ガルファレット・ミサンガという男-07
「もし、今の俺が本気で暴れれば、例え相手がゴルタナを装備していても殺してしまえただろう。けれどその時は、敵味方の識別さえも出来ず、近くにいたヴァルキュリア達も巻き込んで暴れまわっただろうな。……過去に一度だけ、本気で暴れまわってしまった事があるが、その時に死者が出なかったのは、偶然が重なった結果だ」
子供の頃にも幾度か、そうした狂化が原因で暴れまわった事もあったらしい。
友達を傷つけた事も何度かあり、自分の力に疑問を感じた時もあったという。
けれど……ガルファレット先生の両親は、それを「素晴らしい才能」だとして、称えたのだ。
「だから俺は、自分が特別な存在なんだと思っていた。何も知らなかった俺は、そうして他人より優れた力を持つ。騎士として狂化に染まり、敵を殺す事こそがフレアラス様によって与えられた使命・役割なのだと……そう感じていた」
自分の子に、才能を求める。
それはどんな世界でもあり得る事で、そうした望みの結果として、時に親と言う存在は、どこまでも残酷になれる。
「俺の両親は、愚かだと思うか?」
私は、答える事が出来なかった。
目の前で映る世界は、幼いガルファレット先生が少しでも何か心を揺らがされれば、周りの人達を傷つけていく世界。
しかしそうした在り方に対して、親から子供に過ちを教えず、ただ賛美するだけの光景が……怖くもあり、悲しくも思えた。
「多くの人間は俺の事を『可哀想な子だ』と述べるのだろう。そして、俺も実際にそうした光景を見れば、そう感想を述べたくもなる。だが」
「違う。……先生のご両親は、愚かじゃない」
そう、違う。
愚かなんじゃない。
ガルファレット先生のご両親は……方法を間違えてしまっただけなんだ。
「ああ、そうだ。俺の両親が、どうした結果を求めて魔術回路の改造を行ったか、それはもう定かじゃない。ひょっとしたらもう少し上手く、狂化を制御出来るようにしたかったのかもしれないが、その真意が分かる術はない。既に、過去の事だ。そんな『たられば』を語った所で意味は無い」
過ぎ去った過去に戻る事は出来ない。過ちを正す事は出来ない。『あの時こうしていたら』『やっぱりこうしていなければ』と、悔やんだって意味は無い。
「だがな、俺の両親は、ただ俺を、子供と言う存在に、アクセサリー感覚で魔術回路の拡張を行ったわけじゃない事だけは分かってる。――俺が何時か高名な帝国騎士となれるように、未来への福音として、自分たちに出来る事をしようとしただけだったんだ」
結果として子供に扱いきれない力を与え、その在り方を導かなかった事は、過ちであったと言えよう。
けれど――子供を愛していた事に違いはない。
子供を特別な存在にしてあげたかったという想いに違いはない。
だからこそガルファレット先生は……親御さんを恨む事が出来ずにいる。
「俺が十九の時、両親は二人して死んだ。魔術回路の変質をもたらす薬物製造を進めていた所で事故が起き、薬を多く吸い込んでしまった結果、脳内麻薬の過剰分泌が原因で、ポックリとな」
狭い研究室内で、苦しみながら藻掻き、足掻くガルファレット先生の両親。
父親は妻の苦しみを軽減できないかと手を握り締め、母親は近くに飾られていた、家族三人の写真に手を伸ばすが――しかし、グワンと身体を捻らせ、写真に手が届く事無く、口から泡を噴出して、最後には白目を剥いて亡くなった。
「俺が、自分についてを知ったのは、その時だ。両親の遺した魔術回路拡張計画の資料を読んで……俺は自分が特別な存在ではなく、両親によって特別に仕立て上げられた存在なんだと、気付いたんだ」
「……ご両親を、恨んだんですか?」
「恨めなかった。恨める筈がなかった。資料とは言っても同業やスポンサーへ渡すものでもない。両親が二人で共有するべく作られたもので、新たに生まれる俺への愛情と願望を、魔術回路の設計図と共に所せましと綴っていただけの資料だ。……それさえなければ、恨む事が出来たのに」
もし両親が、自分たちの願望を叶える為にガルファレット先生の魔術回路を改造したのならば、それを恨む事が出来たのだ。
――馬鹿野郎、死んで当然だ、息子の身体を弄び、自分勝手な理想を押し付けやがって、せいぜいあの世で苦しむんだな、と。
そうして嘆きながら恨みを籠め、自分の中に宿された力を呪いながらも、後ろ向きにだって何だって、向き合って生きていく事が出来たのだ。
でも、そうじゃない。……そうじゃなかったんだ。
ご両親は、間違いなく……ガルファレット先生という息子の事を、愛していた。
先生は、聡明な子供だったから――その愛情の真意に、気付けてしまったのだ。
「俺は……せめて両親の願いを、果たそうと誓った。帝国軍人として優秀な人間となり、戦果を挙げ、そして何時の日にか、両親と同じ場所へ逝く。それこそが真の親孝行になるだろう、とな」
「そこで、変わる事が出来たんですね」
