ガルファレット・ミサンガという男-04
クシャナ・アルスタッドという特異な存在が生まれた意味。
その言葉に、ガルファレットは汗を流す。
このプロフェッサー・Kは、一体どこまでの情報を掴んでいるのか。
与えられ過ぎた情報の濁流に、ガルファレットとしては口を閉ざすしかない。
「クシャナちゃんの秘密を、フェストラ君は近く知る事になる。そうなった時……彼がどうなるか、それが私には分からない」
「フェストラが、どうなるか……?」
「言ったでしょう? 私が警戒しているのは、フェストラ君も含めたこのグロリア帝国という国そのものなんです。……勿論、私が彼を嫌っているというのは事実ですけど、好き嫌いだけでフェストラ君に情報を与えないワケじゃない。彼も敵になり得るから、私は彼を信じないだけなんです」
フゥと息を吐きながら、プロフェッサー・Kが再び指を鳴らす。
すると先ほどまでいた空間から、聖ファスト学院五学年教室へと一瞬の間に場所を移していた二人が、先ほどまでかけていた席に、今一度腰かける。
「前に、私はガルファレットさんに聞きましたよね。貴方は自分の力を、人を殺す為に与えられた力を忌み嫌っているけれど、その力を封じたまま、子供たちを守る事は出来ないかもしれない、って」
「……ああ」
「それでも貴方は、誰も殺さないと、そう言っていました」
「そうだ」
「シガレット・ミュ・タースさんとの約束だから」
「何度も言わせないでくれ――俺は、あの人との約束を守る。そう誓ったのだ」
「私も、貴方がそうであったら嬉しい。シガレットのお婆さんも、きっとそれを望んでる。……でも、それはきっと難しい」
プロフェッサー・Kの表情が、俯いた。
マスクの隙間から僅かに見える彼女の目元、その表情はよく分からないけれど、しかし悲しんでいるようにも思える。
「君は、俺の何を知っている?」
「全部とは言わない。けれど、貴方の事も、アマンナちゃんの事も、みんなの事も調べて……だからこそ、放っておけないんです」
「……そうか。君も【作られた存在】……とでもいうのかな?」
ガルファレットが呟いた言葉に、彼女は小さく頷いた。
しかし多くを語る事なく取り出した一つの端末を操作し、彼女はその場から青白い光と化して消えていく。
その消えゆく寸前――彼女がこう残して行く。
『クシャナちゃん達には、貴方の事を教えてあげて下さい。……きっとあの子達は、ガルファレット先生の力になってくれます』
「……そうか」
青白い光が全て消えた時、ガルファレットは今一度……床をなぞる。
綺麗に修繕がなされた床を、何度も、何度も。
その姿は、彼があの時戦った事に懺悔をしているようにも見えたけれど、それを誰も見る者はいなかった。
**
ルト・クオン・ハングダムはその日、アマンナ・シュレンツ・フォルディアスと共に帝国軍指令諜報部隊の有する科学研究施設へと訪れていた。
研究施設には殆ど人は入っておらず、用意された安い椅子に腰かける二者が覗き見るのは、解析用魔導機から出力された、アシッド・ギアの解析結果だ。
「コレはまた、面倒ね」
「どうなさったのでしょうか……?」
解析結果を読みながら顎に手をやるルトと異なり、アマンナはまだ結果を読みほどけていない。問いかけると、彼女は解析結果の重要な部分に丸印を振り込んでいき、アマンナもそれを読んでいく。
「アマンナちゃんは銀の根源主ってカルト宗教団体を知っているわね」
「はい……グロリア帝国やレアルタ皇国を除く、諸外国で活発的に活動を行っている、宗教法人……ですよね?」
「ええ。どうにもアシッド・ギアの表面に付着していたのが、銀の根源主が主に信仰対象としている、とある結晶体の欠片だったみたい。つまり、アシッド・ギアは銀の根源主がグロリア帝国以外の諸外国で製造・密輸して搬入されたモノみたい」
「……なるほど。つまり、以前グテントを潰したように、国内の供給源を止めても……帝国の夜明けとしては、痛くない……という事ですね」
「むしろ、ゴルタナと同様に国外からの流通経路を、まだ帝国の夜明けが所有しているって事ね。ここまで割り出されてない事を考えると、流通経路はかなり特殊なルートを用いていると考えるしかないわ」
これまで帝国の夜明けが有する密輸ルートは幾回にも亘り、割り出し作業が行われた。
以前レアルタ皇国軍に属するサーニスという男性とフェストラが会談し、密輸ルートに用いられていると思われる経路の封鎖も行った上に、銀の根源主という組織が十王族の一人と繋がっていた証拠と共に、彼が有していたルートの封鎖も既に行った。
