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ラウラ・ファスト・グロリア-08

「全く、老体には堪える相手だ……ッ!」



 老体、とは言えぬ程、エンドラスの動きは実に速く、そして彼は恐怖と同時に湧き出る笑みを堪えきれず、両脚にありったけのマナを投じ、地面を強く蹴りつける。


 突進を仕掛けるエンドラスの身体を避け、彼の背後を回り、両脚に注いでいたマナを右手からグラスパーの刃に通し、剣を一度振るって、唱える。



「弐の型・セッバリオス」



 一つである筈の刃が、七つの刃へと分離していく。その全てが一本のワイヤーにも似た半透明の光によって繋がれていて、蛇腹剣のような形に生まれ変わる。


 柄を強く握り、今巨大な体を弾丸のようにエンドラスへと叩き込もうとして、避けられたが故に振り返ってこちらを見据えたガルファレット、その筋肉ダルマと表現すべき彼の全身に、グラスパーの刃と、刃同士を繋ぎ留める半透明の繋がりが絡まっていき、強く柄を引く事で、彼の身体を締め付け、更に身体へと刃が通る――筈であるのに、刃は強固な肉体によってギリギリと弾かれ続け、その肉を斬る事は無い。


 だが、それはこれまでの戦いで理解している。今はガルファレットの動きさえ抑制出来ればそれでいいとしていたが……しかし、そこでガルファレットは「ゥウウウッ」と小さく呻いた後に……両膝を強くその場で曲げ、すぐ膝を戻し、跳び上がる。


 つまり――彼の身体を弐の型・セッバリオスで捕らえているエンドラスの身体ごと、天高く舞い上がったのだ。



「な――ッ」


「ウォオオオオオオオオオッッッ!!」



 急ぎ、型の展開を解除し、元の刃へ戻したエンドラス。


 だが既に空中へ浮き上がり、姿勢制御も難しい状況で、身体を回転させながら、乱雑に腕を振るうガルファレットの拳。


 その拳を剣の鍔部分で受けながらも、あまりに強すぎる衝撃によって、上空から地面へ向けて叩き落されてしまう。


 背中から着地を余儀なくされたエンドラスだが、それは強化魔術と操作魔術で自分の身体にかかる衝撃と、そもそも地面へ叩きつけられる動きの受け身を取れたのでダメージ自体は大きくなかったが、しかしグラスパーを握っていた右腕はほぼ感覚が無く、ダラリと手首が地へと向けられた。



「っ、折れたか……?」



 折れてはいないが、あまりに強すぎる衝撃故に感覚が無くなっている。



「治癒魔術は得意ではないが……」



 そう言葉にしつつ、左手でグラスパーを持ち直しながら、治癒魔術を右手首に展開、しかし使えるようになるまでは、数分から十分程度は必要になるだろう。



「……否、無理だな。十分も今の彼を相手取れるほど、私はもう若くない」



 すんなり、諦めと取れる発言をしながらも、彼は左手で持ち替えたグラスパーの刃と、自身の左腕全体にマナを浸透させ、上空から両手を合わせながら、その腕を振り下ろしたガルファレットの攻撃を、逆手持ちに直した剣を振り、受け流す事で、その攻撃を避けた。



「以前にも言っただろう? 私は既に魔術回路にも劣化が訪れていて、娘にさえ負けた、と」


「うぅうう、うぅおおおおッッッ!!」



 攻撃を受け流され、地面を転がりながらも立ち上がり、エンドラスを睨みながら狂化によって轟き叫ぶ彼の声を聴き……エンドラスはフゥとため息をついた。



「完全に狂化してしまったか。その状態の君をどうすればいいか、私には分からない。君の体内にあるマナを全て使い切れば流石に止まると思うが、改造魔術回路を持つ君のマナ貯蔵量が、常人のそれとも思えん」



 ならば、と。


 エンドラスはポケットの中から、一枚の【札】らしき紙を一枚、取り出した。



「本当に、これで上手く行くか……私にも分からないが……上手く行けば彼を止める事が出来るだろう」



 その紙には、何かミミズが這った黒い文字のようなモノが描かれた札であり、エンドラスやガルファレットの知り得る言語ではないように見える。


 それを、地面に張り付け、エンドラスは小さく――彼自身、意味が分からない魔術詠唱を口にした。



「――【()()()()()()()()()()()()()()】」



 その言葉を聞いた瞬間、その刹那の時間だけ、ガルファレットの動きが抑制されたようにも思えた。


 だが、すぐに呻き声を強め、ガルファレットは数メートル近く離れたエンドラスに向け、その両足を動かし、駆けだして、拳を握り締めながら振り込もうとした――その時。


 札が、バチバチと青白い光を放ちながら輝き始めた。



 それだけではない。


 札の貼られた地面がボコボコと隆起し始めて、何か棺桶にも似たモノが地面から出現したのだ。



 その棺に向けて、ガルファレットの拳が叩きつけられる寸前。


 棺の中から一人の女性が姿を現して、ガルファレットの振るう拳に触れると、まるで衝撃を跳ね返したかのように、ガルファレットは大きく仰け反りながら、ゴロゴロと後転していった。



「あらあら……随分と大暴れしているようね、ガルファレット」



 美しい女性の声と合わせ、姿を現した女性も美しい姿を有していた。


 輝かしい程の金髪、透き通るような白い肌、そして何より整った顔立ちは、世の男性を魅了して余りある程の魅惑を有する女性。


 その身体付きは女性特有の低身長と反比例し、大きく反るように天へ向けて膨らんだ乳房と、細く引き締まった腰つき、腰からのラインは綺麗なカーブを描いている。


 何も服をまとう事のない女性は、その自分を認識すると「あ、あらヤダ」と僅かに恥ずかしそうな声を上げたが……そんな彼女へ、エンドラスが着ていた軍服の上着を、彼女の肩へかけた。



