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第12話 義を重んずれば、因果もまた義となる

 宵のうち。大監査はようやく落ち着きが見え始め、ラウも少し早く屋敷に戻ることが出来るようになった。

 城に泊まることも多いので、使用していない部屋やそこに繋がる廊下には薄くホコリが積もっている。まだ恩師の居室にも足を踏み入れられておらず、『向き合わないと夢の中で怒られちゃいそう』と面影を浮かべながら苦笑する。

 就寝の準備を始めていると、急に外にいた大鷹がピィピィうるさく鳴いた。

 番犬ならぬ番鳥である。タリアや弟のロインの時とは違う、鬱陶しそうなそれは城の使いにするものだ。

 しかしこんな時間にと訝りながら、ラウは呼び鈴が鳴るより早く扉を開いた。


「ラウ事務官。夜分遅く申し訳ないが、城まできて欲しいとのことである」

「城に……監査の件でしょうか?」

「分からん。王からの直接の依頼だ」


 それを早く言って、とラウは大慌てで屋敷の中に駆け戻った。

 恐らく寝着姿を長く見ておきたかったのだろう。屋敷を出た際、兵士は大鷹の頭突きを受けて盛大にすっ転んだ。


 会計官の軍服に着替えたラウは即座に城へと飛んだ。

 戦争が近いとは思えないほど穏やかな街の上空、城もまた穏やかなかがり火が揺れるだけであったが、ラウの自慢の遠目は、入り口に見覚えのある馬車が停まっているのを捉えていた。

 灰色の旗にサソリの印。それはラウの記憶に新しく――


「まさか、ウェントスの――!」


 ラウはその傍に降り立つと同時、指示された謁見の間に走った。

 長い廊下を走り、夜のお勤めの使用人を押しのけ。

 そして目指していたその扉まで迫ると、作法もなく、ぶ厚い扉を押し開いた。


「し、失礼しますッ!」


 中に居たのは、灰色の外套をした男が二人。

 一人は痩躯で、女のような長い黒髪。その隣に立つのは大男で、ラウには見覚えがあった。

 ラウは視線を集め、あっと顔を赤くしながら頭を下げた。


「も、申し訳ありません……!」


 この姿を見て大男は哄笑した。


「がっはっは! カトゥスが死んでベソベソしていると思っていたが、大丈夫そうだ! 気に入ったぞ!」


 大男――それはカトゥスの兄・ウォークスであった。


「お前は美しい女なら誰でも気に入るだろう」


 やれやれ、と首を振る痩躯の男。

 ラウには見覚えがなく、誰だと思っていると向こうから目を合わせ、口元だけ笑みを浮かべた。


「イグニス・バルハ・ウェントスと申す」

「イグニス……あっ!」


 それはウェントス王家の長男であった。

 ラウは慌てて居住まいを正し、腕を胸の前で交差させながら膝を折った。


「ご無礼を重ねて申し訳ありません。私はリンデ村のラウと申します」

「なるほど、カトゥスが命を捧げたのも分かる。見た目に劣らず素養も高い」

「そ、その……カトゥス様のことは――」

「申し訳ないと思う必要も、謝る必要もない。あれも武人の子、その最期を飾らせてくれたことに感謝しているのだ」


 穏やかな口ぶりであったが、冷酷さが感じられた。

 カトゥスは次男のウォークスについてはよく口にしていたものの、長男のことはあまり語らず、ただ『血が通ってないと思われがちだ』と言っただけ。

 愛想がなく冷たい目を見れば、確かにそう思われるのも無理はないとラウは感じた。


「う、ううっ、カトゥスが……! うおおおん……っ、兄ちゃんは、兄ちゃんは悲しいぞおお……っ! 絶対に、絶対に帝国をぶっ潰してやるからなああ……うおおおおおおおおおおん……っ!」


 一方で、こちらは感情と血が多すぎる。


「うるさいぞウォークス。いつまでも嘆くな」

「だってよお……あいつ、青い空を見たことないんだぜ……! 死んだも夜も、棺桶の中も真っ暗でよお……うおおおおおんっ!」


 その言葉にラウはハッとなり、唇を噛んだ。

 イグニスは呆れ顔を浮かべると、傍に置いていたカバンから布包みを取り出した。

 それをラウの前で包みを解くと――


「こ……これは……」

「帝国の将から送られてきた。剣の礼だとな。なんのことかは知らぬが、出来た将もいるらしい」


 包みに納められていたのは、皮の面覆い……。

 それは忘れたくとも忘れられない、愛し人のもの……。


(剣って、まさか……)


