ラウラ・ファスト・グロリア-10
弱弱しい言葉に、クシャナはそれ以上、何と言葉をかければいいか、分からなかった。
ただ手を伸ばし、フェストラの肩に触れようとしたが……しかし彼はゆっくりと立ち上がり、手は空振りに終わった。
「……どこへ、行くんだ?」
「アマンナを、探しに行く。エンドラスによって殺されているかもしれないが、簡単に殺されるようなアイツでもない……筈だ」
「エンドラスさんが、アマンナちゃんを……?」
「見せしめだよ。オレがラウラ王に逆らうなら、大切な者を失う事になるぞ、とな」
ラウラは決して、フェストラを殺さない。
フェストラはラウラの期待に沿う事が出来る、優秀な人間だ。故に彼はフェストラを身近に置き、何時でも動かせるようにしておく筈だ。
しかし……アマンナという存在は、ラウラにとって必ずしも必要のある人材ではない。
むしろ……時間停止の魔眼を持つ彼女は、ラウラにとって邪魔となる可能性も存在する。
もしかしたら、ラウラ王がシックス・ブラッドで一番排除したい対象は、アマンナとガルファレットの二人なのかもしれない。
「だから、もしまだアマンナが生きているのなら、オレがエンドラスに頭を下げる。……もうオレ達シックス・ブラッドは、ラウラと敵対するつもりはない、と」
「おい、どうしちゃったんだよフェストラ……! お前、ラウラ王のやってる事を、やろうとしてる事を……認めるって言うのか!?」
「ああ、そうだよッ! 実際に、ラウラが企てる国の統治は、これ以上無い程に完璧だ……ッ!」
反政府勢力を一か所の組織に取り纏め、対処勢力を用意して拮抗状態を保ち、管理する事も。
古きフレアラス教から、現存神として君臨するラウラへ信仰を集め、民衆の統一化を図る事も。
統治者が永遠に生き続ける事によって、統治者の違いにおける主義主張の変革を失くす事も全て……フェストラも理に適った方法であると、理解している。
……否、理解してしまったのだ。
「第一、反抗した所でどうなる? 敵は帝国の夜明けのような、どこの国でも在り得る反社会勢力じゃない、国家そのものだぞッ!? 敵に回す方がどうかしている……!」
「でも……でも……っ」
「オレ達も帝国の夜明けと同じく、反政府組織に鞍替えするとでもいうのか? そんな事が出来る筈も無い。いいや、オレがするだけならばいい。だがそんな事に、お前たちを巻き込めるか……ッ!!」
扉を強く殴りつけ、ガンと響く音と同時に、彼の瞳に浮かんでいた一筋の涙が頬を伝った。
その表情に……クシャナはフェストラと言う男の不器用な部分を、久しぶりに見た気がした。
周りに「助けてくれ」と素直に言う事が出来ずにいて、他者を無理矢理巻き込む事もしない。
かつてクシャナへ言ったように「利害関係」へと持ち込み……いざという時は、戦いから仲間を遠ざける事が出来るようにもしている。
クシャナがフェストラと言う男を嫌う要因の一つでもあるが……放っておけないと思える要因でもある。
そんな、フェストラの叫び散らした言葉が部屋の中で響き、二人がただ黙る事しか出来なかった……その時だ。
先ほどフェストラが殴り、僅かに凹んだ部屋のドアが、ゆっくりと開かれた。
「その……取り込み中で、あるだろうか……?」
ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスだ。
彼女は恐る恐ると言った様子で部屋へ入ると、涙を流すフェストラを見て、目を見開いた。
「ど、どうしたのだフェストラ殿!」
「……別に、何でもない。クシャナ、ヴァルキュリアにも、事の全貌と、今した話を伝えておけ。オレは、アマンナを探しに行く」
入れ替わる様に、フェストラがそそくさと退室していき……クシャナとヴァルキュリアしかいない部屋で、しばしの沈黙が訪れる。
「……ヴァルキュリアちゃん。ファナとお母さんは」
「あ、その……ルト殿が護衛に参ったので、クシャナ殿たちを探しに……」
「……そっか」
深く息を吐きながら、ソファに腰掛けているクシャナの表情と、先ほどのフェストラが涙を流していた理由も分からず、オドオドとしているヴァルキュリアに、クシャナは口を開き、語り聞かせていく。
レナがかつてラウラと恋仲の関係にあり、ラウラが彼女との子供を願った結果、レナの卵子情報のみからクシャナが作り出された事。
出生技術の低さ故に、クシャナが生まれた直後は身体が丈夫ではなかった事。
その結果、死にかけたクシャナという子供を救う為、赤松玲という女性を殺し、魂と特性、記憶をそのまま別の人間に移す【転生魔法】を使用して、クシャナという存在を生かした事。
結果としてアシッド因子の存在を知り、研究を始めたラウラ王が……ファナに用いられている【新種のアシッド因子】や、アシッド・ギアに用いられる【養殖のアシッド因子】を開発した事。
自分の遺伝子情報から作り出したクローンであるファナという少女に、新種のアシッド因子を与え、レナへ授けた事。
そして……ラウラ自身も新種のアシッド因子を埋め込んだ事で、死なぬ王としてこの世に君臨し、その存在を知らしめる事で、現存神として民衆の信仰を自分に集めようとしている事。
帝国の夜明けという存在も、ラウラが裏から手をこまねく事によって、反政府勢力の人間をひとまとめにする為の組織として利用されているという事。
……そしてフェストラは、もうこれ以上皆を巻き込めないと、シックス・ブラッドの解散を決めた事を。
