ドナリア・ファスト・グロリア-08
ゴクリと、息を呑んだメリーと、静かに彼女の言葉を聞き続けるドナリアは、これまでの状況において真逆の様相をしているようだと感じた。
「フェストラと、シックス・ブラッドの再始動? 意味が分からん」
「そっか、まだ二人は知らないんだね。フェストラ君は、シックス・ブラッドを解散したんだ。貴方達みたいなテロ組織を相手にするならともかく、国そのものを敵に回せば、皆が危険になるって知ってね」
そしてフェストラ当人も、彼に敵対する事は仲間を危険に晒す行為だと考え、行動を自粛するだろうと、プロフェッサー・Kは言葉にした。
「この新型アシッド・ギアには、今まで貴方達が使ってた養殖の因子とは違って、成瀬伊吹が残していたデータから造り出した、クシャナちゃんと同様の因子が込められている」
アシッドには現在、三種類の存在が確認されている。
一つは、クシャナ・アルスタッドという【野生のアシッド因子】を持ち得る存在。元々のアシッドという存在は成瀬伊吹という人間によって作られたが故に、野生という表現が正しかは不明だが、しかし彼女の因子から以下の二つが作り上げられた。
一つは、ファナ・アルスタッドやラウラ・ファスト・グロリアといった【新種のアシッド因子】を持ち得る存在。クシャナの持つ因子を研究し、再生能力だけに特化した因子である為、アシッド特有の戦闘能力は持たないが、不死性という側面だけに特化している。
もう一つは、帝国の夜明けが有するアシッドへと肉体を変化させるシステムであるアシッド・ギアの中に込められた【養殖のアシッド因子】を持ち得る存在。アシッド・ギア挿入時にはクシャナと変わらぬ不死性や戦闘能力を持ち得るが、日数経過と共に因子が少しずつ消耗し、最終的には因子が消え、再生能力も戦闘能力も退化し、最終的には人と同等程度に陥る事となる。
「既に養殖の因子に身体を慣れさせた貴方達からしたら、そう大きく変わるものじゃないけれど……少なくとも不死性は永遠なものとなり、少なくとも現状はクシャナちゃんにしか、貴方達へ対抗できる存在はいなくなる」
「元々、俺等に対抗できる人材はアイツしかいないだろうが」
「そうかな? 少なくとも今の貴方達なら、クシャナちゃんじゃなくても対応は可能だよ。アシッド・ギアを用いた人達を捕えて、二週間隔離させて肉も与えずにいれば、勝手に衰弱死してくれるもん」
以前、聖ファスト学院襲撃が失敗に終わり、ドナリアがシックス・ブラッドによって捕らえられた時、彼はとある施設に隔離されていた。
結果として彼は四日程度、クシャナによる幻惑能力が働いていた事もあり、投獄されたままでいた形であったが、あれ以上投獄されていた場合、彼は死亡していた可能性があった。
故にアスハとメリーによる救出作業が行われ、加えて長い間、ドナリアが戦線に復帰させて貰う事が無かったという事情がある。
「加えて、ラウラさんも段階的に進めていくと思うけれど、貴方達が有しているアシッド・ギア製造所の割り出しと始末。それをするだけで、何時かは貴方達の中にある養殖因子は消滅する」
フェストラが気付いていたかは不明だが、少なくとも養殖のアシッド因子を製造し、技術を帝国の夜明けに横流ししたラウラは気付いていただろう。
気付いているが故に、シックス・ブラッドという存在……否、クシャナと言う存在が非ずとも対応は可能として、帝国の夜明けに対抗できるシックス・ブラッド以外の組織を裏から手引きするだろうと予想は出来る。
「貴方達はもう、知ってるよね。クシャナちゃんがどれだけ死ねないという苦しみに苛まれているか。あの子は今や、誰かに喰われるか、自分の身体を消滅出来る程の高熱兵器か、マグマの中にでも落ちない限り、死ぬ事のない身体を有してる。貴方達は自分の死を選べるけれど、あの子にはそれさえ出来ないんだ」
