ラウラ・ファスト・グロリア-02
「これ、本を手に取った瞬間警報が鳴るとか、無いよね?」
「本来は鳴るぞ」
「駄目じゃんっ!?」
「最後まで聞け。本来なら鳴るが、今は本一冊一冊に設けられた警備システムはマナ制御式で、アマンナの占拠している管制室で一斉停止している。管制室の占拠が破られるまでは、警報も痕跡も残らん」
とはいえ可能な限りの証拠隠滅は必要だとして、メリーがフェストラとクシャナに、白い手袋を渡した。指紋を残すな、という意味であり、クシャナも渋々、手袋をはめた。
「庶民」
「何だよフェストラ、この棚で良いんだろ?」
「オレとメリーでラウラ王についてを閲覧する。お前は――ドナリアの情報を閲覧しておけ。奴は紛いなりにも第二王子で、帝国王候補の一人だった。少なくとも十七年前の行方不明直前まではある筈だ」
突然、クシャナにそう命じたフェストラに、彼女だけでなくメリーも視線を彼へ向けた。
「ドナリア……ですか」
「お前も気になるだろう? なぜ異世界転生とやらが起こったか、そして……空白の十七年間、お前達がチキューという世界に居た間、お前達の肉体はどうなっていたか。二つ目については記載がない可能性もあるが」
「……いえ、どうやらそうでもないようだ」
チラリと、視線を行動記録自動筆記魔導機に向けたメリーと、彼に促され、そちらを見たフェストラ。
今は管制室の占拠故か停止しているが、その魔導機の一つは……ドナリアの行動についてを未だ記載しているらしい様子が見受けられる。
「少なくとも、今のドナリアがどうした行動を取っているか、それを記録はしているようです。となれば、十七年間のドナリアも分かるでしょう」
指でなぞり、メリーがクシャナに棚と段を示す。彼女もそれを頼りに分厚い本を試しに広げると……そこには十八年前程度のドナリアがどういった行動を取ったか、それを詳細に記録している様子が読み取れた。
「……何年の何日何時何分に、どこそこの座標地点で行った自慰行為とかについてまで乗ってて、正直あんまり詳細を読みたくないんだけど」
「王になる器として定められた者は、そうして全てを記録される定めにあるというわけだ。時としてそれが歴史として残る事もあれば、必要ないと焼却処分される事もある。……グロリア帝国では少なからず亡国までは残り続けるだろうがな」
そこでクシャナは本の終わりまで飛んでみたが、それは十八年前の起債であったので、その本を閉じて次の本へと移る。フェストラやメリーも、ある程度情報精査を行う必要があるとして、フェストラがラウラ王の若き日から、メリーが最近の記録から過去へ遡る様に調べていく。
「庶民、貴様にも教えておく。どうやらお前がチキューという世界から輪廻転生を果たしたように、メリーやドナリア、アスハもまた、十七年前に行方不明となっていた時期、チキューへ輪廻転生を果たしていたようだ」
「……なんだって?」
クシャナが思わず手を止めそうになったが、そこでフェストラが「手を止めるな庶民」と警告する。
「アマンナによる管制室占拠はなるべく時間を稼ぐよう命じてあるが、流石にアイツ一人で一時間以上の時間を稼ぐ事は難しいだろう。なるべく早く、多くの情報を取得し、早急にここから出るぞ」
「っ、分かってる。……でも、私が地球からこの世界に輪廻転生したように、メリーたちもこの世界から地球へと輪廻転生を果たしたって、そんな偶然があるのか?」
「ある筈がない。だからお前にドナリアの情報を取得しろと命じたんだ」
意味が分からないと思っていた、ドナリアの情報を閲覧する理由。それを聞いてクシャナも、読み進める手を早めていく。
「メリー、詳細をこの庶民へ語れ。手は止めるな」
「ええ。どうにも私達とシックス・ブラッドは、ある程度情報を交換する必要がありそうですのでね」
パラパラと、本当に読んでいるのかと訝しむ程に速読を行うメリーが、目を細めながらも本を閉じ、次の書へと移っていく。
「クシャナ君。フェストラ様の言う通り、私やドナリア、そしてアスハの三人は、この世界から日本の秋音市に転生を果たしたんだよ。二千二年三月十日の秋音市にね」
「秋音市……それに、三月十日……?」
クシャナは可能な限り記憶を思い返しながら、ふと気付く。
彼女がこの世界への輪廻転生を果たす事になった日、つまりクシャナが胸を刺され、死亡した日は、日付が変わって数時間経過した、三月十三日。
つまり、メリー達三人は、クシャナの輪廻転生を果たす三日前に、地球へと訪れていたというわけだ。
「やはりか。私たちの転生と、クシャナ君の転生は、どうにも偶然の一致ではなさそうだ。まぁ、元々その可能性は低いと考えていたがね」
「でも、それが偶然じゃないとして、どんな意図があって……?」
「それは恐らく、ここの何処かに記載があるのだろうね。……今の話を聞いて、何となく想像がついてしまったが」
メリーが読み進める本の背表紙を叩く。
それは恐らく――そうした仕向けを、ラウラ王がしたという意味なのだろう。
「ラウラ王が……私やお前達を、それぞれの異世界に転生させた……? 何でそんな」
