4 転生仲間との話し合い その3
「時代はスチームパンクだと思わねぇか?」
「未来永劫来ないよ! そんな時代!」
新しく作る街をどうするかの話し合い。初っ端から明後日の方向に持って行こうとする八雲にツッコミを入れる。
「何故だ!」
「そこで聞き返すお前が怖いんだが。そんな異次元文化、広められる訳がないだろ。
転生者、皆での話し合いで決めた筈だ。転生前の文化や技術を元にした、こちらの世界への短期間での過度な干渉は、文化侵略になりかねないから自重するって」
「ちゃんと自重してるぞ?」
「本気で聞き返して来るお前に2度目の恐怖を感じるんだが。ちなみに、自重しないつもりなら、どこまで進める気だ」
「自己増殖機能とかつけたい」
「元の世界でも大惨事だよ!」
「巨大ロボットとかロマンだと思わないか?」
「分かる。でもダメに決まってるだろ」
一部、頷きそうになるのをぐっとこらえ、八雲の案にダメ出しをする。
すると、それまで黙っていた出雲が、今度は口を挟んできた。
「だったら、蒸気機関車ぐらいは作らせて欲しいのだ。新しく作る街に作っても良いし、他の都市と都市を繋げる交通網を作っても良いのだ。これならみんなの役に立つから、問題ないのだ」
突拍子さを消した、現実的と言っても良い案を出してくる出雲。
それに八雲は口を出さずに黙っている。
それは何かあれば、助け舟を出そうとしているように俺は感じた。
(ん……随分と本気っぽいな、今回は)
いつものようなお茶らけた態度で、本命の目的を隠してでも話を進めようとするような2人に、俺はチリチリとした嫌な予感を感じとる。
(さて、どういうことなんだか……)
即座に核心を聞いても良いが、2人が話し出し易いよう、少しばかり遠回りするように話を向けた。
「ドア・イン・ザ・フェイスって、知ってる?」
いぶかしげな表情をする2人に、俺は続ける。
「最初に通りそうもない非現実的な要求を出して、その後に通りそうな現実的な案を出してくる。
元居た世界じゃ、一般的な交渉術だよ。
いま、八雲と出雲の2人が、俺にしたみたいにね」
俺の言葉に出雲は表情を硬くし、八雲は渋い表情になる。そんな2人に、話を向けるように続ける。
「責めてる訳じゃないよ。むしろ、そういう交渉術を使ってでも、通したい目的があるんだって思ったら、嬉しい気持ちになるし、仲間として応援したくなる」
伝えるべき事を、まずは伝え、相手の言葉を待つような間を空ける。
僅かに沈黙が続き、さらに促すように俺が口を開こうとした瞬間、出雲が思いつめたような声で言った。
「蒸気機関は、すごく便利なのだ。今のこの世界の技術でも頑張れば、きっときっとみんな作れるようになるのだ。そうすれば、便利で豊かになって、良い筈なのだ」
「うん、そうだね。豊かになると思うよ、特権階級が更に」
俺の言葉に、出雲は泣き出しそうな表情になる。本人も、薄々予想はしていたのだろう。
そんな表情をさせているのが苦しくなるが、転生者達の調整役として、はぐらかすことなく返していく。
「特許が、今みたいになってるのをみれば、ほぼ間違いなく貴族と大商人が今以上の権益で肥え太るのは目に見えてるよ」
元居た世界なら常識の特許だけれど、これを王政府に提案したのは、俺たち転生者だ。
魔王を倒し、この世界で生きていくと決めた時、最初に悩んだのが、元居た世界の知識や技術をどれだけ伝えるかだった。
この世界は、元居た世界で言えば中世風の世界だ。王族から派生した有力な辺境伯が地方を治めているとはいえ、いまだに絶大な王権が成り立っている。
そして魔術や魔法といった俺達の世界には無かった技術があるせいで、科学的技術が一定以上のラインから発展できないでいる。
そんな世界で、元居た世界の知識や技術は革命と言っても良い可能性を持っていた。
だからこそ、俺達はそれを伝えるのを恐れた。
たとえば、蒸気機関。
蒸気機関自体は単純な構造だ。
高圧の蒸気に耐えられる金属成形や、蒸気圧によってもたらされる直線運動を回転運動へと変えるクランク機構があれば良い。
作り方さえ、それどころか有効性を伝えさえすれば、こちらの世界でも爆発的に広まる可能性があった。
そうなれば、燃料として大量の森が消え失せるのは確実だ。
場合によっては化石燃料の争奪戦も起るだろう。
他にも考えられる限りの弊害が、こちらの世界にもたらされるかもしれない。
同様の可能性は、他に幾らでもある。肥料を大気中から作る技術では、火薬や毒ガスを大量生産される可能性だってあるのだ。
俺達は、自分達がこの世界にもたらす物を恐れ、どうにかして制御できないかと考えた。
その時、一つの方法として出したのが特許だ。
王権を後ろ盾に、政府に申請した技術を一定年数優遇する制度。
特許に関する技術を使用する際は、特許者に一定数の特許料が発生するこの制度なら、誰がいつどの特許技術を使っているのかが把握し易い。
特許料の取り立てを王政府に委ねている以上、それは可能だと思った。
もちろん、甘過ぎる考えだったけど。
結論から言って、王政府はこちらとの約束を守らなかった。
自分達に都合よく、自分達の関係者には甘く、特許料を恣意的に操作した。
結果もたらされたのは、それまで以上の格差だった。
転生者が、元々こちらの世界にあった魔術的技術を改良した新技術を特許として出し広まったお蔭で、全体の経済力は拡大している。
けれどその恩恵の大半を得たのは、王侯貴族のような権力者達や、それらにおもねる大商人。
そうでない人達は、せいぜいコップ一杯のスープをより多く飲めるようになったぐらい。
それでも、みんなは喜び、王政府をこれまで以上に支持している。
なんのことはない。全ての手柄を、王政府に横取りされたようなものなのだ。
もっとも、それでも政情不安になるよりは万倍も良いけれど。
「なにか、あったの?」
俺は、八雲と出雲の2人に静かに問い掛ける。
2人とも、下手に元の世界の技術や知識を広めようとすればどうなるかは、特許の件で実感している。
それでも今回は、強く要求しているのだ。きっと、何かがある筈だ。
「リスクを無視して確約はできないけど、理由によっては、俺も協力する。
だから、教えて欲しいんだ、2人とも」
応えは、すぐには返ってこなかった。悩むような間を空けて、
「魔術協会が動き出したのかもしれない」
八雲は一つの懸念を口にした。