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命じられし者-10

 少女が何時、どのようにしてその部屋へと訪れたのか、それは分からない。


分からないが、その少女は――ヴァルキュリア・ファ・リスタバリオスは、全身に付けた深い傷やアキレス腱の切れた足のせいで、上手く歩けぬ身体を何とか動かしつつ、扉に身体を預けながら、剣に手をつける父・エンドラスに問いかける。



「何故……父上が、ここで……?」


「お前には関係の無い事だ。――守るべき主であるファナ・アルスタッド君も、レナ君の事も守れずにいる、弱いお前にはな」



 そうしてエンドラスがヴァルキュリアから目を離した隙に――メリーと、ドナリアの頭は消えていた。


ドナリアという求心力を失った事、何より信仰していたエンドラスという男が自分たちの敵となった事を知ってしまった帝国の夜明けに属する兵達は、その場で力無く、剣を落とす。



「……エンドラス、オレにも分からん……何故、お前がここに、いる……?」



 床に伏せるフェストラが、ヴァルキュリアの問いを肯定するように重ねて問うと、ようやくエンドラスは目を閉じながら彼の身体をゆっくりと起こして、その上で答えるのである。



「何故こうしているかは、フェストラ様にもお答えは出来ませんが――私やルトの事は【命じられし者】とでもお呼び下さい」



 それ以上、誰が何と声を上げようと、エンドラスは振り返る事も無く、言葉を返す事も無く……帝国城の奥へと去っていく。



「っ、……父上、誰に、何を命じられているのです……っ!」



 娘の言葉にも、エンドラスは答えない。



「もし父上に、何も恥ずる事が無いと言うのなら、教えてください……っ!」



 幾度問い直しても、エンドラスは答えない。



「拙僧は……父上を、父上を……信じて良いのですか……っ!?」



 帝国城の奥へと消えていくエンドラスの姿が見えなくなっても、ヴァルキュリアは問い続ける。


彼女が問わぬようになったのは、全身を襲う痛みによって気絶し――その身体を、プロフェッサー・Kに預けるしかなかった為でしかない。



**



時間は、少し前に遡る。


アマンナ・シュレンツ・フォルディアスが、ふらつく足を何とか動かしながら駆け出していると、ファナの遅い足に合わせて走るルト・クオン・ハングダムの背中を捉える事が出来て、声を張り上げた。



「る、ルトさま、ファナさま……っ!」


「、アマンナさん!」



 アマンナの声を聴き、走る身体を翻しながら、ふらつくアマンナの身体を支えるのはファナである。


彼女は自分と同じ程度の背丈であるアマンナに肩を貸しながら「大丈夫ですか……?」と声をかけた。



「大、丈夫……です……っ」


「あの、アタシの治癒魔術で、傷とか治した方が……」


「ダメです、ファナさまが……特異な治癒魔術の使い手だと……多くの人に、バレてしまう、可能性が……あるので……っ」



 今、大通りの只中で足を止めている彼女達の事を、周囲の人間は「何も特徴の無い光景」として捉えている。


それは間違いなく、アマンナとルトの用いる認識阻害術の作用が働いての事であるが、ファナの第七世代魔術回路による治癒魔術を大通りで使用し、その魔晶痕が残ってしまうと、帝国の夜明け以外にもファナを狙う者達が現れる可能性も鑑みなければならない。



「帝国城まで、避難できれば……そこで、お願いします……」


「けれどどうやら――帝国城には別の手が入ってしまったようね」



 ルトが何を言っているのか、アマンナには一瞬理解が出来なかったが――既に視界へ入った帝国城、その正門近くに多くの人間が群がり、帝国警備隊の者達が、一般人の群がりを規制している光景を目にした。



「……そう、だからお兄さまたちは、動かなかったのですね……」


「え、え、え!? ど、どういう事……?」


「ドナリアがどう動くか、分からなかったんですが……どうやら、ファナさまと、レナさまの救出に、私たちが向かった事を察知して……手空きの帝国城を、占拠しようとしてる、ようです」



 マズい事になった。


アマンナとルトは互いにそう感じ、どう動くべきかを検討している。


一番好ましいのは、どうにかして帝国城内へとファナとレナを避難させる事だが、もしドナリアの持つ勢力によって内部が完全に制圧されている場合、却って帝国城への避難は悪手となり得る。


 ――そう思考していた時、帝国城の二階廊下の窓から、一人の少女が飛び降りた光景が、アマンナとルトの目に映った。



「――クシャナさま」


「え、お姉ちゃん?」



 飛び降りた少女は、白をベースとした可愛らしい衣装で身を包んでいるにも関わらず、所々を血で塗れさせた人物だ。


間違いなく、幻想の魔法少女・ミラージュであり、彼女に向けてアマンナが手を振ると、彼女はようやく一同の存在に気付いたようだった。



「ファナ、お母さんっ!」



 何よりも真っ先に、家族の無事を慈しみ、ファナの身体を抱き寄せるミラージュだが、長くそうして居る暇もない。



「クシャナさま……中では、ドナリアが……?」


「うん。でも、作戦に変更は無いって。裏手の給仕用の通用口を使えってフェストラが」


「なら急いで向かいましょう。こっち」



 ルトが会話に口を挟み、給仕用の通用口へと皆を案内しようとした時の事。


ミラージュがファナの身体を離し、アマンナの身体を支え、今まさにルトの誘導に従って歩き出そうとした、まさに今。



ルトとアマンナという二人が、殺気を感じる事も、気配を感じる事も無く――小さな女の子が一人、ファナとぶつかる様にして、彼女の背中から心臓にかけて、剣の鋭い刃を突き刺したのだ。



