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ラウラ・ファスト・グロリア-09

「まさか……あり得ない。死者の蘇生……? そんな事が、あり得ると、言うのですか……?」


「蘇生魔術。その概要自体は、アマンナ君も知り得ているだろう?」



 感覚の無い右手へ施した治癒魔術、それによって少しずつ感覚を取り戻しつつあるエンドラスが、言葉だけを彼女へと向ける。



「治癒魔術や再生魔術と言った、人間の身体を治療する魔術理論の最上位。大魔術という括りを越え、神の御業と呼ばれる【神術】――人類最強の魔術師と名高いカルファス・ヴ・リ・レアルタでさえも『他者を蘇生する事は理論上不可能』と言わしめさせた、究極魔術の体現」



 それこそが【蘇生魔術】


 既に死した人間の魂や記憶、自我を含めて蘇らせる術。


結果として、三年前に老衰で死亡したシガレット・ミュ・タースは蘇り、ガルファレットの身体を力いっぱい抱きしめた後に……立ち上がり、エンドラスの手を取った。



「行きましょう」


「私としては、アマンナ君を斬りフェストラ様にお灸を据えたいのですが」


「駄目よ。私は、人を殺す事を決して認めない。もし、それでもアマンナちゃんを殺そうと言うのなら、その時は私も貴方達の敵となるけれど、どうかしらね」



 脅しとも、本気とも取れる言葉でエンドラスへそう警告し、彼は僅かにため息を溢しつつも「仰せの通りに」と頷いた。


 ホッと息を吐いたシガレットは、そのままエンドラスの手を取ったまま、アマンナへと別れの挨拶を口にする。



「……じゃあね、アマンナちゃん。ガルファレット」


「ま、待ってください……シガレット様……ッ!」



狂化を無理矢理解除されてしまった影響があってか、ガルファレットは上手く身体を起こす事が出来ずにいる。


そんな彼へ微笑みだけを見せた、若き日のシガレットは……警戒しナイフを構えるアマンナの頬に軽いチークキスをしながら、耳打ちにも近い声を吹きかけた。



「私も、蘇ったばかりで状況を理解していないの。しばらくは状況把握に努めるわね。……ガルファレットの事を、お願い」



 アマンナの頭をポンポンと撫でた後、彼女はエンドラスと共に、どこかへと消えていく。


ぽつぽつと、振り出す雨の中……アマンナとガルファレットは、ガルファレットの暴れた跡に残った森林地帯だった場所で二人、ただ静かに立ち尽くした。



どれだけ時間が経とうとも……どれだけその身体を濡らそうとも。



**



「――エンドラスが動いたか」


「なに?」



 しばしの沈黙が、帝国城地下施設の中で訪れていた時、突如ラウラが口にした言葉。


彼の言葉にメリーが反応を示すと、フェストラは周囲から慌ただしい雰囲気を感じ、汗を流した。



「まさか……管制室の方に、エンドラスが向かったのかッ!?」


「その通りだ。恐らく、レナ君の護衛は十分だと判断したのだろうな。そしてもしエンドラスが……アマンナ・シュレンツ・フォルディアスが管制室の占拠をしていたと知れば、恐らく……」



 それ以上、彼は口にしなかったが、フェストラもメリーも彼の言葉から感じられる意味を悟る。


地下施設へと至る為の階段を駆け下りる人間の足音も聞こえ、フェストラが黙るメリーへ「……行け」と命じた。



「今回、俺達はお前と協力関係にあった。なら、お前がここから離脱するまでが協力関係だ」


「っ……、申し訳、ありません」



 屈辱に充ちた表情を、ただ自分を見据えるラウラに向けながらも、メリーはフェストラの言葉に頷くしかない。


第七世代魔術回路を有するラウラが、新種のアシッド因子によって不死性を得ている状態となれば、簡単に殺す事は難しい。


ならば情報を得て無事に帰還する事こそが優先であると脳で理解したが故に、彼は駆け出していく。


フェストラやクシャナが共に居る状況ならばともかく、メリー一人であれば認識阻害術と、固有能力である印象操作を用いれば、逃亡は可能なはずだ。



後は……。



チラリと、フェストラがラウラを見据えると、彼はメリーによって引きちぎられた腕に触れると、それをフェストラに向けて投げ、フェストラもそれを、有する空間魔術に収納し、隠す事にした。


数名の帝国軍人たちが武装を施しながら奥の通路まで訪れると、ラウラとフェストラの姿を見て「陛下! フェストラ様!」と声を荒げた。



「何故、陛下がこちらへ?」



 内の一人が敬礼しつつそう尋ねると、ラウラが「賊が侵入した気配を察した」と先んじて口を開く。



「管制室の占拠、及び発電施設の破壊工作という事態に際し、敵の目的がこの地下施設だと推察してな。同様の推察をしたフェストラと、彼女……フェストラの妻となる予定の、クシャナ君に協力をして貰い、賊を追い払った所だ」



 地面に流れる血、その血液量が尋常ならざる量ではないと気付いた軍人の一人が「どなたか負傷を?」と確認したので、フェストラが「敵の出血だ」と口裏を合わせた。



「血液検査をしたところで、大した結果は出ないだろうよ。それより戦闘中に記録を何冊か落としてしまったが」


「その片付けは我がしよう。我やドナリアの記録がある場所故、機密上の観点で我が好ましいだろう」



 軍人に口を挟ませる隙を与えず、メリーが落としていった本や、フェストラやクシャナが手にしていた本を一冊ずつ、丁寧に回収し、棚へと戻していくラウラに、軍人達も「大変申し訳ございません!」と頭を深々と下げつつ、被害状況の確認を急いでいる。


