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ドナリア・ファスト・グロリア-01

ドナリア・ファスト・グロリアという男がこの世に生まれた事を、祝福していた者は少ない。


彼は元々、父・バスクが行きずりの女と関係を持ち、その女の股より生まれた男だったからだ。


女はその事実を盾にバスクから可能な限り金を搾り取り、国外へ逃亡。


ドナリアという子供だけが残される事となった上、王の血を引く者という存在故に、適当に放牧する事も出来ないと、厄介がられながら引き取られたのだ。


勿論、そんな事を民衆へ伝える事が出来る筈もない。結果として、彼はバスクの第二子として表向きは祝福されながら育てられた。


不自由はなかったが……しかし、帝国政府内での評判は悪く、次期帝国王候補には名を連ねながらも、彼が帝国王として選ばれる事は無いだろうと、誰もが理解していた。


そしてそれは、ドナリア自身も「それで良い」と感じていた事だ。政治家としての道を歩む気はサラサラなかったが為に、その評価を気にした事は一度も無い。


それは恐らく兄……ラウラ・ファスト・グロリアの存在が在ったからだろう。


ラウラは第四世代魔術回路を持ち得るドナリアと違い、最高位の魔術回路である第七世代魔術回路を有した存在であった。


加えて地政学や帝王学、心理学や民衆操作の術にも長けていて、幼い頃から多くの大人たちを味方につけ、自分の地位を盤石なものとしていた。


故にドナリアは帝国軍人を志した。


兄が表舞台で国を支え、弟の自分が軍人として、裏方から国を支える。


 今考えれば、短絡的な思考であったかもしれないが……事実そうした彼の考えは受け入れられ、聖ファスト学院在学時は彼のシンパが多く下に付き、帝国軍人になった後も同様だった。


 その頃から、帝国軍部内ではドナリア派ともう一つの派閥が存在した。


それがリスタバリオス派閥と呼ばれる、リスタバリオス家当主であるエンドラスの【汎用兵士育成計画】を主張した派閥で、今でいう軍拡派閥とひとまとめにされているものだ。


 派閥員同士の睨み合いは日常茶飯事であったが……ドナリアやエンドラスは、そんな派閥同士の争いに興味は無いと言わんばかりに、共に考える理想の国家についてを語り合った。



「ドナリア、君はどうして国を守りたいと願ったんだい?」



 若き日のエンドラス……まだ許嫁のガリアと婚姻を結んでもいない、二十代前半の彼がドナリアにそう問い、共に渋味の効いた茶を飲んだ記憶は、今でもドナリアの脳に刻まれている。



「自分の生まれた国や、人々を守りたいって考えるのは普通の事だろう?」


「普通じゃないんだよ。普通の人は、そんな事を考えるよりも前に、自分の事だけ、自分の先にある未来を考えるものだからね。君みたいに真っすぐな人間は、そう多くはない」



 誰もが自分の命を尊ぶべきと考え、時には他者を蹴落としてでも生きるべきとする思考。


それを、ドナリアはあまり理解が出来なかったのだ。



「何で、だろうな……俺も良く分からねェんだ。ケド多分……俺は恵まれていたから、そうやって誰かに気を遣ったり出来んだろうな。あんま意識はしてないんだが」


「……恵まれていた? 君が?」



 湯飲みに口を付けようとしていたエンドラスが、きょとんとした表情でそう首を傾げる。


彼は紛いなりにも帝国騎士の名家として生まれて来た。故にドナリアという人間が、どの様な経緯で産まれ、どの様な扱いを受けて来たかを噂程度ではあるが知っている。だからこそ、彼が「恵まれていた」と言葉にした事を疑問に感じたのだろう。



「恵まれてたよ。だって俺は何時だって飯が食えて、勉強もさせて貰えた。兄貴程頭良くは出来上がらなかったが、それでも障害なく帝国軍人にまでなれた。これが恵まれていると言わずになんて言うんだよ」



 ドナリアは、この国で貧困に喘ぐ者達の存在を知り得ている。


一部の中流・上流階級が富を分配し、下流階級の人間は日々暮らす食い扶持や仕事を見つけるだけの状況を理解している。


多くの人々が勉学に時間を当てる事すら出来ない世の中で、そうして何不自由なく過ごせた事こそが恵まれた証拠だと、彼はそれを喜ぶように胸を張った。



「だから、俺は戦いとか、国を守る苦しみってのは、『恵まれた者』の仕事だと思ってるんだ。生きる為にと必死になるしかない人達を、せめて俺達が守りたい」



 だから、エンドラスが提唱した【汎用兵士育成計画】の概要には、目から鱗が落ちたと目を輝かせる。


 恵まれた者達だけが、遺伝子改良による先鋭の兵士を何世代にも亘り育成し、兵士として使役する事で、日々を生きる為に必死となる人々を戦いに誘う事のない世界。


現在主流となっている、個々の家系が独自で行う遺伝子改良ではなく、国家が主軸として遺伝子研究と検査を両立して行い、可能な限り安全な遺伝子改良を施し、結果として生まれた優秀な兵達だけで構成させた少数先鋭の戦力を以て、国を防衛する世界。


