ドナリア・ファスト・グロリア-07
ドナリア・ファスト・グロリアが今その腰を落ち着かせている場所は、海上を駆け抜ける一隻の貨物船舶内部。
貨物船内部を一望できるガラス張りの一室に用意された、硬いソファに腰かけていた彼の目の前には大量の金貨や宝石が積み上げられていて、その鑑定を行う身なりの整った痩せ型の男性と、葉巻の煙を味わいながら鑑定が出るのを待つ恰幅の良い男性がいる。
「この商売は長いケド、お金払い良いの、お兄さんたち位だヨ」
葉巻を楽しむ男性が、少しだけ拙い日本語でドナリアへと語り掛けてくる。彼は「そうかい」と日本語で返事をすると、男性は「お兄さんたち、どこでドンパチしてるの?」と興味本位で伺ってきた。
「ワタシたち、アジアと中東に顔広い。だからテロ組織もイッパイ知ってる。ケド、お兄さんたちに売った武器が押収されてるの、見た事ないヨ」
「何、ちょっと特殊な場所でな。お前らとは長い付き合いをしていきたいと考えている。だから下手な詮索はしない事だな」
「イイよ。ワタシたちも、お金欲しいダケ。お客サンのプライバシー、知ろうとしない、守るの約束するヨ」
「それが良い。付き合いのある組織は他にもあるが、俺はお前らが気に入ってる。今後も懇意にさせて貰うとするよ」
貨物船に設けられたクレーンを用いて、衝突しないように留意しながら隣接したもう一隻の貨物船に、積荷が運ばれていく様子を見届け終えてから、その場を後にした。
古びた貨物船舶、ドナリアがそちらへと移って船長室へと出向くと、優雅に日本における経済紙を読みふけるメリーの姿があり、彼へ「呑気に日本の状況を調べられる状況かよ」と吐き捨てながら、手に持っていた経済新聞を取り上げた。
「取引、お疲れ様。部下から連絡があって、ゴルタナの地球転送も、問題無く成功したらしい」
「武装はともかく、ゴルタナの在庫はなるべく潤沢にしておきたいからな」
「とはいえ、これからどう動くか、それが問題なのだけれどね」
ドナリアに経済新聞を取り上げられてしまったので、予め購入していた日本のライトノベルを取り出したドナリアが本を開き、読み進めていく。
取り上げた所でまた別の何かを読むだけだと諦めたドナリアが、船長室に備えられたソファに腰掛け、煙草を加え、火を灯した。
「どう動くも何も、決まってんだろ。兄貴を……ラウラを討つ。それだけだ」
「そう簡単にはいかないよ。相対してみて分かったが、ラウラ王当人の戦闘技術も相当のものだ。加えて新種のアシッド因子を持ち得る彼が相手となれば、苦戦は必須であるし――エンドラス様がラウラ王に就いているとなれば、こちらとしても旗色が悪過ぎる」
帝国の夜明けという組織に属する人間は、多くが元々ドナリア派閥が多い組織ではある。
が、それは全体の三分の一を占めているかどうかも怪しい所で、実際の所はエンドラスの提唱する【汎用兵士育成計画】を指示した軍拡支持派……つまりはエンドラス派閥の人間が多い。
現在エンドラスがラウラの下に就いているという情報は伏せてあるが、もし今後、帝国の夜明けがラウラの排除を目的として動こうとした場合、帝国の夜明け参加メンバーが敵方にエンドラスが就いていると知り、離反する者も現れる可能性は十二分に考えられる。
否、むしろそうなるメンバーの方が多いと、メリーは予想している。
「離反者が出る程度なら構わんさ。問題は、帝国の夜明けから離反した連中が、無差別テロ行為に及ばねェように抑え込んでおきたいって事だろ?」
「その通りだよ。良く分かってくれたね、ドナリア」
「俺としても、国をブッ壊してェという考えはあるが、無差別に人殺しをしたいわけじゃねェからな」
帝国の夜明けという組織の実態が、ラウラ王によって仕向けられて設立させられた組織である事を知ったメリーは、この組織についての処理をどうするか、検討せざるを得ない状況に追い込まれていたと言っても過言じゃない。
帝国の夜明けは、ラウラ王の目論み通り「反政府勢力の受け皿となり、彼らを管理しやすくする為の組織」として存在を黙認されていた事は間違いないだろう。
そしてメリーとしても、計画に則ったテロ行為ならばともかく、意味も尊厳も無い無差別テロ行為に意味があると思えず、彼らの行動を抑制する為に帝国の夜明けという組織が必要であると考えていた事も、間違いではない。
だからこそ、一度は検討も行った「帝国の夜明けを解散する」という考えも棄却せざるを得なかった、というわけだ。組織という受け皿を失った者達が、冷静さを欠きどんな講堂に出るかは予想に難くない。
特にラウラ王の打ち出していた政教分離政策という存在が非常に厄介で、下手をすれば宗教戦争への突入も十分に考えられる。
ドナリアもメリーも歴史から学び、どんな戦争よりも一番長引き、被害が多くなる戦争が宗教戦争であるとも理解している。
「どんな形でも良い――せめてラウラ王が絶対的に有利な現状を打破しない限り、我々に出来る事は少ない。こうして地球へ訪れて、悠々と船旅を楽しめる時間は今しか作れないね」
