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命じられし者-12

「……レナ・アルスタッドとラウラ王の関係は?」


「昔、レナさんが給仕として仕えていた、以上の事は分からないわ」


「クシャナ・アルスタッドとラウラ王の関係は?」


「資料を渡したでしょう? 出産直後、クシャナちゃんの身体が病弱だった頃に、ラウラ王が治療費の援助をしていた。私が知っているのはそれだけよ」



 ルトとしても、それ以上の情報を知るべきであると考えていた事は、間違いないのだという。


 故に何も知らぬフリをして、フェストラ――シックス・ブラッドと接触し、帝国の夜明けという組織についても調べていたと言ってもいい。



「フェストラ君とは私のオフィスで話したわね。あそこで私がついていた嘘は、アシッドという存在について知らないフリをした、それだけよ」


「ならアシッドの情報は多くを持ち得ると?」


「いいえ。……あなた達が知り得る以上の情報はあまりないわ。それが私にとっても残念な事よ」



 ルトの役割は、あくまでファナ・アルスタッドという少女を守る事である。


結果として、彼女がラウラ王から伺っていた情報と、自らが調べて得た情報は、二つ。



「ファナちゃんの出生についてはよく分かっていない事が多い。けれどラウラ王曰く『受精卵の段階でアシッド因子が埋め込まれた存在』なのだそうよ」


「受精卵の段階で?」


「ええ。それもアシッド因子の角度を変化させ、強大な力を持たない代わり、不死性だけに特化した【新種のアシッド】、と言う事ね」



 フェストラ達がクシャナから聞いているアシッドの特徴は主に二つ。


一つ目は遺伝子変異を引き起こして通常の人間が持つ能力を単純計算で四十八倍にまで引き上げるという特異性。


二つ目は不死と言っても過言ではない脅威の再生能力を持つ事により、アシッド因子の存在する頭部を完全に消滅させる以外に死す方法が無いという特異性だ。


ファナ・アルスタッドの持つ因子は、この二つ目のみに特化した結果、ファナ本人の遺伝子情報は特に変異を引き起こしておらず、彼女の身体機能もアシッドのそれとは異なる上、アシッド特有の動物性たんぱく質を過剰に求める食人衝動も無いという。



「……仮に、クシャナ・アルスタッドが【野生から産まれたアシッド】と仮定するとしたら、帝国の夜明けが用いる、アシッド・ギアによって生まれるアシッドたちは、奴らが意図して餌を与えた【養殖のアシッド】……そしてファナ・アルスタッドは生まれながらに新たな因子を埋め込まれた【新種のアシッド】……というわけか」


「ええ。……けれど、何故陛下がファナちゃんについてそれだけ情報を持っているか、それは教えて貰えなかったわ」



 ――何となくではあるが、フェストラとルトには想像がついている。



しかしそれをこの場で口にしないのは、いつ何処で、誰が聞き耳を立てているか分からぬ状況の中で、口火するべきでは無いと判断したからだろう。



「……二つ目は、何なのであるか?」


「大前提として、ファナちゃんが第七世代魔術回路を持つという事。だけどそれだけじゃない――おかしいと思わなかった? 何故聖ファスト学院で教鞭を取る者達が、ファナちゃんの魔術回路に関する認識を持てずにいたか」



 おかしいと思わぬ筈はない。ヴァルキュリアとフェストラ、そしてアマンナが幾度も調べ、しかしその答えに辿り着かなかったが故に棚上げしていただけの問題を、彼女は口にした。



「……何故、なんですか?」


「恐らく、アマンナも薄々は気付いていたのじゃないかしら。ファナちゃんの第七世代魔術回路という存在を隠匿するとすれば、方法は二つ」


「二つ……?」



 パッと二つの方法を思い浮かべる事が出来ずにいるヴァルキュリアへ、アマンナが代わりに回答をする。



「一つは、魔術使役を行う場所に、妨害魔術を展開する事……そしてもう一つは……魔術回路にリミッターを、設ける方法……です」


「ええ、そう。でも一つ目は論外よ。そんな大掛かりな妨害魔術が展開されていれば、他の生徒も含めて魔術使役が妨害される。より怪しさを際立たせるだけ――でももう一つの方法なら、可能な限り気付かれない事は出来る」



 魔術回路にリミッターを設ける方法。


これについてもアマンナとフェストラは考えてこそいたが、しかしこれはこれで疑問が残る。



「……ですが、魔術回路によって、魔術の質は変化します……事実、フェストラさまとヴァルキュリアさまは……初見でファナさまの、特異な治癒能力に気付いておいででした……」


「ええ、そう。本来はね。でも、貴女達がファナちゃんの魔術使役を初めて見た時――彼女がリミッターを一時的に解除できる、魔術詠唱を唱えていたとしたら、どう?」


「……【イタイノイタイノ・トンデイケ】……か」



 ガルファレットの言葉に、全員がハッと意識を彼に向ける。


【イタイノイタイノ・トンデイケ】という言葉は、ファナが治癒魔術で誰かを回復させる際に用いる魔術詠唱であるが、確かにこれまで、ファナが驚異の治癒魔術を発揮する時は、常にその言葉と共にあった。



「私も深く意味を知るわけじゃない。けれどファナちゃんが持つ第七世代魔術回路については、その【イタイノイタイノ・トンデイケ】という詠唱を唱える事で、一時的に解除できる事は確かよ」