「……父は、そんなラウラ王の野望を……良しとした、という事であるか……?」
「そういう……事に、なるのかもしれない」
「、っ」
彼女の言葉を聞いて、ヴァルキュリアはわなわなと震える手を握り締めながら……ドアノブを握る彼女の背に、クシャナが問いかける。
「どこに行くのさ!」
「父上へ会いに行く、全てを聞かねば納得できん!」
「でも、もうシックス・ブラッドは……」
「シックス・ブラッドがどうではない、これは親子の問題である! ……拙僧は、そんな世界を断じて認める事が出来ん。父上に、真意を問い質すッ!」
クシャナを一人残す事になるが、ヴァルキュリアがドアノブを捻りながら部屋を出て、帝国城も後にした。
いつの間にか雨が降っていて、ヴァルキュリアは濡れながらも駆け出していく。
そうした彼女が向かった先は、首都・シュメルの住宅区画、高所得者層地区の中でも特権階級居住地区と非公式に呼ばれる場所に存在する……リスタバリオス家の邸宅である。
門とも形容すべき扉を開き、木造建築によって作られた長屋の外、普段エンドラスが素振りをする際に用いる園庭へと向かう。
「……来たか。ヴァルキュリア」
「父上……っ!」
まるで、ヴァルキュリアが来る事を待ち望んでいたかのように、父であるエンドラスが園庭の真ん中で立ち尽くしていた。
その腰に携えるのは、ヴァルキュリアと同じグラッファレント合金製の特注品、グラスパー。
「クシャナ殿から、全てを聞いた。ラウラ王の企み、その卑下たる野望をッ!」
落ち着いていられないと言わんばかりに、声を張り上げる彼女と異なり、エンドラスは落ち着いている。
目を閉じ、彼女の言葉に耳を傾けた上で……グラスパーの柄に、手を伸ばす。
「何故だ父上ッ! 何故父上は、ラウラ王の望みに与するのだッ!? 答えよッ!!」
エンドラスは答えない。
その代わり……彼は刃を抜き放ち、ヴァルキュリアへと斬りかかる。
反射的に、同じ剣を抜き、合わせ、弾き飛ばしながら、ヴァルキュリアは問い続ける。
「父上は、この国の在り方に、疑問を持ち続けていた筈だ……っ」
エンドラスは答えない。
ただヴァルキュリアの振るう刃と自らの刃を幾度も斬り合う事で、その剣戟の音に身を任せるかの如く……動きは軽やかだ。
「正しき国の在り方を、規律を重んじていた筈だ……っ!」
エンドラスは答えない。
やがてヴァルキュリアは瞳に涙を浮かべながら唇を噛み、斬り払いの後に距離を取り、一度グラスパーの刃を鞘に納めると、エンドラスも同様に鞘へ納める。
だが、それは戦闘終了の合図ではない。
むしろ……殺し合いを意味するだろう。
「壱の型――ッ!」
「ファレステッド」
同様の言葉を口にした二人が、目にも留まらぬ速さで抜いた刃を、一瞬の内に相手へと叩き込む抜刀術。
リスタバリオス型の象徴とも言うべき壱の型・ファレステッド同士の打ち合いは……ヴァルキュリアの握るグラスパーが宙を舞い、背後の地に突き刺さり、エンドラスの握るグラスパーの刃は、ヴァルキュリアの喉元を僅かに斬った。
だが、首を斬り落とす事は無い。
彼は刃を引き、懐から取り出した和紙で、僅かに娘の血が付いた刃を拭う。
果し合いに破れ、死ぬ事さえ許されず、命を見逃される屈辱……膝を折り、地面に膝をつけるヴァルキュリアへ、エンドラスは語り掛ける。
「もう私は、正しい国の在り方に等、興味はない」
「……え?」
「私はただ、ガリアの願いを叶えたい。……それだけだ」
「母上の、願い……?」
「そうだ。その願いを叶える為に、ラウラ王の力が必要なのだ。……その為になら、かつての同胞だろうが、国の在り方だろうが、何もかもかなぐり捨て……どれだけでも、この手を汚そう」
刃を鞘に納め……彼はただ邸宅内へと入っていく。
静かに閉じられた襖、様子を伺う事も出来ぬ庭の只中で……ヴァルキュリアはただ、雨に濡れ続ける。
「ああ……うぁああ……っ、ああああああ――ッ!!」
絶叫は、邸宅の中にも聞こえただろう。
しかし……エンドラスは濡れる実娘に、手を向ける事も無い。
ただ……彼女は叫び続けるだけだった。
**
ルト・クオン・ハングダムは、普段からファナ・アルスタッドの護衛を命じられている存在として、アルスタッド家の日常と言うものに、ある程度精通している。
だがそんな彼女から見ても……今、この部屋に訪れている平穏というのは、不気味なものがある。
普段、おっとりとしていて常に母として娘に声をかける事を怠らないレナ・アルスタッドが、ただ黙りこくって。
普段、クシャナやレナと笑い合って声を上げる筈のファナ・アルスタッドは、静まり返る部屋の中、ただ視線をレナへと向け続ける。
もう、事態の鎮静化がなされたのか、部屋の外に先ほどまで訪れていた喧騒も段々と静かになっていき、部屋の灯も付き始めた。
幾つもある内灯が一つ一つ点き始めて、明るくなった部屋の中で……レナは、隣り合って座るファナに、視線を向ける。
「……ファナ、良いかしら」
「うん」
「貴女は……私が産んだ子供じゃないの」
「……それって」
「ええ。……貴女はね、私のお腹に宿った子供じゃなくて……ラウラ王の子供なの。あの人が……私に、ファナを育ててくれって……貴女を託したのよ」
静かに、ただ真実を口にしたレナの言葉に。
ファナはただ……目を見開いて、一筋の涙を浮かべるだけだった。