そうした慌ただしい雰囲気の中……クシャナはただ一人、ずっと押し黙りながら、ただ荒れる息を整えようとしても、整えられない状況に、頭を抑える。


 そんな彼女へ、フェストラが手を差し出し、クシャナも震える手で触れ、何とか立ち上がった。



「……申し訳ありませんが、我々はここで。事情聴取などがあれば、後程」


「うむ。大儀であったぞ、フェストラ。クシャナ君を頼む」



 ふらつくクシャナの身体を支えながら、軍人達の前と言う事もあり、言葉遣いを直しつつ頭を下げた。


そんな二人にラウラは近付き……他の誰にも聞こえぬ音量で、言葉を紡いだ。



「フェストラ、君がクシャナ君と恋人関係であると偽装した事は、実に正しい判断だった。我としてもレナ君の安全も、幸せも全て守りたい。君の親族となる予定の彼女を守る大義名分も作れた。礼を言おう」



 フェストラは何も答えない。


彼が深く噛みしめる唇から溢れた血が地面へ落ちた時……クシャナは、縮こまった喉を何とか震わせて、自然と小声になった自分の言葉で、問いかける。



「……アシッド因子を、どうする、つもりなんだ……?」


「先も言葉にしたであろう。我が統治するに相応しい、永遠の安寧に必要な力として使うだけだ。……君はその力を、異なる世界から届けてくれた。礼を言うよ、赤松玲」



ラウラの言葉に、思わず口を大きく開けて叫び散らしたいと考えてしまったクシャナの口に、フェストラが手を重ね、その声を封じた。



「今は黙れ」


「むぐ、むぅっ」


「頼むクシャナ、今は……今は、堪えてくれ……っ」



 今にも泣き出してしまいそうなフェストラの言葉を、クシャナはこの時、初めて聞いたかもしれない。


フェストラに引きずられながら、地下施設から出た二人は、慌ただしい雰囲気の帝国城を力無く歩んでいき……フェストラの自室、その執務室へと辿り着き、二人で同じソファに腰掛けた。


外で喧騒は続いている。それでも、二人しかいない部屋の中は物静かで……フェストラは頭を垂れ、クシャナは顔を膝に埋めて、しばしの時が過ぎた。



「私が……全ての、元凶じゃないか……っ」


「違う。お前は、ただ生まれただけだ。クシャナ・アルスタッドとして、この世に生まれただけの存在だ。祝福されるべき存在だっただけに過ぎない」


「そうじゃない、そうじゃないよ……クシャナじゃなくて、赤松玲……プロトワンが持つ因子が……色んな人を、不幸にする要因を作ってしまった……その元凶が私じゃなくて誰だって言うんだ……っ」



 もし、赤松玲という存在が存在しなければ、ラウラはアシッド因子の存在に気付く事なく、別の手段でクシャナ・アルスタッドという命を生かす方法を探した事だろう。


もし、アシッド因子の存在をラウラが知らねば、新種のアシッド因子も、帝国の夜明けが用いるアシッド・ギアもなく……少なくともこの国は、アシッドと言う脅威に脅かされる事も無かったのだ。



彼女の嘆きは、涙と共に溢れていた。



「それでも、違う。お前は、確かに因子を持った存在であったかもしれない。だが、その因子を持つお前を見つけ、クシャナ・アルスタッドへと転生させ、因子を研究し、どう使うかを決めたのはラウラでしかない――全ての元凶は、ラウラだ」



 それは彼なりの励ましであったのだろうか、それとも事実を述べているつもりだったのだろうか、クシャナには分からなかった。


けれど、言葉の力強さとは裏腹に、フェストラはまだ頭を垂れたまま、視線を外へと向けた。


雨が、ぽつぽつと降り始めていたようだが、次第に雨足が強くなっていった。



「庶民」


「……なにさ」


「お前はもう、戦わなくていい。利害関係は終わり、シックス・ブラッドも解散だ。これからは、自由に暮らせばいい」


「……え?」



 言われると思っていなかった言葉に、クシャナは顔を上げて、フェストラを見据える。



「ファナ・アルスタッドとレナ・アルスタッドの安全を考慮すると、偽造したオレ達の関係は続けた方が良いだろうが、その程度だ」


「ちょ、ちょっと待てよ、フェストラ。もし、もし私が戦いを止めちゃえば、帝国の夜明けは……アシッドの処理はどうするんだよ」


「帝国の夜明けは、ラウラへの反抗勢力をまとめておく役割を与えられた組織だ。オレ達がもし本気を出して滅ぼそうとしても、恐らくラウラは邪魔立てを用意し、奴らを生かしておこうとするだろう」



 ラウラとして都合が良い状況は、帝国の夜明けもシックス・ブラッドも、双方共に拮抗状態を保つ事だ。


 現に今は反政府勢力の多くが【帝国の夜明け】の支援に役割を徹している状況が作られている。


 故にラウラは本日、帝国の夜明けを指揮する存在であるメリーを逃がすフェストラを咎めなかったし……恐らくフェストラがメリーを捕らえようとしていれば、その時こそラウラはフェストラへと牙を剥いただろうと考えられる。


 だから、フェストラはあの状況で、何もラウラに手出しが出せなかったのだ。



「逆にオレ達が帝国の夜明けと戦わない道を選んだ所で、ラウラはまた何か別の勢力を用立て【シックス・ブラッド】の代わりを務めさせるだろう。……帝国の夜明けと拮抗できる実力程度に留めた組織を、そうとも知らせず、裏で糸を引く事で操って、な」


「そんな……でも、でも……っ」


「お前は元々、アシッドと戦う事を……奴らを喰う事を良しとしていなかっただろう? いい機会だと思う。……オレも、これ以上お前を巻き込みたいとは、思わない」

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