ガルファレット・ミサンガという男-09
この世界における機械制御は二通りの制御方式が存在する。
一つはマナを用いたマナ制御方式を採用している【魔導機】であり、擬似的なマナ貯蔵庫とマナ制御回路を有している事で、単純な命令をこなす事を得意とし、半永久的な稼働を可能とする。だが魔導機内部のマナ制御回路は魔術師が命令の書き換えを行う事で簡単に無力化する事が可能となるデメリットも存在する。またマナを受信する関係上、マナの流れやマナの視認が可能となる優秀な魔術師であれば、どこに設置されているかを即時判断できるという難点もある。
もう一つは電力を用いた電子制御装置であり、こちらはマナではなく電力を用いて稼働する。電力供給システムが普及されていないこの世界においては、一部電力供給が行える施設でしか用いられていない汎用性の低さこそ問題点ではあるが、しかし魔導機のような書き換えは殆ど出来ず、またマナを用いない関係上見つけ出す事が困難という利点もある。
結果として、どこに電子制御式の警備装置が設置されているか、それを知る事が侵入に必要な情報であるのだが、そうした情報はどこにも残されておらず、場所を特定するには、実際に現場を見なければならない。
「で、どうするつもりだメリー。貴様が面子を集めたのだから、貴様に何か手があると考えて良いのだろう?」
フェストラが尋ねると、メリーは自信ありげに微笑みながらも……しかし首を横に振る。
「全く、ありません」
「何だと?」
「申し訳ありませんが、私には十七年間のブランクがあり、帝国城内部の構造や機材配置個所などは収集しておりません。帝国政府棟については幾度か侵入に及んでおりますが、地下施設と帝国王関連の場については、流石に侵入は難しい」
「罪の言及か」
「今更帝国城への侵入程度の罪状がなくなった所で、死罪は免れませんのでね」
開き直った人間ほど恐ろしいものもない。ため息をつきながら、フェストラはルトとアマンナへ視線をやると……ルトが地下施設の地図に一つ一つ印をつけていく。
「帝国城地下施設は複雑な迷路状に形成されているわ。基本的には監視用カメラの設置が主だったものだけれど、カメラの破壊が確認されればすぐに警報装置が作動する」
「カメラは電子制御か?」
「ええ。それ以外の通行者を認識する認証センサーはマナ制御式だけれど、こっちは私とアマンナの持っている認識阻害魔導機があれば十分に対処可能よ」
四枚のカードにも似た機械を取り出したルトが、その内の一枚をフェストラに、もう一枚をメリーに向けて差し出して、それを受け取る。
「加えて資料には一つ一つに管理タグが設定されていて、事前申請無しにその場所から持ち出しが確認された場合、これもまた城内の管制室で警報が鳴り響く」
「認識阻害でどうにか出来んか?」
「無理ね。私達の認識阻害はあくまで日常における私達の存在を違和感のない形に落とし込む程度のモノでしかないから、有事にはほとんど作用しないわ」
認識阻害術については応用が利く便利なものではあるが、基本的には平時において有効となるものであり、異常事態や緊急事態に際しては人間の判断能力は通常と異なるものとなる。
故に潜入までは容易やもしれないが、潜入後「カメラに映る」や「認識センサーに識別される」等して警報が鳴れば、その状況を異常事態とした見張りが警戒を始め、阻害術の効果は薄まっていく。
その状況においてもある程度認識させ辛くする事自体は可能だが、出来てその場からの逃走程度だろう。
「一度侵入が発覚すれば、すぐに厳戒態勢が敷かれてしまう。そうなれば再侵入はほぼ不可能になるでしょうし、もし私やアマンナ、フェストラ君が侵入した証拠を掴まれれば、言い逃れは出来ない」
「だが逆に言えば、今回の侵入で必要な情報を入手し、オレ達の関与が疑われぬように動けば、二度目の侵入は想定しなくてもいい、という事か」
目を細めながら押し黙るフェストラの脳内には、幾十にも及ぶ作戦が思案されている事だろう。
メリーも同様に地図を見ながらコーヒーを一口含み、チラリとアマンナを見据える。
「……アマンナ君。一つ質問をいいかな?」
「お答えはしません」
質問はしても良いが答えはしないぞと圧力をかけるアマンナに、メリーはそれでも問いかける。
「君の持つ魔眼についてだ。左右の魔眼、内の一つは『不干渉の魔眼』であると考えているが、これに相違は無いかな?」
アマンナは答えない。ただコーヒーの中に砂糖とミルクを幾本幾個も投入し、どれだけカサ増ししても口をつけないでいる。
「答えないか。しかし聞きたいのはもう一つの方だ。フェストラ様はご存じなのでしょう?」
「知ってはいるが、敵である貴様に教える義理はない」
「手厳しい。しかし、フェストラ様さえご存じであれば問題はありません。フェストラ様がアマンナ君の魔眼について理解しているなら、その魔眼も含めた作戦を考慮する事でしょう」
アマンナには右左方共に効果の違う魔眼が存在する。魔眼は共に強力な力を有するが故にメリーへは知られたくはないが、しかし上手く使う事で今回の事態において有効に働くだろうという考えは、フェストラも同様に思考した。
