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ドナリア・ファスト・グロリア-02

 シックス・ブラッドの解散をフェストラが宣言した、翌日の事である。


 クシャナとレナ、ファナの三人がフェストラの用意したアルスタッド家用の一室に会して、共に朝食を口にしていたが……普段の明るい会話は無く、ただナイフとフォークを用いた際に出る食器の音と、僅かな咀嚼音だけが空間を支配していたと言ってもいい。


ファナはレナと目を合わす事をせず、レナはクシャナへと僅かに視線を向けると、首を横に振った。



先日、レナはファナに「私の産んだ子供じゃなく、ラウラ王の子供である」という事実だけを伝えたと言う。


 レナは、クシャナを産んだ技術についても、ラウラがファナを作り出した技術についても、何も知らない。


ファナが第七世代魔術回路という、人類にとって最高位の力を持つ事だって知り得ないし、それに関する知識もない。


故にレナが、事実を伝えるだけしか出来なかったという意味は理解できるが……しかし、伝え方が悪かったと言っても良いだろう。


 今のファナは、随分と落ち込んだ様子をしていて、レナと意識して目を合わせないようにしている。


この状態で無理に話をしようとしても、ファナが素直に聞き入れるとも思えない。



「ファナ、良いかな」



 クシャナがそう、食事時に声をかけると、ファナはクシャナに視線を向ける。



「あとで、ヴァルキュリアちゃんの所に行こうと思うんだ。私一人だけだと心配だから、ついてきてくれるかな?」


「……いかなきゃ、ダメ?」



 普段のファナが、ヴァルキュリアとの会話を拒んだ事は一度も無い。


今回のようにあまり乗り気ではないという様子は初めて見せたので、クシャナは内心 (重症だな)と理解した。



「ダメって事はないよ。もしヴァルキュリアちゃんとが都合悪いなら、今日は私とお出かけしよう。静かな雰囲気で、美味しいコーヒーを淹れるお店を知ってるからさ。明後日の学院再開前に、お姉ちゃんとデートも悪くないだろう?」


「……うん」



 ファナとしても、色々と話したい事があるのだろう。故にクシャナの言葉に頷き、ナイフとフォークを皿の上に乗せ、食事終了のサインを出した。



「ファナ、もう良いの?」



 まだ、朝食の更には多く残っている。それなりに食べるファナが残すという経験はほとんど無かった為に問うと、ファナはコクリと頷き、別室へと向かっていった。



「クシャナ、ごめんなさい。お母さん、伝え方を間違えちゃった」



 いつもの元気も無く、ただ静かに謝る母親の姿を見て……クシャナも僅かに視線を逸らしながらも、何時も通りを装った。



「仕方ないよ。何とかフォローするから、安心して」



 食事から肉だけを除いて食べ終えたクシャナがファナと同じように食事終了を意味するフォークとナイフの置き方をして、立ち上がる。


 ファナは恐らく出かける準備をしている事だろうが、クシャナは出かける準備を予めした上で朝食を食べている。


故に、三人の為に用意された部屋から出て――部屋の前に立つルトに声をかけた。



「……お母さんを、よろしくお願いします」


「クシャナちゃん、貴女の方こそ、大丈夫なの?」


「正直、ちょっとキツいですけど……私は、ファナのお姉ちゃんだし、あの子の元気を、取り戻したいから」


「あんまり、背負ったら駄目よ。貴女達二人は、確かに人ならざる力を持ってるかもしれない。でも、心は普通の女の子なのだから」


「女の子って……昨日、話したでしょう? 私は前世も含めたら三十八歳なんですけど」



 先日、メリーやフェストラ、そしてクシャナが知り得た情報は、クシャナからルトへ伝えてある。


その上でクシャナが元々、地球と言う世界において赤松玲という名で生きてたが、ラウラ王の転生魔術によってクシャナ・アルスタッドという乳児に、アシッド因子という特性ごと転生を果たした事を伝えてある。



「それでも、今の貴女は立派な女の子よ。そんな貴女に、私は色々と背負わせたくはないわ。……確かにフェストラ君の決定には私も驚いたけど、私も同感」


「……どうして?」


「これまで、貴女は一人で抱え込み過ぎていたのよ。アシッドに対抗し得るのは自分だけだって。そして国を守る立場になかった貴女を、フェストラ君も戦いに巻き込まざるを得なかった。……どっちも、辛かった筈よ」



 フェストラという少年も、クシャナという人物がアシッドに対抗し得る唯一の存在であったから、その存在を利用したいと考えていた事は間違いない。


だが彼は、不器用で優しい少年だった。故に「利害関係の一致」という状況を作り出す事で、何時でも利害から外れてクシャナが戦いを辞める事が出来るように、仕向けていた事は間違いない。



「でも、ラウラ王の言葉が、フェストラ君や兄さんの手にした情報が確かなら、きっと【帝国の夜明け】に対処出来る人材を、新たにラウラ王は仕立て上げる筈。それが誰になるかは分からないけれど……少なくとも、貴女がこれ以上傷つく必要は無いの」


「……ルトさんはどうして、私やフェストラに気をかけてくれるんです?」



 ルトは元々、ハングダムという国における内偵を職務とする人間で、エンドラスと同じくラウラ王に【命じられし者】の筈だ。


彼女がクシャナ達を警戒する理由はあっても、気に留める理由は無い筈だろうと問うと……彼女はクシャナの頬を撫でながら、優し気な微笑みを見せた。



「私は、昔病気を患ってしまって、子宮の全摘出手術を受けたの。だから、もう子供が産めなくて……だからなのかしら。貴女やファナちゃん、レナさんっていう『普通の家族』が、とても羨ましくて、尊いモノに思えたのよ」