「船旅、ねェ。地球の武器屋からチャカ買い漁って、それを搬入する密輸を船旅扱いとは、お前の感性も大概イカレてやがるな」
「異世界におけるテロ屋が、ノンビリと出来る場所が地球しかないのが現状だしね」
「……ただ、その次元航行技術も、どっからタレ込まれたモンかが、今となっちゃ恐ろしいがな」
「もうその点に関しては深く気にしない事にしたよ。……とは言え、どこからどこまでが彼の策謀なのかは気になっているから、思考は止めていないけれど」
読んでいたライトノベルに栞を挟み、メリーが立ち上がって船長室に備えられているコーヒーメーカーで、二人分のコーヒーを淹れた。
それを口にしながらドナリアへと渡し、彼も受け取りながら、コーヒーの表面に映る自分の顔を見据えて、随分と酷い顔をしていると認識する。
……しかし、長らく彼は自分の顔など見ていない。その表情が今だけのものなのか、それとも過去からずっとそうであったのか、それを知る術が無い事にため息をついた。
「何にせよ、今の状況で動く事は、却ってラウラ王を助長させる結果となりかねない。準備だけは怠らず進め、状況が動き次第流れを見極める事としよう」
「俺らから動かずに、どうやって状況を動かすってんだ」
「ドナリア、落ち着いて」
「落ち着いていられるかよ。兄貴が企んでる事を止めなければ、グロリア帝国という国がより良い変革を果たす事は無い。そして、兄貴を殺せるのは俺達【帝国の夜明け】か、クシャナ・アルスタッドだけだ」
「そうだね。けれど動いた所で状況を変える事が出来ないのであれば」
沸々と苛立ちを沸き立たせるように口調を強めていくドナリアと、彼を何とか抑えようとするメリーの言葉は止まる事は無い。
しかし――彼らの言葉を止めるのは、彼ら自身の行いではない。
「手、貸してあげようか」
メリーとドナリアが知る事のない、第三者の言葉によってだ。
突如聞こえた声に、顔と顔を合わせていたドナリアとメリーが振り返る。
船長室の扉を開け、数基のゴルタナを掌で弄ぶ、女性の姿がそこにあった。
金髪の髪の毛を肩程まで伸ばし、目元に付けられたマスクが印象強い女性。
彼女は笑みを浮かべる事無く、ゴルタナを二人の下へと投げつける。
「……どちら様、でしょうか」
言葉こそ丁寧だが、普段の温厚な彼が放つ声とは異なる低い声で尋ねるメリーは、その手にアシッド・ギアを握り、何時でも自分の首筋に挿入できるように、準備を行う。
左手首に装着した腕輪にも似たデバイスを触れながら、女性はメリーの問いに短く返答を行う。
「今となっては第四勢力って言えば良いかな。勢力なんて大それたモンじゃなくて、状況を改善しようと手をこまねく事しか出来ない便利屋、程度の存在だけどさ」
「回りくどい答え方してんじゃねェ」
腰に備えていたホルスターからマカロフPMを引き抜き、構えたドナリアが語調を荒くしながら、女性の言葉へ怒りを返す。
「良いから答えろ、テメェはどこの誰だ? 答えねぇなら射殺する」
「メリーはともかく、ドナリアさんは分かんないかなぁ? 二、三回位は会ってるんだけど――まぁ、あの時の私、七歳とかそこらだし、分からなくてしょうがないか。私はプロフェッサー・K。訳あってシックス・ブラッドの手助けをソコソコしていた、お節介焼きのお姉さんだよ」
シックス・ブラッドの手助けをしていた。
女性……プロフェッサー・Kと名乗った彼女の言葉をもし信じるのならば、以前アスハが『シックス・ブラッドと協力関係にあると思われる女が』という話題を出していたと思い出し、メリーはドナリアへ目配せをした。
警戒はしつつ、しかし銃は降ろせという意味の目配せであり、彼は「チッ」と舌打ちをしながら、僅かに銃口を逸らす。
「プロフェッサー・K、と仰いましたね」
「うん。ヨロシク」
「現状、確かに我々は追い詰められている。故にどんな手助けであろうとお借りしたいのはやまやまではありますが……しかし、貴女を信用するには情報が少なすぎる」
「信用なんかしてくれなくてもいいよ。ただ、私にとっても状況が悪い方向に傾き過ぎてる。何とかして、この状況を打破したいの。貴方達の力を借りる事になっても……ね」
彼女が何を言いたいのか、それを上手く理解できない二人。しかし話を聞いてみる価値はありそうだと、押し黙った。
「ありがと。とは言っても、私が貴方達に出来る事なんか限られてる。私が与えられるのは――コレだけ」
プロフェッサー・Kが取り出し、机の上に置いたのは、三つのUSBメモリ型端末。
その外観は、普段帝国の夜明けが用いるアシッド因子と同様のモノに思えるが――しかし二人は、そのアシッド・ギアに含まれるものが、普段用いているアシッド・ギアよりも、強い禍々しさを有しているように思えた。
「これの複製は、貴方達には出来ないと思う。だからこれを使う人材は、貴方達帝国の夜明け主要メンバーだけにしておいた方が良い」
「これを用いて、貴方は我々に何をして欲しいと?」
「フェストラ君の、そしてシックス・ブラッドの再始動だよ。そうしなきゃ何も始まらない。――全てが終わる」