「ルト、一つ聞くぞ。帝国城における電力供給システムは、どのようにして賄われている?」
「基本的には小型火力発電ね。あくまで帝国城における警備システムの一部に使われているだけだもの、そう大掛かりな仕組みは必要ない」
帝国城裏には焼却炉と連動した小型火力発電システムが組み込まれていて、そこから一部電力を必要とする監視システムに電力を送っている。
フェストラもそうした発電システムについて知識自体は持ち得ていたが、念のためにルトへ確認すると、それ以外の発電方法は現状無いとの事だ。
「……幾つか不確定要素は孕んでいるが、これならいけるか」
呟いた言葉に、メリーが興味深そうな視線を向けながら、耳を傾ける。
「ちなみにメリー。お前はもし二手に別れる必要があるとして、潜入して情報を入手する側と後々情報を聞く側であれば、どちらがいい?」
「それは勿論潜入して情報を入手する側ですよ。フェストラ様達だけで情報を入手し、協力した私には一切の情報を与えず、という事もあり得ますので。そうでなければ私は今回の件から降りさせて頂きます」
「むしろそっちの方がオレとしても都合は良い」
フェストラが何を言っているのか、ルトにもアマンナにも理解は出来なかったが、しかしその意味を探る理由もない。
フェストラが三人と視線を合わせ、語っていく作戦を聞けばいい。
しばしの時、フェストラしか言葉を発さぬ時間の中で、店の中で響く喧騒が彼の声をかき消してくれる。
「面白いではありませんか」
フェストラの述べた作戦に、まず真っ先に称賛したのはメリーである。しかし、ルトとアマンナは若干懐疑的だ。
「それは……上手く、行くでしょうか」
「そうね。私としても非常に心配よ。むしろ、少しでも失敗すれば、私達よりもフェストラ君に責任がのしかかるわ」
「そもそもお前たち三人が無理に強行して失敗したら、アマンナの上官であるオレが罰せられる可能性が高い。知ろうとしている情報が情報だ、可能な限り不確定要素を排した上で万全を期すべきだ」
フェストラとしても失敗するつもりはないが、しかし失敗した時に責任を被るとすれば、それは自分であるべきだとしていた。
「今回、オレはあまり大きく動けない。動いた所で役に立たんからこそ、お前達三人の力が必要になる。なのにその不始末を、メリーはともかくお前たち二人に押し付ける事は出来ん」
これは王たる者が有するべき矜持の問題だ、と。
フェストラは作戦内容に反論は許さないと言わんばかりに立ち上がり、店を出るぞと促した。
「……ダメ、フェストラ君。やっぱり私は反対。だってあまりに貴方が危険すぎるもの。兄さんにとって、貴方という存在は邪魔でしかない。今回の事態で情報を得られずとも、フェストラ君を打ち首に出来るこの機会にわざと失敗して、私達の足を引っ張る事だって」
「いいや、それはない。むしろ……【帝国の夜明け】はあの庶民以外の排除は望んでいないだろうよ」
店員に料金とチップを払いながら、メリーに視線をやりながら「そうだろう」と答えを求めたフェストラに、彼は微笑を浮かべる。
「どういう事……?」
「帝国の夜明けとしては、自分たちに対抗し得る力を持つクシャナ・アルスタッドや、ファナ・アルスタッドというイレギュラーは目障りだ。だから可能な限り排除したいと考えている。しかし、オレは今のラウラ王による統治を瓦解させた後に国の建て直しに有用な存在として生かしておきたいと考えている」
過去に二度、ドナリア・ファスト・グロリアという男はフェストラを殺す機会に恵まれたが、どちらにおいても彼はフェストラを同志として迎え入れる事を考えていた。
そしてそれ以外においても、アスハやメリーがフェストラという男を殺す事は出来た筈だ。
「オレはこれまで、意図して警備を薄くしていた事もある。しかしどうした状況においてもオレを暗殺する様子だったり、無力化しようと模索しているような様子もない。つまり、コイツ等としてはオレを殺したくはない、という事さ」
加え、グテントへ潜入したヴァルキュリアとアマンナをアスハが殺害しようとした時、アスハが何者かに命じられて二人の殺害を止められたという。
その命じた者は当時分からなかったが、今にして考えればメリー以外に考え辛い。つまりメリーとしてはヴァルキュリアとアマンナも生かしたいと考えている、という事だ。
「今回の作戦は失敗がオレの死に直結する。コイツとしてもそれを避けたい状況では、可能な限りオレの作戦通りに動いてリスクを減らす他ない」
フェストラは今回、意図して自分の命を賭して、作戦を三人に委ねる事となる。
その「命を賭して」という行為そのものが、敵であるメリーを可能な限りこちらの思惑内で動かす為に必要な事であるのだと知った瞬間……ルトは思わず唾を呑んだ。
「……フェストラ君、貴方……死ぬのが怖くないの?」
「死を怖がり、必要な事柄から目を逸らすような男でも居たくないつもりさ。オレはあくまで、盤上にある駒の一つでしかない」
店を出たフェストラに続くアマンナと、そんな二人に笑みを崩すことなく面白そうな表情を浮かべているメリー。
そんな三人の背中を見据えながら……ルトは渋々という様子で三人に従うのである。