結果として、クシャナは「人を喰わない」という決意を持ち、食人衝動を抑え込んで力も封じる事で、何とか人間社会で生きる事を可能としている。
死にたくても死ねないのならば、せめて他者を傷つける事のないように、と。
「ドナリアさんは、前にクシャナちゃんに『力があるにも関わらず振るわぬ、動かぬとは、怠惰の証だ』って言ってた。でも、あの子はそうする事でしか、人間社会の中にいる事が出来なかった」
コツンと、プロフェッサー・Kが机に置いたアシッド・ギアの表面を爪で軽く叩く。
「コレを使えば、貴方達もクシャナちゃんと同じになる。頭を残さず喰われるか、骨も残さずに消滅するかしか、死ぬ方法はない。――もし本当に、クシャナちゃんの事を弱者と思っているのなら、使うと良いよ」
挑発するような物言い。ドナリアは彼女の言葉に反応し、机に置かれたアシッド・ギアを拾い上げ、それを受け取った。
「待てドナリア、あまりに危険だ。味方でもない、彼女の情報が確かか否かも確認できぬ代物を受け取るなど」
「ならお前やアスハは使わなくていいさ。もしコイツの言葉が真実なら、俺と言う存在がいるだけでも、兄貴からすれば帝国の夜明けが脅威であると感じるだろう。もし嘘なら、コイツの事は二度と信じなければいい」
アシッド・ギアの先端――そのUSB Type-Cの形状を有する銀色の端子を、幾度アシッドギアの挿入を行ったか分からぬ首筋に刺した。
ボゴボゴと肉体が一瞬だけ肥大化するような感覚と共に変化を果たすが、数秒程の時間が経過すると、ドナリアの肉体は元に戻り、ハァ――と息を深く吐き出した。
「アァ……なるほど、コイツぁ違うな。今までのアシッド・ギアと大きく変わった感じはしねェが、少なくとも【死】という存在から外れたモンだとは、感覚的に分かる」
「もう、そのギアには因子が入ってない。何度も挿す必要も無いから、いらないなら処分しちゃっていいよ」
「そうさせて貰うさ」
使用済みのギアを床に落とし、踏みつけるだけで砕けた欠片を蹴り飛ばすと、ドナリアは先ほどプロフェッサー・Kが投げたゴルタナも拾い上げる。
「クシャナ・アルスタッドが肉を喰わねぇ理由は分かった。だがな、それでも俺は、アイツが気に食わない」
「それは、どうして?」
「力が無きゃ、何も守れない。自分が大切に想ってる世界も、人も、何もかもを守るには、力が必要だ。アイツにはその力を振るえる素養が最初から備わっていた。にも関わらず、その素養を放棄するなんて、草食動物のする事だ」
「草食動物だって時には牙を剥き、肉食動物を殺すよ」
「アイツはその牙さえも研ぐ気がねェ。それを弱者と言わず何というんだ」
ブルリと、プロフェッサー・Kが僅かにドナリアの言葉を受けて、震えた。
彼の内から湧き上がる怒りや執念にも似た気概を感じ、恐怖心を煽ったのかもしれない。
「何にせよ、お前に力を与えられた事実に変わりはねェ。礼は言っておく」
「……別に、こっちも慈善事業で渡したワケじゃないもん。お礼を言われる筋合いは無いかな」
「日本で暮らしてた時間が長かったもんで、礼を言わなきゃ気が済まねぇ文化に馴染んじまってんだよ」
残る二つのアシッド・ギアを取り、それをメリーへと投げ渡したドナリア。
プロフェッサー・Kはポケットからスマートフォンにも似た端末を取り出して、操作しようとするが……しかし、そこでメリーが一つ問いかける。
「貴女は、誰の味方なのです?」
「……さぁね。好みの人に味方してるんだけど、少なくともファナちゃんとアマンナちゃんの味方、ではあるかな?」
端末に彼女が触れた瞬間、青白い光に包まれながら、彼女がどこかへと去っていく。
その姿を見届けた後に、ドナリアは既に吸える部分の無くなった煙草を吐き捨て、新たな煙草を取り出した。
「しばらく、オメェ等は使わないで良いだろうよ。俺を実験体にして、問題が無さそうなら使えばいいし、使う必要が無いと判断すりゃ、それでもいいさ」
