命じられし者-13
「そ、そうだったのクシャナッ!? お、お相手が十王族の嫡子様!? た、玉の輿なんてレベルじゃないわよ!? ど、どうやってそんなお相手を見つけたの!? す、すごい、事実は小説より奇なりってホントだったのね!」
「え、あの、お母さん!? 違」
下手な事を言う前に、と。フェストラがアマンナへギロリと視線を向けると、アマンナも複雑そうな表情を浮かべてクシャナの口を押さえ、彼女を引きずっていく。
するとフェストラは「こほん」と小さく咳ばらいをした後、可能な限り柔らかな態度を作って、レナが横になるベッドの近くに椅子を用意し、レナの手を取ったまま、語り掛ける。
「私としても、身分の差故に家族から反対を受けておりますが、しかし、自由を尊重すべしとするフレアラス教旧約聖書の教えに従い、わ、私は自分の想いに、正直に生きようと、考えております」
口元は「こんな事言いたくない」と言わんばかりにねじ曲がっていたが、どうやらレナは見ていなかったようだ。
「そ、そうだったのね……っ、お若いのに随分と辛いご選択を……っ」
「い、いえ……」
「老婆心ながら言わせて貰いますと、必ず身分の違いによる障害がお二人を襲う事でしょう。私もクシャナの母としては、大手を振って賛同するわけにはいきません……しかしあの子と二人でお決めになられた道であるならば、母として応援しなければなりませんね……!」
内心フェストラは「何故この母親とファナ・アルスタッドは人の言葉を疑う事無く信じてしまうんだ」と、アルスタッド家代表のクシャナに小一時間程文句を言いたい気持ちもあったが、そこをグッと堪え、頭を下げた。
「ご理解頂けて、私も大変嬉しく思います。しかし、私も十王族の一人、新たな我が家族となられるクシャナも含め、レナ様とファナ様も、今後命を狙われる可能性もございます。本日の暴漢も、その手先やもしれません」
「まぁ……!」
「なので当面の間は、我がフォルディアス家の有する城内邸宅にお住い下さい。我が命に代えても、新たな家族をお守り致します」
では、と残して、フェストラはクシャナの手を引き、寝室から出ていく。アマンナ一人だけが寝室に残り、他の面々と共に隣の部屋へと出向いて扉を閉めた瞬間――フェストラとクシャナは同時に「げほっ、ごほっ、おえっ」と強く咳と嗚咽を吐き出すのである。
「寿命が何年縮んだか分からん……これまで生きて来た中で嘘は多くついてきたが、ここまで言葉にしたくない嘘と言うのは初めてだ……っ!」
「そんなに言うのイヤなら言わなきゃいいじゃないか……ていうか私だってイヤだよお前と付き合うとか結婚とか……ッ!」
「仕方ないだろうッ!? 帝国城にレナ・アルスタッドとファナ・アルスタッドを招き、何時でも守れるようにする為にはこうするしかなかったんだッ!」
フェストラとしても、ファナが第七世代魔術回路を有するという情報を得た時から、こうした方法で彼女達を守るべきかと考えていた事は確かだった。
だが「イヤだあの庶民となんか偽装結婚だったとしても絶対に嫌だそんな事する位ならオレは死ぬ」と思考から外し続けていた、というわけだ。
「だとしても他に方法あったんじゃないの!? 例えばお母さんを使用人として招き入れるとか」
「一般市民の中から名指しで使用人として招き入れる等、レナ・アルスタッドを側室にすると口外するようなものだ! それがどんな風評被害を産むかも予想出来んか!?」
側室とは基本的に使用人の別称ではあるが、大きく世間に認知されている意味合いは「愛人」が相当するだろう。
クシャナとしてもそう聞けば確かにと思い「ぐぬぬ」と声を漏らしてしまう。
「以前にも言ったが……一介の平民であるレナ・アルスタッドの警護をする理由が何もない状態で、帝国城に招き入れる事は却って怪しまれる要因となりかねない。これは【帝国の夜明け】という相手だけじゃなく、それ以外の反政府勢力に対しても同様だ」
「でも……お前と私が、結婚を前提に付き合ってるっていう嘘が、事実として周りに受け止められるんだろう……? アタシャやだよそんなの」
「言うな、それ以上言うな、オレもそれを考えるだけで吐き気が止まらん……」
「し、しかしまぁ、良い手ではあるように思えるのだ、うむ」
「そ、そうね。うん、二人の気持ちがどうであれ、事実あの二人を守れる状況は作れてるわ、ええ」
ヴァルキュリアとルトの二人で宥め、背中を擦る事で吐き気を抑えさせる事に成功。
フェストラが上座に、クシャナとヴァルキュリアが下座のソファに腰掛け、ルトとガルファレットが苦笑を浮かべながら、扉の前に立つ。
「……で、色々と私が気絶してる間に、発展があったんだろうな? そこまで私の気分を害してくれたからには」
「ああ。――お前にはもしかしたら、それ以上の吐き気を催させる事となるかもしれないがな」
フェストラとルトが語っていくのは、先ほどまで二人を中心に確認した、ファナとレナの事。
その言葉を聞き続けて――確かにクシャナはより、表情を青白くさせていった事は、間違いない。
**
彼ら、帝国の夜明けが有するアジトと表現すべき場所に、メリーがドナリアを担ぎながら戻った時から、ドナリアの様子がおかしい。
一言も発する事なく黙り、ただ沈黙する彼に毛布を被せたメリーが、椅子に腰かけてアスハへと問いかける。
