ガルファレット・ミサンガという男-10
「ねぇねぇヴァルキュリアちゃん。ヴァルキュリアちゃんはフェストラ様と仲が良いのかしら?」
フェストラ邸に用意された、アルスタッド家住いとしての部屋、その広々とした空間に用意されたソファに腰かけるレナが、輝いた目で同席するヴァルキュリアに問いかける。
その口調はクシャナと婚姻を前提に付き合っている(と嘘をつかれている)事に、どこか興奮を覚えているような口調で、既に似たような質問をヴァルキュリアは三度ほど聞かれている。
「その、仲としては普通であります。確かにフェストラ殿の功利主義思考は、ある程度好ましいと考えはするのでありますが……」
「そうなのね、フェストラ様はそういう十王族なのね。でもウチのクシャナも昔からお金の動かし方を知ってる、私の子供にしては聡い子だったから、身分の差以外はお似合いかもしれないわね……身分を越えた愛情! 私知ってるわ、本でいっぱい読んだもの!」
「お母さん、ヴァルキュリア様ちょっと困ってるから、あんまりはしゃがないで……アタシ恥ずかしい……っ」
顔を赤くしながら俯き、そう嘆くファナ。ファナもどうしてそんな事になっているのかを知っているから落ち着いているが、最初に「クシャナとフェストラ様がお付き合いをしているのよ」と聞いた時には驚き興奮していたと、ヴァルキュリアは記憶している。
「あの子も大きくなったものね……クシャナったら昔から女の子を追いかけてばっかりで、何だったら母親の私や妹のファナまで誘惑するような、子だったのに……でもちょっとだけ、お母さんフェストラ様に妬いちゃうわ」
「お、お姉ちゃんはお姉ちゃんなりに、色々と考えてるんだよー」
ファナの棒読みに近い言葉、しかしレナはそうした違和感に気付く事なく妄想を滾らせる。
「きっとフェストラ様には、あの子の趣向を覆す何か魅力があるのね! お母さんとしても、娘の結婚相手には厳しく目を光らせておかないと。特にエッチな事は厳禁。二人ともまだ学生、そしてまだしっかり定職についているわけでも無いのだから、そうした節度はしっかりと守らないよう言いつけておかないとね!」
フェストラとクシャナによる情事……それを一応想像してみたファナとヴァルキュリアだが、そうした話になっただけで、二人同時に近くの水場で嘔吐しながら罵倒し合い、情事どころかルール無用の殺し合いが行われている光景しか思いつかずにいる。
「で、でもお母さん! お姉ちゃんってばフェストラ様にも何時もと変わらないカンジだよ? その内に愛想つかされちゃうんじゃない? あんまり期待しない方が良いんじゃないかなぁ~……なんて」
いざ各諸問題が鎮静化した時、二人が円満に別れられるようにフォローを忘れないファナ。ヴァルキュリアには至らなかった思考で、彼女は(ファナ殿素晴らしいジャブである!)と心の中で称賛をする。
「そう、それだけが心配なのよ……あーもう私にしっかりとした交際経験とか大人の女としての知恵があればいいのだけれど、私ってばそういうの経験せず母になっちゃったから、こういう時クシャナになんてアドバイスしてあげればいいか分からないわーっ!」
頭を抱えて嘆くレナの言葉……その言葉に、どこか引っかかるファナが、何気なく問う。
「お母さんって、そういうお付き合いとか、全然した事ないの?」
「ええ、実は全然……お母さん結婚もしてないし、婚姻におけるアレコレとか、小説で読んだ事しかないから本当の所を知らないし……」
と、そこでハッと口を押えたレナが、汗を流しながらファナを見る。
困惑するファナと目が合い、レナは慌てて弁解をし始める。
「ち、違う。違うのよファナ、えっと、その……っ」
「お母さん……結婚した事無いの? じゃあ、お姉ちゃんとかアタシのお父さんって……アレ?」
レナは嘘が苦手だ。故に「言い間違えだ」とでも言ってすぐに訂正をすればいいのにも関わらず、言葉を詰まらせ、頭を混乱させながら、弁解にもならない言葉をただ漏らすだけだ。
「その、えっと……お父さんは……」
そして……今レナが口にした事実は、ヴァルキュリアにとっても初めて聞く事であり、その事態を飲み込める者がいない事も、事態の悪化を招いたと言ってもいい。
沈黙が三人の間を漂い、しばしの時を経て、ヴァルキュリアが問いかける。
「……母君、その……先ほどの言葉は、真なのでありましょうか……?」
「……えっと、そうなの。私、結婚歴は、無くて……」
視線を泳がせ、言葉を探るレナ。この状況を、本来であればヴァルキュリアが上手くまとめて、一度会話を中断させる事が好ましい筈だが……しかしヴァルキュリアは徐々に明かされつつある事実を前にして、興味を持った。故に、問うてしまったのだ。
「ねぇ、お母さん。アタシとお姉ちゃんのお父さんって、誰なの? 結婚してないのに、なんでアタシたちが生まれたの……?」
「その、色々と、大人の事情があって……」
「その大人の事情を聞きたいの! アタシ、もう大人だもん、そういうの知っておきたいし、お姉ちゃんだって知りたいって思ってるはずだもんっ!」
今まで黙っていた事も合わさってか、ファナの口調は少し荒げている。
生まれてから会った事も無い父親、そしてその父が死んだと教えられてきたにも関わらず、その結婚歴までが無いと知った今、そうした疑問を一つ残らず解消したい、と考えている事は確かだろう。
