ラウラ・ファスト・グロリア-01
アマンナ・シュレンツ・フォルディアスは、帝国城最深部にある帝国城管理区画の管制室に立てこもり、その強固な扉に加えて強化魔術及び物理的なバリケードを設ける事により、内部への突入に対して極力時間を稼げるように手を施した後、扉の外で幾人かの帝国警備隊員達が、防音扉の向こう側から何か声を張り上げている事だけを確認した。
ガンガンガンと扉を強く叩く音もするが、しかし扉を破るには相当の圧力を外部から与えるとしても、アマンナの施した幾つかの仕掛けを突破できる程の強化魔術を施した打撃が必要になる。
管制室の内部にいた警備は三人、しかし三人を気絶させ、しばらく目を醒まさぬように昏睡状態にしてある事、さらには目を醒ましても起き上がれないよう、両手足を縛り目は布で覆い口も縄を噛ませて、耳にも栓をつけてある。起きた所で何も出来ぬようにした。
「……わたしの仕業と、バレれば……即打ち首、ですね」
そうならないよう、万が一管制室に突入されても【時間停止の魔眼】を用いて、すぐに撤退出来るようにとフェストラが気を回した結果、彼女が管制室の占拠及び帝国城内に設置された魔導機の管理システムを書き換える役割を担った。
書き換えに際してもアマンナのマナを用いて書き換えを行うと魔晶痕から犯人を特定されてしまう可能性がある事から、ルトの用意した管制システムハッキング用の魔導機を用いている。
「……何にせよここからは、時間との勝負になります……お急ぎ下さい、お兄さま」
誰も聞いていない室内で、彼女の小さな声が響く。
彼女は既に自分の役割を終えている。後は彼女が何時でも撤退できるよう、魔眼を用いれる体力を残しておく事だけが、彼女の仕事であった。
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帝国城裏手に存在する焼却炉は帝国城内のゴミに加えて一部上流階級層地区の者達も利用する大型設備であり、その火力を流用した簡易的な火力発電システムになっていると言ってもいい。
ゴミ焼却炉として用いられる火力を用いて水を沸かし、発生した蒸気でタービンを回す。タービンの回転によって発電し、その電気を用いて一部帝国城警備に用いられる警備システムを動かしている。
ルトの仕事は二つ、一つは焼却炉の破壊と同時に火を帝国城に燃え移らせる事。
帝国城における消防管理は優秀で、多少のボヤ程度ではすぐに鎮火されてしまうが、これは帝国警備隊員の目を引き付ける、あくまで時間稼ぎ。
二つ目の仕事は、その簡易火力発電システムを担う発電機の破壊であり、発電室内部へと侵入を果たしたルトは、自作の次元爆破装置を設置して退避し、今そのスイッチを押した。
強い衝撃が帝国城全体を揺らし、帝国警備隊員達の動揺は計り知れない。しかしそうして緊張状態にある彼らの脇をルトは通り抜けながら、自らに与えられた仕事の完遂にホッと息を吐く。
「アマンナやフェストラ君の援護に行きたいけど……下手に動くと余計にトラブルを生みかねないわね」
小さく呟いた言葉と共に、今彼女とすれ違った帝国警備隊員達に「ごめんなさい」と一言だけ謝りながら、恐らく手薄になっている可能性があるファナの護衛にでも行くかと思案していた時……目の前から鋭い視線を向ける、エンドラス・リスタバリオスの姿を見た。
「やる事が派手だね、ルト」
「何が、かしら」
「今のボヤ騒ぎや発電室の爆破、加えて管制室の占拠は、君と君の弟子である、アマンナ君の仕業だろう」
エンドラスもルトも、視線を合わせる事無く隣り合いながら言葉を交わしている。
故に顔色は伺えないが、ルトもエンドラスも平然とした表情を作っている。
「何を言っているのか、理解できないわ」
「そうだな、確かに証拠は無い。君とアマンナ君の仕業だという証拠はね。本当に大胆な手だ、証拠さえ残らなければ方法は問わないというのは」
それ以上、エンドラスはルトに追及する事は無い。そう理解しているからこそ……ルトは気になっていた事を一つ、エンドラスに問う事とする。
「貴方はレナ・アルスタッドさんの命を守るよう、ラウラ王に命じられた者……そうよね」
「ああ。君がファナ・アルスタッド君を守る様に命じられた事と同じにね」
「私は、何故ファナちゃんを守るか、その真意を知らない。けれど貴方がレナ・アルスタッドさんを守る理由は、真意を伺っているのよね」
「それもまたその通りだ。しかし、それぞれの仕事においてその情報は必要か?」
顔色も変えず、自分の優位性を知っているが故の余裕を見せつけるエンドラスに、ルトは誰にも聞こえぬよう舌打ちをした。
「ラウラ王が何を考えているのか、貴方は知っているの?」
「どうせそれは、今調べているのだろう? ……ああ、そうか。それについて君が答える事は無いか」
エンドラスの表情が僅かに微笑んだようにも見えたが、しかし顔をそちらに向けると同時に、彼は歩み去ってしまう。
彼の背中を見据えながら、帝国警備隊員たちが多く押し寄せてしまった事を確認し、ルトはレナとファナの居ると思われる、フォルディアス家の邸宅へと向かうのである。