しかし、結果に結びついているとは言い辛い。ゴルタナはともかくとして、アシッド・ギアの製造・流通を早急に止めなければ、帝国の夜明けはより勢力と戦力を増していく事となる。
メリー、ドナリア、アスハの三人以外にも、ハイ・アシッドが誕生すれば、それだけでも強大な敵となり得るというのに、シックス・ブラッドはクシャナ・アルスタッド以外に彼らへ対抗する術がないのだ。
「せめてもう一人……アシッドへ対抗できる存在がいればいいのだけれど」
ルトが何気無く発した言葉。
しかし、その言葉にアマンナが何も答えられなかったというのに……意図しない声が二人の下に届くのである。
「それは難しいだろうね。そもそもクシャナ・アルスタッド君の存在自体がイレギュラーだ。例えファナ・アルスタッド君がアシッドだったとしても、彼女が私達と対抗できる存在にも思えない」
ハ、と意識を声の方へと向ける。
広い研究施設の只中、備え付けられたコーヒーメーカーによって淹れられたコーヒーを飲みながら「不味いな」と口にするのは、アマンナもルトも見覚えのない人物。
しかし、その背丈や声のトーン、そして何より二者に気付かれる事無く、厳重な警備が敷かれている帝国軍管理の研究施設に侵入できるその技量から……男が何者か、二人にはすぐ理解できた。
「……兄さん」
「久しぶりだね、ルト。何年振りかな?」
「おおよそ、十八年程度……でしょうか」
メリー・カオン・ハングダム。ルト・クオン・ハングダムの兄であり、帝国の夜明けを取り仕切る人物の一人。
彼は二人から距離を取りつつも近くにあった椅子に腰かけ、ゆっくりと足を組んだ。
「貴方、どこから」
「どこからも何も、入り口から堂々と入り、そしてちゃんと認証コードを入力してだよ。ホラ、パスもこの通り」
研究施設への入室には、幾重にも存在する警備システムを通過する必要がある。そのほとんどが入退室を許可された者のみが有する認証コード及び認証パスをスキャンさせる必要はあるが――しかし、その手に持つパスを遠目から見る限り、入退室が本来許可されている者のパスを強奪したとしか考えられない。
「強奪じゃない、スリを働いただけさ。私としてもあまり好ましい手段ではないが、選り好み出来る状況でもないのでね」
「その、選り好みの出来ぬ兄さんが、ここへ何の用です?」
「ルト、君にお願いがある――交換条件だ」
交換条件、その言葉に、ナイフを構えて戦闘準備を行っているアマンナを一度制し、ルトも戦闘を可能な状況にしつつ、問う。
「……何かしら」
「君の事は調べた。君がラウラ王に命じられ、ファナ・アルスタッド君を守る様に命じられていた事はね。しかし肝心の『何故ファナ・アルスタッド君をラウラ王が守るのか』を、君は知らずにいる」
それは間違いない事実であり、ルトもただ黙るしかない。
アマンナはルトへと視線を向け、メリーの捕縛を優先すべきだとしていたが……しかし、彼の言葉に耳を傾け続ける。
「エンドラス様もそうだ。あの方も何故か『レナ・アルスタッドを守るように』とラウラ王から命を受けている筈だ。ただ、彼はルトと違って、何故守っているかを知っているのやもしれないけれどね」
それもまた、間違いではない。
ルトとエンドラスはラウラ王から勅命を受けているという共通項こそ存在するが、しかし勅命の内容そのものが異なっている。
そしてエンドラスは、元々ラウラの帝国騎士として仕えていた人間であり、レナともその時から見知った顔の筈だ。
となれば、ラウラはエンドラスに何故彼女を守るよう命じたのか、それを答えている可能性もある。
「ルト。君は帝国軍諜報部の人間で、かつラウラ王から勅命を受けている立場の存在だ。けれど同時に『必要であれば王であっても討つ』という使命を帯びたハングダムの人間でもある」
ハングダム家は元々、グロリア帝国王族の中でも特殊な立ち位置に存在する。
それは主に『内偵』を主戦場とした家系であり、時に圧政を敷き民を苦しめて来た愚かな王を屠ってきたという歴史に基づき、王や周囲の人間を調査し、時に国へ仇成す存在を排除するという使命を有している事に他ならない。
「……兄さんは何が言いたいの?」
「私もラウラ王の狙いを知りたい。クシャナ・アルスタッド君だけでなく、ファナ・アルスタッド君もアシッドだった。それもファナ君の場合、クシャナ君とも我々の有するアシッド・ギアとも異なるアシッド因子を有している。我々としては非常に今の状況が気に食わない」
「その謎を兄さんへ教える理由が無いと言っているの」
「いいや、ある――私とルト、そしてアマンナ君の三人が持つ諜報技術を併せれば、ラウラ王の謎にも迫る事が出来る筈だ」





