大源太山の怪異
Nさんの証言
8月の半ば晴れの日、僕と兄は新潟、湯沢町と群馬、みなかみ町の県境を通過する国道17号線の、三国峠から大源太山(1598m)を目指した。
大源太山は渡渉、急登、やせ尾根と変化に富み登山中級者向けの山。
ゆっくりとムリをせず、登る。やせ尾根は幅が20センチに満たない所も続き、足を滑らせ転がり落ちたら、ただでは済まない。慎重に行かないと。
順調に何事もなく、大源太山に到達。ビバークすることにした。
夜半、ざわざわと音がする。兄を起こした。
「何か、変な音がする。クマかな」
「まさか、こんな所にクマなんか出ないよ」
「じゃ、何なのだろう」
「う~ん」
僕らはそ~と覗いて見た。すると、登山装備の男女が通り過ぎた。
登山装備は当たり前だが、妖しい。じつに、気配が妖しい。
声を掛けそびれているうちに、男女はザッザッと行ってしまった。
「この真夜中に歩き廻る何て、正気か。あいつ等、大丈夫なのか。追わなくていいのかな」
「こんな夜中に追うのは危ない。あんな怪しい奴らを追って行ったら、命が幾つあっても足りないぞ」
「そうだね」
僕らは、そのまま寝ることにした。
翌日、大源太山周回コースを経て谷川岳方面、一の倉沢を目指す。
途中、平小屋で一泊。オヤジに大源太山、夜半の男女の事を話すと、
「ああ、あれ。遭難死した男女だよ。よく、目撃されるんだ」と、あまり驚いてはいない。オヤジ、歯牙にもかけない感じだ。
山に怪異は付き物らしい。
帰り道、怪異の埋め合わせでもないのだろうが、太陽を背にした時、目の前の靄に巨大な二つの影が出現、その周りに虹色の光輪が見えた。
初めて見る、ブロッケン現象だ。非常に稀な条件下で現れる現象だ。
映画の一場面のような、神が降臨したごとくの感動的な出来事だった。
山の神に感謝。感動を共にした兄にも感謝。
「ありがとう」
僕らは合掌した。
やっぱり、山はいい。
それにしても、怪異といいブロッケン現象といい、当たる時は当たるもんだ。