第6話 不正は足で見つけるもの
ラウは大鷹に乗り、西方に進んでいた。
今度はヴェローシェの森を飛び越えるのだが、少しだけ高度を上げて。羽を休める時も、一番高い木の上――その幹に熊の爪痕を発見した時は、少女と大鷹はどちらも仰天して跳び上がった。
上空から眺める光景は、大森林との言葉が相応しい。
だが、ひとたび方角を間違えば一生出られないような、恐ろしい雰囲気を醸している。
「もしかしたら、あの大狼は私たちに警告しにきたのかもね」
「ゲェッ!」
「はいはい。襲撃してきたら敵ね」
大鷹は奇襲を受けたことが腹立つらしい。
この話をすると不機嫌になるのだ。
「だけど、そう思うと辻褄が合うのよね」
ダイアクラスが鉢合わせれば命のやり取りとなる。
ナワバリ争いの最中となれば、最悪は泥沼化することだろう。
(あまり人の死を歓迎したくないけれど、おかげで商人たちは帝国に通じることが出来なくなったのよね)
森からのルートが途絶え、護衛の大鷹も役に立たない。
得られる金に対してリスクが大きければ、まともな商人ならば断念せざるを得ない。
犠牲の天秤――何を代償にしてコトをなすか。その意味が分かろうとしていた。
「あっ、あれがリュイエールかな!」
森の果てが見え始めた頃、ラウは豆粒のようなものを指差しながら声を張った。
地上の緑海を渡ること二日。ようやく心身を休められる。
「堅牢な城って言葉通りね……ステルダムの水上要塞も凄かったけど、こっちは海がなくても攻め落とせる気がしないわ」
「ピィ……」
茶色の城壁はどこまで伸びているのだろうか。
近づけばその大きさ・高さは度肝を抜き、壁に残された幾多もの傷跡は、長い戦争の歴史を物語っていた。
これを越えられるのはワイバーンくらいだろう。
壁の上に立つ見張りがに指示を出すのを見て、ラウは慌ててカバンから白い布を取りだし、大鷹の上で振り回した。
「申し訳ありませーん! リュイエールに用があるのですがー!」
声を張り上げたラウに、兵士は弩弓台の待機をさせたまま、
「どこからおいでになった!」
と、訊いた。
鈍色の鎧の下には橙の軍服を着ているのかと思っていたが、よく見れば紺と赤も混じった縦ストライプになっていて、随分と派手派手しい。
「ターリースからです! 主人から、身分の証明書も預かっています!」
兵士たちは警戒を強めた。
ターリースは帝国とも繋がりがある。警戒するのも無理はないだろう、と思っていると、中の一人がリーダーと思われる者に何かを話しかけると、
「ジェヴァの同志であったか! 隊長に連絡をするので、壁を越えたら北に向かい、城門前で待たれよ!」
なるほど、ここは前線基地であるらしい。
大きく身体を振り、飛び越えてゆけと指示を出す兵士に従い、ラウと大鷹は城壁を越えてすぐ北に進路を取る。
建物各所から兵士たちがぞろぞろ出てきては、あれは、と指さし合って話し合う。重厚な鎧に身を包む者が多いのだが、ラウはその風貌に「あれ?」と首を傾げた。
「なんか、ジェヴァで見たことある気がしない?」
「ピィ」
台形のバケツを逆さにし、横にスリットを入れたような兜。転べば自力で起き上がれないような重厚な鎧――彼らは重装兵と呼ばれ、敵の騎兵の突撃や銃弾を防ぐ“壁”の役目を担うのだが、その防具の形状がジェヴァで見たのとそっくりなのだ。
「ジェヴァから輸入しているのかしら?」
ラウは指示通り北に向かっていると、先ほどと同じように、今度は鈍色に輝く高い城壁が浮かび上がってくる。
先ほどの壁が銅とすれば、これは鉄か。
格子門が降りるその前に重装兵の格好をした男が一人、腕を組んで待ち構えているのが見え、ラウは大鷹の手綱を握って降下した。
「これはダイアホークの騎手どの。ひと目お会いしたいと思っておりましたぞ」