「ああ。……俺は、シガレット・ミュ・タース様に出会ったんだ」
また、景色が移り変わる。
広々としたシガレット・ミュ・タースという老婆の住まう家の園庭、その美しい花々が咲き乱れる庭の真ん中に、柔らかな笑みを浮かべる白髪の老婆が、車いすに腰掛けながら、訪れたガルファレット先生にペコリとお辞儀をする。
『ガルファレット君の事が、前々から気になってたのよ』
シガレットさんは、物腰も柔らかく口調も丁寧であったが、しかしガルファレット先生は僅かに不満げだった。
『貴方は暇でありなさい。私に仕える事で特にやることなんてないもの。一緒にお茶を飲んで、一緒にお散歩して……そうして一緒に、のんびりと過ごしましょう。私が死ぬまで……ね?』
――貴方は暇でありなさい。
その言葉の意味を、ガルファレット先生は理解できずにいて、正直私にとっても、その真意は定かじゃない。
「ファナには教えたがな――シガレット様は第七次侵略戦争において、戦果を挙げた方だ。故にそれだけ人の死に様を見ているし、自分が手をかけた者も居た」
その柔らかな口調や物腰からは感じる事の出来ない、無情な世界を多く経験した老婆は、ガルファレット・ミサンガという男の事を受け入れて、先生にそうして「戦いの中で生き、戦いの中で死ぬ」という在り方から遠い世界に置かせようと考えているようにしか思えなかった。
ただ毎日、先生が紅茶を淹れて、それを美味しそうに飲み、ノンビリと庭の花々の手入れをして、時々帝国魔術師として魔導機の開発に口を出すだけ。
早期定年する者が多い中、若かりし頃の危険手当とプロバガンダ料があるからか、ノンビリとした生き方を選べた老婆に付き従いつつ……先生は多く不満を打ち明けた。
『シガレット様、私を解任して頂けないでしょうか』
その日もきっと、いいお天気だったのだろう。
園庭に車いすを出して、ゆっくりとしているシガレットさんが、白の机に置かれたティーカップに口づけている所へ、先生がそう申し出たのだ。
『……どうして?』
『今が戦乱の世で無いという事は、理解しております。しかし、反政府運動などの活発化した地域は多くあります。自分はそうした場所に配属される事を夢見て、訓練に励んでおりました』
シガレットさんが、僅かに悲し気な表情を浮かべる。けれど、ガルファレット先生は顔を逸らしているから、シガレットさんの表情に気付く事は無い。
ただ、不満を打ち明けていくだけだ。
『シガレット様にお仕え出来る事は至極の喜びであります。しかし、私は戦わなければならないのです。この力は、私の中に眠る力は、敵を殺す事しか出来ない。……貴女が忌み嫌う戦いの最中にしか、私は』
『魔術回路改造計画……貴方のお父様とお母様の遺した資料は、私も拝見したわ』
ティーカップを置いて目を閉じるシガレットさんの顔を見据えたガルファレット先生。
何故それを、と問おうとしたが、しかし元々シガレットさんは高名な魔術師だ。故にそうした情報は、そほど苦労せずに取得できるのだろう。
『相当、貴方のご両親は期待なさっていたようね』
『……はい。私は、父と母の想いに報いたい。故に、戦わなければならないのです。戦わなければ、戦う戦場が無ければ……私の生は、一体何の為にあるのでしょう』
『一体何のためにあるのか……ね。そんな事は、私にも分からないわ』
指でティーカップの縁を弾くように、指でカツンと鳴らしたシガレットさん。そうすると、近くにあったミルクが浮き、傾いてカップの中へと少量が注がれて、再びカツンと指で鳴らすと、それを合図に注ぐ事を止め、代わりにスプーンが紅茶をかきまぜた。
『貴方がもし、そんなにも人を殺したいというのなら、私を殺しなさい』
『……シガレット様?』
『私はかつて、第七次侵略戦争において、多くの命を奪ったわ。……数も数えた、覚えられる人の名前も覚えた。顔が無くて判別が付かなかった人については、身体的特徴を可能な限り覚えたし、敵であっても同様よ』
シガレットさん本人が、第七次侵略戦争において殺した数、助けられなかった味方の数は、計として五百九十四人。この数字も、あくまで彼女が殺したと判断が出来なかった人に関しては除外していて、もっと多いであろうと言う。
ミーガン、レサント、シャーグス、トレイル……口にしていく敵兵や味方の名前を聞いて、ガルファレット先生は押し黙るしかない。
『これだけ人の命を脅かし、殺した婆を、この国は英雄として崇めている。度し難い事よ。これ以上に殺さねばならぬ者もいないでしょうて』
『それは……戦争であるが故に』
『侵略よ。戦争なんて綺麗な言葉にしちゃあ駄目。確かにそうした侵略によって得た資源で多くの雇用も生まれたでしょうし、この国は豊かになったでしょう。けど、人が人の命を脅かす、野蛮な行為であったことに違いはない』
殺してみなさい――と。
シガレットさんは、微笑みをそのままに手を広げ、無防備を晒して、ガルファレット先生に迫った。