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帝国城全体が慌ただしい空気に包まれている中、とある施設内部の人員だけは平時配置と変わらぬ警備を続けている。
とはいえ電子回路制御の監視カメラや、それ以外のマナ制御警備システムの一斉停止という事態に際して緊急事態であると言う認識は変わらない様子の、帝国城地下施設内は、帝国警備隊員達が警戒を厳にして周囲の見張りを行っていた。
だが迷路のように入り組んだ構造をしている地下施設内の廊下は一つ一つの通路が短い上に、視界から隠れる場所も多い。
故にフェストラと、彼に連れられて共に行動するクシャナは物陰に隠れながら――先陣を切って突撃を図るメリー・カオン・ハングダムの背中を見据えている。
彼は複雑な通路の内容を全て覚えた上で警備員が一人のタイミングを見計らい、背後から近付いて首筋に衝撃を与えるだけで、気絶させていく。
警備隊員達を殺さぬのは、フェストラとそうした契約を結んでいるから故であり、気絶させた後は慣れた手つきで両手足を縛り、口を大きく開かせてモノを噛ませ、大声を出せぬように処置を施した後に、彼らを物陰に隠していく。
「クリアー」
英語で短く唱えた彼が、指を動かしてフェストラとクシャナに「こちらへ来い」とジェスチャーする。
「……アイツ、何を言っている?」
「ここは大丈夫って意味。地球における軍事言語……って言っていいのかな? 私もあんまり、詳しくは知らないけど」
煮え切らない様子のクシャナだが、今は地下施設周囲の壁……正確には「壁一面に敷き詰められた本棚と、そこにしまわれる本」へと注目している。
「ここ、何?」
「歴代帝国王や帝国王候補達の行動を逐一記録する行動管理魔導機が、四世代前から導入されてな。彼らは帝国王候補となった瞬間から魔導機の肉体埋め込みが義務化され、何か問題があった場合には証拠として提出出来るようにされている」
例えば現状ではラウラ王に加え、フェストラや他数名の十王族が次期帝国王候補として行動管理魔導機を肉体に埋め込まれている。
これを排する事は出来ず、また彼らの行動は逐一自動記録が成され、情事であっても詳細に記録が成されると言う。
「……え、ていう事はお前がここに侵入してる事とか、全部記録されちゃうって事じゃないの?」
「問題無い。基本的には情報機密の観点から、問題が確認された場合に当該人物の一部情報のみ、閲覧が許可されるだけだ。例えば今からラウラ王の情報を読んだ所で、後に調査されるのはまず『閲覧者がどこを閲覧したか』だけで、いちいちオレや他の帝国王候補の情報まで閲覧はしない」
だが、裏を返してしまうと「今回の事態にフェストラが関与していた」と少しでも証拠が残ると、彼の行動管理情報が調査されてしまい、ラウラ王の情報を不正に閲覧したという事で、重罪は免れないという。
「まぁ、重罪と濁したが、死罪の可能性は高まるだろうな」
「お前、無茶し過ぎだ。ていうかこんな事しなくても、お母さんに聞けば色々と教えてくれる筈なのに」
「バカめ。レナ・アルスタッドがどれだけ正確な情報を持ち得ているかも分からん上に、彼女の記憶や印象が意図的に操作され、誤情報を植え付けられている可能性も否定できんだろう」
フェストラも、レナから引き出せる情報に信憑性が全くないと考えているわけではないが、しかし人の記憶と言うのは得てして曖昧なものであり、かつレナが知り得る事が全てであるとは到底言えない。
「情報と言うのは信憑性と多角的な精度が必要であり、行動管理魔導機による記載というのは実際に行った行動を絶えなく記録するもので、信憑性が非常に高い。これにレナ・アルスタッドの証言を併せれば、情報精度はより高まるだろう」
何にせよ、地下施設への侵入とラウラ王の情報閲覧は必要であったとして、クシャナを納得させる。
「……私を連れて来た理由は?」
「ないとは思うが、オレとメリーの二人で行動をするとなれば、奴がこの状況で裏切った場合、少なからずハイ・アシッドである奴が状況としては有利となる。そうさせぬよう、戦力差でアイツに勝っておきたいという考えからだ」
後は――と、フェストラはクシャナの動きを制し、物陰に隠れさせた上で、巡回をしている警備隊員をメリーに気絶させ、処置を施させた上で、メリーと合流する。
「今ので全員か?」
「ええ。ルトの情報が確かならば、これで十二人です。今の一人で最後の筈ですね」
「……コイツの力を借りなきゃいけないってのは気に食わないけど」
「おやおや、私はどうにも嫌われているようだね」
メリーとフェストラ、クシャナの三人で、一番奥の通路にある現帝国王・ラウラの情報が記載されている棚を見つけ、その背表紙に指を向ける。
ラウラ王の棚や、その隣にある次期帝国王候補の棚はまだ空洞が残っていて、近くに設置されている行動管理魔導機から送信されている行動記録自動筆記魔導機が、現状の彼らについても記載を続けている。





