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王たる者-07

「フェストラ様は、偽装とはいえクシャナ君と交際関係にある。ラウラ王にとって、レナさんを公的に守れる状況はこれ以上にないだろう……しかし、この状況はフェストラ様にとっても好都合なんだ」


「フェストラ君がもしラウラ王に反抗したとしても、レナさんを今後守っていく為には、彼という存在が潔癖である事が重要……という事ね」



 クシャナやファナの思考が至らない部分には、ルトが注釈を述べる。すると、メリーも強く頷いた。


フェストラという男がもし、ラウラに対抗してどんな強行に出たとしても、彼の起こした行動は全て情報操作の末、抹消される。


加えてその犯行にクシャナやファナが関わっているとすれば、三人の関与だけを抹消する事は難しい。事件そのものの存在を隠蔽する方がよほど効率的だと考えるだろう。



「でも、私やファナ、フェストラを殺す事は出来なくても……ルトさんやガルファレット先生、アマンナちゃんやヴァルキュリアちゃんは、反乱分子として殺せるよね?」


「そうならないようにフェストラ様の力が必要になるんだよ。――そしてフェストラ様を動かすには、クシャナ君の協力が必要だ」



 思わず「私の?」と口にしたクシャナに、ルトが「まさか」と顔を青くした。



「おやおや? ルト、何を想像したのかな? 兄に聞かせておくれよ」


「……別に、下世話な事は想像してない。兄さんだろうと殴るわよ、というか兄さんだからこそ殴るわよ」


「冗談さ。でも、多分ルトの想像通りだ。――夫となるフェストラ様に、妻となるクシャナ君が、愛のある叱咤激励をするだけさ」



 その【愛】という言葉を聞いた瞬間、クシャナは近くにあった水場へと顔を近付けて、喉元を通り過ぎる嗚咽感を「オロロロロロロロ」と吐き出すのである。



「……そこまでの事かい?」


「おえ、おえ……っ、そこまでの事だよッ!! そんな話をする為に私をわざわざこんな秘密のアジトにまで連れて来たってのか!? お前ホントにアタマ湧いてるんじゃないの!?」


「だが――ヴァルキュリア君やアマンナ君、ガルファレット・ミサンガさんを守る為には、彼の力が絶対に必要となる」



 恐らくだが、と加えながらもメリーが語るのは、今後ラウラ王がどう動くかの予測である。


ラウラ王はルトとファナの造反によって、シックス・ブラッドの面々を警戒する事に違いない。


 何せ話を聞く限り、ファナはラウラ王に対して宣戦布告ともとれる発言を行っている。


そして、ファナという存在が持つシックス・ブラッド内での影響力は、メリーから見ても大きいと考えている。



「ファナ君はシックス・ブラッド全員にとって、戦う理由に値する存在だ。彼女が戦うと宣言をした今、私がラウラ王ならばシックス・ブラッド全員を警戒するだろうね」


「アタシが、そんな影響力を……?」


「少なくとも、今のバラバラとなったシックス・ブラッドを取りまとめる影響力はあり得るとは思えるね」



 信仰にも近しい考え方ではあるが、元々人間と言う存在はそのほとんどが、理由を定められるが故に戦う事の出来る生命体だと言ってもいい。


中には理由無く争いを好む攻撃的な人間性を持ち得る者もいるが、多くはそうではない。


忌み嫌われる【戦争】という存在が無くならぬのも「開戦理由」というモノがあるがこそであり、理由無き戦争と言うモノは歴史を紐解いてもあり得ない。(開戦理由が歪められる場合はあるが)


 その「理由付け」として最も有効なモノは――やはり「何かを守りたい」とする考えが最も効果的である。


幼く可愛らしい、まっすぐな心を持つファナという少女を守りたいと願う事は、真っ当な人間であれば感じる心であろう。



「ファナ君は信仰を捧げられるに相応しい少女だ。――いや、言葉を直そう。【王たる者】としての素質を持ち、人を従わせるに十分な少女だ」


「アタシ、人を従えたいなんて思った事、一度も無いけど……」


「思うか否かじゃない。意識的か無意識的かを問わず、相手に思わせる事が出来る才能、カリスマという意味さ。そして、この才能を持ち得るのは――私が知る限り、四人だけだ」



 その四人とは、ラウラ・ファスト・グロリア、フェストラ・フレンツ・フォルディアス、そして……ドナリア・ファスト・グロリアと、ファナ・アルスタッドである。



「……意外だね」


「ほう、クシャナ君は何を意外に思ったと?」


「お前がドナリアの事をそうして認める事をだよ。ドナリアって、帝国の夜明け内では戦闘要員としてしか重宝されていない感じに思えたけど」


「実際、ドナリアの戦闘能力というのは素晴らしいよ。実際戦った事のある君なら理解できると思うが、ハイ・アシッドとしての身体能力を加味しなくとも、彼は模範的な帝国軍人としての戦闘技能は全てマスターしている。動揺さえしなければ、エンドラス様とも渡り合える実力は持ち得ている」



 これまで彼が帝国の夜明けとしての戦績を残せていない理由は、相手がハイ・アシッドとして最盛期の実力を取り戻したクシャナだった事や、フレアラス像を盾にして実力を出し切れない状態にしていた事、さらにはエンドラスという崇拝していた相手の出現によって動揺した為、即座に首を落とされた事が要因である。


