幕間 ミリィの想い ミリィの過去 その2 カルナへの想い
「ミリィ。手、どうしたんだ?」
鍛錬で傷付いた手。それを見詰めながら、カルナは心配そうに言った。
「ぁ……その、なんでもないです」
「なんでも無いことないだろ。なにかあったのか? ちゃんと教えてくれ」
「…………」
カルナの問い掛けに、その時初めて、ミリィは答えることを拒絶した。
心配させてしまうのが、嫌だったからだ。
それでも諦めずに問い続けるカルナは、ミリィの傷付いた手を痛々しそうに見つめていた。
たまらず、ミリィは自分の手を後ろに隠した。
自分がしたくてしている事で、カルナに心配させている事が後ろめたかったからでもある。
けれどそれ以上に、傷がついた自分の手をカルナに見られるのが恥ずかしかったのだ。
そんな気持ちを抱えながら、ミリィはカルナに答えた。
「カルナさまを、お守りするために、訓練しています」
「……は? なんだそれ、聞いてないぞ」
不安に表情を歪め、更に問うてくるカルナに、
「大丈夫です。カルナさまにお仕えした後にしていますから、ご迷惑はお掛けしません」
ミリィは自分では、カルナを安心させるように返したつもりだった。
けれどカルナは納得などできない様子で、
「なんでそんな事してるんだ」
しなくても良い苦労を止めるように言ってきた。だからミリィは、自分の想いを込め返した。
「カルナさまを、お守りするためです」
なによりも、カルナの役に立ちたいから。カルナに降りかかる不幸があれば、それを少しでも防げるようになりたいから。
カルナのことだけを想い、ミリィは言ったのだ。
その応えに、なぜだかカルナは呆然とした表情になった。そしてじわりと、恐怖が滲みかけ、
「ミリィ。体を鍛えるよりも、魔術を覚えた方が効率が良い。だから、魔術を教えてやる」
ミリィに有無を言わせぬ強い口調で、言ったのだ。
断ることは出来なかった。それほどに、その時のカルナの表情は、真剣だったのだ。
それからカルナに魔術を教わることは、何よりもミリィの楽しみになっていった。
カルナがミリィのために、何かをしてくれるだけでも嬉しくてたまらないのに、自分が頑張れば頑張るほど、褒めてくれたのだ。
「凄いな、ミリィは」
まるで自分の事のように、カルナはミリィの上達を喜んでくれた。
そして褒めてくれた。それがくすぐったくて、嬉しかった。
なによりも、これでもっともっと、カルナの役に立てるのが嬉しかったのだ。
だからミリィは、どこまでも努力した。
鍛錬を教わる老人に、魔術を覚えたことを告げ、それも合わせた鍛錬を頼んだりもした。
老人の、どこか憐れむような眼差しを受けながら、ミリィは強くなっていったのだ。
そうしたある日、カルナの父に、ミリィが魔術を教わっているのがバレた。
その後のことは、今でも鮮明に覚えている。
なぜなら、カルナがミリィのために、怒ってくれていたからだ。
言葉にする事は無かったけれど、ミリィをけなす父親に、カルナは静かに怒ってくれたのだ。
あとで一人になった時、ミリィは静かに泣いた。自分のために、カルナが怒ってくれたのが嬉しかったから。
嬉しくて嬉しくてたまらなかったけれど、その気持ちは決してカルナには伝えなかった。
伝えてもどうしようもないと、思っていたからだ。
この時には既に、カルナを主人としてではなく男として好きになっていたけれど、だからこそ余計に、何も言えなかった。
そんな気持ちなど、どうにもならないと自覚していたからだ。
けれど、決してその想いは消えてくれず、苦しさだけが胸の奥に残り続けた。
そうした日々は、カルナが15歳になった日に、終わりを告げた。
「ミリィ、私は家を出る。ついて来て欲しい」