降り立つと同時。
男は柔和な笑みを浮かべ、金属鎧を打ち鳴らしながら寄ってくる。
「初めまして、ラウと申します。お騒がせしてしまって申し訳ありません」
「いや、ヴェローシェの森はダイアクラスが暴れていると聞く。いきなり来られるのも無理もないでしょう」
四角い顔をした、温和そうな中年男だった。
黒に近い茶色の髪をし、柔らかそうな口ひげをしている。身体は大きいが、巨躯と言うよりは『恰幅のある』と言った方が正しい。
丁寧な仕草で「ベルナーでございます」と名乗ったことから、素養も備わっていることも窺えた。
「ターリースからと窺っておりますが、間違ってないですかな?」
「ええ。ルデラ国軍を離れ、今はターリースに勤めておりまして……」
なるほど、と男は困った表情で顔を掻いた。
「街の者は帝国に対する警戒心が強いので、あまり刺激なさらぬようお願いします。ターリースはあまり印象がよくなくて」
「重々承知しております」
まず中へと招かれ、城門を潜ったその途端、
「こ、これ、街なの……?」
「ぴ、ピィ……!」
ラウと大鷹は愕然とその場に立ち尽くした。
見渡す限りの石造りの建物。形状はまるで城塞の施設の一部のようで、階段と細い石畳の通路がそれぞれを繋いでいる。
前方と左右に広い道が伸び、その果てには果てに見える川には跳ね橋がかけられ――物見の塔も各所にあり、すぐ近くのそれをラウと大鷹は、口を開いたまま見上げ続けていた。
「はっはっは! どうですかな、堅牢と名高い城塞都市は!」
「帝国が攻めあぐねる理由が分かった気がします……」
「そうでしょうとも! たとえワイバーンすべて投入しても、ここを陥落させるのは容易ではありませんぞ」
ラウは周囲をぐるりと見渡した。
大鷹の姿に兵士たちは驚くものの、誰も敵意を向けようとはしない。
彼らもまたベルナーと同じく重装兵で、先ほど気になった鎧兜と同じものを装備していて、ラウは「あの」と口を開いた。
「彼らの装備は、ジェヴァと同じものなのでしょうか?」
「うむ?」
ベルナーは兵士に目を向けると、ああ、と納得の声をあげた。
「ジェヴァの装備の殆どは、我々が製造・販売しておりますからな」
「えっ!?」
「帝国兵を相手に、その性能は実証済み! ここリュイエールは良質な鉄が採掘できるので、注文が多いのです!」
言って、ぶ厚い小手を胸の前に掲げる。
ジェヴァの上級兵が装備する金色の小手は、ここから届けられたのを工房に持ち込み、塗装をするらしい。
聞いたラウは顎に指をかけ、宙に視線を向けた。
「つかぬことをお伺いしますが、その小手はまとめて発送ですか?」
「まぁそうですな。たまに一つだけなことがありますが、その時は他の荷と一緒に届けておりますぞ」
「では、まとめての場合は少し値引きを?」
「どうであったかな……私は現場が主なので、詳しくは……ここで購入すれば8デフト銀、ノヴィー銀貨では7枚と銅貨2枚だったか。おおよそ1割、2割ほど引かれるのでは?」
「ふむ。――サニー、ちょっと算盤を取って」
大鷹はひと鳴きして鞍から算盤をくわえ、ラウに。
受け取ったラウはパチパチと珠を弾き、続けてメモ帳にあれこれと数字を書き綴ってゆく。
ベルナーが怪訝そうに見つめること僅か、ラウは「なるほど」とひと言。
「ベルナー様。次に注文が入れば、『金色の天秤が、仕入れ値を厳重にチェックします』とお伝えください」
ラウの目は静かな怒りを称えていた。
自国で購入するよりも安く仕入れられる。ジェヴァでの帳簿を確かめた際、やけに武具の購入代金が一定だと思っていたが、なるほど伝票を書き換えていたのか。
「ふふふ……大きな監査が行われそう」
冷たい笑みを浮かべる姿に、ベルナーと大鷹は、二歩、三歩、後ずさりするのだった。