決して彼は、弱い存在ではない。それは、メリーも認めているし……彼の強みは実戦だけじゃなく、人々に慕わせるカリスマ性だ。


一時期の彼は、それこそ「軍拡支持派における星」とまで呼ばれた男だ。担ぎ上げられた人物と言う見方もあるが、彼もそれは理解した上で、同志を集める為にあえてそうした立場にいた事も事実である。



「フェストラ様をまたシックス・ブラッドに引き入れる事が出来れば、ラウラ王と対等に渡り合える方法を思案できる。我々としても、今倒すべき敵は君達じゃないと考えているからね」



 どうだい、とクシャナに向けて手を伸ばすメリー。


クシャナは、自分の手をギュッと握りながら、ジッと見据えるファナへと視線を向け……彼女が小さく頷いた所を見る。



「アタシ、お父さんを止めたい」


「……ファナ」


「お父さんが仕出かした事で、お母さんは絶対に幸せにならない。お姉ちゃんも、シックス・ブラッドのみんなも。なら、アタシはお父さんを止めて、みんなが笑い合える世界にしたい」



 ラウラという存在が作る世界を、ファナは想像できずにいる。


だからこその言葉かもしれないと、彼女自身理解できている。



「もしかしたら、お父さんが作る世界っていうのも、悪いものじゃないのかもしれない。戦いとか、テロとか、そういうのが無くて、今よりいい世界になるかもしれないけど……でも、その世界を作る為に、お姉ちゃんやみんなが傷つくのは、絶対にヤダ」



 世界の穢れも、残酷さも知らない瞳。


しかし彼女は、一人の男が有するエゴによって、フェストラやクシャナ、ヴァルキュリアもアマンナも、誰もが絶望に打ちひしがれている中で、まっすぐにラウラへと拳を突き立てたのだ。


臆することなく、その小さな体と、幼い心で。


 クシャナはそう、思い知らされた。



「……分かった。愛の叱咤激励とか、そういうのは置いといて……確かにフェストラとは、一度しっかり話しとかないとね」


「ならば行動は早い方が良い――差し当たってクシャナ君に一つ、お願いをしたい」



 お願いというメリーの言葉。しかし彼の表情は、少しだけニヤついている。


ほとんど笑顔で顔を塗り固める彼の表情をニヤついていると表現するのは、普段よりも気色の悪い笑みに見えたからである。



「この本にある言葉を、彼に伝えてあげて欲しい――どうかな?」



 彼が取り出すのは、分厚い背表紙によってまとめられた一冊の本。


その背表紙にクシャナは見覚えがあり、首を傾げたが……しかしそこでクシャナも、目を見開いて口角をニヤリと持ち上げながら、メリーより本をひったくる様に奪って中を見据え、メリーが指を向ける一文に、強く噴き出した。



「――良いお願いだ。私もこの言葉を聞いたアイツがどんな反応をするか、非常に興味がある」


「え、え、え? 何その本。アタシも読みたい! なになに?」


「後で読ませてあげるよファナ。でもこの本を読んだらフェストラにマジで半殺しされちゃうかもしれないから、その時はファナに『痛いの痛いの飛んでいけ』して貰うね」



 心の底から湧き出るクシャナの笑顔、その笑顔を見て、ファナもどこか嬉しいと感じた。


帝国の夜明けアジトの一つである廃墟を出て行こうとする彼女を見送りながら――メリーはルトと目を合わせる。



「……大体の予想はつくけれど、あの本にはなんて書かれていたのよ?」


「何。なんて事の無い、妹を持つ者にしか分からない気持ちが綴られているだけさ」


「兄さんは、そうした感慨を私に持ってくれていたの?」


「持っているさ。……私も今、こうして妹を守る為に、ここに来ているだろう? まぁ、ここに彼は来ないと思うけれどね」



 ラウラは恐らく、造反したルトと、彼女に近しい存在の排除に誰かを向かわせている筈だ。


否、ルトと渡り合える人材など限られている。つまり……エンドラスかフェストラ、噂に聞く程度しかないが、シガレット・ミュ・タースの二人、どちらかだ。


だがシガレットと言う線は無いと踏んでいる。シガレットという存在を知っていれば、例え操られていたとしても人を殺める事は無いだろうと確信が持てる。


つまり残る手はフェストラとエンドラス。そして、フェストラの下にはクシャナが向かうとして、残るはエンドラス。


 そしてエンドラスは恐らく、先んじて()()を殺す為に動く。その上で、メリーが最も信用を置く男がエンドラスの下へ向かっている。



「ここから先は政治家タイプの人間では計算が及ばない、人の思考が立ち入る場面だ。――人が誰しも愚かだと思うな、ラウラ王」



 呟いた言葉と共に、メリーは他者を警戒させぬ笑みではなく、強気の交った不敵の笑みを浮かべる。


何か企むときに浮かべる笑みは、昔から変わっていない。


ルトは長く兄妹として接する機会の無かった兄の姿に懐かしさを覚えながら微笑み交じりのため息を浮かべ、ファナに「あんな大人になっちゃ駄目よ」と告げるのである。

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