 恵まれた者達が、それ以外の恵まれなかった者達を守る事が出来る世界。


それこそが恵まれた生を得た者の矜持であり、それこそがこの汎用兵士育成計画における要所であろうと、ドナリアは語った。



「俺はこの計画がスゲェ良いと思った。兄貴も絶対、この計画に賛同してくれる。いや、俺がそうさせる!」


「……そんな風に言われた事は初めてだな」



 クスリ、と。エンドラスが笑った。それまでお堅い仏教面しか見た事のなかったドナリアは彼の笑顔に驚いた。



「この計画の概要を見て賛同してくれる者は、そのほとんどが遺伝子改良における防衛力の向上、という点にしか興味はない。戦えない民の為とか、生み出される子供達の遺伝子異常等に目を向けず、ただ強き国を作ると言う点にしか興味を持っていないんだ」


「目の付け所が悪い奴らだな。俺の下に就く連中は、国家の未来まで見据えてくれている者達ばかりだ。でも、声を大きくして叫べば、きっと皆も理解してくれる筈だ。俺はずっと、そうして叫びながら生きて来た。自分のやりたい事、望んでいる事、それにみんなついてきてくれんだよ!」



 エンドラスにとっては、そうして語るドナリアの表情は、屈託のないものに見えただろう。


 だがドナリアから見るエンドラスの国防を語る表情も、とても輝かしいものに見えた。


だからこそ――二人は理解し合い、認め合う事が出来たのだろう。



「俺やエンドラスが目指した世界を兄貴が認めてくれれば、きっとこの国は変わる事が出来る。その世界を、作っていこう」


「……ああ。私も、君のように真っすぐ、世界を見据える事が出来るようになりたい」



 手を繋ぎ合い、共に相手を同志として認識し、認め合う。


そうする事が出来る幸せを、ドナリアは感じていたのだろう。



**



夢から目を醒ました時、彼……ドナリアは、自分の脳にある記憶が全て夢であって欲しいと願った。



エンドラスが自分の事を同胞と認めつつも、しかし在り方を違えたとして斬った記憶も。


その時の彼が非常に冷たい目をしていて、それが本当に恐ろしいと感じた記憶も。



ブルリと震える身体、しかし彼の身体はそれ以上動かず、ただぴくぴくと指を僅かに痙攣させたように微弱な動きをするだけだ。



「目が覚めたかい、ドナリア」


「……メリー」


「良かった。少しは正気を取り戻せたみたいだね。……安心したよ」



 安堵の声を上げるのは、ドナリアより四つ下であるメリー・カオン・ハングダムだ。


彼はハイ・アシッドとして有する能力で、二十メートル以上離れると、以前見た時と違う顔に見えてしまう。故に反応は遅れる事も多いが、声が聞こえてから存在を認識した為か、彼を一目でメリーと認識する事が出来た。



「俺は……一体……どれだけ、こうしていた……?」


「四日だね。そろそろ動物性たんぱく質も切れて来た所だろう?」



 埃に塗れたアジトの一室、ゴミが散乱するその部屋には似合わないキャスター付きのワゴンを引いたメリーが、ワゴンの上に乗っていた皿を手に取り、乗せられていた牛肉を生のまま、ドナリアの口へと運ぼうとする。


しかし……彼はそっぽ向いてそれを喰らう事無く、それでも肉より溢れ出る獣臭い香りを嗅いで、涎だけは出ていく。



「食欲自体はある、という事だね。それならばいい。気が向いた時に食べてくれればね」


「なんか……あったのか……メリー」



 ふと尋ねたドナリアの言葉に、メリーは僅かだが驚いたように目を開いた。問われると思っていなかった言葉だったのだろう。



「……何故、そんな事を?」


「お前……普段より、口数が少ねェ……落ち込んでやがんのか? らしくもねェ」


「……分かってしまうか。うん、君はそうだろうね。何時だって君は『人』を見ている。そういう君だからこそ、色んな部下が慕ってくれるんだ。……まぁ、色々と収穫があったんだよ」



 少し離れた位置に、同胞である筈のアスハが立つ光景も目に入った。だが……彼女も、普段のしかめっ面をそのままに、しかし僅かだが視線が下を向いている。



「……俺だけが知らねェ……って事か」


「まぁ、そうだね。ちょっと色々とあって、我々は今行動の是非を考えなければならない状況にある」


「行動の、是非……?」


「君にも知ってもらう必要はあるだろうけれど……今のドナリアには、少々刺激が強すぎるかもしれない」


「……エンドラスの事か?」


「それもある。けど、それだけじゃない。ラウラ王についてだ」



 ラウラ。


その名を聞いた瞬間、ドナリアは体中の神経を一斉に稼働させ、身体を起き上がらせた。



「……話せメリー。何があったか……!」


「大丈夫なのかい?」


「それは聞いてから決めるしかねェだろ……良いから話せ……ッ!」



 立ち上がり、先ほど口元まで運ばれたが喰われる事のなかった肉を手掴みし、生のまま繊維の一つまで、噛みしめて喰らう。


それだけでも十分に満たされていく感覚、だがドナリアは、視線だけをメリーに向けている。



「……私たちの存在は、私たちの抱いた野望は……全て、ラウラ王によって仕組まれた事だったんだよ」



 メリーが語る、これまでの真実。


それを耳にしながら……ドナリアは一つ一つの話に、青筋を立てて怒りを表現する。


しかし、それでも彼は、言葉を途中で挟む事無く……ただメリーの言葉を聞き続けるのである。

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