「随分と煽情的な格好をしているけれど、派手な反撃でも受けたのかな?」
「こんな格好で、申し訳ありません」
宝石魔術によって消滅した全身から復活したが故、衣服を無くしたアスハは一枚の布だけを羽織っているだけ。
「しかし、ご命令通り、ファナ・アルスタッドの始末を完了いたしました」
「お手柄だ――と言ってあげたいのだけれどね」
「何か、不手際がありましたでしょうか」
「いや、君が悪いわけではない。想像もしていなかった事だ。……驚嘆な事に、どうやらファナ・アルスタッド君は、アシッドらしい」
アシッド、その言葉が意味する事は――固有能力を駆使してファナの心臓を貫かせて、それで大量の出血を確認したアスハの仕事は、不十分であった事を意味する。
「そんな、まさか」
「まさか、だよね。私も驚いた。加えてクシャナ君のアシッド因子も、私たちが用いるアシッド・ギアのモノとも異なるようだし――ルトだけでなく、エンドラス様までが、我々と敵対しているようだ」
「……エンドラス様が……?」
「ああ……ドナリアには相当のショックであったろうね。私も、正直言って心が折れかかっているやもしれない」
帝国の夜明けという組織は、そもそもエンドラス・リスタバリオスという男の提唱した【汎用兵士育成計画】や【政教分離政策撤廃】の意向を汲み、国を根幹から変えるという意思の下、集った者達による組織だ。
ドナリアも、メリーも、アスハも、エンドラスと言う男の言葉に共感し、彼の理想を叶えたいと奮起した。
しかし――そんな彼らに、エンドラス当人が敵対し、ドナリアを斬った。
勿論、エンドラスは迷っていた事は三人も知っている。【帝国の夜明け】という組織が起こすテロリズムにより、変革を迎える事を。
だが、それは気の迷いであり、何時か帝国の夜明けがエンドラスの意志を以て行動を起こしているのだと理解し、共に戦ってくれるのだと、どこかで思っていたのに……その願いは打ち砕かれたのだ。
「……レナ・アルスタッド」
「? アスハ、何か言ったかい?」
「シックス・ブラッドとの協力関係にあると思われる女が……私へ『レナ・アルスタッドに手を出す事は二度とやめた方がいい』と、言葉を残しておりました」
アスハとて、何故自分が今、その事を想い出したのか、その理由は定かではなかったけれど――しかし、何か関係があるように思えた。
「レナ・アルスタッドに手を出す事は、二度と止めた方がいい……か。どう言う意味だ?」
「それ以上の事は、何も言う事はありませんでした。何者なのか、それも分からず」
メリーもレナ・アルスタッドについてはそれなりに調べているが、しかし彼女に特別な経歴があったとは思えない。
だが確かに、クシャナ・アルスタッドというアシッドと、ファナ・アルスタッドという二人の娘が、どちらもアシッドであるという中で、彼女にも何か秘密があるのではないかと考えるのは、当然の結果かもしれないし――
エンドラスは娘であるヴァルキュリアに「何故」と問われた時、こう答えていた。
『お前には関係の無い事だ。――守るべき主であるファナ・アルスタッド君も、レナ君の事も守れずにいる、弱いお前にはな』と。
それを思い出し……メリーは一度腰かけさせた身体を立ち上がらせて、アジトから出ていこうとする。
「アスハ。しばらく君とドナリアは休んでいなさい」
「メリー様は何処へ」
「少し、調査をしようと思う。――事はどうやら、私達やシックス・ブラッドとは違う、第三勢力の思惑が強すぎるようだ。それを知らぬ限り、この聖戦に勝利はない」
そう言葉にするメリーから、普段感じる事の無い殺気を覚え、思わずアスハは震えてしまう。
だが、そんな彼女の事を知ってか知らずか、メリーはそれ以上言葉を交わす事も無く、ただアジトから消えていく。
「なぜ……何故だよ、エンドラス……っ」
呪詛のように垂れ流される、ドナリアの言葉。
アスハはこの時ほど――聴覚という存在もなければ良いのにと、感じた事は無かった。
**
月明かりがステントグラスの天井を透過し、一人の男と玉座を照らす。
玉座の前には一人の男が剣を地面に置いて跪き、頭を下げる光景があって、男――ラウラ・ファスト・グロリアは、玉座より彼を見下ろしながら、言葉を投げかけた。
「エンドラス」
「は」
「君には、辛い思いをさせているやもしれんな」
「勿体なきお言葉でございます」
「君は友人だ。その友人である君の願いを、私は拒絶した。であるのに、私は君を手足のように扱う――不平等だな、何とも」
「いいえ。今、私が抱く望みは、ただ亡き妻の……ガリアの願いを叶える事であります故」
エンドラス・リスタバリオス。彼はラウラの言葉に対して、跪いたまま静かに返しつつ……けれど笑みを浮かべる事は無い。
「レナ君を、頼む。守ってやってくれ」
「はい。私としても、彼女は友人であります。……何人にも、彼女へは触れさせません」
立ち上がり、深く礼をしながら、玉座の間から退室してゆくエンドラスの事を、ラウラは見据えている。
――しかし、何故だろう。
彼からは、生気も何も感じないと、エンドラスも感じていた。
(まるで、死人だ)
頭を振りながら、エンドラスは頭に浮かんだラウラの瞳を忘れようとする。
けれど、忘れられない程に……彼の瞳は黒く、澄んでいたと言ってもいい。