「お綺麗な体を、やたらと見せびらかすものではありませんよ」


「まぁ、貴方もしかして……エンドラス君? もぉ、こんなお婆ちゃんにお綺麗、だなんて。口が上手くなったものね」


「なに、事実を言ったまでです。……私も実に驚きました」


「……そうでしょうね。まさか、ラウラ君がここまでの境地に到達するとは、思わなかった。この境地に達するのはカルファスちゃんか、あの子の子供以降だと思っていたもの」



 転がっていくガルファレットに気を留める事無く、エンドラスと女性は軽やかな会話を続けている。


 起き上がったガルファレットは……その女性を見据え、目を見開き、うぅ、うぅ、と呻きながら……しかし先ほどまでと異なり、狂化は弱まっている。



「久しぶりね、ガルファレット。……今の私を見て、誰だか分かるかしら?」



 袖を通した帝国軍服の上着だけをまとった女性は、その両手を広げて、ガルファレットへと近付いていく。


 遠くから様子を伺っていた筈のアマンナが、思わず顔を出して……女性は彼女にも気付き、振り返った。



「まぁ、認識阻害術をこんなに上手く使う子。もしかして、アマンナちゃんかしら」


「……え?」



 認識阻害術を用い、存在を認識しにくい状況となっている筈のアマンナを、一瞥しただけで理解した女性の姿を、アマンナは知らない。


 彼女が隆起した地面から出現した、何か棺めいたものの中から出て来た女性であると理解は出来たが、しかし彼女を見た事が無いアマンナは、目を見開いて、彼女の技量と美しさに、目を惹かれていた。



「ああ、そうね。貴女はこの姿の私を知らないものね。この姿をしている頃は写真機も無かったし、年老いた私しか見た事は無いでしょうね」


「なにが……貴女は、一体……」



 問うアマンナの言葉に、彼女は答えない。


 否、答えぬわけじゃない。……その答えを知る者が、目の前にいると、理解しているから、彼に答えさせるつもりなのだ。



「ガルファレット。貴方は、私が誰か、分かるわよね」


「……嘘だ」


「嘘じゃないの。私も驚いているのだけれど、現実を直視なさい。……私が、貴方の敵になるかもしれない女が誰か、その現実を」


「嘘だ――ッッ!!」



 ガルファレットは、今一度全身から放出したマナを滾らせ、狂化を昂らせた。


 その全身から舞い散る青白い光、マナの余波を受けても……女性は身震い一つ起こさない。


 むしろ彼女は……勢いよく、目にも留まらぬスピードで振り込まれた拳に、女性の細く綺麗な手で触れた瞬間、パキンと音を鳴らしながら、彼の全身に展開されていた狂化を、砕く様に解除したのだ。



 あまりに一瞬の事過ぎて、エンドラスにも理解できない状況。


 しかしアマンナは目を見開き、何があったかを口にした。



「魔術……相殺……!」



 魔術相殺とは、相手の展開している魔術と同等量のマナを投じ、相手の魔術と干渉する事で打ち消す手法の事である。


 今回の場合、狂化状態となっているガルファレットの全身に、狂化状態維持に必要なマナと同量のマナを、彼の魔術回路全体に浸透させる事で、彼の狂化状態を解除した、という理屈になる。



 ――だが、そんな事が可能なのか?



 自分の目で見ていた筈のアマンナでさえ、息を呑む事実がそこにある。


 マナを全身に存在する魔術回路に浸透させる……言葉にするのは容易いが、少しでも浸透させるマナの量を間違えれば、却って敵の状態を強化させてしまう可能性もある。


 加えて浸透までにかかる時間は、平均的に一秒弱は必要である筈なのに、彼女はガルファレットが拳を振るった瞬間、彼の手に触れた刹那の時間で、その浸透を終わらせた事になる。


 更に言えば、ガルファレットの狂化に必要なマナは、アマンナが見て取れるだけでも膨大な量のマナが必要となる筈だ。


 この三つの懸念事項がある状態で、一瞬の内に、魔術相殺を可能とする技量。



 ……あの女性は、一体。



「ねぇ、ガルファレット。答えて頂戴。……私は、貴方に嘘と言われてしまうのは、悲しいもの」


「……嘘だ、嘘だと、仰ってください」


「本当の事なの。受け入れて欲しいの。……私、貴方のそんな悲しそうな顔を見たら、泣いてしまいそうだわ」



 泣いてしまいそう、ではない。


 彼女は泣いている。



 狂化を解除されて項垂れるガルファレットに近付き、その頬へ触れて、その豊満な胸へと彼を抱き寄せる女性は……実際に涙を流していた。



「……本当に、貴女様なのですか……?」


「ええ、ええそうよ、ガルファレット……私は、また貴方に会えて、嬉しいの。元気で良かった、本当に」


「信じられません……信じられる筈が、ありません……なぜ、何故貴女が……!」



 胸の中で嘆くガルファレットの言葉を、女性は慈愛に満ちた表情で、受け止め続ける。


 そしてガルファレットは……彼女の温もりを聞いた上で、女性の名前を口にする。



「……シガレット……ミュ……タース様……!!」



 女性は、シガレット・ミュ・タース様。


 七十年前、第七次侵略戦争において大戦果を挙げたとする、帝国魔術師の一人。


かつてガルファレットが、年老いた彼女の帝国騎士として仕え、守護した存在。



そんな彼女が、現役時代の若々しい姿で今……ガルファレットの身体を、抱き寄せているのだった。

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