 クシャナは、メリーの記憶を幻惑能力を用い覗き見て、知っている。


ルトやメリーの父親は、その「遺伝子を、血族を遺す」という事に必死となり、メリーの顔面奇形という障害に、そしてルトの子宮頸がんによる子宮全摘出手術にも、非人道的な態度を取っていた事を。



「だから今の言葉は、ラウラ王に【命じられし者】としての言葉でも、ハングダム当主としての言葉じゃない。一人の女として、貴女達家族を応援する者の言葉と思って頂戴」



 だから、一人で抱え込まないで、と。


軽くクシャナにハグをして、体温を伝えようとしてくれるルトの優しさを感じたが、すぐにルトも身体を離した。


私服に着替えてドアを開けたファナが顔を出すと、クシャナとルトがその場にいて、ファナはルトにペコリと頭を下げた。



「あの、お母さんの事、お願いします」


「ええ。クシャナちゃんからも同じことを頼まれたわ。ファナちゃんも、今日はお姉ちゃんと一緒に楽しんできなさい」



 小さな頭を撫でたルトと、そんな彼女の手に少々くすぐったさを覚えたように顔を赤くするファナだったが、クシャナと共に帝国城を出て、手を繋ぎながら歩いていく。



 クシャナとファナの二人が入った店は、朝方から経営している喫茶店。


繁華街から少し離れた場所にあるその店は、全体的に薄暗い照明に合わせて席数も少なく、少々高級志向の店だ。



「以前のビースト騒動で一部損壊してたけど、再開したみたいで良かったよ。お気に入りの一つだからね」



 そう言いながら店主へ「オジサン、奥の席行きますね」と声をかけたクシャナに、店主は頷いてくれた。


言葉通り、一番奥の席に腰掛ける。少し声をあげても店主や他の客に聞こえる事は無いだろう位置。


加えてクシャナがポケットから取り出すのは、以前アマンナから授かった、一枚のカードにも似た魔導機で、それを机の上に置くと、ファナが首を傾げる。



「お姉ちゃん、何それ?」


「アマンナちゃんから前に貰った魔導機。認識阻害の魔導機だって」



 これからする話は、レナも知り得なかった真実だ。それを一般市民に伝える訳にはいかず、しかしレナがいる場で話すのもどうか、という部分もあるが故に、こうしてファナを外に誘い出し、認識阻害魔導機を用いて話す事にしたのだ。



「……お姉ちゃんは、知ってたの? アタシが……その」


「ラウラ王の子供って事は、私も昨日知った」


「じゃあ、アタシがお母さんの子供じゃないって事は」


「それは知ってた。……というより、それをお母さんに『まだ伝えない方が良い』って進言したのは私だよ」



 店員に声をかけ、コーヒーを頼むクシャナと、何も頼もうとしないファナ。クシャナは「ココアってあります?」と尋ね、頷いたのでそれを注文した。



「何で伝えない方がいい、って判断したか、それをファナは、分かってくれるかな?」


「……分かんないよ、アタシ、全然わかんないっ」



 今にも泣き出しそうな表情で、そう声を張り上げるファナ。クシャナも頷きながら「そうだろうね」と理解する。



「でも、真実を知るっていう事は、必ずしも正しい事じゃないんだ。真実の中には辛い現実も間違いなくあって、幼ければ幼い程に、その現実を受け止める事が難しくなる」


「……分かる、分かるけど、でも、胸の中がモヤモヤして、グルグルするんだよ……っ」



 ボロボロと、ファナの頬を伝っていく涙、ファナは何とかそれを止めようとするけれど……止める事が出来ず、次第に目元を押さえた。



「アタシだって、お母さんがアタシの事、子供として見てないとか、本当の子供として育ててくれてないとか、そんな事無いって分かってる。分かってるけど……でも、アタシ、何かヤなの……っ」



 共に過ごした時間が、長ければ長い程、その絆は確かな物となっていく。


今までファナは、その絆を「血の繋がり故」のモノと考えていた。


 だがそうじゃない、そうじゃなかったんだ、と。


 そう考えた時、ファナは混乱して、どう受け止めれば良いのか、それを正しく理解できなかったのだろう。



「今まで、お母さんとお姉ちゃんが、アタシの事を大事にしてくれてたのは、ウソだったのかな、とか……ホントはお母さんが、心のどこかでアタシの事、愛してくれてなかったんじゃないかって……そんな事を考えちゃう、自分自身がイヤなんだよぉ……っ」


「それはね、仕方ない事なんだよ。私もファナ位の歳には、色んな事を悩んで、苦しんだ」



 店主が運んできたコーヒーとココア、それが机の上に置かれても、店主は涙でテーブルを濡らすファナに視線を向けない。



「心と頭って言うのは、不思議なものでね。例え頭で考える事が、心で想う事と一致するとは限らない。正しいと考える事でも、心の中で正しくないと思ってしまえば、その食い違いによって人は混乱する。頭と心がごっちゃになって、自分の事まで分からなくなる。でも、大人になるにつれて、段々とそういう事を、受け入れられるようになる。……いや、違うね。『諦める事が出来る』ようになるんだ」

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