ガルファレット・ミサンガという男-08
だが――ガルファレット先生は、構える事も、手を出す事も、何も出来ない。
ただ押し黙って……目を閉じるだけだった。
『貴方は、確かにご両親から大いなる力を与えられた。けれどその力を、ご両親はどんな風に使って欲しかったのでしょうね』
『……それは』
『いずれ帝国騎士に必要な力としてかしら。それとも貴方の言うように、人を殺す事だけに遺した力だったのかしら』
『わかりません。もう、今となっては』
『そう、分からないのよ。人は死んでしまえば言葉を発する事など無い。そしてもし、生きていたとしても……貴方の生き方を、在り方を決めるのは、他でもない貴方よ』
在り方。
誰もがその意味を求め、誰もがそれに殉じようとする意味を含んだ言葉。
ガルファレット先生は、自分の力が両親に与えられた事で、両親の与えた力を発揮できなければ意味が無いと、強迫観念に蝕まれていた。
けれど、その力を使うかどうか、どう使うべきか、それを決めるのはあくまで、ガルファレット先生本人であると、シガレットさんは説いた。
『私は貴方に、その力をどう使うか、それを自分で考えて欲しいわ。もしそれでも、自分の在り方が人を殺す事にしかないと言うのなら、このまま私を殺し、好きな場所へお行きなさい』
――だけど、そうでないのなら。
シガレットさんは、広げていた手を、真っすぐガルファレット先生に向けて伸ばし、今掌を差し出した。
『私は貴方の様な騎士に、我が身を守護して欲しいわ。貴方が壊したり、殺したりする為だと思う力は、誰かを殺める事無く、大切な人を守る事が出来るのだと証明する為に……この年老いた婆を、守って欲しいの』
どうでしょう、と首を傾げる老婆の表情は、笑顔のまま。
そんなシガレットさんだからこそ――ガルファレット先生は、彼女の言葉を真っすぐに受け止め、その手を取る事が出来たのだろう。
『……お約束します。父と母に与えられしこの力を以て、如何な相手であっても貴女を御守りする事を』
『嬉しいわ。……これから、私が老衰で死ぬまでの間に、たくさん悩みなさい。たくさん迷いなさい。その度に、私へ打ち明けて頂戴。その度に、私が表せる言葉で、貴方の気持ちを確かめてあげるから』
後に、ガルファレット先生は知る事になる。
シガレットさんが亡くなる時、同じ場所、同じ車いすの上で、かつて殺した者たちや、助けられなかった者たちの嘆きで、ずっと彼女が苦しんでいた事を。
その苦しみを、ガルファレット先生が知る事のないようにと、そう願ってくれた事を。
「俺は、間違え続けていた。父と母に与えられた力を自分の才能だと過信した事もそうだが……その力をどう使うか、それを決めるの、他の誰でもない、結局は自分自身なのだと、気付かずにいた」
「……そんなの、分からないですよ。普通」
「そうかもしれない。でも俺はシガレット様のおかげで知る事が出来たんだ。だから俺は……同じように悩む子供がいるのなら、そうした子供に自分自身の在り方を見つけられるような、そんな存在になりたいと願った。そう願うのならば、俺は自分が死ぬ最後の時まで、暇であり続けなければならないのだ、と」
「それでも、先生は戦うんですか? アシッドと……帝国の夜明けと」
「ああ。ヴァルキュリアにも言ったが、この老兵が戦える戦場がある。それだけで剣を振るうには十分過ぎる理由だ」
「それで、誰かを殺してしまうかもしれなくても?」
「剣を振るうという事は、必ずしも相手を殺すという事じゃない。……俺は、シガレット様と約束をした。だから、絶対に人は殺さない」
もう、深層意識は見えない。
シガレットさんが笑顔と涙を浮かべる最後を見届け、頬を伝う涙を拭わない先生の後ろ姿が、段々と朧気になっていく。
因子が力を失い始めている。彼の目論見通りだった。
「クシャナ。ずっと、聞けなかったことがある」
「……なんですか?」
「お前は、アシッドとしての力を持つから戦うのか? マホーショージョだから戦うのか? ……それとも、お前自身だから、戦うのか?」
私が戦う理由。
今まで、散々私は色んな理由にかこつけて戦ってきたと自分でも思う。
最初、プロトワンの時はそもそも「戦う理由など存在しなかった」のだ。ただ戦わなければ喰われて死んでいただけで、あの時にはそうして「生きたい」だとか「死にたい」だとかを考える事なんてなかった。
赤松玲の時は、どうだっただろう。最初は生き残った私が出来る最上の人生を送ろうとして、私はそれに成功した。大学を出て、企業に属し、お金を溜めてから個人投資家として大成し、好みの女性を抱いて、人生が喜びに充ちた中で死に行こうと考えて、それでも死ねないと考えていた時、私はこの世界へと輪廻転生を果たした。
この世界に訪れてからは……色々な理由があって戦った。
最初は魔法少女としての力を手にして、自分にしか戦えないと、そうしなければフェストラもアマンナちゃんも死ぬという状況だったから、そうして。
今は、もっと沢山の仲間や命が身近にあって、それらを守る為にと戦う。
