ラウラ・ファスト・グロリア-03
「そんな時に彼が出会った女性こそが……当時十八歳だった、レナ・アルスタッドというわけだ」
「お母さんは確か……十五歳から使用人として、帝国城に住み込みで働いていたんだっけ?」
「ああ。そして二十歳の頃に使用人としての職を離れ、その翌年の二十一歳時にお前を産んでいる」
十八歳の時から二十歳になるまでの二年間、レナとラウラは恋人という言葉が似合う関係であったと、記録からは読み取れる。
勿論、表立ったものではないので側室という関係を現す言葉が最も適切かもしれないが、少なくともラウラはレナの事を愛していたようだし……クシャナやフェストラは、レナの人柄を知っている。
彼女は相手からの好意を受け取り、その好意を素直に受け取って、決して彼の好意を無下にする事は無かっただろう。
だが、彼はレナを抱こうとはせず、レナもそうした身体の関係を求めてラウラを困らせる事は無かったと、記録からは読み取れる。
「ラウラは能力的にも血筋的にも、次期帝国王に最も近しい存在だった。種無しだったとしても、その身分の違い故に恋慕も、身体を重ねる事も出来ないと、双方共にあくまでプラトニックな関係を貫いていた」
ラウラも、レナも、それぞれが純粋過ぎたのだろう。
ラウラは王として、レナへ「自分に連れ添って欲しい」と願えずにいた。
レナも一介の使用人として「ラウラと結ばれるべきではない」と考えていたのだろう。
「じゃあ、お母さんは誰と身体を重ねて、私を産んだんだ……?」
「お前は誰との子でもない。お前はただ、レナ・アルスタッドの子供でしかないんだって事さ」
フェストラが、何を言っているのか、クシャナには理解が出来なかった。
確かにラウラの記録を見ただけでは、レナが誰と結ばれ、その結果どのように子を産んだのかは分からないかもしれないが、彼の言葉は何か含みを持っているような気がして……そして、その考えは正しかった。
「……なんて、三文小説クサいラブストーリーだ。お前の母親は……レナ・アルスタッドはどうかしてる」
罵倒するような口ぶりで……けれどその表情は、フェストラと言う男がこれまで浮かべた事のない、複雑さを表した表情。
「庶民、お前はレアルタ皇国アメリア領で研究されている、母親の遺伝子情報だけを基に子供を生産する技術を知っているか?」
「クローニング、みたいなもの?」
「そうだな、それが一番近いのかもしれない。女性が排出する卵子のみを用いた試験管ベイビー……レアルタ皇国アメリア領は二十年前からこうした遺伝子研究を多く続けていたんだ」
そこでフェストラは、ため息を一度ついた。
頭を押さえ、自分は今何を読ませられ、何を見ているのだと言わんばかりに、目を細めて。
「ラウラ王は、レナ・アルスタッドとの間に、愛情を形として遺したかった。つまり子供だ。だが種無しのラウラ王はレナ・アルスタッドとの交配によって子を遺す事が出来ない。ならばせめて、彼女の子供と言う形だけでも欲しいと願った」
「……だから、お母さんの卵子だけを使って……私を産んだ、って言う事……?」
「そうだ。……レナ・アルスタッドはラウラ王のそうした願いを、一切拒絶しなかったらしい」
クシャナにとっても、フェストラにとっても、その想像は実に容易かった。
レナは人の言葉を信じ、損得勘定を考えずに他者を救おうとする女性だ。
故に彼女はラウラ王にそう求められたら……決してその求めを棄却などしないだろう、と。
「レアルタ皇国アメリア領で用いられる卵子情報生命技術を流用し、産み出されたクシャナ・アルスタッド。しかし……現在のアメリア領でさえ実験途上の技術だ、十七年前の技術で、何も問題が起きない筈もない」
結果としてクシャナ・アルスタッドという幼い命は、出産直後からその命を失いかけた。
身体が弱かった――違う。元々レナ・アルスタッドの卵子情報だけで生み出された子供が、まともに人生を歩めるはずもない。
検査する度に新たな問題が生まれ、幼きクシャナは命の危機を幾度となく経験した。
「ラウラ王は治癒魔術を専攻とする帝国魔術師を総動員して、お前を救おうとした。金も人員も惜しまずにな。それでも尚、延命を施す程度の事しか出来なかった」
そこでラウラは、クシャナという新たな生命を生き長らえさせる為の方法を模索した。
数多の研究に精を出した記録が残っている。多くの神秘に手を出した記録も同様だ。
空間魔術、蘇生魔術、転生魔術、転移魔術……ラウラは時に自分以外の第七世代魔術回路を持つ魔術師達に協力を仰ぎ、研究を共に進めた事もあったと記録に残されていた。
「そこで、ラウラ王は一つの研究成果を図る為に……とある三人を実験に用いた」
「とある……三人?」
「私とドナリア、アスハの三人だよ。……私達は当時から政権への反対運動を行っていた。それぞれ活動の仕方は異なっていたがね」
ドナリアはエンドラスと共に汎用兵士育成計画の推進を。
メリーは個々の家系が行う遺伝子改良を国家主導の下で行われる事を求め。
アスハはただ、盲目で触覚失認の状態でさえも帝国軍に属しており、かつ美しい女性であったからこそ、政権反対運動における担ぎ上げに使われていた。
「ラウラ王からしたら、邪魔な存在だったのだろう。故に、私達三人を実験体にして、幾つもの研究を試したんだ」
「研究って何だ? 何の研究だよ、ラウラ王は何を求めたって言うんだッ!?」
「庶民……お前にも、もう何となく察しがついているんだろう?」
口を開けながら、言葉を放とうとしても、しかし上手く言葉にする事が出来ない。
そう、クシャナも予想を立てた。そして恐らく、それが正しいのだろうと理解もしている。
けれど――そんな事が有り得るのか?
