5 神さん会議 その3
「……え?」
呆然とピュラーは声をもらすと、
「な、なななっ、なに、なにを言ってりゅの――」
プルプルと震えながら、動揺のあまり噛みながらリリスに聞き返す。
「なにって……その、言葉通りというか、ピュラーの勇者の子に彼女が出来てるというか……」
「なんでそんなことになってるのーっ!」
気のせいか涙声になってるピュラーに、リリスは言い聞かせるように返す。
「ピュラー。貴女の勇者って、魔物が出てもろくに都心部から助けて貰えない地方の村を助けたり、他にも盗賊を倒したりとかしてるわよね」
「そ、そうだぞっ。壮真は好いヤツだから、みんなを助けてるんだぞっ!」
「ピュラー。そういう好い子を、しかも勇者で有望そうな子を、周りの女が放っておく訳ないでしょ」
「そっ、それは、そうかもだけど、でもでもっ、壮真がそんなのでどうにかなるわけないもん!」
だんだんと素が出てきたせいで、子供のような口調になるピュラー。そんな彼女をなだめるような口調でリリスは続ける。
「確かに、そうね。良い目を見たいからって集まってくるような女は、相手にしないでしょうね」
「そ、そうだろ! 壮真がそんな女達なんかに騙される訳が――」
「でも、そうじゃない相手だと無理よ」
「……ふぇ」
キッパリとした口調で言い切るリリスに、ピュラーが何も返せないでいると、そこに畳み掛けるようにリリスは言った。
「一人、貴女の勇者と一緒に、みんなを助けて回ってる女の子が居るの。魔術師の子だけど、とても良い子よ。
最初は色々あって、女の子の方が貴女の勇者に噛み付くみたいに連いて行ってるだけだったけど、今はもう、お互いを信頼し合ってるパートナーになっちゃってるわよ」
「う、うそだぁ……だ、だって、だってだって、私聞いてない、壮真からそんな話聞いてないもん」
「照れ臭かったんじゃない? 貴女に彼女が出来たって言うのが。そうじゃなければ、自分の事を話すより、貴女と話す事を優先したのかもしれないわね」
リリスの言葉に思い至る事があったのか、黙ってしまったピュラーに、
「そもそもなんだけど、貴女、女神だとすら思われてない可能性もあるわよ」
リリスは根本的な問題を指摘した。
「な、なんで?」
呆然と聞き返すピュラーに、リリスはため息をつくように言った。
「なんでって……そもそも貴女、どうして勇者を召還して以来、ずっとその鎧着てるの? それ着てるせいで、元々の姿を見せられてないし、声だって鎧の中で籠って男みたいよ」
「そ、それは――」
ピュラーは言い淀んだ後、言い訳をするように返す。
「その……最初は、召喚する相手に舐められたらダメだって思って、見た目だけでもゴツくしようと思ったから……鎧を創って着てた、だけで……」
「だったらなんで今もそれ着てるの? 本来の姿を、貴女の勇者に見せれば良かったじゃない」
「それは……だって……い、今さら、鎧を脱いだ姿とか、見せるの……恥ずかしいし……」
「そんなこと言ってるから他所の女に自分の勇者を獲られそうになってるのよ」
「ふえぇぇぇ……」
がしゃん、と音をさせ、鎧を着たままぺたりと座り込むピュラー。
「だって……だってぇ……そんなことになるなんて、思ってなかったんだもん……やだぁ、とっちゃやだぁ……壮真を盗っちゃダメぇ……」
ぽろぽろと、鎧の中で本気で泣き始めるピュラー。リリスは、ピュラーを慰めるように声を掛ける。
「ピュラー、泣かないで。ここで泣いていても、どうにもならないわ。
だから、ね? 貴女は現世で、貴女の勇者に、逢いに行くべきなの。
その為に私の権能を、貸してあげる」
ピュラーは、くずぐずと泣いたまま、すぐには返さない。
けれど、堪えるような間を空けて、拒絶する。
「やだ……そんなの、絶対ダメ……私、私だって、逢いたい……壮真に逢いたいよぉ……他の女と、一緒に居るって思っただけで、オカシクなっちゃいそうだもん……でも、でもそんなの……リリスも同じ筈だもん……それなのに、リリスを身代りにして、壮真に逢いになんかいけないよぉ……」
自分の勇者を想い、けれど大事な友の幸せも願い、ピュラーは板挟みになった気持ちに苛まれながらも、決して自分の為だけに望みを口にする事は無かった。
「もぅ……ばかね……」
リリスは愛おしそうにピュラーを見詰めながら、静かに近づく。近付く毎に、ピュラーの纏っていた鎧は薄れて消えて行き、触れ合えるほど近付いた時には、鎧の下の姿を露わにさせる。
それは1人の少女。燃えるような真紅の髪をした、これから大人の女になろうとする伸びやかさを感じさせる一人の少女の姿。
本来のピュラーの姿を前にしてリリスは、そっと彼女を抱きしめる。
「いいのよ、ピュラー。私は我慢できるから。十年も、ずっと陽色と生きてきたんだもの。耐えられないほど、弱くは無いわ」
ぎゅっと、ピュラーはリリスを抱きしめる。やわらかく、温かなリリスを感じながら、ピュラーは言った。
「でも……でも、リリスは良いの? もし、もし私みたいに……他の女が、自分の勇者を、好きになっちゃっても……それでも傍に居れなくて……良いの?」
ピュラーの問い掛けに、リリスは目を細め笑みを浮かべる。それは慈愛に満ちていながら、どろりとした情念を感じさせる、酷く感情的な表情だった。
ぞくりっ、と。リリスが溢れさせ感情に、神々は恐れにも似た気持ちを抱く。
それはリリスの感情を理解できなかったからではない。自分の中にも似たモノがあると、全ての神々が自覚させられたからだ。
リリスは、全ての神々の湧き出た感情に共感しながら、
「嫌よ。すごく、嫌。でもね、もう覚悟してるの。陽色が誰かに愛されて、同じように、陽色が誰かを愛する事を」
嘘偽りない自分の気持ちを口にした。