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ドナリア・ファスト・グロリア-04

 ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスはその日、アマンナ・シュレンツ・フォルディアスに呼び出しをされていた。


呼び出された場所は、修繕を終えて明後日に再開が予定されている聖ファスト学院。


以前ドナリア・ファスト・グロリアによる襲撃があった際、一番被害が大きかった講堂に、彼女は一人立っている。


 その表情に覇気はない。目元には僅かに隈が浮かび、顔色も若干青くなっていて、睡眠不足を感じさせる彼女の下へ……同様に表情を青ざめさせたアマンナが、講堂の扉を開きながら現れた。



「……何の用であるか?」



 挨拶も無く、そう尋ねるヴァルキュリアに対し、アマンナはしばし口を開かなかった。


互いに俯きながらも視線だけを向け、黙っている姿は、威嚇し合っているようにも見受けられたが、しかし十数秒ほどの時間を経て、アマンナが絞る様に出した声は、弱弱しく風音によってかき消えてしまいそうな程に、か細かった。



「ヴァルキュリアさまは……昨日、何があったか……ご存じ、なのでしょうか……?」


「フェストラ殿に伺っていないのであるか?」


「お兄さまからは……シックス・ブラッドは解散だと……わたしに……自由に生きろ、と……それだけを」



 普段、アマンナは常に神経を張り巡らせ、どの様な状況にも対処出来るようにしていると、ヴァルキュリアは感じていた。


しかし、今のアマンナは違う。


足を前に動かしただけで、その歩調を見るだけで理解できる。彼女は今、精神的に追い詰められ、満足に歩く事さえ出来ずにいる。


 一歩一歩、ヴァルキュリアへと近付くアマンナが、僅かに姿勢をふらつかせた。ヴァルキュリアは彼女の細く、小さな体が倒れる前に抱き留め、講堂に用意された長椅子へ腰かけさせる。



「そうか。フェストラ殿が、そのような事を……」


「……笑って、ください」


「何を笑えと?」


「貴女の、言ったとおりになりました……わたしに、与えられていた役割は……虚構と言うべき、幻想の願いだった……お兄さまと、何時かこうなる日が、来るなんて思わず……ただ幻想に在り方に、願いに、縋りついていただけのわたしを……笑って、笑ってください……っ」


「アマンナ殿、落ち着くのだ」



 両手でがっちりと肩を掴み、頭を揺らす事で意識を逸らせる。


するとアマンナの瞳から、ツ――と一筋の涙が流れ、どれだけアマンナが追い込まれているか、それを感じ取った。



「わたしも、いつかは……こうなるって、分かってたんです……」


「……そうであったか」


「お兄さまの、影である事……それを、自分の意思で、自分の在り方として、選ぶ時が……」



 しかし、それが今だとは思っていなかった。


そして、自分なりには、フェストラに付き従う事こそが正しいのだと、そう感じていた事も間違いではない。


何時かは、フェストラに従うだけじゃなく、自分なりの幸せを見つけ出す為の分岐点に立つ事が出来る、その時までは彼に従おうとしていたアマンナは……しかし、フェストラによって、自由を言い渡された。



「だから、教えてください……お兄さまに、何があったか……何で、シックス・ブラッドが解散しなきゃ、いけないのか……」



 アマンナの縋るような声、彼女の柔らかな頬から落ちる涙を見て、ヴァルキュリアは先ほどとは違って優しく、しかし不器用な彼女故に、腕の力は強く、アマンナの身体を抱き寄せて、頭を撫でる。



「まずは、冷静になるのだ。アマンナ殿」


「……へ」


「拙僧も、正直な事を言えば、事態を上手く把握しているとは言い難い。取り乱す気持ちも理解できる上、知らなければならない事が、拙僧にも沢山ある」



 落ちつけ、とアマンナには伝えているが、しかしアマンナがもし取り乱していなければ、ヴァルキュリアが先に取り乱していた可能性は高い。


ヴァルキュリアよりも追い込まれたアマンナを……自分の在り方や道筋に苦しむ彼女を見て、ヴァルキュリアは却って冷静となったのだ。



「知らねばならぬ事の為にも、冷静さを一度取り戻そう。冷静で無ければ、落ち着いて物事に取り組む事も出来まい。……落ち着くまでは、こうしていよう」



 普段、互いに距離を置いていたヴァルキュリアとアマンナが、身体を重ねて、体温を感じ合っている光景は、当人たちにも珍しいと感じられた。


しかし、ヴァルキュリアはアマンナの小さく細い体を抱き寄せ、彼女がこんなに小さな女の子だったのかと再認識をし。


アマンナは、ヴァルキュリアの身体に包まれ、久しく感じていなかった人の温かさにも似た感慨を感じて……少しずつ、荒い息を整えていく。



「フェストラ殿は、拙僧達を守ったのだ」


「……守った?」


「うむ。全ての元凶は、ラウラ王であった。クシャナ殿がこの世界に輪廻転生を果たされた理由も、ラウラ王の野望と願望が合わさったが故であったとの事だ。結果、フェストラ殿はこの状況において戦う必要は無いと判断し、拙僧たちを戦いから遠ざけた――らしい」