夜。ミリィの部屋に訪れたカルナの言葉に、すぐに返す事は出来なかった。
けれど思いつめたカルナを放っておくことなど出来ず、カルナについて出ていったのだ。
それからのカルナは、ただただ、ひたすらにがむしゃらだった。
なんであろうと自分の利になることなら拘らず、見栄も外聞も投げ捨ててやり通した。
そんなカルナをミリィは支えながら、少しずつ恐怖と後悔が積み重なっていった。
なぜならカルナは、ミリィへの好意を言葉にはしないまま、隠そうとしなくなったからだ。
ミリィが傍に居てくれることを喜び、いつも労りながら、気遣ってくれた。
だから、思ってしまう。自分のことをカルナは、好きでいてくれていると。
そう思ってしまったからこそ、ミリィは恐怖した。
自分のせいで、カルナは家を飛び出してしまったのではないか、と。
カルナの未来を、自分のせいで台無しにしているのではないかと、恐怖した。
それと同時に、後ろ暗い喜びも感じずにはおれなかった。
カルナのことが大事ならば、今すぐどこかに行ってしまえば良いのに、そんなことは出来なかった。
だからせめて、少しでも多くカルナの役に立ちたかったのだ。
なのに、それは叶わなかった。
魔物に襲われ、カルナを守ることが出来ず、それどころか自分を助けるために、カルナは自分の身の危険も顧みず戦ったのだ。
(ごめんなさい)
毒によって失った意識が、ゆっくりと回復するにつれ、浮かび上がって来るのは、その言葉だけ。
カルナに返す言葉は、それしか浮かばなかった。けれど、
「ミリィ……」
愛する人の言葉が、暗い気持ちを吹き飛ばしてくれた。
(カルナ……さま?)
毒で体温が下がり、冷え切った手に、あたたかさを感じ取る。やさしく、強く握りしめてくれるカルナの手に包まれて、後ろめたさなんて感じる余裕は消え失せた。
それよりも、もっと強く、カルナのことを想う。苦しげに、自分の名を呼ぶカルナを少しでも楽にしてあげたくて、ミリィは声を上げた。
「カルナさま……」
ただ一言口にするだけで、弱った体は悲鳴を上げる。けれどその苦しみよりも、カルナの苦しみを取ってあげたかった。
「ミリィ……?」
呆然と、カルナは声を上げ、暗く落ち沈んだ表情が、ゆっくりとほころんでいく。
何かを口にしようとするけれど、強すぎる想いに何も言葉にならないカルナに、
「大丈夫です。カルナさまを、独りになんか、しませんから……だから、大丈夫です、カルナさま……」
ミリィは苦しげに、けれど意識せず自然な笑顔を浮かべながら、カルナに呼び掛けた。
それに応えるように、カルナはぎゅっと、強く強く手を包み込む。
ミリィもそれに返すように、手を握り返した。
言葉もなく、お互いが通じ合うように、2人は想いを重ねていた。
そんな2人が居る医務室の前に、2人の男どもが立っていた。
「……なんか良い雰囲気だから、入り辛いな」
「そんなラブ空間をぶっ壊せる五郎に憧れる~」
「壊さねぇよ。人をなんだと思ってんだ和真」
「リア充ぶっ殺すマン?」
「テメェを殺す」
毒で疲れ切った体を癒す料理を作り持って来た五郎と、そんな五郎を呼んで医務室まで案内した和真である。
2人は、部屋の中に聞こえないような小さな声で、
「いやぁ、甘酸っぱいなぁ。こういうの見ると、ちょっかい出したくなる。具体的には、とっとと押し倒せどーんっ、みたいな感じで背中押す感じ?」
「よーし。それしたら俺と戦争だからなテメェ。こういうのは、傍で見守ってるのがわびさびってもんだろうがよ」
とても楽しげに喋くり合っていた。
そんなダメな大人どもが若い2人を楽しんでいる頃、陽色達は今後の動きを決めるため話し合いを続けていた。