「そのリミッターを設けた人物こそが――ラウラ王だというのか?」


「聞いたわけではないけれど、そうとしか考えられないわよね」


「そもそもファナ・アルスタッドについての情報が、学内外問わず隠蔽されていたのは」


「それは私が動いて、そう偽造したからよ。あの子を守る為には、まずなにより情報を偽造する他無い。それでも尚彼女の事を知り得た者を警戒する――だから私は最初、貴方たちシックス・ブラッドも警戒していたし、今もしている」



 結果として、ルトという女性が持ち得る情報でそこまで多くの結論が出たわけではない。


だが……進展があった事に違いはない。


ファナ・アルスタッドという少女は、確実にラウラという王と関わりがある。


そして……レナ・アルスタッドという女性についても。だが、レナについてはルトの持ち得る情報は多くない。



「ファナちゃんを守る事だけを仰せつかった私、レナ・アルスタッドさんを守る様に仰せつかったエンドラス君。ここには情報の開きがあり、私が知らない事を、彼が知っている可能性はある」


「だが何にせよ、ラウラ王が守るべき秘密が、レナ・アルスタッドにもある……という事だな」



 これまでフェストラは、クシャナ・アルスタッドという少女とファナ・アルスタッドという少女を守る為に必要であるからこそ、レナ・アルスタッドという母親を守っていた側面が大きい。


しかし――【帝国の夜明け】という組織もファナの特異性に何かしら感付き、レナは彼女を誘き出す為に重要なファクターであると気付いた可能性もある。


今後は彼女を守る為に、今以上の防備を固める必要がある。



「……あまり、好ましい方法じゃなかったが……この手段を取るしかない、か」



 突然、フェストラがそう呟くと、表情を青白くさせて項垂れ、ハァ――と深くため息をついた後、激しい動悸がすると言わんばかりに息を荒くし、胸を押さえる。。



「? フェストラ殿? 随分と、顔色が悪いように思えるのだが、如何なされた?」


「お兄さま……あの、息も荒くなっておられますが……その、お休みなされた方が」


「寒気がしてきた……イヤだな……ホントにイヤだ……個人的にここまでやりたくないと思った事は過去一度たりともない……!」



 嘆くかのように溢すフェストラの言葉。その場にいる全員が、彼の言葉に対して意味が分からず、首を傾げるしかなかった、その時。


クシャナ・アルスタッドと、レナ・アルスタッドが、同時に目を醒ました。



「ん、んん……っ……あれ、ここ、どこ?」


「ふぁ……あら、随分と綺麗なお部屋……私、どうしてこんな所に……?」



 静かに身体を伸ばして、キョロキョロと周りを見渡すクシャナと、身体はあまり伸ばさず、小さく欠伸をしながら自分の眠っていたベッドや部屋の様子を見渡すレナ。



「レナ殿! お目覚めになられたのですね!」


「あら、ヴァルキュリアちゃん。ここ、どこなのかしら? 私確か、お仕事に向かおうとした所で……あらあら?」



 キョトン、とした様子で首を傾げるレナに、何と説明すれば良いか、それを思考したヴァルキュリアだが、そこでアマンナが口を挟む。



「あの、レナさまは……お仕事に向かわれていた途中で、暴漢に、襲われてしまったのです」


「あ、あら。そうなの?」


「ええ……ヴァルキュリアさまが、たまたま、それに気づき、暴漢を撃退なされて……随分と驚かれておりましたので、記憶を失くされている、可能性もあります……」



 アマンナの言い訳を聞いていたクシャナは、少しずつ蘇る記憶と共に、表情を青白くさせ、隣に眠るファナの毛布を剥がし、その胸に手を触れる。



「……ゆ、夢……だったの……?」


「夢ではない、現実だ。だがそれは後で詳しく教えてやる」



 呆然とするクシャナを、まだ静かに寝息を立てるファナから引きはがしながら、フェストラはルトが用意した水をクシャナとレナへ差し出した。



「えっと、どちらさまでしょう?」


「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。レナ・アルスタッド様。私はフェストラ・フレンツ・フォルディアス。十王族の一つ、フォルディアス家の嫡子にございます。以後、お見知りおきを」



 レナの細く綺麗な手を取り、その甲に口づけするフェストラに、一瞬クシャナがギロリと睨みつけるが、レナ本人はまんざらでもなさそうだ。



「十王族の方でしたのね。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」


「いえ。暴漢に襲われたとの不幸であれば致し方ありませんし――私としても、将来の義母となるレナ様に、これ以上の心労を負わせるわけにはいかないと判断いたしました」



 ――義母?


全員が、一斉にフェストラを見ると……フェストラはレナ以外の面々に「あ、フェストラの奴、絶対に無理してる」と即座に理解させる事が出来る程、表情を青ざめさせていた。



「あら、あらあら? は、義母? 失礼ですが、何を仰っているのか、私には理解が」



 流石のレナも、フェストラが何を言っているのかを理解できず、困った表情を浮かべていたが、そこでフェストラはクシャナの肩を引き寄せ、抱き、言葉を発するのである。



「わ、私と、娘さんの、クシャナ・アルスタッドは……こ……っ、婚姻を、前提に……お付き合いを、しております……ッ」


「……はァ?」



 思わずクシャナも――「コイツマジでイカれたのか?」と心配そうな表情を浮かべ、熱が無いかを確認したほどには、彼の言葉が突拍子も無さ過ぎて、驚きを通り越して言葉を失ってしまった。

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