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王たる者-02

 シガレットの足は軽やかだが、ファナは若干、前へ進むのに戸惑いがある。


この先に、自分の父親ともいうべき存在がいる。


母と心を通わせ、彼女に自分と言う子を託した男。


王たる者――ラウラ・ファスト・グロリア。



「気が乗らないかしら」



 足を止めたシガレットに続き、ファナもゆっくりと動きを止め、コクリと小さく頷いた。



「あの……アタシには、ラウラ王の子供……って以上に、秘密があるんです……よね?」



 ファナが、自身の出生について知り得ているのは、ラウラによって生み出され、レナによって育てられたという事実だけだ。


自分が生み出された理由も、何故レナに預けられたのかも、そもそもどうやって生み出されたかも理解できていないし、思考に回す事が出来ているかも定かではない。



「シガレットさんも、元々おばあちゃんの筈なのに、ガルファレット先生の主様だった筈なのに、今こうして綺麗なお姉さんでいるのにも、アタシが絡んでるんですか?」


「ええ、そうよ。貴女が有する固有魔術とも言うべき存在……【蘇生魔術】によってね」



 ファナの小さな手、繋いでいた彼女の手を一度離し、手首を握ったシガレットは、その大きな胸にファナの手を押し付けた。


柔らかさと大きさに目が惹かれ、ついファナも顔を赤くしてしまうけれど――その時にふと変な感覚に陥り、魔術回路を稼働させた。



「……コレって」


「ふふ、治そうとしないでね? その瞬間、私はまた黄泉の国にでも行ってしまうわ。……とは言っても、私も黄泉の国なんて見た事ないのだけれど」



 ファナの手を身体から外し、苦笑したシガレット。ファナは目を見開いて、彼女から僅かに遠ざかろうとする。



「あ、あの、蘇生魔術って、何なんですかっ!? アタシが持ってるかもしれない、何か凄い魔術だってことは、アマンナさんから聞いたんですけど……」


「そうね。簡単に言ってしまえば、在る容の中に擬似的な魂を入れ込む事により、その容を人として確立する技術……とでも言うのかしらね」



 一瞬で小難しい話となった為、ファナは混乱で頭が回りそうになったが、そんな彼女へ分かりやすく説明する為、シガレットは自分の胸に触れた。



「ファナちゃんは、魂って何か分かるかしら?」


「……えっと、人の中に宿る、精神的なモノ……みたいな?」


「そう! そんな感じ。ファナちゃんってば頭いいわねぇ。お婆ちゃん感心しちゃうわ~」



 優しく頭を撫でるシガレットに、困惑はあるが違和感を感じないファナ。


実際に祖母という存在に会った事は無いが、いたらこんな風に接してくれるものなのかもしれないと考える程に。



「魂っていうのは、未だにちゃんと発見されてないものよ。脳に宿っているものなのか、それとも身体に宿っているのか、そういうのも分かってない」



 魂がどこに宿るか、そもそも存在するか否か、という所から議論がなされる事も多いが、魔術師達の間では魂と言う存在があるという仮説を元に、議論が成される事が多い。



「だからまず私やラウラ君なんかは、魂って存在が『その人の記憶とか性格とかの情報を管理してる情報で、脳に宿っているものなんじゃないか』って仮説を立てた。人は十人十色、色々な考え方を持つ。全く同じ記憶や性格、考え方を持ち得る別の人間なんて、本来この世に存在しないからね」



 脳に宿るとは言っても、脳に直接そうした情報が書き込まれているのか、それとも情報エネルギー的な存在があり、それを元に脳を動かしているのか、これもまた議論するべきかもしれない。


 だが――魂がどのような形を有しているか等、関係はない。魂という存在が『人の記憶や性格などを情報として統括しているモノ』として機能さえすれば、それで良いのだ。



「ここまでは分かる?」


「えっと……なんとか」


「よしよし、上出来だわぁ。お婆ちゃん分かるまでちゃーんと説明してあげる。だからゆっくり分かっていけばいいからね?」


「あ、あのっ、子ども扱いしないでくださいっ」


「だって、お婆ちゃんから見たら子供なんだもん。私ってば九十三歳、死んでからの日数も含めれば九十六歳よ? ラウラ君もガルファレットも、クシャナちゃんだって、私から見たら子供なんだから、ファナちゃんを子供として扱っても良いでしょう?」



 孫みたいなモノよ、と言いながらファナの頬をグリグリと弄るシガレットの表情は本当に楽しそうに、ファナは思える。故にそれ以上強く言う事が出来ず、子供扱いを渋々受け入れるしかない。



