怒っているようにも見えながら、しかしまぶたが僅かに沈んだ。


その表情は、まさに今にも泣きだしてしまいそうな表情に思えたが、しかし見間違いかと思う程に、いつもの厳格な父へと表情を彩り直した。



「退け、ヴァルキュリア。お前とはいつでも語らえる」


「ならば今でも良いであろう」


「急がねばならん。お前がいなければ、彼女を早々に始末出来た。まだ邪魔立てをするのなら」


「するのなら?」


「そうだな……例えば」



言葉の途中だった。


答えの代わりに伸びたのは、ヴァルキュリアよりも圧倒的に早く振るわれたグラスパーの刃であり、その刃がヴァルキュリアの反応されるよりも前に、浅くヴァルキュリアの腹部を斬り裂いた。



「ぐ――ふ、っ」



飛び散る血がエンドラスの表情を彩り、僅かに痛みで悶えたヴァルキュリアの肩を、エンドラスが蹴り付けて、床に彼女を押し倒した。


 右足で彼女の肩を踏みつけ、左足でグラスパーの柄を蹴る事で手から離したエンドラスは、ヴァルキュリアの首筋に、流れた血を表面の油とマナで弾き、綺麗なままの刃を突き付ける。



「こうする手もある」


「ッ……、!」


「卑怯とは言うなよ。戦場においては卑怯汚い等という言葉はない。覚えておくといい。……まぁ、覚えなくとも良い世の中がこれから訪れるのだがな」



 出血量は少ない。加えて、ヴァルキュリアが自分で付加できる治癒魔術で、ある程度は回復する事が出来る。死ぬ事は考えずとも問題はないが――しかし、このまま邪魔立てされる事は面倒だ。



「後でまた話そう。……私としても、お前をこの年になるまで、放っておき過ぎた。それは深く反省している」


「父上……っ」



 グラスパーを逆手持ちに変え、柄で彼女の額を強く打ち付ける。それと共に床へ後頭部が強打され、揺れ動いた脳がヴァルキュリアの意識を、遠のかせる。


遠のく意識の中で――ヴァルキュリアは彼の言葉を聞き続ける。



「信じているぞ。お前はガリアの、なんて事無い願いを叶える為に、私と肩を並べてくれるはずだと」



 彼の言葉を否定するよりも前に。


ヴァルキュリアの意識は、微睡の中に消えていくのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