 初めて人の命を奪い、戦果を挙げた将の剣のことか。

 ()の人が考えて事業のために手放し、それが巡り巡って愛した男の遺品として……ラウは面覆いをぎゅっと胸に抱き、憚らず涙を零した。


「帝国とぶつかる日取りが決まったので、話したいのだが……」


 イグニスはウォークスとラウを交互に見て、仕方あるまいと酒を求める。

 部屋の中にジェヴァとルデラの王がいたと気づいたのは、ひとしきり泣いたあとのことであった。


 ◇


「――二週間後、ですか」


 車座に加わるラウは訊ねた。


「そうだ。農繁期の盛り、収穫した作物をまとめ冬備えに入る頃を狙う。もう既にバローナに暗部を送り、内乱を煽っている」


 イグニスは冷徹ともとれる語り口調だった。

 ウェントスには〈フクロウの目〉と呼ばれる組織があり、諜報や潜入、暗殺などを請け負う。

 これまで帳簿を調べてきたのは彼らか。会計の知識まで備えた彼らの能力に、ラウは身震いしそうになった。


「バローナの将は王子のエリックが出る。失った右腕の義腕を作らせてでもな」

「義腕……?」

「カトゥスにやられたそうだ。あいつは暗部の戦闘術を備えていたからな」


 するとウォークスが「分からねえなあ」と腕を組んだ。


「腕をやれんなら、首取れたはずだろう? そうすりゃアイツの名前はもっと上がったぞ」

「王のレグレサが出てきた方がもっと厄介だからだ。愚王は生かしておいた方が()()()()()()()


 時間稼ぎとワイバーンを引っ張り出すこと。

 前王に比べ、短絡・短気な王子の求心力は弱い。プライドが高く、カトゥスに敗れた屈辱は計り知れず、この戦いは意地になって出撃するに違いないとの考えだった。


「三ヶ月の時間稼ぎが重要なのだ。王子を無視してターンオーバーで攻められていれば、逆にこちらが不利になっていた」


 イグニスはラウを見ながら言う。

 よく追い打ちをかけた、と語る目であった。


「親父も『三ヶ月だ』ってよく口にしてたが……何でだ?」

「まったくお前は……バローナは農繁期に入るからだ。不信が募ればなお、兵や金を出さない理由にも出来る」

「おいおい」


 ウォークスはため息を吐いた。


「戦う前から敗北の備えかあ?」

「私が王ならば、どうして息子は死んでこなかったのかと失望する」

「なら楽勝だ。負けることを先に考える奴は弱いからよ」


 話はそこで一度区切りがつき、頃合いを見計らってイグニスが地図を広げた。

 ジェヴァとルデラの王が覗き込む。既に布陣が決まっており、細かな字であれこれと書き込まれている。

 名目上はウェントス国の戦争である。

 ターリースとウェントスの間、〈ルザール平原〉と言う地域でぶつかるようだ。


「バローナの総兵力は十万。しかしこちらは、傭兵を雇ったとしても七万に満たない」

「うむ……ジェヴァはリュイエールにも兵を送らねばならず、ステルダムも守りが必要になるので増援の期待は出来ぬだろう」


 ジェヴァの王は難しい顔で顎を揉んだ。

 相手はワイバーンを三体投入するのも含めると、その戦力差は軽く二倍を超える。


「戦いは数で決まるがよ」


 ウォークスは鼻を鳴らす。


「士気と勢いが何より肝心だ。王の首を取れば一気に総崩れよ、俺はそうしてぶっ潰してきたし、これからもそうする」


 帝国はワイバーンを主軸にしている。

 もし失うこととなれば戦場への影響は大きく、崩壊にも繋がる。

 そうなると、自然とラウに視線が集まった。


「ダイアホークの騎手よ。我らは絶対勝利の陣を構えるが、それでも貴殿がワイバーンを仕留められるかどうかにかかっている。我が弟の仇を討ってくれ」


 王を仕留めろ。

 それがラウに課せられた役目であった。

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