「ファナちゃんはこれまで、治癒魔術しか使ってこなかった。そうよね?」


「……はい」


「それはね、治癒魔術に見えるけど、蘇生魔術の一種なの。ファナちゃんが『イタイノイタイノ・トンデイケ』って詠唱を使う時、貴女は『対象人物の情報を読み取って、魂と肉体が持つ最盛の存在へと戻す』魔術を発動してるのよ」



 ファナの有する蘇生魔術は、治癒魔術や再生魔術とは細部こそ似ているが、異なるものだ。


 治癒魔術は「人間の持つ肉体の自己再生能力を高める事で怪我や病気を癒す」魔術であり、あくまで人間の有する自己再生能力や免疫力を促進させるだけのモノだ。故に副作用が無い事が利点に挙がる。


再生魔術は「人間の怪我や病気を強制的に排除する」魔術であり、言ってしまえば「魔術で投与する薬」のようなもので、それぞれの自己再生能力や免疫力などには依存しない為、即効性の高い治療が可能である反面、治癒魔術と比べて副作用が多く発生する可能性もある。



そして蘇生魔術は――「対象人物の肉体と魂が有する最盛期の存在へ作り替える」魔術である。


例えば、クシャナ・アルスタッドという存在はアシッドであるが、普段から動物性たんぱく質の補給を行わない事から、常時最盛の肉体を有していない。


だが、魂には「クシャナにおける最盛時の肉体」を情報として記されている。ファナはその情報を読み取り、肉体を「最盛の存在へ作り替える」事によって、クシャナ・アルスタッドとしての全力を出せるようにする事が可能なのだ。


肉体そのものを作り替える魔術、故に副作用を起こす事もあり得ない。人間を治療するという面に関して言えば、最高位の魔術――まさに神の御業を体現する魔術と言っても良い。



「私は、昔の私が持ってた身体と魔術回路を模して造り出した擬似的な肉体に、死ぬ前の私が持ってた記憶や性格とかの情報……つまり魂を、脳に書き込んで蘇ったの」


「でもアタシ、そんな事した覚えなくて……」


「ファナちゃんの魔術回路を模した擬似回路を作り出して、そこにマナを投与するだけで、別の人でもファナちゃんの魔術を使う事は出来るからねぇ。あくまで蘇生魔術はファナちゃんの魔術って事よ」



 今回の場合は、事前にラウラが造り上げていたシガレットの肉体に、エンドラスの持っていたファナの魔術回路を模した擬似回路に、ファナの魔術詠唱を唱える事で発動した。


擬似回路の強度は低い為に一度きりしか使えないが、一度蘇生させた存在の魂は残り続ける。



「ただ私の場合はちょっと特殊ねぇ。本来、ファナちゃんの蘇生魔術は『死者を蘇らせる』程のものじゃない。というかそんな事出来る筈も無い。ラウラ君が私の魂と言える情報を、ファナちゃんの擬似回路に書き込んだ事で、空っぽの作られた身体に情報を入れ込ませ、馴染ませる形となった」


「え、えっと……なんかこんがらがってきたんですけど……っ」


「簡単に言えばファナちゃんの蘇生魔術と、ラウラ君の準備が合わさって、死者を蘇らせる力にする事が出来たのよ」



 だが、あくまで今のシガレットは、彼女の魂が本来あるべき場所ではない。今のシガレットはラウラが造り出した「偽物の身体」と「偽物の魂」を刻まれた人物であり、その在り方はアベコベだ。ファナが施されている蘇生魔術の展開を解除しようと思えば、解除は可能である。


先ほど彼女の胸に触れた時……感覚的なものではあるが、それを読み取ってしまったのだ。



「私の魂も、肉体も、全てが造り出された偽物。本来は定着し得ないモノを、ファナちゃんの力で無理矢理繋ぎ留めているだけの存在。だから、ファナちゃんには私の魂をこの身体から解放して、再び死者にする事が可能なのよ」



 つまり、今のファナには、シガレットを倒す事が出来る。


否――ファナがもし、シガレットに施された蘇生魔術を解除しようとすれば、彼女を殺す事が出来る、という事だ。



「大丈夫。貴女がもし今の私を殺そうとしても、そんな簡単に殺されるほど、私はヤワでもない。少なくとも私の魂が定着している脳へと触れないと、展開された蘇生魔術の解除なんて出来っこないし、それをさせるつもりもないわ」


「じゃあ、何でアタシにそんな事を……?」


「ただ貴女には全部を知ってもらおうとしてるだけ。……それに、私は『人が人を殺す』っていうのが大っ嫌い。だから、ファナちゃんにそんな事をさせたくないのよ」



 最後の言葉だけは、彼女の笑みに僅かな変化があったように、ファナは感じた。


シガレットは、ガルファレットに聞いていた通り……戦争と言う行為によって、自分が多くの命を奪ってしまった事を悔やんでいる。


それを他者へ経験してほしくないという願いは、今の彼女も変わらないのだろう。

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