 らしい、と付け加えたのは、ヴァルキュリアとしても先日クシャナから聞いた内容を、上手く事態の把握が出来ているのか確証を持てなかったからだ。


特にヴァルキュリアはクシャナから話を聞いた時、クシャナの事でもラウラ王の事でも無く、父であるエンドラスへの怒りや失望が強く湧き出て、冷静さを欠き、敗北した。


だからこそ一度、こうして日にちをまたいで冷静になり、アマンナに語る事で自分の中でも整理を果たそうと、アマンナの隣に腰掛けようとした――その時だ。



「その話に――私も加えて貰う事は可能か? ヴァルキュリア、アマンナ」



 聞き覚えのある声に、ヴァルキュリアが反射神経と言っても良い反応速度でグラスパーの刃を引き抜き、腰掛けようとした身体を戻して、アマンナの背後を守る。


しかし、声の主はヴァルキュリアやアマンナへ敵意を持たず……ただゆっくりと、講堂の中へ足を踏みいれた。



「ヴァルキュリア、一つ問う。講堂には、フレアラス様の像はあるのか?」


「……否。フレアラス様の像は現状、聖ファスト学院には建てられておらぬ」


「そうか。久しぶりに、祈りを捧げるのも悪くないと思ったのだがな」



 銀髪のセミロング、知的に見せる眼鏡、整った顔立ちと体付きは男性を魅了する要素に満ちている。



その女性は――アスハ・ラインヘンバー。



本来、この場所に立ち入るべきではない【帝国の夜明け】の一員が、武器も持たず敵意も無く、ただ二人の前に現れたまま、両手を軽く持ち上げた。



「敵意はない。こちらとしても、事態は深刻化の一途を辿っている。なるべく、多くの情報が欲しいんだ――頼む」



 アスハは元々、盲目と触覚失認の関係上か、表情を表に出す事は少ない。


しかし今の彼女は、迷いを含んだかのような表情をしたまま、ペコリと頭を下げた。


敵意が無い彼女の存在に……ヴァルキュリアは剣を構えながらも、彼女に斬りかかるべきかを思案するのである。



「……一人であるか?」


「ああ。こうして動いているのも、私の独断だ」


「こちらだけが情報を与えると言うのも、不公平に思うのであるが」


「何の情報が欲しい? アジトの場所は言えんが、こちらの現状を可能な限り、私が知る限り伝えると約束もしよう」


「何故、そちらがそこまで焦るのであるか? 帝国の夜明けという組織の存続はラウラ王によって保障されているも同然、そちらとしても今は動きやすい状況に思えるが」


「このままでは我々の理想を叶える事が出来ない。ラウラ王に裏から操られているだけでは、我々の行動が全て無駄に終わる事を意味する。それだけは、それだけは避けねばならない……!」



 鬼気迫る彼女の言葉に、ヴァルキュリアとアマンナは目配せをした上で……頷き合った。


 どうせヴァルキュリアが持つ情報に大したものはない。メリーから全てを聞いているのなら、ヴァルキュリアから聞く内容は全て彼女も知り得ている筈。


加えて帝国の夜明けが持つ情報を引き出せるというのならば、有利なのはこちらだと判断したが故だが、それだけじゃない。



今の彼女は、追い詰められている。


追い詰められたテロ組織程、何を仕出かすか分かったものじゃない。故になるべく、彼女を監視できる状況に置いておきたいと考えた事は間違いない。



「……理解した。とは言え、こちらも情報に限りがあるという事だけは留意なされよ」


「助かる。……本当に、ありがとう」



 ホッと息をついたアスハが、ヴァルキュリアと視線を合わせたまま、その場で立ち尽くす。


ヴァルキュリアはアマンナとアスハ、二人を前にしながら……先日クシャナより聞いた事を伝えていく。


ある程度を語り終えた所で、ヴァルキュリアは「フェストラ殿が何故、シックス・ブラッドの解散へと思考を至らせたか、であるが」と、話題を一旦フェストラにシフトした。


アマンナがそこで目を細めた。恐らく……彼女にもある程度理解が出来たのだろう。


だがその話題に言葉を挟んだのはまず、アスハである。



「簡単だ。確かに理論上、ラウラの統治法は完璧と言ってもいい。帝国の夜明けという組織が反政府勢力全てを取りまとめておき、対抗馬となるシックス・ブラッドを配置するだけで、様々な管理は容易となる」



 様々な管理、というのは「管理すべき内容が幾つもあるから」である。


まずは「反政府勢力の管理」という内容。それ以外には「被害数の管理」や「シックス・ブラッドの管理」という意味合いも含めていると考えられる。



「……加えて、ラウラ王が永遠なる王となれば……確かに、今この国で二分化している……【フレアラス教主義者】と【そうでない者】全員の信仰を……自分に向け、民衆の統一化を……図れる」


「統治者が新種のアシッド因子を持つ存在であれば、食人衝動に悩まされる事無く、永遠に王として君臨し、統治者の変更という混乱を招く事も無い――ああ、確かに理に適ってはいる。この状況で下手にシックス・ブラッドを存続させても、我が帝国の夜明けと無駄に命を削り合うだけ。ラウラの意に背くような行動を取れば、それ即ち国への背信となり、処断される。それを意味の無い事と判断するのも、自明の理だろう」



 だがアスハがそれを認められない理由は……フェストラと違い「そもそもラウラという存在が永遠なる王として君臨する」という、帝国の夜明けという組織でさえも考えていなかった斜め上の方法に納得がいっていない事が要因だ。

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