もしこれが有り得たとしたら……彼女の中で、様々な思考が錯綜した。
「ラウラ王は、異世界である地球の存在に気付いたんだよ。そしてその世界において『如何なる状況にあってもアシッド因子を失わなければ死ねない』存在……赤松玲という女性が存在する事も知った、というわけさ」
赤松玲、特異な存在・アシッド。
その力を以てすれば、新たに産まれながらも命を落としかけている、クシャナ・アルスタッドという命を救える。
「だから、アカマツ・レイの持ち得る『死ねない』という特性をそのまま、クシャナ・アルスタッドという幼子に与える為の技術……転生魔術を考案した」
転生魔術は「その人物の持つ特異性と記憶を有したまま、選択した別の存在に魂を移植させる」技術であった。
この転生魔術がどの様に作用するか、問題無く作用するか、ラウラは秘密裏に捕らえたドナリア、メリー、アスハの三人を用いて、実験を行った。
結果としてメリーは『顔面奇形』の特性を有したまま転生を果たし。
ドナリアは『資産家の第二子、それも再婚相手との間に産まれた子供』の特性を有したまま転生を果たし。
アスハは『盲目と触覚失認』の特性を有したまま転生を果たした。
「我々三人の肉体から魂は失われ、地球で産まれた新たな命に転生させられた。結果として十七年もの間、我々三人の身体は魂を失った仮死状態であった、というわけだ」
「しかしラウラ王は、メリー達三人にまだ利用価値があると考えた。だから延命措置を施し、長らく放置していたというわけか」
そして……彼らが転生魔術によって無事「生前の特性を有したまま転生している」事を確認したラウラは……計画を実施した。
クシャナ・アルスタッドという幼子の中に、赤松玲という特異なる存在の特異性ごと、魂を移植させ、転生させる大魔術。
それによって、赤松玲はその「アシッドという特異性を有したまま」クシャナ・アルスタッドへの転生を果たした。
「結果は成功。クシャナ・アルスタッドの中に『アシッド因子』という特性と、アカマツ・レイとしての意識や記憶を有したまま、転生を果たした。お前はアシッド因子の再生能力を以て、帝国魔術師が束になっても治せないボロボロだった身体を回復させていき……無事、クシャナ・アルスタッドとして生き長らえる事に成功した」
転生魔術に関して、細やかな記述等があったわけじゃない。そもそも『アシッド因子』という存在が転生魔術によって移植が可能なのか、その実験があったのか否か……それは謎のままだ。
だが結果として、現に赤松玲は転生を果たして、その意思と記憶を有したまま、クシャナ・アルスタッドとして第二の生を歩む事に成功している。
ラウラの企みは、全て叶ったと言うわけだ。
「……じゃあ、私にとって、お父さんは」
「居ない。強いていえば、以前お前が言っていたように、ラウラ王がお前の父親と言っても良いのかもしれん。とはいえ、お前の中にラウラ王の遺伝子は欠片も無いのだがな」
レナへ子供を産んでほしいと願ったラウラ。
彼の願いを叶えたいと願ったレナ。
そして二人は方法を模索し、クシャナという我が子を産んで、その子供の命を救う為に、赤松玲と言う女性の魂を彼女に与えた。
それが、クシャナ・アルスタッドという特異な存在が生まれた理由だった。
「でも……でもさ、今の所、ラウラ王はそこまで非道な事をしているかな? ……そりゃ勿論、政権への反対活動をしているメリー達を実験体にした事は、咎められる罪だと思う。けれど……私は、ううん。この体は、クシャナ・アルスタッドという命は、彼によって救われたんだろ?」
「だから、三文小説クサいラブストーリーだと言った。愛し合った二人が子供を産めないからと技術を頼り、技術の末に産まれた子供が命を落としそうになった時、神秘を体現する魔術によって命を守る……ああ、本当に三流の小説家めいたシナリオだ。だがオレやメリーにとって、そんな事は本来どうでもいい。お前の出生は確かに興味深いし、問題の根幹に関わる事ではある。だが、それが主題じゃないんだよ」
クシャナにとっては「必要のない第二の生」だと感じていた命は、しかしレナとラウラという二人の心を繋ぎ留める愛の結晶として生まれた。
その生命に価値があるのなら、クシャナはその在り方を受け入れたいと願っていた。
しかし……フェストラとメリーはそうじゃない。
むしろ、ここまでの話は前座だと言わんばかりに、記録を熟読している。
「問題はここからだ。……お前と言う存在が生まれ、ラウラ王はお前の中にある【アシッド因子】の研究を始めたそうだ」
「……え?」
「アシッド因子の再現をする為に、幾つか試作が行われたようだね。私達【帝国の夜明け】が持ち得るアシッド・ギアの情報は、ラウラ王からたれ込まれた技術だったようだ。……なるほどどうりで、クシャナ君の因子とは異なる筈だ」
「恐らくファナ・アルスタッドの有している【新種のアシッド因子】も、この試作因子の一つなんだろう――何故そうした因子の研究に没頭したか、それはまだ読めていないが」