「……え?」



 目の前で、ファナの小さな体から刃が飛び出した光景を、ミラージュは現実のものと思えなかった。



「そんな……っ」



アマンナも、疲れによって薄れる視界の中で、可能な限り目を見開き。



「まさか」



ルトはそう口に出したものの、しかしその現実を確かめるよりも前に、ファナの背後にいる小さな女の子の手を捻り、地面へ叩きつけ、その首筋に手刀を入れる事で気絶させる事に成功した。



 だが、既に遅い。


ファナの心臓を貫いた刃は既に引き抜かれていて、ファナはその「刺された」という現実を認識すると、口から僅かに血を吐き出し、そのままふらりと前のめりになって倒れ出した。


アマンナは倒れる彼女の身体を支えようとしたが……しかし、思ったように身体が動かず、地面に倒れる彼女の事を見ている事しか出来なかった。



「ファナ……? ファナ……ファナ……ッ」



 最初は、現実を直視できず、ただファナに呼びかけるしか出来なかったミラージュ。


 しかし、事態がただ事じゃないと悟り始めた時には声を張り上げ、倒れたファナの身体を揺らして意識を確認するが、しかしファナは僅かに目を開けているだけで、ミラージュの声かけに反応する様子はない。



「あ、アマンナちゃん、ルトさん……っ、治癒、治癒魔術、治癒魔術を、お願い、ファナを、ファナを助けて……っ!」



 勿論、アマンナもファナへと近付き、すぐに状況の確認と治癒魔術の展開を始めるが……しかし、既に心臓へ開けられた穴は大きく、そこから溢れ出す血液も止まらずにいる。


三人の足元に流れる血液、そうする事でようやく周囲の人々は「人が殺されている」という現実に気付き、悲鳴を上げる。



「……成功したな」



 その悲鳴の中……近くを通り過ぎるように、コートを着込んだ女性が僅かに声を上げた事を、ルトだけが聞いていた。



声の主は、きっとアスハだったのだろう。


アスハは恐らく――先ほどの小さな少女を支配能力で操り、与えていた剣でファナの心臓を貫く様に命令していた。


少女に殺気などない。ある筈もない。意思もなく、ただ「心臓を貫くように刃を刺す」事だけを命じられただけの少女に、そうした殺気を出せるはずもない。


 加えて、アマンナもルトも、アスハという女性にも、メリーという男性にも警戒していた事は間違いないが……ファナよりも小さな女の子が、敵であると意識を向ける事も出来なかったのだ。



 ルトが声の主を探そうと周囲を見渡しても、そこにアスハの姿は見当たらない。


 逃がしてしまった。


 彼女の想定通りに、事が運んでしまった。


 彼女達は――ファナを守りきる事が、出来なかったのだ。



 けれど……もうそんな事は関係ない。


特に、ファナの姉である……クシャナ・アルスタッドには。




「ファナ、ファナ……っ! や、やだよ、ヤだよ……っ、お姉ちゃん、ファナが死んじゃうなんて、そんなの、ヤだよ……っ!」



 ボロボロと涙を流しながら、ファナの身体を力いっぱい抱きしめるクシャナ。


既に変身を解除し、聖ファスト学院の制服がファナの血で塗れる事など、気にする事も無く……ただ嘆き続ける。



「ねえ、ねえお願い、お願いファナ……目を開けてよ……お姉ちゃんって呼んでよ……っ、お願いだから……っ」



 どれだけ嘆いても、どれだけ涙を流しても――結末は変わらない。


ファナ・アルスタッドという少女の人生は、ここで終わる。




――その筈だった。




「ん、んん……っ、なに、お姉ちゃん……」



 ファナは、そう呑気な声を上げ、まぶたを擦りながら、目を開けたのだ。



「……え?」



 心臓を貫かれ、人がおおよそ流して生きている筈もない血液を垂れ流し、それでも尚、ファナは意識を取り戻した。


今、ファナの身体を貫いた筈の痕に、アマンナが触れても――その傷跡は塞がっていた。



「傷口が……塞がってる……?」


「なん……なんで……? ファナ、大丈夫……なの?」


「大丈夫って……何が?」



 まるで自分が瀕死の状態であった事を知らなかったと言わんばかりに首を傾げるファナと。


何が起こっているのかもわからず困惑するしかないクシャナとアマンナ。


そんな中……ルトが苦虫を噛み潰したような苦々しい表情を浮かべ、ファナの首筋に手刀を入れ込んで気絶させる。



「ル、ルトさん、何を……っ」



 状況を把握できず、困惑するしかないクシャナが何とかそう問いかけるも、ルトは重々しい口を開き、クシャナとアマンナにしか聞こえぬ言葉を述べるのである。



「聞いて、二人とも。……ファナちゃんは、死ねないのよ」


「……え?」


「ファナちゃんは、アシッドなの。……食人衝動を抑え込む事を可能とした、生まれながらにしての……【新種のアシッド】なのよ」



 ルトが何を言っているか、その言葉の意味を頭の中で咀嚼できずにいたクシャナだったが。


 意味を理解する事が出来た瞬間――思考が限界に達したと言わんばかりに、意識を失い、倒れるしか出来なかった。

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