「正直な所、それ位しか思いつかないからだよ。……話を続けようか」
メリーは日本時間における三月十日に、自分自身とドナリア、アスハという三人が同時に秋音市で生を祝福されたが、彼らはそれぞれの特性を有したまま転生を果たしたという。
メリーは顔面奇形、アスハは盲目と触覚失認、ドナリアはとある起業家の次男という特性だ。
「ドナリアは特性としては弱いかもしれない。けれど事実、彼にはその程度しか特性と言う特性を持ち得なかった」
「紛いなりにも、帝国王の第二子だろ? ラウラ王の第七世代魔術回路みたいに、何か秀でたものがあったんじゃ」
「無かったんだよ。……ドナリアはね、前帝国王・バスクの子ではあるけれど、母親が前帝国王妃・ターニャの子ではなく、行きずりの女との間に生まれた子供だったんだ」
前帝国王・バスクは、行きずりの女と交わり、その間にドナリアという子供が生まれた。バスクは第六世代魔術回路を有していたが、女は魔術回路を持たぬ平民であったらしく、結果としてドナリアはラウラと異なり第七世代魔術回路を有さず、第四世代回路相当の強度と質しか持たぬ存在として生まれたらしい。
「今思えば実に興味深いよ。ドナリアは地球において成田正吾という名で産まれていたのだけどね……成田正吾として生まれた彼もまた、父親は兄と同じだが、母親は再婚相手だった。つまり兄とは母親が違うという特性まで一緒になっていたんだ」
ある意味では、そうした「資産家の第二子、それも第一子とは母親が異なる」という特性は、彼を最も表している特性なのかもしれない。
「とはいえ、前帝国王・バスクの子である事は変わりなく、また母親の公表はされなかったから、帝国王の第二子という事でやはり注目度は高かったし、彼自身はカリスマ性もそれなりにあった。だからこそ、今も多くの部下が彼を慕っているのだがね」
「……つまりまとめると、異世界転生における特徴は……『それぞれの記憶や特性を有したまま、新たな生命として異世界で産まれる』という事、なのか?」
「そうなのだろうね。……そしてまだ私が知らない事が一つ。クシャナ君は、一体どんな特性を引継ぎ、クシャナ・アルスタッドとして転生を果たしたのか」
メリーがページをめくる手を止めた。しかしそれは調査の中止ではなく、そのページに重要な情報があったが故に、目をそのページで泳がせているという意味だ。
「私達はこれだけ協力し合う関係にある。色々と事実関係を白黒はっきりつける為に伺いたい」
「何だ」
「クシャナ君は、前世……転生前からアシッドだった。違うかい?」
真剣な面持ちでページを見据えながらも、一瞬だけ視線をクシャナに向けたメリー。
クシャナがフェストラに伺い立てるように視線を合わせると、彼も頷いたので……クシャナはメリーの問いに「そうだ」と答えた。
「私は前世においてプロトワンって名前でアシッドとして生まれ、後に私以外に産まれたアシッドを全部喰い尽くして、赤松玲と言う名前を自分に名付けて、二十一歳まで……二千二年の三月十三日まで生き抜いたわけだ」
「だが、君はそこで異世界転生を果たした……アシッドとして本来死ねぬ筈の君を、何者かがこの世界でクシャナ・アルスタッドとして産み落とした……という事か」
合点がいった、と言わんばかりに、メリーがそれまで読んでいたページをフェストラへ渡し……フェストラもまた、メリーへ自分の読んでいたページを見せた。
「庶民。そっちはどうだ」
「……今、多分その異世界転生をした所に来た、と思うんだけど……」
クシャナが広げ、見せた部分には、ドナリアの記録が記載されている筈だが……そこからほぼ十七年間の記録は全て同様の情報が記載されている。
『工業区画廃工場の一角にて延命措置を施されながら仮死状態』
たったそれだけの文章が、一分毎に一回ずつ記入されていて、数十冊分はそれだけで埋まっていた。
「……繋がってきたな」
「ええ。まだ、色々と続きはありそうだ。故にまだ読み続ける必要がある」
「何が、そっちはどんな情報を仕入れたって言うんだ?」
そう疑問を口にしたクシャナに、フェストラが手渡したのは……約二十年前にラウラがどうした行動を取っていたかの記録である。
「時系列順に整理していこう。ラウラ王は二十三年前、後天的な非閉塞性無精子症となった。つまり……子供を産めない身体となってしまったわけだ」
非閉塞性無精子症は、先天的か後天的かの要因にもよるが、何らかの原因により、精巣内で精子を作る機能が低下もしくは停止してしまった為に、無精子状態になってしまった症状を指すと、メリーが注釈を加える。
「私はそこまで研究に没頭する事はしないが、魔術師にはよくある事らしくてね」
魔術使役の際に用いるマナは、時に有害な瘴気を放つ事もある。ラウラは優秀な魔術師であるが故に、そうしたマナの放つ瘴気の影響を受け続けた結果、種無しになってしまったのだという。
高位の魔術回路を持つ者が多く居ない理由にも繋がるが、特に第七世代魔術回路を持つラウラの場合、使役する魔術の質も相対的に高くなる。結果としてそうした影響を受けやすい環境であった事は間違いないだろう。