でもそれは……。
「私は……私自身だから、戦うんでしょうね」
「そうか……安心した。もし、お前がアシッドだからだとか、マホーショージョだからだとか言うのなら、俺はお前にこれ以上戦わせたくないと考えていた」
確かに、魔法少女としての力があるから、アシッドとして帝国の夜明けに対抗できる力があるから戦うというのも、あながち間違いではないけれど……それは私が「戦わなければいけない」と思う理由じゃない。
結局、私は「私が持てる力を以て、私の意志で誰かを守りたい」のだ。
正直、それさえ出来れば私は、何時死んだって構わない、自分なりの幸せを手にする事が出来るんだ。
「……多分だが、これから俺達は、帝国の夜明け以上に強大な存在と戦わなければならないのかもしれない」
「帝国の夜明けよりもって、それはやっぱり」
「ああ。俺も良くは知らないが、恐らくこの国の中枢に至る存在、十王族やそれに準ずる存在だろうな」
ルトさんやエンドラスさんのような命じられし者が、ラウラ王によってファナやお母さんを守っていた。そこから見えてくるのは、このグロリア帝国という国そのものが敵となる可能性だ。
「もしかしたらお前や、お前の家族にも秘密があるかもしれない。……俺なんかの身の上話で詰まらなかっただろうが、少しでもこうした闇に触れておけば、きっとお前の心を支える要因にはなるだろう」
どんな辛い現実が待ち構えていても、決して負けるなと。
ガルファレット先生は私の頭を撫でた後、入ってきた部屋から出る為にドアノブを握る。
「身体を休めておきなさい。俺は、俺なりに出来る事をする」
「ガルファレット先生は」
「うん?」
「この国の在り方とか……そこに疑問はあるんですか? 帝国の夜明けみたいに、この国を立て直したいとか、やり直したいとか、そんな野望は無いんですか?」
「そうだな。無いと言えば嘘になる。二度と俺の様な子供が生まれないで欲しいと願うし、この国のエリート教育思想は性に合わん。――しかし、俺は帝国の夜明けみたいに、過激めいたインテリ思想のやり方も好きじゃないし、そほどこの国に絶望もしちゃいないさ」
まだこの国でも、出来る事はある。そんな過激な手段を用いなくても変革を果たす事は出来る……と。
そう笑いながら部屋を出ていくガルファレット先生の後ろ姿は……総計三十八年以上生きて来た私にとっても、やはり大人な背中に思えるのだった。
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帝国城は主に、三つのエリアに分けられて構成されており、それぞれが独立した城の棟として設けられている。
それぞれに行き来する為の渡り廊下などもあり基本的に出入りは自由だが、所せましと見張りの帝国軍人や警備隊、見張り以外にも給仕の人間が行き来する事から、人目を気にして行動していても、基本的には目撃される事が多い。
三つの棟を分けると、まずは帝国城外からも見える帝国政府棟が目立つ。大広間から直接門を通った場所にあり、フェストラの執務室もここに存在するが、基本的には日夜人の出入りが激しい場所でもある。
そこから渡り廊下を用いて抜けた先に、帝国城内の部屋を邸宅として用いる邸宅棟があり、ここに住まう事も可能となり、フェストラやアマンナはここを家としているが、大抵の十王族やそれに準ずる家系の人間は、主にシュメルの高所得者層地区に家を設け、そこに住まっている。故に広さはあるが人通りは少ない場所でもある。
そして残り一つが帝国王の為に用意された棟であり、ここへの出入りは厳重な警備が必要となる。危険物の持ち込みは勿論だが、基本は十王族であっても許可なく立入が禁止されている。
「表向きは、この三つのエリアしか無いと言われているけれど、実際にはもう一つだけエリアが存在する」
「地下、だね」
ルトの確認と言うべき言葉を受け取り、サラリと答えを放つのは、彼女の兄であるメリーである。
ルトもため息をつきながら「その通り」と頷きつつ、地下施設の地図を広げた。
「地下施設は帝国政府棟にある十王族用資料室と同様に、多彩な情報が蓄積されているのだけれど、それ以上に膨大な数があるのは、勿論グロリア帝国の歴史上においても重要と言える、帝国王の記録も多く残されている事」
今四人がいる場所は、帝国城から少し離れた場所にある喫茶店の椅子で、フェストラはその椅子の質感に「硬い」と文句を付けながら、しかし黙ってルトの言葉を聞いている。
認識阻害術に長けた三人と共に居ると、目立つ上に民衆への認知もされているフェストラが座っていても、彼がフェストラであると認識出来ないだろう。
「当然この地下施設にはラウラ王の情報も蓄積されている筈――けれど問題は単純な一つ。警備の厳重さよ」
「通常の警備に加えた警備魔導機、さらに電子回路設計された警備装置が数多く導入されているから、私達ハングダムの有する認識阻害術でも感知されずに内部への侵入は難しい、という点だね」





