11 秘密な会談 その4 友達になろう
「カルナ殿。貴方の言い分は分かりました。その上で、一つ私のお願いを聞いてくれませんか?」
にっこりと笑顔を浮かべながら言う俺に、
「はい。私が叶えられる事であれば」
カルナは身構えるような気配を滲ませながら返す。そんなカルナに俺は、最初から全力で自分をさらけ出すように言った。
「友達になろう」
「…………は?」
意味が分からないと言わんばかりにかすれた声を上げるカルナに、俺は更に前のめりにぐいぐい行く。
「とりあえず、呼び捨てにしても良い? 俺のことも、陽色って呼び捨てにしてくれて良いから。
っていうか、そっちの方が嬉しいから、これからは呼び捨てにしちゃって」
「………………はい?」
あ、完全に混乱してる。何を返せばいいのか判断できなくて固まっちゃってるな。
それはミリィも同じみたいで、無理やり無表情を維持しようとしてるけど、カルナを心配する気持ちが隠しきれてない。
そんなミリィを見ていた俺の視線に気づいたのか、カルナは自分を落ち着かせるように硬い表情になると、
「今の申し出は、そのままの意味として受け取らせて頂いても良いのでしょうか……陽色」
落ち着いた声で、俺に返す。
その響きには、俺に立ち向かおうとする意地と、ミリィを安心させてあげたいという意気込みの両方があるように、俺には感じられた。
(うん。好いな~。ますます欲しくなる。絶対ものにしよう)
理想を掲げ欲に生き、目的を果たすために、自分も他人も賭ける度胸も持っている。
こんな美味しい人材、逃して良いものだろうか? いや、良くない。
「友達は友達だよ、カルナ」
遊ぶような響きを込めて、俺はカルナに呼び掛ける。
「はっきり言うよ。俺はカルナを気に入ったんだ。だから友達になりたい。
それ以上のことは、まずはそれからだよ」
「……それはつまり、私と個人的なコネクションを作りたい、ということですか?」
「違うよ。仲好くなりたいだけ」
「仲良く、ですか……それで、私はどうすれば良いんでしょう……」
「とりあえず恋話する?」
あ、表情ひきつった。
「表情かた~い。そこはほら、女子かよ、みたいなノリで突っ込んでくれても良いんだから」
「……………………そうですか」
なんだか、胃をキリキリさせてそうな表情と、絞り出すような声でカルナは頷く。
これはいけない。ひょっとすると、勘違いしてるかも。
なので、俺は言葉を重ねる。
「俺は本気だよ、カルナ」
じっと視線を合わせ、俺は続ける。
「本気で、友達になりたいと思ってる。冗談でも嘘でもないし、利害関係とか、そんなの関係無しに、俺がカルナと友達になりたいって思ってるんだ」
「……利害関係を抜きにして、ですか……それは、私達との取引を、一先ず棚上げにするという事ですか?」
「しないよ。そもそも最初から、カルナの申し出には乗る気だったし」
「……どういうことですか?」
「だって、仮に俺たちを騙すつもりでも、それならそれで、食い潰せば良いだけなんだもん」
笑顔のまま、俺は事実を語る。
「俺たちにとって一番怖いのは、この世界の誰とも関われず、相手にもされない事だよ。
だから、少しでも縁が出来そうな相手なら、喜んで関わっていくさ。
そうでもしないと、俺たちはこの世界では異物だからね。
異世界からの転生者ってのは、本質的にはそういうモノなんだ」
どこまで行っても異邦人。
俺たちの立場は、結局の所そういうものだ。
「だからね、カルナ。俺たちは、こちらの世界の誰かと関われることに飢えているんだ。そのチャンスを、逃す気になんかなれないってだけだよ」
「……だから、私と……友達になりたいと、そういうことですか?」
「それ以上だよ。だって、俺はカルナ達の事を応援したいし、一緒に頑張りたいって思ってるんだから」
「…………」
言葉を返せないでいるカルナに、俺は続けた。
「カルナ達は、俺達と交渉するために、自分達で蒸気機関と蒸気機関車の設計図を作ってくれたんだよね。
あれだけの物を作る労力も努力も、尋常じゃないのは分かってるよ。
それに、こちらが必要としている物資の買い占めも、してるでしょう?
俺たちの必要とする素材を提供できるって言ったのは、それをしていたからだよね。
俺たちが何を必要としているのか?
