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その手に天秤を

 帝国の戦争が終えてから二年。

 長く続いた戦後処理もようやく終わり、穏やかな日々が過ぎようとしている。

 冬が終わり、春を迎え。咲き誇った花が散り、青々とした緑葉が広がる頃に入ると、ジェヴァの街中は一気に活気づいた。


「――はぁ」


 ラウは背筋を大きく伸ばす。

 終戦をしてからも恩師の屋敷にそのまま住んでいる。

 実家に戻ることも考えたが、戦いを終え、自分は何をするべきか考えた末の選択。

 机の上には算盤と天秤、大量の書類の山が積み上がる。


(帝国もタカ派とハト派の対立が明確に……か。ワイバーンの次はダイアウルフ、あの国の平和はまだ時間がかかりそうね)


 窓から外を覗いてみれば、自身とは対照的に、うつろうつろとしている日向ぼっこ中の大鷹が見える。呑気なものねと笑みを浮かべると、大鷹はふと頭を上げた。

 それからすぐ、屋敷の呼び鈴が鳴った。


「ラウ姉さん、掃除に来ましたー」


 玄関に明るい声が響く。

 日に焼けた肌は相変わらずだが、伸ばした髪に艶が出ている。


「いつもご苦労様タリア。お店の調子はどう?」

「はいっ、今日も千客万来、売り切れ御礼です!」

「あら、よかったじゃない。だけどそろそろ屋台だと追いつかないわね……今度ロインを呼んで、店を持つ計画を立てさせなきゃ」


 タリアはあれからもロインの屋台の手伝いをしている。

 愛した人を喪ってから色恋を考えないようにしていたものの、彼女の献身的かつ太陽のように明るい笑顔から目を背けることは出来なかったようだ。

 今は彼女の家に転がり込んで一緒に生活している。弟や妹たちも慕っており、一緒にパン作りをしたりと明るく過ごしているらしい。


「その、ラウ姉さんは結婚とか、考えないんですか?」

「え、私? んー……そうねえ」


 ラウは未だに独身を貫いている。

 あと二年、三年もすれば『行き遅れ』の烙印を押されてしまう年になる。

 タリアはそれを心配したのだろう。


「この仕事をしていると無理みたいね」

「そんな……姉さん、美人なんだし勿体ないですよ! 結婚したい人、いっぱいいるって聞きましたよ!」


 事実、ラウにはたくさんの縁談が舞い込んでいた。

 戦争における立役者。ワイバーンの王とその配下を多数屠り、陰では帝国の戦力を大きく削いだ会計官である。そこに加えて男たちを惑わす美貌を持つ独身女となれば、各関係者、各貴族、果ては王族から声がかかってもおかしくない。

 しかし、あれやこれやと財宝や厚遇を添えてきたが、ラウはすべて断っている。


「天秤の片皿に仕事を乗せるとどうしてもね」


 すると屋敷の外で、大鷹がピィピィと鳴いた。

 それと同時にワイワイと子供たちの声が聞こえてくる。


「あら、生徒さんたちがきたようですね」

「ほんとね。タリア、申し訳ないけど部屋とお菓子を用意してもらえるかしら」

「はいっ、任せてくださいっ」


 ラウは玄関口に向かうと、そこにはたくさんの子供たちの姿。


 ――これなら教鞭も執れるかしらね


 恩師の遺志を引き継ぐ、もう一つの“仕事”だった。


「「「ラウ先生っ、今日もよろしくお願いしますっ」」」


 子供たちが声を揃えて頭を下げる。

 ラウも「はい、よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げる。


「部屋を用意してもらってるから、少し待っててね」

「「「はーい」」」


 まだまだ先生の域ではない。

 けれど子供たちと一緒に学んでゆけると思い、週に二回、会計を教える学問所を開設した。

 ……が、これも簡単にはゆかなかった。

 ジェヴァは金・銀・銅の等級に分かれているのもあり、ラウの考える『会計学に身分なし』が理解されず、開設にあたるまで各方面の説得にあたり続けた。


 ――自身は小さな村育ちの商人の娘

 ――先生が会計の知識を備えてくれたから今がある


 大商人の子供であっても〈ジェヴァの会計学〉は完璧ではない。

 たまに大鷹をけしかけたこともあったが、根気強い説得が実を結んで今に到る。


(子供たちに貧富の差なんてないのね)


 子供たちの身なりはバラバラ。

 いかにも高級な召し物もあれば、ツギだらけの服を着ていたりする。

 最初こそギクシャクしたものもあったが、今ではお互いの考えを尊重し合うように。金持ちだから貧乏だからと頭ごなしに否定せず、会計や商売について、熱心に議論をしている姿も見受けられるようになっている。

 それにはラウがメイドの仕事を通じて備えられた教養・礼節・品行も関係しているのだが、もちろん当人は気づいていない。


「先生っ、今日は何を勉強するんですかーっ」

「んー、そうねえ」


 ラウは指を頬にあてて考えた、その時――


『ラウ様ッ! ラウ様ッ!』


 屋敷の外から剣呑な声がした。


「ラウ様ッ、ウェントス北部の高原にて山羊のダイアクラスが発見されたとのことッ! コーデリア様が出るらしいのですが、何をしでかすか分からないので支援を求めるとのことですッ!」

「あー……うん。私が行かなきゃダメね」


 先輩であるコーデリアはその戦いぶりが気に入られ、ウォークスの相棒としてウェントス国に移っている。

 あまり賢くない二人の相乗効果は凄まじく、人が語る武勇はどれも常識を外れ、たびたび脚色をしているのかと疑われた。


「みんな、申し訳ないけど今日はお休みになるわ。お菓子だけ食べていってね」


 ラウは子供たちに告げ、玄関にかけていたコートを手に取る。

 戦争の報酬を聞かれた際、ラウは苗字拝領を願った。


「サニー、行くわよっ!」

「ピュイッ」


 世界に憧れた少女は、大鷹に跨がる会計官に。

 恩師から賜った天秤と名を掲げ、今日も空へと羽ばたくのだった。

※【その手に天秤を ~鷹に乗る少女は会計官となり、世界を蝕む翼竜に挑む~】は、これにて完結となります。

 1ヶ月半に渡る投稿となりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。


 もしよろしければ、評価等もいただければと思いますm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] サニーの鳴き声の可愛さで最後まで読めました。都合の良い話しばかり読んでたせいか戦争の悲惨さが胸にきました。 サニーまで失ったら読んでる私が立ち直れなかったかも。サニーをもふもふしたいです。…
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