困ったように、ただ視線をファナから逸らそうとするレナだったが……しかしそこで、部屋のドアを開けて入ってくる、一人の少女がいる。
「お母さん、そろそろいいんじゃないかな。ファナに色々と教えても」
レナの娘で、ファナの姉である……クシャナ・アルスタッドだ。
「く、クシャナ殿……申し訳ない。少し、話がこじれてしまい……」
「ううん、ヴァルキュリアちゃんは悪くない。……それに、私もいい加減ハッキリさせておきたい事が、幾つかあるからね。いい機会だ」
レナの座るソファとは対面の席に、ドッシリと腰を据えるクシャナ。その瞳は、真剣にレナの目を捉えている。
「ファナについて、私とお母さんはずっと黙っていた事があるでしょう」
「……ええ、そうね」
「それに私も、お父さんについては知っておきたい。……ちゃんと、教えて欲しいんだ。色々と」
お願い、と頭を下げるクシャナに……レナは幾度も口を開閉させ、何と言葉をかければいいか、それだけを考えるようにしていたが……やがて諦めたように、フゥと息を吐いた。
「……ファナ、あのね。貴女は……っ」
ファナに向き合い、彼女の手を取ったレナが真実を告げる――そう誰もが注目していた、まさにその瞬間。
バチンと、弾ける様な音と共に、部屋全体を彩っていた魔導機の灯りが、一斉に落ちた。
「、クシャナ殿!」
「こんな時に……!?」
ヴァルキュリアとクシャナが同時に立ち上がり、ヴァルキュリアはグラスパーに手を伸ばし、クシャナはスカート内の太ももに巻かれたホルスターに備えられたマジカリング・デバイスを何時でも取り出せるように準備をしつつ、ファナとレナを守る様に周囲を警戒する。
「え、あの……な、なにがどうなって……」
困惑するしかないレナがファナの身体を抱き寄せながら、自分たちを守ろうとしているヴァルキュリアとクシャナに問いかけるが、しかし二人は二人で目配せをして、意思疎通を図る。
(帝国の夜明け、であるか……?)
(昨日の今日で帝国城への襲撃を図るとは考え辛いけど……少し、二人をお願い)
ヴァルキュリアへ二人の護衛を任せ、クシャナがドアノブに触れて、ゆっくりと外の様子を伺う。
どうやら停電は目に見える範囲で、フェストラ邸以外にも帝国城全体に及んでいるようで、常時帝国城を警備する帝国警備隊の人間が、慌ただしく動き回っている様子も見受けられた。
一度ゆっくりと扉を閉め、クシャナは警戒するヴァルキュリアと隣り合って、小声で言葉を交わす。
(やっぱり、帝国城全体が慌ただしい。ただの停電じゃなさそうだ)
(しかし灯りは全て、マナ制御式の魔導機であるぞ? それも全灯を停止させるとなれば、管制室で管理しているマナ制御回路の書き換えを行ったとしか……)
(何にせよ状況が分からないと、お母さんとファナをこの部屋で守り続けるか、避難させるかも判断がつかない……)
フェストラという参謀がいない状況で下手に動く事は避けるべきだが、もし動かずに危険な状況になる事は避けたいとなると――
「ヴァルキュリアちゃん、二人をお願い」
「……了解したのである」
「お母さん、私が色々と様子を見てくるから、絶対にここから動かないで」
「クシャナ、大丈夫なの? 何かあったのなら、この部屋でジッとしていた方が……」
「大丈夫。帰ってきたら、ちゃんと話をしよう。ファナもそれまで待っててね」
「うん……お姉ちゃん、気を付けてね?」
「ああ。後でお母さんと一緒に、お話ししないといけない事を全部伝えるよ」
扉を開け、帝国城の邸宅塔の廊下に姿を現したクシャナは、その手にマジカリング・デバイスを握った状態で、慌ただしい帝国警備隊員の人間をつけるように進んでいく。
「裏手の焼却炉だ! 早く消火班を!」
「制御室からの応援要請だ、行くぞ!」
帝国政府棟の裏手には大型焼却炉が存在し、この焼却炉が何者かによって破壊された結果、その火が帝国城の木造個所に燃え移り、ボヤ騒ぎとなっているらしい。
だがどうやら焼却炉の破壊に合わせて帝国城全体の警備を統括する管制室も何者かによって占拠されたらしい。
占拠した者の詳細は不明だが、制御室に存在する城内魔導機の管理システムを乗っ取られ、全ての警備装置が止まっているという状況らしい。
(焼却炉と、制御室……? もし帝国の夜明けが今回の件に関わっているとして、何故そんな事を……?)
何かの作戦なのか、そう考えながらまだ情報を集める必要があると考えたクシャナが、一度管制室の方へと出向こうとしたが――そこで空き部屋の一つが突然開き、クシャナの手を無理矢理引いて部屋の中へ招いた後、その口を手で覆った。
「むぐぅっ」
「落ち着け庶民、俺だ」
「ふぇ……フェストラ……?」
クシャナの口を覆っていた手を離し、彼女が落ち着いた事を確認したフェストラと……彼の隣にいる見覚えのない男が、見覚えのある笑みを浮かべた。
「やぁ、クシャナ君。先日はどうも」
「……お前、メリーか? 何故、フェストラと一緒にいる?」
「少し事情があってな。……せっかくだ、お前も共に行くぞ」
「どこへ?」
「地下施設だ。――色々とキナ臭いラウラ王の秘密を、丸裸にする為の調査をする」
何が起こっているか、それを理解できずにいるクシャナであったが……しかしフェストラの言葉を聞いて口を閉じ、メリーを睨みつけながらも、頷くのである。





