表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/76

第3話 雀百まで踊り忘れず。鷹は飯を忘れず

「……やはり、先生は長くないのですか?」


 翌日の深夜。ラウはフレリアに呼ばれ、診療所の応接室に入っていた。

 目の前に差し出された紙には【腹部に腫瘍、ほか】と書かれている。


「もって二週間、短ければ夜明けまでというところよ」

「そんな……」


 あんなに壮健そうだったのに、実際は余命(いく)ばくかもないなんて。

 恩師の残された時間を告げられ、ラウは失意に陥った。

 だが肋骨が浮き出るほど痩せていたり、起き上がるのも困難を極める様子から覚悟は決めていた。しかしこうして、医師から宣言の前ではショックを隠せない。


『まったく、ここぞとばかりに人の怨念がやってくるよ』


 頭は聡明なままで、(わずら)うたび口癖のように繰り返す。

 この様子ならばまだ半年くらい猶予がある――そうと思いたかったのだ。


「実はね……ラウが来るまで、明日も分からない状態だったのよ」


 誰もが時間の問題だと思っていた。

 しかし呻きに音が含まれていることに気づいたフレリアは、口元に耳を近づけてみると、濁った呼吸の中に『ラウ』との言葉を聞き取った。

 咄嗟に『ラウを呼びますから』と呼びかけてみれば、その途端、恩師はそれを待つかのように容態お落ち着かせたと話す。

 これにラウはポロポロと涙を零した。


「言葉は全部聞き取れなかったけれど、『ラウ』『屋敷』って単語を言っていたわ。それと……『問題』かしら」

「問題、ですか?」

「今際の際に昔の記憶を見る人もいるけれど、私が思うに……あれは何とかして伝えようとしていたように思えるわ。入院した時から、しきりに残された時間はどれだけかと訊いてきてたし」


 ラウも介添えをしていた最中、似たようなことを言っていたと思い出す。


 ――ラウ、私が死んだらルデラの屋敷は貴女が管理しなさい

 ――そして何があっても、すべて終わるまで屋敷から出るんじゃない

 ――葬式、その他の大きな事件があっても

 ――私は予定よりも早いお迎えがきそうだからね


 その時は『先生はまだまだ生きますよ』と笑った。

 だがフレリアの言葉を聞いた後では、何かを待っているような口ぶりに思える。


 ◇


 涼しく柔らかな風が吹いていた。

 診療所は小高い場所に建つため、外に出れば生活明かりが灯る街の息遣いが感じられる。

 再び涙が頬を伝い始めると、ぬっと脇から大鷹が現れ、濡れた頬を拭うように優しく顔をこすりつけてきた。


「ふふ、ありがとうサニー」


 よしよしと大鷹の頭を撫でてやる。

 大鷹は嬉しそうに目を細め、ピィピィと鳴いた。


「そうよね。残された時間が短いなら、それまで充実した時間を過ごせばいいのよね」

「ピィ」

「カトゥス様は『こちらの心配はいらない』って言ってたけれど、やっぱりちゃんと報告しておいた方がいいわよね」


 紙を取り出し、さらさらとペンを走らせる。

 恩師の容態と残された時間、会計官の務めを果たせないことへの謝罪。そしてフレリアが宿を取ってくれたので、しばらくそこに留まること――ここまでは既に頭の中でまとまっていたのだが、最後の一文は少し時間がかかった。