「無茶をするなドナリア。私は、君もアスハも、大切な同志だと思っている。君を実験体にするつもりなど無かった」
「大切な同志を守る為に、俺が出来る事は何だってやるさ――俺にはこの位の事しか出来ねぇモンでな」
煙草に火を付けたドナリアが、チラリとメリーの方を見据えた。
「俺は頭が悪い。俺がこの力をどうやって使えば、フェストラの再起を図れんのか、図った所でどうなんのか、それも分からねぇ」
謙遜ではなく、本当にそう思っているのだろう。
彼はこれまで、色々な事に手を出してきたが、全てにおいて失敗している。
勿論、彼の思慮が至らなかった以外の問題があった事も否めないが、考えなしに行動したが故に失敗したという経緯も多々ある。
「この力をどう使えばいいか、その判断はお前に任せる。どんな結果になろうと恨みやしねェから、好きに使ってくれ」
「……どんな結果になろうと、なんて言われると、私が君を捨て駒にしようとしているようにも聞こえるよ」
「そうしてくれても構わんが、なるべく意味のある捨て駒にしてくれ――俺は、この国を変える為に多くの部下を犠牲にした。だから、せめてアイツ等と同じ位には、意味のある死に方がしてェ」
ドナリアの決意とも取れる言葉に、メリーの表情も引き締まる。
顎に手を当て、目を細めながら、物事を整理する様に言葉を連ねた。
「あのプロフェッサー・Kとやらが言っていた事が事実ならば、シックス・ブラッドの解散を決めたフェストラ様は、ラウラ王に利用される事となるだろう。元々、十王族の一人としてそうした役割があるという事もそうだが、そうしなければ敵対行為とみなされる危険性もあるからね」
「兄貴に加えてフェストラまで敵になる、って事か」
「ラウラ王の考えに一定の理解をしている事も、手を引いた要因の一つだろう。確かに私としても、管理体制や統治方法は最良な形であると理解できる。我々の望んだ形ではないという事に合わせ、やり方は気に食わないがね」
そして、帝国の夜明けという組織だけではラウラに対抗する事は現状難しい。仮にドナリアがクシャナと同様に完全な【死ねない】存在になったとしても、彼だけでは不十分だ。
「だから、シックス・ブラッドの再起が必要なんだ。そして、シックス・ブラッドには、クシャナ君とフェストラ様が必要だ」
その為には……と、彼が口にしていた時である。
船長室の扉付近の空間に、黒い門と形容できる空間の捻じれのような物が出現した。
僅かに空気の入り込む感覚を覚えたドナリアとメリーがそちらへ視線を向けると……黒い門の中から、銀髪に眼鏡をかけた女性が訪れる姿が見えた。
「失礼します。しばし、席を外しておりました」
その場に現れたアスハ。彼女がどこにいたか、それはメリーもドナリアも知らずにいたが、それを問う前に、彼女の方から答えた。
「ヴァルキュリアとアマンナに接触を仕掛け、エンドラス様の状況や、彼女達の事を伺ってまいりました。……そして、彼女達へ通信端末を渡してあります」
アスハの言葉を受け、メリーが僅かに目を見開いたと同時に……口角も釣り上げた。
「イケるかもしれない」
「何か、思いついたか?」
「分からないね、少し情報を集めなければ」
「よくわかりませんが……お役に立てたのならば何よりです」
首を傾げたアスハだったが、しかしメリーが彼女の頭を撫で、彼女の作り出した黒い門をくぐろうと、彼女とすれ違う。
「私は先に戻り、情報収集を行う。武器とゴルタナの搬入が終わり次第、君達もファーフェへと帰還してくれ。その時に作戦を伝えるよ」
「何をしようってんだ?」
「――シックス・ブラッドとの共闘。その為に必要な準備さ」
門の中に消えていくメリー。彼の姿を見届けたアスハが、首を傾げながらドナリアに「何があった」と言わんばかりに目を向けたが……彼も同様に、首を傾げた。
「アイツの考えてる事は分からん。俺はバカなもんでな」
「よく分かっているじゃないか」
「喰うぞお前」