それを真剣に考えて、集められるだけの情報を集めに集めて、それを自分達の頭の中で繋ぎ合わせて、考え悩まなければ、絶対にわからない。
けど、どれほど資金も人手を注ぎ込んでも、俺たちが受け入れない可能性は絶対に消えない。
それでも、俺たちと関わるために、自分達を賭けてくれた。
これだけのことをして貰えたんだ。
応援したくなるし、仲好くなりたいって思ってしまうものだよ。
少なくとも、俺はカルナと、カルナの仲間達と仲好くなりたい。
だから、友達になって欲しいんだ、カルナ」
俺は、自分の想いを隠さず告げる。
友達になりたい相手には、そうしたかったんだ。
カルナは、すぐには応えてはくれなかった。
俺の話に合わせることも出来る筈なのに、それをしないでくれていた。
そしてカルナは、少なくない時間を悩み、俺の想いに返してくれた。
「正直、私には貴方の気持ちが分かりません。
ですが、嬉しいと想う気持ちも、私は貴方の言葉に持ちました。
貴方は、私と、私の仲間達を認めてくれた。そう、想えましたから。
だから、貴方の申し出に応えたいと、思えています。ただ――」
言い辛そうにするカルナの言葉を、俺は静かに待つ。
そしてカルナは、不器用だけど真剣に応えてくれた。
「私は……私の仲間達も、その……友達というモノがよく分かりません。
私たち魔術師にとって、他人は、常に競争するべき相手だと、教え込まれてきましたから。
同じ目的を目指す仲間や、同志であるなら、分かります。
ですが、友達というモノが、何をどうすれば良いのかが、分からないんです。
それでも、貴方達と関わりを持つために必要であるというのなら、友達になりたいと思っています。
その……すみません。きっと、色々間違っているのは分かってるんですが、本当に、よく分からなくて……。
でも、努力します。いつかちゃんと、友達というモノがどういうものなのか、理解するつもりです。
だから……友達に、して貰えますか……?」
どこまでも本気で、カルナは言った。
そんなカルナに、俺は苦笑してしまう。だって――
「カルナは、かわいいね。ミリィも、そう思うだろ?」
心から、そう思う。
真面目で真剣で、ズレてるくせに、それでも相手に合わせようと一生懸命になる。
性別年齢関係なく、そう思えてしまう。
それはミリィも同じ気持ちだったのか、耳まで赤くして、恥ずかしそうにしていた。
思わず苦笑する。だって、カルナもミリィと同じような、表情をしてたから。
そんな2人に心地好さを感じながら、俺は口を開く。
「それじゃ、今から友達だ、カルナ。よろしくな。それはそれとして、早速交渉していこうか」
いまだ顔を赤くしたままのカルナに、俺は続ける。
「友達になったんだから、容赦はしないから、カルナ。お互い美味しい目を見るために、頑張って貰うよ。
という訳で、まずは素材交渉から行こうか。こちらが欲しい素材、そっちが用意出来るんだよね」
「はい。陽色ど……陽色たちと交渉するために、押さえていましたから。
可能な限り価格も抑えて確保していますから、市場価格と同様の値段で提供できます」
「あ、それダメ。2倍にして」
「…………は?」
「安すぎる。こういう時は、限界まで吹っかけないと」
「ですが、そちらの負担が――」
「心配しなくても大丈夫だって。元々最低でも、2倍で魔術協会から買えたら買うつもりだったから。
ただし、売りつけるのはうちじゃなくて、魔術協会に売りつけて」
「それは……無理です。そこまで高い値段で買う訳が――」
「大丈夫。魔術協会からは市場価格の3倍で買うから」
「…………」
言葉を返せないカルナに、俺は遊ぶような声で続ける。
「元々、魔術協会とは、どこかで手打ちをしたいと思ってたから。
特許関係で一時的に損をさせた分、誠意を見せないと向こうも折れ辛いしね。
あと、カルナ達から直接買えば、もしバレた時は俺たちもカルナ達も、心証が悪くなる可能性が高いし。
それを避けるためにも、色々と小細工はしないとね。
カルナ達は魔術協会に手持ちの素材を高く売りつけて、ついでに恩も売れて得。
魔術協会は、素材の収拾に苦労しないで済む上に、仇のある俺たちから、詫び代わりに大金をせしめられて得。
俺たちは、金で魔術協会からの恨みを軽く出来る上に、友達のカルナ達にお金を流せるから得。
みんな丸く収まって得する良い方法だと、思わない?」
俺の提案に、カルナは少しだけ呆然とした後、
「それで、良いんでしょうか……?」
微妙に罪悪感を滲ませ聞いて来た。
やっぱ、根本的にまじめだな、この子。
そんなカルナに苦笑しながら、俺は返した。
「毒でもないなら、食える物はなんでも喰う、それぐらいの図々しさは大事だよ。
でないと、大きくなれないよ、カルナ」
新しい友達が、よりしたたかに、そして強くなれるよう、その後も色々と教えるつもりで、交渉を重ねた。
そして十二分に交渉を終わらせて、カルナとミリィの屋敷をあとにした。