 ――愛する貴方の胸に飛び込みたい


 夜でなければ顔が真っ赤になっていることだろう。

 書きなれない言葉なので、字もふわふわとした歪んだものになっている。


「サニー、これをカトゥス様の下に届けてくれる?」

「ピィー……」


 面倒くさい、と言いたげに鳴いた。

 ターリースでの餌は、人間でも飽きるエビが殆ど。最近ではミミズの方がマシだとばかりに、ロインや相棒のダンに土を掘らせるくらい不満を抱いている。

 一方、ここ・ジェヴァには大鷹の好物でもある大鶏・ブラウマを飼育するタリアの養鶏場がある。どちらが()()()()()()をするのかは一目瞭然だった。


「まったく、こんな時ぐらい素直に『はい』と言いなさい」

「ピューピ」

「しょうがない、ロインにパンを焼いて、ダンにはソーセージを与える手紙も入れておくわ」

「ピッピ―ッ♪」


 その言葉を待ってた、とばかりに大鷹は嬉々として飛び立つ。

 地上から見送るラウは「ホント、現金な鳥なんだから」と首を振っていた。


 ◇


 夜更けに入る頃、ターリースの厨房では二つの影が揺らいでいた。

 作業台の上に飲みかけの麦酒を置いて、腰をかけたルーシーと抱き合うロインの姿。貪るような口づけを交わし続けながら、ルーシーはメイド服のボタンを上から外してゆく。

 ロインにはまだ自制がなく、情事への期待に興奮を抑えない。

 風が強く吹いているのか、ドンドンと扉を叩く音がしても、女の襟に両手を差し入れ、肩からするりと服を剥ぐ――たわわな乳房が露わになると、いよいよ我慢が出来なくなる。


「ああ、ルーシーさん……」

「ふふ、いいわよ……」


 ルーシーは艶めかしい笑みを浮かべ、両ひざを持ち上げたその時――バァンッと扉が勢いよく蹴破られた。


「ゲェェェェェェェェェーーッ!!」

「うわあッ!?」

「きゃあああーッ!?」


 けたたましい咆りをあげたのは大鷹であった。

 ロインは咄嗟にルーシーから離れ、ルーシーは慌てて胸元を隠す。


「ゲェェェェェェェェェーーッ!! ゲェェェェェェェェェーーッ!!」


 大鷹は翼をばたつかせ、勝手口前で怒る。

 何度もノックした、と言いたげだ。


「わ、悪かったサニー……っ、だから、な、怒るな!」

「ゲェェェェェッ!!」


 大鷹の怒り収まらず、強引に勝手口の壁を破壊しかねない勢いで頭を突っ込み、身体を入れようと前進する。


「うわああっ!? ま、まてまてっ! 姉ちゃんは、姉ちゃんはいないのかっ!?」


 ロインは慌てて姉の姿を探した。

 だが、どこにも姿が見えない。


「ケェッ!」


 大鷹は鞍に据えたカバンに首を伸ばし、そこから一通の手紙を取りだした。

 ロインは姉からだと思い、受け取って中身を確かめる。


【ロインとダンへ

 サニーは嫌々そっちに向かっているので、パンとソーセージを与えてあげてね。

 それともう一通はカトゥス様に渡してちょうだい。

 PS.中は絶対に見ないこと                      】


 ああ、と思い振り返る。

 翌日の仕込みの最中で、生地をこね終えて発酵させるところだった。

 そこにちょうどルーシーがやってきたのだが――


「ああっ!?」


 ロインは思わず声を上げた。

 机に置かれていたコップが倒れ、中に入っていた飲みかけの麦酒が、生地をひたひたに浸けていたのである。

 パン生地に麦酒を使う地域もあると聞いている。

 しかし麦酒の風味と甘みが強いので、一度やってダメだと判断したのだ。


「あちゃー……」


 ルーシーも『しまった』と言う顔だ。


「まぁ、ちょうどサニーのに出来るか」


 ロインの言葉に、大鷹は「ゲェー?」と下から睨む。


「い、いや、この生地の分、全部食べられるってこと」

「ケェ」


 ならよし、と大鷹は満足そうに。

 すると騒ぎを聞きつけたメイドや使用人たちがそこに、手にホウキや木の棒などを握って駆けつけてきた。

 群衆の先頭はダンであり、大鷹の姿を見て驚いたが、


「ああ、ダン。ちょうどよかった、姉ちゃんがサニーにソーセージをって――」

「いや」


 ロインの言葉を遮り、ダンは大鷹からルーシーに目を向けた。

 ワンピースの背中ボタンは一つだけ留めたまま。スカートの尻部分が白く、その足下には白い布きれが一枚――


「あ゛っ!?」「あ゛っ!?」


 慌てて拾い上げるルーシー。

 そして苦笑いで誤魔化そうとするのだが、同僚たちはみな呆れかえっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